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魔族大戦
第百四十話 国民の審判
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国葬が成功し、平民たちがオリヴィアを首相として認める言説が飛び交っていた。私は国葬で荒れた部分を総括して終わった後、オリヴィアをこんどは個室付きのバーで飲もうと誘った。
ここは政府関係の要人がひいきにしている店だ。前行ったカフェで酒が飲めるところより、会員制で話が漏れない。
オリヴィアが来た時、彼女は複雑な表情をしていた。前回は脅しを含めた警告を私から受けたので当然だ。
彼女が席に着くと私はにこやかに言った。
「国葬の演説は見事だったわ。貴女は精一杯よくやった、これで民衆たちの貴女への見る目が変わってくるわ。共和党の自滅によってたまたま権力を手に入れた少女首相から、りっぱな平民宰相へと」
「……でも、私が犯した罪は変わりません。私がウェル君が死ぬ原因を作ったんですから」
「オリヴィア。貴女には時間が必要みたいね。それともこれ以上の自信になる成果が欲しいのかしら?」
「……わかりません。ただ、私が首相となったことで、彼の未来が変わってしまいました。私なんかが権力を握っていいものなんでしょうか? 今でも自分の中で答えを出せません」
それは私がいつも思っていること。私はウェリントンに命じられるまま、宰相をやってきたけど、時間が経てば経つほどその疑問は大きくなっていく。だから、経験者として、私はオリヴィアに助言をする。
「ねえ、オリヴィア。権力とは恐ろしいものよ。一歩間違えれば、人の命を簡単に左右する。その人に手に余る権力を握ってしまうと、カンビアスやラットフォール元公爵、そしてリングのように国民の災厄となってしまう。
わかるかしら? 私が貴方と同じように常に権力の意義を問い続ける意味を。他人を幸福にするのも、不幸にするのも私たち次第なのよ。
リーダーとは常に孤独で、薄氷を踏むような毎日を送らないといけない。誤った選択は命に係わる。そんな日常。これが理解できるものしか権力を握っちゃいけないのよ。
もし貴女が権力に溺れてしまえば、宰相である私が貴女を何とかする。それとは反対に私が権力に溺れてしまえば、今度は貴女が私を何とかするのよ。
そのための宰相制と三院内閣制、権力をお互いに制御することでこの国の暴走を食い止めることが出来る。
貴女がしっかりしなきゃ、私がおかしくなったときナイフを突きつける政治家がいなくなるわ」
真剣なトーンの私の言葉にそっと目をつぶり、オリヴィアは静かに答える。
「はい……。その言葉を重く受け止めさせていただきます……」
彼女の決意を確かめた後、私はテーブルに書類を出した。予想外だったのだろう、オリヴィアは驚いた様子で尋ねてきた。
「ミサ様……それは?」
「きっと、今の貴女ならこの書類を受け取る資格があると思って持ってきたの」
「資格がある……とは?」
「この書類は王宮襲撃事件とグリードの事件の調査を総括した政府機密書類よ。今知りえるすべての真相がここに書かれている。オリヴィア、これを貴女が自由になさい」
「なっ!? そ、そんなことできません! 私にはそんな資格は……!」
「その資格があると私が見込んだから、貴女に渡すの、この資料を。一応言っておくけど、この資料には写しがない。これを焼けば証拠が消えて、貴女の罪は後世でも陰謀論でしか語られないでしょう。
もちろん、墓場まで持って行っても構わないわ。貴女の好きにしなさい」
書類を彼女に突きつけ、私はにこやかにするよう務めた。オリヴィアは恐る恐る、手を伸ばして機密書類を受け取った。
彼女はじっくり資料に目を通し、ときには驚き、ときには涙ぐんだ。真実は時に残酷だ、当事者にとっては。愛する者を害し、失った者には特に。
ひとしきりオリヴィアは考え込んだ後、ポツリと私に告げた。
「……ミサ様、私が好きにしてもいいんですか? これを」
「どうぞ、ご自由に」
私の答えに彼女は丁寧にバッグに書類を詰め込む。少し、憂鬱気な表情を浮かべながら。ひとしきりの逡巡。静寂。過去の沈黙にさよならした後、私とオリヴィアは酒を飲みかわしながらグリードの昔話に花を咲かせた。
これが今できる精一杯の私たちなりの彼への国葬だった。
数日が過ぎ、平民院国会でオリヴィアは渡した王宮襲撃事件やグリード事件の資料を自ら公にした。共和党からは非難の声。もしくは、グリードを引きずり下ろしてしまい、現在の分裂した共和派の現状を嘆いていた。
オリヴィアへ容赦ない質問が飛んでいき、それでも彼女は信念をもって真摯に応えた。そうやってうまくやりながら、積みあがっていた重要法案をすべて通した後、締めくくりにオリヴィアはこう演説した。
「皆様に明らかにしたように、これがネーザンに潜んでいた闇の真実です。権力の腐敗、古い時代の因習、それが今でも私たちにしがみついてきます。
でも、私たちは変わらないといけません。もちろん無実のグリード首相を牢に入れるために工作した私の罪は消えません。今までの悲しみ、犯してきた罪は未来永劫付きまとうでしょう。
しかし、我々は生きています。今いる人々に何ができるか、未来に向けてどうこの国の仕組みづくりをするか、この機会に皆と一緒に真剣に考えないといけません。
人の命は尊い。それと同時にはかなく散ってしまうもの。私たち平民代表は国民の命を預かっています。
私はおのれの罪を反省し、明日へとつなげるために、平民たち、ひいては国民の命の価値を高めるために、人権向上のための法整備をし、ギロチンなど残酷な公開処刑などを取りやめさせ、もっと命の尊さを法的に担保できるようにしたいと思います。
戦争の時代に生きている私たちだからこそ、未来の命を守るために、仕組みづくりをしないといけません。
もちろん皆さまがご指摘の通り、私がその任にふさわしくないと思う方もいらっしゃるでしょう。
ですから、今、誰が平民院首相にふさわしいか、再度私は国民に信を問いたいと思います。
今度の選挙は不正もなく、陰謀、工作などなく、ただひたすら国民の真意を私は知りたいのです。真実を知った国民の審判を私は真正面からこの身で受けたいと思います。
よって、平民院内閣首相、オリヴィア・ウェインが内閣法に基づく、平民院議会解散をここに宣言します。解散!」
「万歳! ネーザン国万歳! 国王陛下万歳!!!」
彼女の言葉に応えて、大拍手の中、立ち上がった議員たちは一斉に万歳を唱えた。今度はグリードのときとは違い、きちんとすべての党にオリヴィアは根回しをした。
彼女が再選挙をしたいと私に言った時、最初は止めたけど、彼女の決意が固いことがわかって、ただ、やりたいようにやりなさいと答えた。
彼女が率いる民主党にとっては、圧倒的多数を占める議席を捨てる政治的利益が薄い。でも、彼女は誠意をもって、国民に、平民たちに委ねたのだ。
こうしてオリヴィアが本当の意味での首相になる選挙、禊の儀式が始まった。
激しい選挙戦の中、仕事が片付いたので、自宅でレオは私とお茶を飲みながらこのことを話していた。
「ミサ様、なんでオリヴィア平民総理は解散をしたのでしょう。なんか、理解できない展開です」
「まずは彼女の気持ちの問題ね。このまま、グリードをハメた魔女の首相として、平民総理に収まるのではなく、本当の意味での平民たちの宰相になりたいんでしょう。まあでも、オリヴィアにとっても政治的思惑はあるわよ」
「政治的思惑? なんでしょう」
「これから先、魔族との戦争が激しくなり、政治の舞台は大きく揺さぶられることがあるかもしれない。その時、オリヴィアの禊もなく、だらだらと首相に居座って事態が悪くなったときに、野党や不平をこぼす国民より総攻撃されたら、重要な法案が通らなくなる。
彼女が辞めたとしても、再選挙が行われるまで平民院は民主党が与党よ。総理が変わったからといって事態はあまり変わらない。また、激化した戦時中での国会空転は国民たちの命に係わる。
この前みたいに物資が不足しているのに平民院が空転など起こして、機能不全になってしまったらどんどん餓死者が増えて行く。
ネーザンの国内問題を解決できる重要法案をすべて通した今、安定しているうちに解散して選挙に勝てば、国民の総意によってオリヴィア率いる民主党が平民院与党であるということを大きく権威づけることになる。
後々のことを考えると、できるだけ早く解散をして、のちに国民に降りかかりそうなリスクを避けたとみるべきね。
これは平民たちのための解散よ。選挙に勝つためだけに選挙して税金を使っても、国民のためになるとは限らない。
彼女の判断は賢かったと思うわよ、グリード事件の真相を公開したこのときに平民院を解散したのは。
やっぱり、オリヴィアは政治的手腕が優れているようね。レオも彼女の動きをよく勉強なさい。あれが数々の修羅場をくぐってきた女の意地よ」
「女の意地……? よく、わかりませんが、ミサ様といるとほんと勉強になります。わかりました、僕、オリヴィアさんの動向をチェックします」
「ええ、そうするといいわ」
新聞や街中で選挙戦の激しい言論が飛び交うなか、オリヴィアは支援団体や、潤沢な政治資金を使って、上手く共和派の攻撃を先手先手で封じていく。
彼女の選挙のやり方は地盤を使いながらも巧みに平民たちに訴えかけて、確実に票を増やすやり方だ。地元の有力者たちに頭を下げ、時には選挙票で不利な地域では自ら演説をし、どんどん彼女を支援する人間も増えて行く。
──そして……。
「私、メアリー・オブ・ウェストミンスターは国王陛下の名のもとに、オリヴィア・ウェインが首相であることを認めます。おめでとう、オリヴィア」
王宮で拍手の中に包まれるオリヴィアがそこにいた。彼女はこの難事をむしろ好機として、議席は圧倒的多数を占めたまま選挙戦を終えた。彼女はその報告のために、王家であるメアリーへの謁見を行っている。
宰相である私は儀礼的にこの出来事を権威づけるために付き添った形だ。オリヴィアはかしこまって、弁を述べた。
「わたくし、オリヴィア・ウェインはメアリー殿下のために、いかなる辛苦といえども耐え忍ぶ覚悟でございます」
「殊勝な言葉、見事です。こんどは簡単に解散なんてせずに、長く平民首相のままでいてくださいね。このまま、コロコロ総理が変わると人の名前を覚えるのが大変で、大変で──」
彼女のいつものうっかりが出て、メアリーのお付きの年老いた女貴族が咳払いをし、メアリーは「まあ……」と漏らし、辺りで笑いが起こった。軽い失態からすぐさま彼女は気を取り直し、私へと話しかける。
「ミサ宰相、よくここまでネーザンを立て直してくれました。これで、ネーザン国内は安定し、餓えに苦しむ民もいなくなったと聞きます。国王陛下に代わり貴女に感謝します」
「はっ! すべては王家の御威光による賜物。これでネーザン国は魔族との戦いに重点を置けるでしょう」
「戦争ね……。戦況はどうなっていますか?」
「依然変わらず、一進一退の攻防、しかし、ネーザン国内が平らかになった今日この日、いずれ、よき知らせを持って帰りとう存じます」
「持って帰るとは……?」
「実は私と常々親交あるテットベリー伯爵より、迫りくる彼らの西部戦線への出陣の際、私に同行してもらいたいとの要請がありました」
「えっ! ミサ行っちゃうの!?」
メアリーがまた素っ頓狂な声をあげると、おばあさん貴族に咳ばらいをされてしまう。メアリーは苦い顔しながら、だから謁見って嫌なのよねーと独り言を漏らした後、私に聞き直した。
「つまり、ミサ宰相も戦線に赴くと? なぜです」
「私は魔族に捕らえられて、ウェストヘイムの地理や魔族たちのことを詳しい人間です。私の知識は西部戦線で役立つことでしょう。
それに軍事的な話ですが、国防庁より、物資輸送が戦争で難しくなる中、現場で指揮をして輸送の確保を政治的に解決してほしいとの要請もありました。
ご心配おかけしますが、必ず私は生きてメアリー殿下や国王陛下に再びお目にかかりたく存じます」
「……私が何言っても、どうしようもない事態になっているんですね。わかりました、なら貴女が不在中にネーザン国内はどうしますか?」
「宰相府官房長官のもと、政府は万全の備えを持って国政に当たり、私は西部でそれを支援いたします。また、この度にすべての身分において安定政権が成り立った今こそ、私が戦線に赴き、なるべく早くに戦争の解決に挑みたく存じます」
「……貴女なら、この戦争を終わらせることが出来ますか?」
「はい、必ず。この終わりなき憎しみの連鎖を断ち切り、すべての戦争を終わらせるための戦争を無事成し遂げたく存じます」
「よくぞ言ってくれました。東部の国王陛下もお喜びでしょう、私はこの王宮で貴方の帰りを……。ってもう、待つのはいや! 国王代理も疲れた! てっとり早く戦争終わらしてよ、ミサああぁ──!」
って泣き言をいいながらメアリーったら私に抱き着いてきた。わかってる。わかってるって、早くめんどくさい王家の代理なんて終わらせて、昔みたいに気ままに小説を書きたいんでしょう。
私がなんとかするから、そんなに泣かないでよ。ていうか泣くことないじゃない、よっぽどつらかったのか、ウェリントンの代理は。
王宮内で笑いがこみ上げる中、私はあとでメアリーやオリヴィアと親しく先のことを話しながら、これからの戦争の事で頭がいっぱいだった。
ここは政府関係の要人がひいきにしている店だ。前行ったカフェで酒が飲めるところより、会員制で話が漏れない。
オリヴィアが来た時、彼女は複雑な表情をしていた。前回は脅しを含めた警告を私から受けたので当然だ。
彼女が席に着くと私はにこやかに言った。
「国葬の演説は見事だったわ。貴女は精一杯よくやった、これで民衆たちの貴女への見る目が変わってくるわ。共和党の自滅によってたまたま権力を手に入れた少女首相から、りっぱな平民宰相へと」
「……でも、私が犯した罪は変わりません。私がウェル君が死ぬ原因を作ったんですから」
「オリヴィア。貴女には時間が必要みたいね。それともこれ以上の自信になる成果が欲しいのかしら?」
「……わかりません。ただ、私が首相となったことで、彼の未来が変わってしまいました。私なんかが権力を握っていいものなんでしょうか? 今でも自分の中で答えを出せません」
それは私がいつも思っていること。私はウェリントンに命じられるまま、宰相をやってきたけど、時間が経てば経つほどその疑問は大きくなっていく。だから、経験者として、私はオリヴィアに助言をする。
「ねえ、オリヴィア。権力とは恐ろしいものよ。一歩間違えれば、人の命を簡単に左右する。その人に手に余る権力を握ってしまうと、カンビアスやラットフォール元公爵、そしてリングのように国民の災厄となってしまう。
わかるかしら? 私が貴方と同じように常に権力の意義を問い続ける意味を。他人を幸福にするのも、不幸にするのも私たち次第なのよ。
リーダーとは常に孤独で、薄氷を踏むような毎日を送らないといけない。誤った選択は命に係わる。そんな日常。これが理解できるものしか権力を握っちゃいけないのよ。
もし貴女が権力に溺れてしまえば、宰相である私が貴女を何とかする。それとは反対に私が権力に溺れてしまえば、今度は貴女が私を何とかするのよ。
そのための宰相制と三院内閣制、権力をお互いに制御することでこの国の暴走を食い止めることが出来る。
貴女がしっかりしなきゃ、私がおかしくなったときナイフを突きつける政治家がいなくなるわ」
真剣なトーンの私の言葉にそっと目をつぶり、オリヴィアは静かに答える。
「はい……。その言葉を重く受け止めさせていただきます……」
彼女の決意を確かめた後、私はテーブルに書類を出した。予想外だったのだろう、オリヴィアは驚いた様子で尋ねてきた。
「ミサ様……それは?」
「きっと、今の貴女ならこの書類を受け取る資格があると思って持ってきたの」
「資格がある……とは?」
「この書類は王宮襲撃事件とグリードの事件の調査を総括した政府機密書類よ。今知りえるすべての真相がここに書かれている。オリヴィア、これを貴女が自由になさい」
「なっ!? そ、そんなことできません! 私にはそんな資格は……!」
「その資格があると私が見込んだから、貴女に渡すの、この資料を。一応言っておくけど、この資料には写しがない。これを焼けば証拠が消えて、貴女の罪は後世でも陰謀論でしか語られないでしょう。
もちろん、墓場まで持って行っても構わないわ。貴女の好きにしなさい」
書類を彼女に突きつけ、私はにこやかにするよう務めた。オリヴィアは恐る恐る、手を伸ばして機密書類を受け取った。
彼女はじっくり資料に目を通し、ときには驚き、ときには涙ぐんだ。真実は時に残酷だ、当事者にとっては。愛する者を害し、失った者には特に。
ひとしきりオリヴィアは考え込んだ後、ポツリと私に告げた。
「……ミサ様、私が好きにしてもいいんですか? これを」
「どうぞ、ご自由に」
私の答えに彼女は丁寧にバッグに書類を詰め込む。少し、憂鬱気な表情を浮かべながら。ひとしきりの逡巡。静寂。過去の沈黙にさよならした後、私とオリヴィアは酒を飲みかわしながらグリードの昔話に花を咲かせた。
これが今できる精一杯の私たちなりの彼への国葬だった。
数日が過ぎ、平民院国会でオリヴィアは渡した王宮襲撃事件やグリード事件の資料を自ら公にした。共和党からは非難の声。もしくは、グリードを引きずり下ろしてしまい、現在の分裂した共和派の現状を嘆いていた。
オリヴィアへ容赦ない質問が飛んでいき、それでも彼女は信念をもって真摯に応えた。そうやってうまくやりながら、積みあがっていた重要法案をすべて通した後、締めくくりにオリヴィアはこう演説した。
「皆様に明らかにしたように、これがネーザンに潜んでいた闇の真実です。権力の腐敗、古い時代の因習、それが今でも私たちにしがみついてきます。
でも、私たちは変わらないといけません。もちろん無実のグリード首相を牢に入れるために工作した私の罪は消えません。今までの悲しみ、犯してきた罪は未来永劫付きまとうでしょう。
しかし、我々は生きています。今いる人々に何ができるか、未来に向けてどうこの国の仕組みづくりをするか、この機会に皆と一緒に真剣に考えないといけません。
人の命は尊い。それと同時にはかなく散ってしまうもの。私たち平民代表は国民の命を預かっています。
私はおのれの罪を反省し、明日へとつなげるために、平民たち、ひいては国民の命の価値を高めるために、人権向上のための法整備をし、ギロチンなど残酷な公開処刑などを取りやめさせ、もっと命の尊さを法的に担保できるようにしたいと思います。
戦争の時代に生きている私たちだからこそ、未来の命を守るために、仕組みづくりをしないといけません。
もちろん皆さまがご指摘の通り、私がその任にふさわしくないと思う方もいらっしゃるでしょう。
ですから、今、誰が平民院首相にふさわしいか、再度私は国民に信を問いたいと思います。
今度の選挙は不正もなく、陰謀、工作などなく、ただひたすら国民の真意を私は知りたいのです。真実を知った国民の審判を私は真正面からこの身で受けたいと思います。
よって、平民院内閣首相、オリヴィア・ウェインが内閣法に基づく、平民院議会解散をここに宣言します。解散!」
「万歳! ネーザン国万歳! 国王陛下万歳!!!」
彼女の言葉に応えて、大拍手の中、立ち上がった議員たちは一斉に万歳を唱えた。今度はグリードのときとは違い、きちんとすべての党にオリヴィアは根回しをした。
彼女が再選挙をしたいと私に言った時、最初は止めたけど、彼女の決意が固いことがわかって、ただ、やりたいようにやりなさいと答えた。
彼女が率いる民主党にとっては、圧倒的多数を占める議席を捨てる政治的利益が薄い。でも、彼女は誠意をもって、国民に、平民たちに委ねたのだ。
こうしてオリヴィアが本当の意味での首相になる選挙、禊の儀式が始まった。
激しい選挙戦の中、仕事が片付いたので、自宅でレオは私とお茶を飲みながらこのことを話していた。
「ミサ様、なんでオリヴィア平民総理は解散をしたのでしょう。なんか、理解できない展開です」
「まずは彼女の気持ちの問題ね。このまま、グリードをハメた魔女の首相として、平民総理に収まるのではなく、本当の意味での平民たちの宰相になりたいんでしょう。まあでも、オリヴィアにとっても政治的思惑はあるわよ」
「政治的思惑? なんでしょう」
「これから先、魔族との戦争が激しくなり、政治の舞台は大きく揺さぶられることがあるかもしれない。その時、オリヴィアの禊もなく、だらだらと首相に居座って事態が悪くなったときに、野党や不平をこぼす国民より総攻撃されたら、重要な法案が通らなくなる。
彼女が辞めたとしても、再選挙が行われるまで平民院は民主党が与党よ。総理が変わったからといって事態はあまり変わらない。また、激化した戦時中での国会空転は国民たちの命に係わる。
この前みたいに物資が不足しているのに平民院が空転など起こして、機能不全になってしまったらどんどん餓死者が増えて行く。
ネーザンの国内問題を解決できる重要法案をすべて通した今、安定しているうちに解散して選挙に勝てば、国民の総意によってオリヴィア率いる民主党が平民院与党であるということを大きく権威づけることになる。
後々のことを考えると、できるだけ早く解散をして、のちに国民に降りかかりそうなリスクを避けたとみるべきね。
これは平民たちのための解散よ。選挙に勝つためだけに選挙して税金を使っても、国民のためになるとは限らない。
彼女の判断は賢かったと思うわよ、グリード事件の真相を公開したこのときに平民院を解散したのは。
やっぱり、オリヴィアは政治的手腕が優れているようね。レオも彼女の動きをよく勉強なさい。あれが数々の修羅場をくぐってきた女の意地よ」
「女の意地……? よく、わかりませんが、ミサ様といるとほんと勉強になります。わかりました、僕、オリヴィアさんの動向をチェックします」
「ええ、そうするといいわ」
新聞や街中で選挙戦の激しい言論が飛び交うなか、オリヴィアは支援団体や、潤沢な政治資金を使って、上手く共和派の攻撃を先手先手で封じていく。
彼女の選挙のやり方は地盤を使いながらも巧みに平民たちに訴えかけて、確実に票を増やすやり方だ。地元の有力者たちに頭を下げ、時には選挙票で不利な地域では自ら演説をし、どんどん彼女を支援する人間も増えて行く。
──そして……。
「私、メアリー・オブ・ウェストミンスターは国王陛下の名のもとに、オリヴィア・ウェインが首相であることを認めます。おめでとう、オリヴィア」
王宮で拍手の中に包まれるオリヴィアがそこにいた。彼女はこの難事をむしろ好機として、議席は圧倒的多数を占めたまま選挙戦を終えた。彼女はその報告のために、王家であるメアリーへの謁見を行っている。
宰相である私は儀礼的にこの出来事を権威づけるために付き添った形だ。オリヴィアはかしこまって、弁を述べた。
「わたくし、オリヴィア・ウェインはメアリー殿下のために、いかなる辛苦といえども耐え忍ぶ覚悟でございます」
「殊勝な言葉、見事です。こんどは簡単に解散なんてせずに、長く平民首相のままでいてくださいね。このまま、コロコロ総理が変わると人の名前を覚えるのが大変で、大変で──」
彼女のいつものうっかりが出て、メアリーのお付きの年老いた女貴族が咳払いをし、メアリーは「まあ……」と漏らし、辺りで笑いが起こった。軽い失態からすぐさま彼女は気を取り直し、私へと話しかける。
「ミサ宰相、よくここまでネーザンを立て直してくれました。これで、ネーザン国内は安定し、餓えに苦しむ民もいなくなったと聞きます。国王陛下に代わり貴女に感謝します」
「はっ! すべては王家の御威光による賜物。これでネーザン国は魔族との戦いに重点を置けるでしょう」
「戦争ね……。戦況はどうなっていますか?」
「依然変わらず、一進一退の攻防、しかし、ネーザン国内が平らかになった今日この日、いずれ、よき知らせを持って帰りとう存じます」
「持って帰るとは……?」
「実は私と常々親交あるテットベリー伯爵より、迫りくる彼らの西部戦線への出陣の際、私に同行してもらいたいとの要請がありました」
「えっ! ミサ行っちゃうの!?」
メアリーがまた素っ頓狂な声をあげると、おばあさん貴族に咳ばらいをされてしまう。メアリーは苦い顔しながら、だから謁見って嫌なのよねーと独り言を漏らした後、私に聞き直した。
「つまり、ミサ宰相も戦線に赴くと? なぜです」
「私は魔族に捕らえられて、ウェストヘイムの地理や魔族たちのことを詳しい人間です。私の知識は西部戦線で役立つことでしょう。
それに軍事的な話ですが、国防庁より、物資輸送が戦争で難しくなる中、現場で指揮をして輸送の確保を政治的に解決してほしいとの要請もありました。
ご心配おかけしますが、必ず私は生きてメアリー殿下や国王陛下に再びお目にかかりたく存じます」
「……私が何言っても、どうしようもない事態になっているんですね。わかりました、なら貴女が不在中にネーザン国内はどうしますか?」
「宰相府官房長官のもと、政府は万全の備えを持って国政に当たり、私は西部でそれを支援いたします。また、この度にすべての身分において安定政権が成り立った今こそ、私が戦線に赴き、なるべく早くに戦争の解決に挑みたく存じます」
「……貴女なら、この戦争を終わらせることが出来ますか?」
「はい、必ず。この終わりなき憎しみの連鎖を断ち切り、すべての戦争を終わらせるための戦争を無事成し遂げたく存じます」
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って泣き言をいいながらメアリーったら私に抱き着いてきた。わかってる。わかってるって、早くめんどくさい王家の代理なんて終わらせて、昔みたいに気ままに小説を書きたいんでしょう。
私がなんとかするから、そんなに泣かないでよ。ていうか泣くことないじゃない、よっぽどつらかったのか、ウェリントンの代理は。
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主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
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