148 / 178
魔族大戦
第百四十八話 ティンタジェル要塞包囲戦②
しおりを挟む
幸先よくティンタジェル要塞南部を平定する私たちテットベリー本軍。私は司令官のジェラードの要請を受け、再度、敵ながら協力してくれたオークニー男爵傭兵団をこちらへ味方に付けるよう説得に向かった。
突然にもかかわらず彼は落ち着いた様子で私を親しく出迎えてくれた。
「これはこれはネーザン宰相閣下、このようなわたくしに再度会ってくれるなど光栄でございます」
「こちらこそありがとう、おかげでこの地方は民たちといさかいもなく順調に軍を進めさせていただいております」
「おや、それは敵軍の将であるであるわたくしへの嫌味ですかな?」
「いえいえ、純粋にあなたへと感謝を申し上げたい」
「ええ、そうですか。少し落ち着いて話ししましょう」
彼は私をテーブルに招き、お互い対面して座った。話を切り出したのは彼の方だった。
「して、今度の要件はどういったものです?」
「ええ、一応聞きたいけど、貴方の立場は魔族軍にはどのように扱われているの?」
「別段なく」
「どういうことかしら?」
「もともと我々傭兵は彼らにとって捨て石です。ただのネーザン統一軍の侵攻の時間稼ぎとしてしか考えられておりません。まあ、その進行のスピードが速いことは彼らにとって予想外でしょうが」
「なら、貴方は魔族に何の未練もないのかしら?」
「我々傭兵の人間はしょせん彼らのよそ者ですから。地元の人間として腕を買われただけです、私は」
「そう、良かったわ。貴方にお願い、と言っても聞かなくてもいいけど、いえ、やはりお願いね。こっちの軍に顔を見せてくれない?」
「それは……流石に躊躇致します。何せ敵軍の将ですからわたくしは」
「取って食おうというわけじゃないのよ。実はうちの司令官が貴方のことを気に入っているの。整然と軍を指揮して、被害を最小限にして後退する手腕なんて軍事的に称賛されるべきだわ」
「味方には喜ばれませんが。しかし……」
「というのもね、我々は最終的にウェストヘイムを元通りとはいかなくても、国家としてどんな形にしろ、うまく自立するように解放しようと思っているの。
そこでなんだけど、貴方はこのままだと敵の裏切り者としてしかウェストヘイムの人々は思わないでしょう。貴族たちが納得しないでしょうし。
なんらかの彼らの解放の手助けをした目立った功績が必要じゃないかしら、貴方の今後のことを考えて」
「なるほど、私に手柄をくださるということですね。そうですか。……いいでしょう、危険は承知でジェラード司令官とお会いいたしましょう。ただし、わたくしも命を懸ける以上、貴女にも条件を飲んでいただきたい」
「何かしら──」
こうしてオークニー男爵との密談は成功に終わった。私たちテットベリー本軍はティンタジェル要塞の一歩手前の町まで来て、そこでオークニー男爵とジェラードが会うことになった。
ジェラードは彼と握手し、笑顔で迎えた。
「そなたがオークニー卿か。私はこの軍を任されているジェラード・オブ・ブレマーだ」
「お初にお目にかかり光栄です、テットベリー伯爵。お噂はかねがね」
「このようなところにも優れた将がいるとはな。私はそなたを十分に評価している」
「御冗談を、私は敗軍の将ですよ。戦さらしい戦さもせず、任された土地を貴方にほとんど奪われました」
「それもそなたの計算のうちだろ、ははは……」
「ははは……」
「ところでだ、そなたはこれからどうするつもりだ。魔族軍へと戻るのか?」
「そのつもりです。何せ契約期間はまだ残っていますから」
「なら、君にうかがいたいことがある」
「なんでしょう?」
「とりあえずこちらに来てくれ。作戦会議を行っている」
「私のことをホントに買っていただいているのですね、かしこまりました、お供いたしましょう」
と、私たちは作戦会議を開いている部屋に向かい、ジェラードはオークニー男爵に尋ねた。
「これは我々が把握しているティンタジェル要塞の地図だ。オークニー卿、何か不自然な点はあるか?」
「まさか、ここまで正確に要塞の地形が描かれているとは……。ネーザンの改革がどれほど進んでいるかを実感いたしました」
「それはここにいる我が宰相、ミサの技術投資のおかげだ。おかげでこう言った人材も我が軍にいる」
「なるほどそうですか。いえ、そうでしょう。彼女は非常に頭の切れる幼女です」
「そうだな、君ならこの要塞をどう攻める?」
「何をおっしゃる、テットベリー伯爵。私はあなたの敵の一員ですよ?」
「あえて尋ねている」
「ふっ、私を試されているのか。ならば、この地点をまず最初に攻めます」
オークニー男爵は地図の丘を指さした。
「このティンタジェル要塞は多重環状要塞で、死守すべき砦の地点と、その背後にある教会の地点が相互関係に固く守り、相手の攻め手を防ぎ、その周りに城壁が築かれています。さらにその周りは山で囲まれております。
またさらに、城壁でぐるりと囲まれており、山や川で囲まれ、砲撃が外から直接、砦に届きません。第一段階として最も外側の城壁を攻略しないと砲兵が中に入れないでしょう。
この難攻不落の要塞は何度もネーザン軍から我がウェストヘイムの軍を守っており、南部の鉄壁の壁です。
しかしこの城塞は古くからあり、現在の軍事技術にそぐわないところがあります。そのため、さらに砲兵が外の壁を攻撃しないように、固く守るため小高い丘に陣地を建設中です。
ここを押さえさえすれば、第一城壁を崩す一歩となるでしょう」
「私も同意見だ。さすがはオークニー男爵。一目でこの要塞の弱点を見抜くとは。実はすでに斥候部隊が偵察に向かっている。情報が入り次第、私たちは包囲を始める」
「すでにテットベリー軍が動いているとは……! これはわたくし予想外でした。テットベリー伯爵殿は名将であります」
「ほめても何も出んぞ、まあ出してもよいが」
「ははは……。しかし、この要塞を落とすのはいくら伯爵とはいえ時間がかかるでしょう。その間に統一軍の第一目標であるチチェスタ―地方の防備は万全になっているでしょうね」
「問題はそこだ。このままだと、チチェスタ―を包囲している間に、堅固な防衛態勢を整えられ、消耗戦になってしまう。これは致し方ないかもしれんがな。
もとより魔族たちの作戦はティンタジェル要塞で我が軍をくぎ付けにしたいと見える」
「……ならばさらに工夫が必要ですね」
「それに頭を悩ませておる」
「ならば、ティンタジェル要塞の第二重要地点、砦の背後にある教会の地点の山頂に敵を忍ばせましょう。そこは教会がある分、彼ら信仰の篤い修道士は魔族たちが駐留するのを嫌がっています。
といった事情もあり、わたくしが人間である傭兵たち中心の軍を防衛に当てるよう、我が軍のブルッツェン司令官を説得しましょう」
「ほう……、内応か。まさか、そのような危険な任務を買って出るとは……。どういったつもりだ、男爵」
「実はこれはミサ宰相殿と取り決めしたことです。そちらに我が軍が寝返りをする以上、土産が必要。内部工作が要塞戦で常道でしょう。ただし我々にも条件を付けていただきたい」
「ぜひ聞きたい、これ以上のない私たちが現在興味ある話だ」
「寝返りの合図は、我々の信用できる要人によって行っていただきたい。というのも、傭兵たちは利にさとい。だが、契約を重視も致します。なら信頼できる身分の者が行わないと、傭兵たちは言うことを聞かないでしょう」
「なるほど……しかし、私はネーザンの新顔でウェストヘイムと縁がない。ウェストヘイム貴族のノーリッジ伯爵は東部からティンタジェルに向かっている最中で、それを待っている時間はない。どうしたものか……」
彼が悩み始める中、この危険な任務に私は堂々と名乗りを上げた。
「私がやるわ、ジェラード」
「ミサ!? 何を言っている! お前が前に出るべきじゃない。戦場で前に出るなど、命の保証ができない!」
「承知の上よ。私はウェストヘイムの貴族たちとも顔見知りだし、王城フェニックスヒルで亡くなったウェストヘイム王のそばにいたこともある。
もともと幼女宰相として、特にヴェスペリア南部では有名。私の顔や特徴を知っている傭兵も多いでしょう。元々貴族が傭兵になっているといった事情もあることだし。
私以外この任務を果たせる者はいないわ」
「だが……」
「これはもともとオークニー男爵と決めたことよ。彼も敵軍に入って内応するって宣言した以上、命の危険を冒さないといけない。
ここで私が逃げるわけにはいかないもの。お願いジェラード。私にやらせて」
「……。考えなおす気はないのか?」
「ええ、作戦上スピードが求められているのはみんな知っている。私が危険をかって出ないと、時間の損失が大きくなる。お願い」
「……わかった。オークニー男爵、これでよろしいか? ここまで来た以上、卿にも腹をくくっていただく」
ジェラードの言葉にオークニー男爵は不敵に笑みを浮かべた。
「もちろん約束はたがえません。必ずあなたがたに勝利を」
「わかった、そうか……致し方ない。では、ミサ。私から頼む。命を懸けてくれ」
「ええ、このような舞台に立てて誇りに思うわ」
と、自信たっぷり笑い、作戦会議室は笑いに満ちた。上のものが命をかけない限り、困難な勝利はつかめない。戦争中後ろでこそこそやっている人間は信用されない。私が前に出ることで解決できるなら喜んでするわ。
ジェラードはティンタジェル要塞攻略の足掛かりになる小高い丘を自ら兵を率いて進軍する。そこに本陣を構えて、要塞を包囲する手はずとなっている。問題は先ほど言った通り、スピードだ。
南部地域はオークニー男爵のおかげで早期に攻略ができ、相手の陣地構築がまだ不完全のうちに、虚を突いて丘を押さえたい。そのため早駆けして、ジェラードは夜に攻撃をすることにした。
陣地の構築が不完全である以上、夜戦はかなり有利になる。こっちの方が兵が多いぶん、成功すれば安全に包囲できる。オークニー男爵の内応の件だが、それと同時に行うことになった。
内応するのに時間をかけると相手に情報が洩れて失敗する可能性が高い。相手に動揺を与えている夜襲と同時に行うことで成功率が高まるだろう。
もちろん私の安全も考慮されている。包囲が完成する前なら、相手も警戒してない。暗殺の可能性が限りなく低くなる。
日が沈み、ジェラード軍と別れを告げることになり、彼は少し不安そうに言った。
「何かあったらすぐに撤退しろ、ミサ。お前は我が軍の勝利の女神だ。失うわけにはいかない。それに……」
「それに……?」
「私が未婚のうちに、未来の妻を失うような愚かな真似をさせないでくれ」
「そう……。なら、必ず生きて帰るわ。必ず」
「ああ、無事でいてくれ」
「貴方に武運を祈っているわ、行ってきます」
「わかった。全軍これより敵へと襲撃に向かう! 行くぞ!」
彼と別れ、小回りが利くように少なく編成したダスティン大佐の軍が私の護衛に当たることとなった。彼は少し複雑な表情を浮かべた。
「まさか、幼女に命を張らせることになるとはな。ウォレムを止めるべきだった」
彼がウォレムつまり、オークニー男爵に文句を言いたそうにしていた。私は友情の板挟みになっている彼の慰めになるよう笑みを浮かべながら言った。
「私から願い出たことよ。彼のせいでも貴方のせいじゃない」
「大の男なら止めるべきだ」
「幼女が奇跡を起こす。おとぎ話としては良いストーリーとは思わない? 吟遊詩人が好みそうな話よ」
「男としてはおいそれと、はいとは言えねえな。問題は成功するかだ」
「貴方、友達を信じてないの?」
「まさか。ウォレムは俺と違って賢い男だ。だが、奴は現在敗軍の将となってしまって、のこのこ魔族軍に戻っていった人間だ。信用されるかどうか……」
「それは私を信じてよ」
「なんで、お前さんなんだ、宰相?」
「ジェラードが言うには、私が勝利の女神らしいよ」
「ははは……。おもらししそうな女神だな」
彼の言葉に私はダスティンの靴を思いっきり踏んづけた。彼はいてっっと言って、この……と言葉を漏らす。私たちのやり取りに緊張していた部隊が少し和やかなムードになった。
どんどん目的地に向かい、無事到着できたところ、私を中心にたいまつを掲げ、合図を送る。だが……。
「なんだ、何も起こらねえぞ」
ダスティンは不思議がっていた。どういうこと、オークニー男爵はまだ気づいてないのかな。私は思いっきりたいまつを振ると、後ろの方から少し物音がした。
──私の反応より早く、ダスティンは私をかばってともに倒れる。何が起こったのかと思って、頬が冷たくなり、何かが流れていると気づいて、私は指先で撫でた。
「え、うそ、血……?」
「矢だ、見ろ、宰相! 後ろだ」
私が後ろの方を見ると、ぼんやりと人影が見え、護衛の兵が戦闘態勢をとる。徐々に暗闇から現れる白い髪の毛、青白い肌が星にてらされてぼんやり光った。
「まさか、レクスなの……?」
「敵が合図を送るといった情報が入ったので、ここまで来たが、まさかミサ、お前だったとはな……」
そう、魔族軍に捕らえられたときに、ともに旅し、友情を確かなものとした魔族特殊部隊の隊長のレクス、本人だった。私は思わず動揺する中、彼は少し寂しげな瞳を浮かべながら言った。
「運命の皮肉を感じるな……。お前とこうなる日が来るとは。前に別れた時、今度は敵同士と言ったはずだ。出てきてしまった以上仕方がない、お前の命、ここで頂戴する……!」
彼は剣を構え、こちらへと振りかぶってきた──!
突然にもかかわらず彼は落ち着いた様子で私を親しく出迎えてくれた。
「これはこれはネーザン宰相閣下、このようなわたくしに再度会ってくれるなど光栄でございます」
「こちらこそありがとう、おかげでこの地方は民たちといさかいもなく順調に軍を進めさせていただいております」
「おや、それは敵軍の将であるであるわたくしへの嫌味ですかな?」
「いえいえ、純粋にあなたへと感謝を申し上げたい」
「ええ、そうですか。少し落ち着いて話ししましょう」
彼は私をテーブルに招き、お互い対面して座った。話を切り出したのは彼の方だった。
「して、今度の要件はどういったものです?」
「ええ、一応聞きたいけど、貴方の立場は魔族軍にはどのように扱われているの?」
「別段なく」
「どういうことかしら?」
「もともと我々傭兵は彼らにとって捨て石です。ただのネーザン統一軍の侵攻の時間稼ぎとしてしか考えられておりません。まあ、その進行のスピードが速いことは彼らにとって予想外でしょうが」
「なら、貴方は魔族に何の未練もないのかしら?」
「我々傭兵の人間はしょせん彼らのよそ者ですから。地元の人間として腕を買われただけです、私は」
「そう、良かったわ。貴方にお願い、と言っても聞かなくてもいいけど、いえ、やはりお願いね。こっちの軍に顔を見せてくれない?」
「それは……流石に躊躇致します。何せ敵軍の将ですからわたくしは」
「取って食おうというわけじゃないのよ。実はうちの司令官が貴方のことを気に入っているの。整然と軍を指揮して、被害を最小限にして後退する手腕なんて軍事的に称賛されるべきだわ」
「味方には喜ばれませんが。しかし……」
「というのもね、我々は最終的にウェストヘイムを元通りとはいかなくても、国家としてどんな形にしろ、うまく自立するように解放しようと思っているの。
そこでなんだけど、貴方はこのままだと敵の裏切り者としてしかウェストヘイムの人々は思わないでしょう。貴族たちが納得しないでしょうし。
なんらかの彼らの解放の手助けをした目立った功績が必要じゃないかしら、貴方の今後のことを考えて」
「なるほど、私に手柄をくださるということですね。そうですか。……いいでしょう、危険は承知でジェラード司令官とお会いいたしましょう。ただし、わたくしも命を懸ける以上、貴女にも条件を飲んでいただきたい」
「何かしら──」
こうしてオークニー男爵との密談は成功に終わった。私たちテットベリー本軍はティンタジェル要塞の一歩手前の町まで来て、そこでオークニー男爵とジェラードが会うことになった。
ジェラードは彼と握手し、笑顔で迎えた。
「そなたがオークニー卿か。私はこの軍を任されているジェラード・オブ・ブレマーだ」
「お初にお目にかかり光栄です、テットベリー伯爵。お噂はかねがね」
「このようなところにも優れた将がいるとはな。私はそなたを十分に評価している」
「御冗談を、私は敗軍の将ですよ。戦さらしい戦さもせず、任された土地を貴方にほとんど奪われました」
「それもそなたの計算のうちだろ、ははは……」
「ははは……」
「ところでだ、そなたはこれからどうするつもりだ。魔族軍へと戻るのか?」
「そのつもりです。何せ契約期間はまだ残っていますから」
「なら、君にうかがいたいことがある」
「なんでしょう?」
「とりあえずこちらに来てくれ。作戦会議を行っている」
「私のことをホントに買っていただいているのですね、かしこまりました、お供いたしましょう」
と、私たちは作戦会議を開いている部屋に向かい、ジェラードはオークニー男爵に尋ねた。
「これは我々が把握しているティンタジェル要塞の地図だ。オークニー卿、何か不自然な点はあるか?」
「まさか、ここまで正確に要塞の地形が描かれているとは……。ネーザンの改革がどれほど進んでいるかを実感いたしました」
「それはここにいる我が宰相、ミサの技術投資のおかげだ。おかげでこう言った人材も我が軍にいる」
「なるほどそうですか。いえ、そうでしょう。彼女は非常に頭の切れる幼女です」
「そうだな、君ならこの要塞をどう攻める?」
「何をおっしゃる、テットベリー伯爵。私はあなたの敵の一員ですよ?」
「あえて尋ねている」
「ふっ、私を試されているのか。ならば、この地点をまず最初に攻めます」
オークニー男爵は地図の丘を指さした。
「このティンタジェル要塞は多重環状要塞で、死守すべき砦の地点と、その背後にある教会の地点が相互関係に固く守り、相手の攻め手を防ぎ、その周りに城壁が築かれています。さらにその周りは山で囲まれております。
またさらに、城壁でぐるりと囲まれており、山や川で囲まれ、砲撃が外から直接、砦に届きません。第一段階として最も外側の城壁を攻略しないと砲兵が中に入れないでしょう。
この難攻不落の要塞は何度もネーザン軍から我がウェストヘイムの軍を守っており、南部の鉄壁の壁です。
しかしこの城塞は古くからあり、現在の軍事技術にそぐわないところがあります。そのため、さらに砲兵が外の壁を攻撃しないように、固く守るため小高い丘に陣地を建設中です。
ここを押さえさえすれば、第一城壁を崩す一歩となるでしょう」
「私も同意見だ。さすがはオークニー男爵。一目でこの要塞の弱点を見抜くとは。実はすでに斥候部隊が偵察に向かっている。情報が入り次第、私たちは包囲を始める」
「すでにテットベリー軍が動いているとは……! これはわたくし予想外でした。テットベリー伯爵殿は名将であります」
「ほめても何も出んぞ、まあ出してもよいが」
「ははは……。しかし、この要塞を落とすのはいくら伯爵とはいえ時間がかかるでしょう。その間に統一軍の第一目標であるチチェスタ―地方の防備は万全になっているでしょうね」
「問題はそこだ。このままだと、チチェスタ―を包囲している間に、堅固な防衛態勢を整えられ、消耗戦になってしまう。これは致し方ないかもしれんがな。
もとより魔族たちの作戦はティンタジェル要塞で我が軍をくぎ付けにしたいと見える」
「……ならばさらに工夫が必要ですね」
「それに頭を悩ませておる」
「ならば、ティンタジェル要塞の第二重要地点、砦の背後にある教会の地点の山頂に敵を忍ばせましょう。そこは教会がある分、彼ら信仰の篤い修道士は魔族たちが駐留するのを嫌がっています。
といった事情もあり、わたくしが人間である傭兵たち中心の軍を防衛に当てるよう、我が軍のブルッツェン司令官を説得しましょう」
「ほう……、内応か。まさか、そのような危険な任務を買って出るとは……。どういったつもりだ、男爵」
「実はこれはミサ宰相殿と取り決めしたことです。そちらに我が軍が寝返りをする以上、土産が必要。内部工作が要塞戦で常道でしょう。ただし我々にも条件を付けていただきたい」
「ぜひ聞きたい、これ以上のない私たちが現在興味ある話だ」
「寝返りの合図は、我々の信用できる要人によって行っていただきたい。というのも、傭兵たちは利にさとい。だが、契約を重視も致します。なら信頼できる身分の者が行わないと、傭兵たちは言うことを聞かないでしょう」
「なるほど……しかし、私はネーザンの新顔でウェストヘイムと縁がない。ウェストヘイム貴族のノーリッジ伯爵は東部からティンタジェルに向かっている最中で、それを待っている時間はない。どうしたものか……」
彼が悩み始める中、この危険な任務に私は堂々と名乗りを上げた。
「私がやるわ、ジェラード」
「ミサ!? 何を言っている! お前が前に出るべきじゃない。戦場で前に出るなど、命の保証ができない!」
「承知の上よ。私はウェストヘイムの貴族たちとも顔見知りだし、王城フェニックスヒルで亡くなったウェストヘイム王のそばにいたこともある。
もともと幼女宰相として、特にヴェスペリア南部では有名。私の顔や特徴を知っている傭兵も多いでしょう。元々貴族が傭兵になっているといった事情もあることだし。
私以外この任務を果たせる者はいないわ」
「だが……」
「これはもともとオークニー男爵と決めたことよ。彼も敵軍に入って内応するって宣言した以上、命の危険を冒さないといけない。
ここで私が逃げるわけにはいかないもの。お願いジェラード。私にやらせて」
「……。考えなおす気はないのか?」
「ええ、作戦上スピードが求められているのはみんな知っている。私が危険をかって出ないと、時間の損失が大きくなる。お願い」
「……わかった。オークニー男爵、これでよろしいか? ここまで来た以上、卿にも腹をくくっていただく」
ジェラードの言葉にオークニー男爵は不敵に笑みを浮かべた。
「もちろん約束はたがえません。必ずあなたがたに勝利を」
「わかった、そうか……致し方ない。では、ミサ。私から頼む。命を懸けてくれ」
「ええ、このような舞台に立てて誇りに思うわ」
と、自信たっぷり笑い、作戦会議室は笑いに満ちた。上のものが命をかけない限り、困難な勝利はつかめない。戦争中後ろでこそこそやっている人間は信用されない。私が前に出ることで解決できるなら喜んでするわ。
ジェラードはティンタジェル要塞攻略の足掛かりになる小高い丘を自ら兵を率いて進軍する。そこに本陣を構えて、要塞を包囲する手はずとなっている。問題は先ほど言った通り、スピードだ。
南部地域はオークニー男爵のおかげで早期に攻略ができ、相手の陣地構築がまだ不完全のうちに、虚を突いて丘を押さえたい。そのため早駆けして、ジェラードは夜に攻撃をすることにした。
陣地の構築が不完全である以上、夜戦はかなり有利になる。こっちの方が兵が多いぶん、成功すれば安全に包囲できる。オークニー男爵の内応の件だが、それと同時に行うことになった。
内応するのに時間をかけると相手に情報が洩れて失敗する可能性が高い。相手に動揺を与えている夜襲と同時に行うことで成功率が高まるだろう。
もちろん私の安全も考慮されている。包囲が完成する前なら、相手も警戒してない。暗殺の可能性が限りなく低くなる。
日が沈み、ジェラード軍と別れを告げることになり、彼は少し不安そうに言った。
「何かあったらすぐに撤退しろ、ミサ。お前は我が軍の勝利の女神だ。失うわけにはいかない。それに……」
「それに……?」
「私が未婚のうちに、未来の妻を失うような愚かな真似をさせないでくれ」
「そう……。なら、必ず生きて帰るわ。必ず」
「ああ、無事でいてくれ」
「貴方に武運を祈っているわ、行ってきます」
「わかった。全軍これより敵へと襲撃に向かう! 行くぞ!」
彼と別れ、小回りが利くように少なく編成したダスティン大佐の軍が私の護衛に当たることとなった。彼は少し複雑な表情を浮かべた。
「まさか、幼女に命を張らせることになるとはな。ウォレムを止めるべきだった」
彼がウォレムつまり、オークニー男爵に文句を言いたそうにしていた。私は友情の板挟みになっている彼の慰めになるよう笑みを浮かべながら言った。
「私から願い出たことよ。彼のせいでも貴方のせいじゃない」
「大の男なら止めるべきだ」
「幼女が奇跡を起こす。おとぎ話としては良いストーリーとは思わない? 吟遊詩人が好みそうな話よ」
「男としてはおいそれと、はいとは言えねえな。問題は成功するかだ」
「貴方、友達を信じてないの?」
「まさか。ウォレムは俺と違って賢い男だ。だが、奴は現在敗軍の将となってしまって、のこのこ魔族軍に戻っていった人間だ。信用されるかどうか……」
「それは私を信じてよ」
「なんで、お前さんなんだ、宰相?」
「ジェラードが言うには、私が勝利の女神らしいよ」
「ははは……。おもらししそうな女神だな」
彼の言葉に私はダスティンの靴を思いっきり踏んづけた。彼はいてっっと言って、この……と言葉を漏らす。私たちのやり取りに緊張していた部隊が少し和やかなムードになった。
どんどん目的地に向かい、無事到着できたところ、私を中心にたいまつを掲げ、合図を送る。だが……。
「なんだ、何も起こらねえぞ」
ダスティンは不思議がっていた。どういうこと、オークニー男爵はまだ気づいてないのかな。私は思いっきりたいまつを振ると、後ろの方から少し物音がした。
──私の反応より早く、ダスティンは私をかばってともに倒れる。何が起こったのかと思って、頬が冷たくなり、何かが流れていると気づいて、私は指先で撫でた。
「え、うそ、血……?」
「矢だ、見ろ、宰相! 後ろだ」
私が後ろの方を見ると、ぼんやりと人影が見え、護衛の兵が戦闘態勢をとる。徐々に暗闇から現れる白い髪の毛、青白い肌が星にてらされてぼんやり光った。
「まさか、レクスなの……?」
「敵が合図を送るといった情報が入ったので、ここまで来たが、まさかミサ、お前だったとはな……」
そう、魔族軍に捕らえられたときに、ともに旅し、友情を確かなものとした魔族特殊部隊の隊長のレクス、本人だった。私は思わず動揺する中、彼は少し寂しげな瞳を浮かべながら言った。
「運命の皮肉を感じるな……。お前とこうなる日が来るとは。前に別れた時、今度は敵同士と言ったはずだ。出てきてしまった以上仕方がない、お前の命、ここで頂戴する……!」
彼は剣を構え、こちらへと振りかぶってきた──!
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。
Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。
彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。
そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。
この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。
その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

私の療養中に、婚約者と幼馴染が駆け落ちしました──。
Nao*
恋愛
素適な婚約者と近く結婚する私を病魔が襲った。
彼の為にも早く元気になろうと療養する私だったが、一通の手紙を残し彼と私の幼馴染が揃って姿を消してしまう。
どうやら私、彼と幼馴染に裏切られて居たようです──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。最終回の一部、改正してあります。)
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる