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魔族大戦
第百三十話 償い
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私があらかじめグリースを呼んでいたのは、教会法を盾に取られた場合、教会裁判を優位にするには彼の弁が必要になってくるからだ。議員もやっているし、神父だもん。心強い助けになってくれるはず!
がんばれ、グリース! 胡散臭い坊主なんてやっつけちゃえ!
こちら側の弁護士はまず、グリースに尋ねた。
「グリース証人、お聞きします。教会では個人が金銭を受け取ることは問題があるのですか?」
「ああ、そうですね。まず、一般人が勘違いしているのは、聖書では富を蓄えることは天国の道を狭めるのです。
貧しきものに天国の扉は大きく開かれ、清貧こそが聖職者のあるべき姿であり、司祭が金銭を受け取ることは忌避されております。
ミサ宰相が申した、ラットフォール公爵から金銭を受け取ったことを公になってしまうと、ヴェスペリア教皇庁の教会制度に明らかに反し、破門も考えられます」
その言葉に司祭である裁判長がハンマーをたたく。
「グリース神父! 私は裁判に関係あることのみの発言を許可したはずです。今の発言は認められません」
「いや、司祭様。これからの俺、いや私の弁を聞いてください。裁判にかかわることです」
グリースの反論に顔を真っ赤にした司祭がとりあえず落ち着いた。うーんどういう論理展開なんだろう。裁判長の機嫌を損ねたら途中で裁判が打ち切られる可能性があるのに。まあ、彼に任せるか。
続けてグリースは証言を始めた。
「まず、皆さんに抑えてもらえたいのは、神における贖罪とは何かです。聖書には悔い改め、神を信じ真実の告白をするものは罪を犯した者でも救われるとされています。
神によって救われるのだから、どんな過ちを犯したものでもやり直しがきき、人々はそれを許そうということです。しかし、重要なのは悔い改めることと、神に真実を述べるということです。
教会法では真実の懺悔したものには神によって罪を許され、教会はそれを認め、罪を許すとされています。
これがいわゆる赦罪です。司祭様、私の見解はどうですか?」
「正しい認識です。教会の律法にあってます。ただし……」
「まあ、まってくださいよ、司祭様。つまり、問題は彼が正しく神を信仰しているかが問題なのです。よく考えてください。本当に神の救いを求めているのなら、わざわざ辛気臭い坊主に金品なんか渡さずに、堂々と教会に寄付をすればいいだけです。
だが、彼はそうしなかった。それはなぜか。実は彼は本当は神の教えを信じていないからです。彼に後ろめたいことがあり、おのれの利益のためだけに神の許しを利用しているから、知ってか知らずか教会法を犯してしまっているのです。
神を信じて悔い改め、真実の告白をしていれば、そんな必要はありませんよ。神によってすべて救われるのですから。そうでしょう、司祭様?」
「う、うーむ、確かに……」
なるほど、信仰の論理矛盾で、元公爵の弁護を崩そうとしているのか、司祭も徐々に彼の弁に耳を傾け始めている。私は教会の事さっぱりだからピンとこないけど、聖職者には刺さる内容らしい。弁舌にどんどん勢いに乗るグリースだった。
「なら答えは簡単です。彼の真実の心を明らかにさせることが、正しい贖罪になります。被告人に尋ねたいのが、なぜ金品を司祭様に渡したかです。
神の御加護を信じているなら、包み隠さずおのれの本心をこの教会裁判所でさらせるはず。本当に神を信仰しているのなら。
だから、なあ。おまえさんさあ、実はいうと本当は神の救いを信じてないんじゃないか、公爵、いや元公爵。真実を答えてみろよ。許しを請え、神の見ているこの場でさあ!」
その言葉に私たちの弁護人は付け加えて元公爵に尋ねた。
「被告人に尋ねます。貴方の信仰をつまびらかにしてください。さあ、いま、ここで。罪を許されたいのなら! できるはず!」
裁判所中の人々が元公爵に視線が集まる。余りもの急な論理展開に、彼はまごついて言葉がでない。それを見た相手側の弁護人は、
「待ってください、時間を……」
と、口を挟もうとしたとき、元公爵クリスは口を震わしながら言葉を放つ。
「……黙って聞いてれば、ぐだぐだぐだぐだと。この私に説教だと! このラットフォール公爵に……!」
あたりに動揺が広がる。あわてて彼の弁護人は「お怒りをお沈め下さ……」と言おうとするが公爵の悪口は止まらなかった。
「ふざけるな! 私はネーザン国、随一の公爵であり、名誉ある血筋、現王ウェリントンの従兄弟だ。なぜ貴様らにこの私が許しを請わねばならんのだ!
大体司祭! お前らのサウスウィンツ大聖堂は私の先祖の寄付であのバカでかい教会を建てられたのだぞ。司祭になれたのも私の父上の後押しがあったからだ。
それをなぜだと! 当然じゃないか。私はラットフォール公爵。富も権力も思いのままにすることが許されている。ああ、そうだ、こいつらに金をやったのはこの私だ。
せいぜい私のために働くようにな。貴様らの着ている豪華な衣装は、この私のおかげで着られているのだ。なぜ、貴様らにひざまずかなければならんのだ。
私は私のためにすべてを動かすことが許される名誉ある公爵だ。それの何が悪い!」
「こ、公爵殿……?」
裁判長の司祭は驚いているのか、あきれているのか、彼を止めることをしなかった。クリスの怒りは静まらず、止まる様子もない。
「いったい貴様ら坊主どもが、私のために何をしてくれた!? 私が幼少のころ、父を失った時なにをしてくれた? 私の母上が、心の病でベッドにずっと伏せっているのに何をしてくれた?
神に祈れ、神に祈れ、神に祈れ。それだけだ! 結局、神など何もしてくれないではないか! 一体私のために神が何をしてくれたのだ! 何もない!
毎日毎日、ウェリントンと比べられて、人からあざけりを受けて、目に涙をためた私に母上はいつも優しく言ってくれた。
……クリス。実はね、貴方が本当の次の王様よ、ウェリントンが王太子なんて嘘よ。絶対にうそ。本当は、このネーザンのすべてが貴方の物よ。
でも奪われたの、彼らに。私たちは真実の王家なのよ。でも……ね、今は違うの。でも……、でも、でも、でも、でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでも……!!!
もううんざりだ! この狂った母に神は何をしてくれた! 神の救い、信仰? そんなもの一銭にもならんではないか!
私が皆にすべてを与えてきたのだ、そうすべてをな。それが報われて何が悪い! おかしいのは貴様らではないか。私から父を奪い、母を奪い、そして公爵位も奪った! 今度は命まで奪うのか? そうだろ?
なあ、答えろ! ほら。そうだろ、何も言えないだろ、結局、貴様らはさあ。なぁ! なあっ!!!」
しんと静まった裁判所、だれも彼に応えない。神さえも。救いようがないからだ。裁判官の一人がそっと裁判長につぶやいた。
「もしかして、元公爵は悪魔に憑りつかれているのではないか?」
「私は公爵だ! ラットフォール公爵だ!」
裁判員に言葉に食って掛かる、クリス。狂気で乱れた様子に裁判長は静かに首を振った。
「……もう、手遅れのようですね。私は真にクリストファー殿の言葉を信じ、悔い改めることを願ったのですが、間違いでした……。
いいでしょう。これで判決を下します。
被告、元公爵クリストファー・オブ・ホワイトローズは嘘の告白をし、神を汚しました。とても恐れ多いことです。
よって、この裁判は無効。赦罪はなし。彼の身柄はネーザン政府に預けるとする。よろしいですね? ミサ殿。グリース神父?」
「もちろんです」
「ありがとうございます、司祭様」
私とグリースは司祭様に返事をし、お互いにハイタッチをした。私があらかじめ呼びつけておいたレスター市警が元ラットフォール公爵を取り押さえる。彼はわめき散らした。
「その汚い手を放せ! 私はラットフォール公爵だぞ! ネーザン王位を継承すべき、選ばれた男だ! ええい、離せ!」
哀れなやつ。自分だけが不幸だと思って、すべてを他人のせいにして、だれも信じてない。誰も信じないから、確かな権力、玉座にしがみつこうとした。
結局のところ、自分がいくら不幸であっても、自分から救われるよう手を伸ばさなければ、だれも貴方を救えない。……そう、神でさえも。
貴方の境遇は同情するけど、だからって人をあやつり、害し、殺めていいものではない。誰も信じられなかっただけのただの男。
ほんと、可哀そうに……。
私は昔の自分を見ているみたいでいやになって、黄昏ていたい気分であったが、グリースは私の肩に手を置いた。
「これでよかったんだろ?」
「ええ、ありがと、グリース。来てくれて助かったわ」
「気にすんな。あの元公爵のおのれの咎だ。お前が気にする必要はない」
「わかってる。ありがと……」
彼の慰めの言葉にそっと笑みをこぼす。裁判所から外に出ると、ジェラードが私を待ってくれていた。
「終わったのか、ミサ」
「ええ、見ての通り、公爵はこちらに渡された。私たちの勝利よ」
「……そうか」
私の気持ちが晴れないことを察してジェラードはこう言ってくれた。
「私の調べたところ、元公爵、クリストファーの家系、ホワイトローズの先祖は、現陛下のウェストミンスター家と王位継承権を争って敗れて自害したらしい。
もしかすると、そいつの怨念が彼の母親に憑りついたのかもしれんな……」
「そう、そうかもしれないわね……。そっか。うん、よし。私は私。元気出していこー」
「そうだな」
私が気を取り直して、前を見ると、外には民衆が集まっていた。どこからか、公爵の居所がばれたの!? 私そんな指示していない。
クリストファーは民衆に罵声を浴びせられ、石や卵、糞などを投げつけられる。彼を引き連れている警察までもその被害を受けていた。
「ちょ、ちょっと……!?」
私が戸惑うなか、クリスに民衆は罵声を浴びせる。
「王殺し!」
「人殺し! 地獄に落ちろ!」
「この悪魔め、ここから消え去れ!」
「失せろ! ゴミめ!」
「私の子どもを返せ! クズ! 悪魔!」
民衆がヒートアップしてしまい、公爵の連行が上手くいかず、歩みが止まってしまったその時だ。あるガタイのいい男たちが元公爵の前に立ちふさがり剣を抜いた!
「なっ!? あの肩の紋章、王党派!?」
「前国王陛下を弑逆した罪、その身であがなってもらう……!」
剣をきらめかせて、じりじりと近づく男たちの言葉にクリスは口を震わせ叫んだ!
「な、何をする、貴様ら──!」
「ダメ──っ!!!!」
私が叫ぶ中、さっそうと、ジェラードが剣を抜き、暴漢どもに立ちふさがり、彼らの剣をたたき割った!
「なっ!?」
「私は、テットベリー伯、ジェラード・オブ・ブレマー。この者、クリストファーは犯した罪によって連行される。邪魔立てして、貴様らが勝手に害すというのなら、このテットベリー伯自らが相手になろう!」
王党派の男たちは突然の事と、ジェラードの迫力に腰を抜かす。私はジェラードの横まで走っていき、民衆たちにこう述べた。
「元公爵、クリストファー・オブ・ホワイトローズは国王殺害の共謀罪、および、国家反逆罪など多くの罪で、正当なる裁判によって裁かれるであろう!
この者はおのれの罪を恥じず、法に反して教会に逃げ込んだが、神にさえも見放された! 彼の罪は彼自身の命をもって贖われるであろう!」
私の言葉に皆が黙り、辺りが静まり返った。事態が収まったのを把握して、私は市警たちに命じた。
「クリストファーを連行しなさい。手の空いてるものは、この暴漢どもを逮捕なさい! ネーザン及び統一国の宰相の命である!!!」
「はっ!!!」
こうして事態は収まり、無事、元公爵は貴族院裁判所で裁かれ死刑となり、ギロチンで公開処刑となった。民衆は彼に悪意と罵声をぶつけるなか、クリストファーは何も言えず、ただ黙ったまま、ギロチンの刃が首元に降ろされた。
権力に狂った男の行く先は天国でも地獄でもなく、ただの”無”であった……。
がんばれ、グリース! 胡散臭い坊主なんてやっつけちゃえ!
こちら側の弁護士はまず、グリースに尋ねた。
「グリース証人、お聞きします。教会では個人が金銭を受け取ることは問題があるのですか?」
「ああ、そうですね。まず、一般人が勘違いしているのは、聖書では富を蓄えることは天国の道を狭めるのです。
貧しきものに天国の扉は大きく開かれ、清貧こそが聖職者のあるべき姿であり、司祭が金銭を受け取ることは忌避されております。
ミサ宰相が申した、ラットフォール公爵から金銭を受け取ったことを公になってしまうと、ヴェスペリア教皇庁の教会制度に明らかに反し、破門も考えられます」
その言葉に司祭である裁判長がハンマーをたたく。
「グリース神父! 私は裁判に関係あることのみの発言を許可したはずです。今の発言は認められません」
「いや、司祭様。これからの俺、いや私の弁を聞いてください。裁判にかかわることです」
グリースの反論に顔を真っ赤にした司祭がとりあえず落ち着いた。うーんどういう論理展開なんだろう。裁判長の機嫌を損ねたら途中で裁判が打ち切られる可能性があるのに。まあ、彼に任せるか。
続けてグリースは証言を始めた。
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神によって救われるのだから、どんな過ちを犯したものでもやり直しがきき、人々はそれを許そうということです。しかし、重要なのは悔い改めることと、神に真実を述べるということです。
教会法では真実の懺悔したものには神によって罪を許され、教会はそれを認め、罪を許すとされています。
これがいわゆる赦罪です。司祭様、私の見解はどうですか?」
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「まあ、まってくださいよ、司祭様。つまり、問題は彼が正しく神を信仰しているかが問題なのです。よく考えてください。本当に神の救いを求めているのなら、わざわざ辛気臭い坊主に金品なんか渡さずに、堂々と教会に寄付をすればいいだけです。
だが、彼はそうしなかった。それはなぜか。実は彼は本当は神の教えを信じていないからです。彼に後ろめたいことがあり、おのれの利益のためだけに神の許しを利用しているから、知ってか知らずか教会法を犯してしまっているのです。
神を信じて悔い改め、真実の告白をしていれば、そんな必要はありませんよ。神によってすべて救われるのですから。そうでしょう、司祭様?」
「う、うーむ、確かに……」
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「なら答えは簡単です。彼の真実の心を明らかにさせることが、正しい贖罪になります。被告人に尋ねたいのが、なぜ金品を司祭様に渡したかです。
神の御加護を信じているなら、包み隠さずおのれの本心をこの教会裁判所でさらせるはず。本当に神を信仰しているのなら。
だから、なあ。おまえさんさあ、実はいうと本当は神の救いを信じてないんじゃないか、公爵、いや元公爵。真実を答えてみろよ。許しを請え、神の見ているこの場でさあ!」
その言葉に私たちの弁護人は付け加えて元公爵に尋ねた。
「被告人に尋ねます。貴方の信仰をつまびらかにしてください。さあ、いま、ここで。罪を許されたいのなら! できるはず!」
裁判所中の人々が元公爵に視線が集まる。余りもの急な論理展開に、彼はまごついて言葉がでない。それを見た相手側の弁護人は、
「待ってください、時間を……」
と、口を挟もうとしたとき、元公爵クリスは口を震わしながら言葉を放つ。
「……黙って聞いてれば、ぐだぐだぐだぐだと。この私に説教だと! このラットフォール公爵に……!」
あたりに動揺が広がる。あわてて彼の弁護人は「お怒りをお沈め下さ……」と言おうとするが公爵の悪口は止まらなかった。
「ふざけるな! 私はネーザン国、随一の公爵であり、名誉ある血筋、現王ウェリントンの従兄弟だ。なぜ貴様らにこの私が許しを請わねばならんのだ!
大体司祭! お前らのサウスウィンツ大聖堂は私の先祖の寄付であのバカでかい教会を建てられたのだぞ。司祭になれたのも私の父上の後押しがあったからだ。
それをなぜだと! 当然じゃないか。私はラットフォール公爵。富も権力も思いのままにすることが許されている。ああ、そうだ、こいつらに金をやったのはこの私だ。
せいぜい私のために働くようにな。貴様らの着ている豪華な衣装は、この私のおかげで着られているのだ。なぜ、貴様らにひざまずかなければならんのだ。
私は私のためにすべてを動かすことが許される名誉ある公爵だ。それの何が悪い!」
「こ、公爵殿……?」
裁判長の司祭は驚いているのか、あきれているのか、彼を止めることをしなかった。クリスの怒りは静まらず、止まる様子もない。
「いったい貴様ら坊主どもが、私のために何をしてくれた!? 私が幼少のころ、父を失った時なにをしてくれた? 私の母上が、心の病でベッドにずっと伏せっているのに何をしてくれた?
神に祈れ、神に祈れ、神に祈れ。それだけだ! 結局、神など何もしてくれないではないか! 一体私のために神が何をしてくれたのだ! 何もない!
毎日毎日、ウェリントンと比べられて、人からあざけりを受けて、目に涙をためた私に母上はいつも優しく言ってくれた。
……クリス。実はね、貴方が本当の次の王様よ、ウェリントンが王太子なんて嘘よ。絶対にうそ。本当は、このネーザンのすべてが貴方の物よ。
でも奪われたの、彼らに。私たちは真実の王家なのよ。でも……ね、今は違うの。でも……、でも、でも、でも、でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでも……!!!
もううんざりだ! この狂った母に神は何をしてくれた! 神の救い、信仰? そんなもの一銭にもならんではないか!
私が皆にすべてを与えてきたのだ、そうすべてをな。それが報われて何が悪い! おかしいのは貴様らではないか。私から父を奪い、母を奪い、そして公爵位も奪った! 今度は命まで奪うのか? そうだろ?
なあ、答えろ! ほら。そうだろ、何も言えないだろ、結局、貴様らはさあ。なぁ! なあっ!!!」
しんと静まった裁判所、だれも彼に応えない。神さえも。救いようがないからだ。裁判官の一人がそっと裁判長につぶやいた。
「もしかして、元公爵は悪魔に憑りつかれているのではないか?」
「私は公爵だ! ラットフォール公爵だ!」
裁判員に言葉に食って掛かる、クリス。狂気で乱れた様子に裁判長は静かに首を振った。
「……もう、手遅れのようですね。私は真にクリストファー殿の言葉を信じ、悔い改めることを願ったのですが、間違いでした……。
いいでしょう。これで判決を下します。
被告、元公爵クリストファー・オブ・ホワイトローズは嘘の告白をし、神を汚しました。とても恐れ多いことです。
よって、この裁判は無効。赦罪はなし。彼の身柄はネーザン政府に預けるとする。よろしいですね? ミサ殿。グリース神父?」
「もちろんです」
「ありがとうございます、司祭様」
私とグリースは司祭様に返事をし、お互いにハイタッチをした。私があらかじめ呼びつけておいたレスター市警が元ラットフォール公爵を取り押さえる。彼はわめき散らした。
「その汚い手を放せ! 私はラットフォール公爵だぞ! ネーザン王位を継承すべき、選ばれた男だ! ええい、離せ!」
哀れなやつ。自分だけが不幸だと思って、すべてを他人のせいにして、だれも信じてない。誰も信じないから、確かな権力、玉座にしがみつこうとした。
結局のところ、自分がいくら不幸であっても、自分から救われるよう手を伸ばさなければ、だれも貴方を救えない。……そう、神でさえも。
貴方の境遇は同情するけど、だからって人をあやつり、害し、殺めていいものではない。誰も信じられなかっただけのただの男。
ほんと、可哀そうに……。
私は昔の自分を見ているみたいでいやになって、黄昏ていたい気分であったが、グリースは私の肩に手を置いた。
「これでよかったんだろ?」
「ええ、ありがと、グリース。来てくれて助かったわ」
「気にすんな。あの元公爵のおのれの咎だ。お前が気にする必要はない」
「わかってる。ありがと……」
彼の慰めの言葉にそっと笑みをこぼす。裁判所から外に出ると、ジェラードが私を待ってくれていた。
「終わったのか、ミサ」
「ええ、見ての通り、公爵はこちらに渡された。私たちの勝利よ」
「……そうか」
私の気持ちが晴れないことを察してジェラードはこう言ってくれた。
「私の調べたところ、元公爵、クリストファーの家系、ホワイトローズの先祖は、現陛下のウェストミンスター家と王位継承権を争って敗れて自害したらしい。
もしかすると、そいつの怨念が彼の母親に憑りついたのかもしれんな……」
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「そうだな」
私が気を取り直して、前を見ると、外には民衆が集まっていた。どこからか、公爵の居所がばれたの!? 私そんな指示していない。
クリストファーは民衆に罵声を浴びせられ、石や卵、糞などを投げつけられる。彼を引き連れている警察までもその被害を受けていた。
「ちょ、ちょっと……!?」
私が戸惑うなか、クリスに民衆は罵声を浴びせる。
「王殺し!」
「人殺し! 地獄に落ちろ!」
「この悪魔め、ここから消え去れ!」
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「私の子どもを返せ! クズ! 悪魔!」
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「なっ!? あの肩の紋章、王党派!?」
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「な、何をする、貴様ら──!」
「ダメ──っ!!!!」
私が叫ぶ中、さっそうと、ジェラードが剣を抜き、暴漢どもに立ちふさがり、彼らの剣をたたき割った!
「なっ!?」
「私は、テットベリー伯、ジェラード・オブ・ブレマー。この者、クリストファーは犯した罪によって連行される。邪魔立てして、貴様らが勝手に害すというのなら、このテットベリー伯自らが相手になろう!」
王党派の男たちは突然の事と、ジェラードの迫力に腰を抜かす。私はジェラードの横まで走っていき、民衆たちにこう述べた。
「元公爵、クリストファー・オブ・ホワイトローズは国王殺害の共謀罪、および、国家反逆罪など多くの罪で、正当なる裁判によって裁かれるであろう!
この者はおのれの罪を恥じず、法に反して教会に逃げ込んだが、神にさえも見放された! 彼の罪は彼自身の命をもって贖われるであろう!」
私の言葉に皆が黙り、辺りが静まり返った。事態が収まったのを把握して、私は市警たちに命じた。
「クリストファーを連行しなさい。手の空いてるものは、この暴漢どもを逮捕なさい! ネーザン及び統一国の宰相の命である!!!」
「はっ!!!」
こうして事態は収まり、無事、元公爵は貴族院裁判所で裁かれ死刑となり、ギロチンで公開処刑となった。民衆は彼に悪意と罵声をぶつけるなか、クリストファーは何も言えず、ただ黙ったまま、ギロチンの刃が首元に降ろされた。
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