上 下
145 / 178
魔族大戦

第百四十五話 ロリータはお年頃

しおりを挟む
 ふう、ストラトフォード要塞防衛戦から、次の日。ここを拠点に、相手の守備の固い要地チチェスタ―地方を奪い返そうと、私は補給網を整備していた。

 前世で記憶した限りではこういうのは軍吏部や給養部の仕事で、宰相の仕事じゃないんだけど、この中世から近世に渡る時代では政府と軍吏が未分化で、軍部にそんな官僚組織はない。そもそも、官僚自体がおぼろげな存在だったのだ、中世ヨーロッパでは。

 もともとは官吏は雇われ契約で、ある一定期間の徴税業務が終わると解雇され、プーになるのもしばしば。絶対王政期に王権が肥大化する中で、国家という存在が出来上がり、国家組織効率化で、官吏から変貌し国や君主に仕える官僚組織ができたのだ。

 それにより徴税がどんどん機能していき、軍事予算が莫大になり、君主と主従関係があっても半ば独立していた地方貴族の自己負担だった軍備を、王家が賄えるようになる。そのあとに常備軍という軍隊が組織され、専門組織の軍人が誕生するのだ。

 このころには騎士は廃れ、役割は終わり、金と契約関係で結ばれた軍隊が出来上がる。これで戦争のたびに解散したり、集まったり、軍備がバラバラで、作戦に従わない貴族や実際の戦いでは自分勝手に動いていた状態から、強力な軍事組織になった。

 要するに官僚なくして軍隊は成り立たない。軍事地点への補給や物資の移動などには軍吏が必要になる。軍隊が大規模になればなるほど、補給がずっと大切になってくる。

 何万という大軍が戦争するのに現地調達ではすぐさま干上がるのだ。大陸同盟戦争でも、私たち官僚が働いていたことを思い出してね。

 私は国内でインフラ整備を命じた後、前線への補給路を構築するため、官僚たちにあれこれ指示をしていた。私の執務室にジェラードがノックしてくる。すぐさま私は「どうぞ」と彼を迎えた。

「ジェラード、ストラトフォード要塞の物資が充填するには数週間かかるから、その間、軍事行動は控えてね」
「ああ、そのつもりだ。今回の要塞戦で得た経験は大きい。今まで最新技術の装備をうまく使いこなせてないことがよくわかった。ナターシャの砲撃の弾道計算などは、座学によって士官たちに学ばせないといけない。

 彼女に講師を頼んでくれないか、ミサ。技術畑の意見と現場の軍人の意見をすり合わせる必要がある」
「わかった、私から彼女に言っておく」

「あとそれとだ、ミサに頼みごとがもう一つある」
「なに、私にできることなら協力するわ」

「昨夜の戦いを聞きつけて傭兵たちが集まってきている。彼らをうまく扱ってくれないか。お前が」
「どういうこと? 私は軍事は専門外よ」

「そういうことじゃない。彼ら傭兵はもとは貴族がほとんどだ。だが、この魔族との戦争で、王家が実質倒れた国々も多い。

 それに仕えていた貴族たちは、魔族に領地を奪われ、自分たちを養うために傭兵へと身をやつしている。家族や配下を養うために金で雇われ、魔族に加担する者も多い。

 傭兵業が各地で盛んになっているのだ。これだけ聞けば我が国がどうこうする話ではないように聞こえるが、傭兵は金や物資が尽きると、周り一帯を不法に略奪し、村や町に火をつけていく。この戦争で我々が現地調達が難しいのはそのためだ。

 戦地は今や荒れ果てている。これを何とかしないと、今後の作戦にも影響が出るだろう。こういう交渉事は私よりもお前向きだろう、ミサ。彼らの事を頼まれてくれないか?」
「なるほど、よくわかったわ。私に任せて」

 要は私たちの戦争の邪魔になっている傭兵をうまく国が扱ってくれってことね。お安い御用よ。こうしたわけで、この要塞に集まっていた、傭兵団のトップと私は会談することになったのだ。

「私はネーザン宰相にて統一国宰相であるミサよ。貴方は?」
「俺はダスティンという。この辺りじゃあ、ダスティン傭兵団と言えば、すぐさま敵もしっぽまいて逃げ出すぜ。ははは──」

 豪快な笑いを始めたダスティン。私の調べた限りでは魔族との戦争で領地を失った東方貴族で、これを恨みと思ったのか、主に魔族相手に各地で転戦をしていたようだ。傭兵たちに顔がきくし、ちょうどこういう名の知れた傭兵団と交渉したいと思っていたところだ。

「自信がおありのようね、ダスティン。貴方の大きな態度と同じぐらい私は戦果を期待してもいいかしら?」
「嫌味ったらしい言い方だな宰相。俺に任せれば、魔族なんてかかしと同じだ」

「そう、よかったわ。私はネーザン国民の血税を扱っている立場、無駄な税金の使い道は避けたいところだわ。で、こちらにいくらで付く?」
「ふっ、話が早え、流石宰相だ。俺たちは傭兵だ、金がなければ戦争なんてできねえし、飯すら食えねえ。

 俺たち傭兵団4000余りが3万リーガンでアンタっところへついてやる。報酬は前払い、ただし、戦場で活躍した場合はこれに上乗せをしてもらう。どうだ?」

 3万リーガンか、お手頃ね。精強な兵がこれくらいで手に入るなら、喜んで出すけど。何せ最近ネーザン国内はインフラ整備政策のおかげで、経済成長が著しい。

 工業化が進み、今や大陸の工場となっている。来年度では税収は黒字化するみたいだし、この戦時下、いくらでもネーザン国債を買う商人はいる。

 だがあえて私は不満を口にした。

「3万ね……。少し、吹っ掛けたんじゃないの?」
「おいおい、3万ぐらい宰相ならすぐに出せるだろう。他の傭兵団と照らし合わせて考えても、正当な要求額だ。俺たちの腕が不安なのか?」

「言うわね。では言わせてもらうわ。この戦いが終わったら貴方たち傭兵団はどうするつもりなの。まさか敵に付いたりしないわよね」
「それは俺たちの勝手だ。アンタの指図を受けるつもりはない」

「困るのよね。職にあぶれた傭兵団が、各国を荒らして回られると。統一宰相自ら雇った傭兵団が、強盗化してもらっては」
「俺たちはそんなことはしねえ。食うためにやってるだけだ。アンタ、俺を挑発しているのか?」

「食うために必死なのよね。そりゃ、金に困れば略奪するわよね。困ったわね」
「ちっ、せっかくはるばるストラトフォードに来たのに、手ぶらで帰れってのか、お前さんは」

「違うわ、私は貴方を生涯雇いたいのよ。──軍人としてね……!」
「なっ……!」

 じつは私の世界での傭兵は、騎士の時代のあと、主な戦場の主役として活躍していたのだ。スイス傭兵団とか、ドイツのランツクネヒトとか。勝手気ままな貴族たちを使うより、金で雇って戦争させた方が確実で、安上がりだった時代がある。

 しかし、傭兵は契約が切れたり、金銭の支払いが滞ると、すぐに街々を荒らしていった。ドイツ三十年戦争で傭兵がドイツ領土を荒らしまくり、野盗団と化してしまっていたのだ。

 土地は荒廃し、長い戦いの後、このような破滅的戦争をやめるようウェストファリア条約の決着で西ヨーロッパ諸国が実質、封建国家から主権国家へと変貌するほど、国の体制が変わる契機となった。

 そのときのドイツの被害は一説によると全国民の20%、800万人ほどを失い、軍事的、経済的打撃を受けたハプスブルク神聖ローマ帝国は解体することとなった。人によってはこの条約を持って、中世の時代の終わりとする学者もいる。

 この後、ドイツ傭兵はどうなったかというと、ほとんどが消えた。というのも強制的に解散させられたり、金になる職業じゃあなくなったり、私が提案するような、君主に仕える軍人になったのだ。この時代の戦争経験豊富な傭兵はぶっちゃけ貴族とか騎士より役に立つ。

 傭兵団は国軍の連隊と化した。また、脈々とヨーロッパの歴史に名を連ねた傭兵の名前もある。つまり、勝手に荒らされるよりか、軍人として雇った方が、敵に付かれることがないし、統治の上で重要になってくる。

 もちろんこの世界では前例がなかったことで、ダスティンは動揺を隠せなかった。彼は口を重そうに開いた。

「あんた、信じていいのか?」
「ええ、そうよ、貴方たち傭兵団の名はネーザン国内でも知られているわ。なら、その勇名さを買って、ネーザン王家に仕えてみない? 軍人年金もあるわよ。もう無意味に人を殺したり、傷つけたりしなくてもいい。老後は別荘でも買いなさい。

 ──ね、りっぱな公務員採用よ、どう?」

 私の言葉にダスティンは少し涙ぐんだようだ。

「ずず……、いや、すまねえ。情けねえな。今まで部下を屋根のある家に泊めさせることなく、寝食に事欠くありさまだったからな。これは、俺たち傭兵団だけの事じゃねえ。他の傭兵だって同じだ。やりたくてやってるんじゃねえ。

 こんな戦争の時代、誰かを傷つけないと生きていけねえんだ。そんなクソみたいな現実だったさ……。ありがてえ話じゃねえか。本気でそのつもりなら、喜んでアンタ……いや、宰相閣下の申し出を受けよう。ただし……」
「ただし……?」

「俺たちだけではなく、他の傭兵団にも声をかけてくれねえか? 俺たちと同じ気持ちの奴がいっぱいいるんだ。アンタみたいな幼女にこき使われて、戦場を駆け巡るなんてそりゃあたまんねえだろ?」

「わかった、そのつもりよ。その代わり、ちゃんと言うこと聞いてもらうわよ。フリーランスじゃなく宮仕えになるんだから」
「ああ、もちろんだ!」

 彼は笑顔で手を差し出し、私はそれを握り返す。こうやって、新しい戦争の時代へと軍事状況は変わっていく。交渉がまとまった後、応接室から外に出ると、ミリシアがすごく可愛い女の子を連れて、何かなだめているようだった。

「ねえ、そんなにいじけないの。部屋にこもってばっかりじゃ気が滅入るでしょ」
「だって、だって、みんな私の事をいじめるもん……」

 何この娘めっちゃ可愛いんだけど。透き通るような金髪で、横髪を三つ編みにした、セミロングの女の子。清楚な白いドレスが彼女にぴったりで、見た目11、12歳ぐらいだろうか。とにかく愛らしい女の子だった。ミリシアはその娘の頭をなで始める。

「だれも貴女をいじめたりしないわよ。ほら、みんな興味津々に眺めているわ。可愛いって」
「か、可愛くないもん……! 一人の方が良いもん……。だって、みんな最初はにこやかにしても、ひどいこと言うもん……」

 こんなかわいい子にひどいこと言うわけないじゃん、ナターシャみたいな図太い神経していない限り。あ、あれ、そういえば、この娘、ナターシャに似てる……!

「大丈夫、今日はロリータ服を洗濯してるんだから、普段の貴女でみんなに接してみようね……、──ナターシャ」

「あっ──!!!」

 彼女の名前を聞いて、私は大声をあげてしまった。当のナターシャは「ひっ……!」と言って、ミリシアの後ろに隠れてしまった。そういう仕草もいじらしいじゃん。じゃなくて!

「えっ、ミリシア、ナターシャなの、この娘?」
「ええ、そうよ。ほら、ミサが来たわよ、挨拶したら、ナターシャ?」

「あの……その……、こ、こ、こ、こ、こんにちわ、おはようございます!」

 と言ってナターシャはすごい勢いで、腰を折って礼をした。ギャップ萌え!!! いいじゃん、ナターシャ! こっちの方が好きだわ私。

「ミリシア、どういうこと、これ?」
「それは……、本人に聞いた方が良いんじゃない。ねえ、ナターシャ?」

「あ、あの……、その……」

 とナターシャはまごつく。なんだなんだロリータ伯爵、本気の白ロリータに変身か? 彼女は言いにくそうに語り始めた。

「わ、わたし、昔から、引っ込み思案で……。他人と付き合うのが苦手で……。ちっちゃいころ、私、魔族と人間のハーフだし、友達からすごくからかわれて。男の子とかすごく苦手で。

 だから、その……、部屋に引きこもって、本が読むのが好き、だ、だたんです。でも、ミリシア様は、友達作った方が良いって、言って……。私こんなんだから、外に出るのも恥ずかしくて……。

 でも、ミリシア様が着せてくれたロリータ服で武装すると、何故だか、気持ちが大きくなって、その、ご、ごめんなさい! ミサにいつも迷惑かけちゃって……。私の事……キライにならないで……!!!」
「ギャップ萌え!!!」

 うるうると涙目になりながら、懇願するナターシャに私はノックアウトされてしまった。つまり、ナターシャの地はこっちってことか。あらー。いいですわー。はかどりますわー! 私が彼女の手を握ると、ナターシャは頬を赤らめてしまった。

「あっ、あの……。ミサ……さん……」
「私たち友達じゃない! 嫌いになるわけないでしょ! 貴女のこと大好きよ、ナターシャ」

「あ、ミサ……。うれしい……!」
「ということで、私についてらっしゃい──!」

「えっ──!?」

 私は彼女の手を引っ張って、作戦会議室にいるジェラードに彼女を紹介する。

「ジェラード、こんにちは、ね。じゃ、ナターシャ、挨拶」
「こここ、こんにち、わございます! ジェラード、様……!」

「は!?」

 もじもじしだすナターシャに百戦錬磨のジェラードも戸惑っている。彼は頭に疑問符が付いたまま尋ねた。

「な、ナターシャ。君はあのナターシャ君かい?」
「は、は、はい、その、その、ナターシャです……。こんな、姿で……。は、恥ずかしい……!」

 ドキーンと顔が赤くなるジェラード。いいリアクションじゃないですか、ジェラード。あとでいじってやる。私は満足したので、彼に別れを告げた。

「ということで、ジェラード、さよなら」
「は!? ど、どういうことだ、ミサ!?」

 私は笑いながら、さっさと作戦会議室から出ていって、パステルを探した。いた。私はパステルにナターシャを紹介する。

「うっす、パステル。この娘、ナターシャ。はい、挨拶して、ナターシャ」
「こ、ここ、こく、こ、おはようございます!」

「おはよう……って、えっ、ナターシャって、あのナターシャさんですか? まじで?」
「そ、その、そのナターシャです……。こんな私、嫌いですか……?」

 ドキーンと顔が赤くなる。パステル。いやあ、おいしいリアクション頂きました。はかどりますわー。用が済んだので、パステルに別れを告げた。

「ということで、じゃ、パステル、元気で」
「ちょっと待って、どういうことですか、ミサ様──!!」

 そそくさとその場から立ち去る私たち。私の目的に気づいたナターシャは文句を言い始めた。

「ひ、ひどい、ひどいです! ミサ。わ、わたしが、引っ込み思案なのをみんなに見せびらかせて……ひどい……!」
「違うわよ、アンタが可愛いからみんなに披露してるのよ。ジェラードもパステルも前のナターシャより、今のナターシャを好きになったと思うわ。友達出来てよかったね、ナターシャ!」

「わ、わたし、可愛くなんて、ないもん……!」

 そこに通りがかりのジョセフが出現した。

「おや、ミサ様たちが魔族軍に襲われたと聞いて、急いで駆けつけてきたのですが、もう、戦いは終わっていたようですね。あれ、その娘は……」
「はい! ナターシャ、挨拶」

「こ、こ、こ、こんばんは! えっと、その……ナターシャ、です……」
「ああ、ナターシャ、久しぶりだな。前にレスターでさらった時から、あまり会う機会はなかったが、すごく似合っているよ、その恰好」

 えっ……! ちょっとまって……。私は平然としているジョセフに尋ねた。

「この娘が、ナターシャだってわかってるの、ジョセフ!?」

「ええ、どう見てもそうじゃないですか、ミサ様」
「ええー。あの、国士無双のナターシャだよ。ロリータ伯爵だよ。驚かないの?」

「まあ、いろんな女性とは経験してますから」
「こいつ……!」

 このスケベ! ジョセフレベルになると、ナターシャはターゲット範囲内なのか、女の区別がつくようだ。ジョセフが膝をつき、ナターシャの手を取る。彼女は「きゃ……!」と言って顔が真っ赤になった。ジョセフは、

「これはお近づきのしるしに……!」

 と、手の甲にキスをした。ナターシャは「な、な、な、な」と言って、慌てふためいている。ヤカンが沸騰したのだろう、ナターシャはジョセフに向かって思いっきりビンタをした!

「きゃあああああ──!!! は、恥ずかしい──!!! ジョセフさんのスケベ、えっち、ヘンタイ──!!!」

 激しいビンタにジョセフは壁にめり込んだ。ナターシャはすごい勢いで、内またでこの場から走り去った。私は彼の頭をつつきながらため息をついた。

「あんた、やり過ぎよ。ロリータの扱いはまだまだじゃないの……?」
「き、肝に銘じます……」

 とまあ、こうやって楽しんだ後、ナターシャを探していると、もう、前の白ロリータ衣装に戻っていた。

「ほーほっほ! 無想転生のナターシャ、ふっかーつ!!!」
「あーあ、もとに戻った。残念」

「し、仕方ないですわ! あれじゃあ、他人と話もできませんもの」
「なんで、いつもと衣装が違ったの?」

「まあ、昨日要塞戦で砲兵指導をしていたでしょう? 硝煙やら爆発やらで私の服がススだらけになってしまいまして。このロリータ服を洗濯していたのですわ!」
「なるほどね……。ねえ、その服脱いで、さっきのドレスに着替えない? もっかいだけ!」

「いやですわ!」
「あーあ。すねちゃったか。むう、さっきのナターシャ、めっちゃ可愛かったのになあ……」

「……この姿のわたくしはお嫌いですか、ミサ……?」
「うーん……、好き!」

「まあ、わたくしもよ、ミサ……!」

 と、ナターシャは力いっぱい私を抱きしめた。はかどりますわー。ほんと、人にはいろんなことがあるんだなあと、今さらながら勉強になった一日だった……。
しおりを挟む

処理中です...