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魔族大戦

第百三十四話 ウェル・グリード逮捕

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 平民院選挙でまたもや、ネーザン国内はひっくり返ってしまった。一応選挙期間中は法律でデモは禁止したが、無許可でデモ隊同士が衝突することもたびたびある。

 私はその対応に追われていた。宰相室で官房長官のジャスミンに現在の状況を尋ねた。

「どうなってる、選挙は? 共和党が勝ちそう? 民主党が勝ちそう?」
「およそ五分です。今まで共和党支持派が多かった平民層が、最近の党の迷走具合と共和派の王宮襲撃事件で、平民たちの支持熱が冷めています。

 もともと、共和党は平民の身分向上と平民救済政策の期待によって、支持を集めていただけで、地盤が確かなわけではありません。

 結果はどうあれ議席は大きく減るでしょうね」
「民主党側は?」

「むしろ逆で、勢いづいています。手段が少し汚いとはいえ、議会解散に持ち込んで、ある程度、民衆の中で評価の声が上がっております。

 それに民主党は旧自由党の地盤である元ギルド組合たちや、富裕層に確かな支持を持ち、地盤が固いです。彼らの経済政策も期待されています。

 共和党は逆風にさらされながら、何とか選挙を踏ん張っている状況です」
「ありがと。議会が空転している以上、ウェル・グリードは解散という賭けに出て、民衆に直接訴えかけて、事態をひっくり返そうとしたのだろうけど、そう上手くは行かないでしょうね。

 選挙活動はどう? デモ活動の状態は?」
「日増しに過激化している中、急遽組織された平民たちの保安隊が対策に追われており、何とかやっている状況です。しかし、閣下が先手を打って警察の大規模組織化という下準備があったので、現場の人間は自信があるそうです」

「そう、それは良かった。平民たちの身分向上の一つの希望である、平民の公務員採用もこれならなんとか行けそうね。

 政府としては今の保安隊を警察に組み入れて、治安安定化組織にするつもりだから、しっかり、かじ取りをお願い」
「心得ております。また国民年金の……」

 と彼の話が続く中、ドアをノックする音が聞こえて、私はジャスミンの報告もひとまず済んだし、用件だけ聞こうと思って、来訪者に中に入るように言った。それは国家安全保障局長のリングと副官のラングレーだった。

 リングは私のもとにきて、こう言った。

「閣下、一大事です。至急、閣下のお耳に入れたいことが」
「何?」

「いえ、いま他の者に聞かれては。信頼できるものしか共有できない情報ですので」
「ジャスミンは私の片腕よ」

「存じております、しかし」

 リングはちらりとジャスミンの目を見る。ジャスミンは彼に対しにらみつけていた。仕方ない、これも宰相の仕事だ。

「ジャスミン、今は下がっていいわ」
「……はっ。失礼いたします」

 そうしてジャスミンは振り返った後、ぼそりとリングに恨み言を言う。

「いい気になるなよ、リング」

 リングはそれに答える様子もなく、ジャスミンの背中を見送った。そうして二人っきりになった後、リングはおどけてこう言った。

「いやあ、恐ろしいですな。他人の嫉妬とは」
「無駄口はいいわ、何、耳に入れたい情報って?」

「はっ、実は、王宮襲撃事件の件ですが、私が事件の背景を洗ったところ、驚くべき事実が浮かび上がってきました」
「もったいぶって。何がわかったの?」

「どうやら、首謀者の共和党議員イリーヴは、ウェル・グリード首相の差配によって行動を起こした模様です」
「なんですって! それは事実なの!?」

「ええ、確かな証拠が残っています。ラングレー、閣下に書類をお出ししなさい」

「はっ」

 リングの命令で、私にラングレーは書類を提出する。これは……。この書類を見る限り、明らかにグリードはクロだ。証拠も証言も残っている。

 でも……、王宮襲撃事件で彼と話した時確か、イリーヴが『増税案を逆手にとって王政を打倒しようと……』って言ってたはず。

 彼が固執した富裕層の増税案をだしに、わざわざ王宮を襲撃しようなんて考えるかしら。私の知っている限り、彼は純粋に平民を想っていたはずだ。

 王宮襲撃事件で貴族の平民に対する風当たりが強くなって、平民を弾圧される恐れがあったのに、そんな後先考えないことをするだろうか。彼みたいな頭のいい男が。

 心変わりにしても、直前にオリヴィアと口論を聞いた限り、彼の頑固さには困ったものだけど、平民に対する想いは変わってないはず。

 何かが腑に落ちない……。

 私はちらりと前にいたラングレーの顔を見上げた時、彼はじっと私の方を見ていた。なるほど……、まさか……。

 私は事態を察して、リングにこう言った。

「わかった、書類を吟味して対応するわ。よくやったわリング。これで、グリードも終わりね」
「もちろんでございます。これでまた一つ閣下の邪魔者が消えましたな、ははは……」

「お疲れ、下がっていいわ」
「はい、良しなに」

 そうしてリングとともにラングレーが帰りそうになったので、彼を呼び止める。

「ラングレー、ちょっと待って、書類の件で確認したいんだけど」
「はっ、かしこまりました」

「どうかなさいました、閣下?」

 とリングも振り返ったのに対し、私は、

「いや、また書類の事よ。貴方はゆっくり休みなさい」
「はっ、承知いたしました」

 そう言ってリングを下がらせた後、私はラングレーと話をした。

 選挙期間の日々は過ぎて行って、選挙日当日、私は宰相室で結果の成り行きを見守ることにした。選挙の最新情報を伝えるべくジャスミンが私のもとに来た。

「閣下、大体の情勢はつかめました」
「情報が早いわね、選挙投票日なのにもう結果がわかったの?」

「はい、というのも大差で決着がつきそうですから」
「うん? 大差、どういうこと?」

「実は選挙前に、ある噂が流れたそうです」

 察しはついたけどあえて私は黙って彼の言葉を聞いていた。

「どうやら、ウェル・グリードがイリーヴを使って、王宮襲撃を企て、王権を打破し、共和制にしようとしたそうです」
「そう……。残念ね、彼とは私、友達のつもりだったのに」

「驚かないのですか?」
「ある程度予感はしてたから、ということは民主党が勝ったのね」

「そうですね、選挙期間中に共和党の致命的な噂が流れて、圧倒的不利になりましたから。タイミングが悪すぎた」
「むしろタイミングが良すぎるのよ」

「はっ? まあ、そういう見方もできますが」
「ありがと、これから政府は先のことを見越して、民主党と連携を組むわ。ご苦労様」

「ありがとうございます」

 窓の外を私は見上げた。選挙日なのに、曇り空で雨が降りそうで、私はつい、物悲しくなってしまった。

 事前情報のとおり、民主党の大勝で政権交代が行われた。私は王宮からの首相任命式に参加した。

 勝者のオリヴィアは思いのほか冷静に、メアリーからの首相の証の杖を受け取ったのだった。次にメアリーは彼女にいたわりの言葉を述べた。

「オリヴィア・ウェイン。よくぞこの王宮の危機を救ってくれました。共和派は王権を奪い、自らの願望によって、この王宮を襲撃しました。

 その野望を打ち砕く選挙の結果は、きっと神が生活に苦しむネーザンの民をねぎらってくれたのでしょう。

 重ねて王家より感謝を申し上げ、戦地におられるウェリントン国王陛下の替わりに、私、メアリー・オブ・ウェストミンスターがそなたを平民院首相に任じます」
「ははっ、謹んで拝命つかまつります」

「良かったわ、貴女とは女性同士気が合うこともあるだろうし、たびたび面倒をかけるかもしれないけど、ごめんなさいね」
「もったいなきお言葉。何なりとこの私オリヴィアに申し付けください。メアリー姫殿下」

「ええ、親しくお付き合いをいたしましょう」

 メアリーの言葉に王宮内で拍手が沸き起こる。王宮はオリヴィアのことを歓迎しているムードだ。王宮は共和思想は危険視しているから当然だ。

 首相任命式が終わり、私はオリヴィアと話をしようと声をかけた。

「おめでとう、オリヴィア。貴女やるじゃない!」
「ありがとうございます! ミサ……閣下」
「今まで通りでいいよ」

「あ、そうですかーうれしいです。ミサ様に喜んでいただけるとは光栄です。貴女は私のあこがれですから」
「そうね、お互い年が若い同士、苦労することも多いでしょうけど、ネーザンのために、陛下のために頑張りましょうね」

「はい! もちろんです!」
「あと、ちょっと話があるけど、あとで宰相室に寄ってくれない?」

「えっ、招待してくれるんですかー、嬉しいです。ミサ様に頼みごとがあったので、渡りに船です!」
「そ、じゃあ、あとで」

「はい!」

 こうしてオリヴィアの首相任命式が終わった後、彼女と宰相室で話をすることとなった。私は単刀直入に聞いた。

「お願いって、ウェル・グリードの処遇の事ね」
「流石ミサ様! 頭いいなあ、うらやましいです!」

「貴女ほどじゃないわ、オリヴィア」
「私なんか全然ですよ、とりあえずウェル君どういたしましょうか? どうやらレスター市警から出頭命令が来ている様子です」

「冷静に捜査をするように、新平民首相として、貴女からも言っておいて」
「やはり、元首相の陰謀事件ですから、事が事だけに慎重にならないとですね!」

「ええ、そうよ、ふふふ……」
「あは、あははは……」

「とりあえず今日は貴女は疲れたでしょう、式でいろいろ面倒なことが多かったでしょうに。今日は下がっていいわ」
「うれしー、すごい疲れてたんですよー。流石ミサ様、平民想いですね!」

「ありがと、それじゃあ」
「それでは、失礼します」

 オリヴィアは振り返ってドアに手をかけたところ、静かににらみながら私は彼女に声をかけた。

「……慎重にね、慎重に」
「ええ、もちろん」

 彼女は振り返って笑顔を返してきた。……そう、これからが勝負よ、宰相として、私として……。
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