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魔族大戦

第百二十八話 ブラックハイヴ城陥落

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 新聞にとある機密文書が公開された。ラットフォール公爵は前国王を陰謀で殺害に協力し、政府に露見し、とがめられてその代わりに王位継承権を捨てたと。

 新聞の言説では、ラットフォール公爵は宰相である私に命乞いをして、秘密裏に一等罪を減じられていたと書いてある。

 過去に私が行った取引の証拠だったが、それがおおやけになることで、街中が騒乱となっていた。デモ隊がうるさい。

 レオは私のそばにいて、外のやかましさにびっくりしてる。

「すごいことになりましたね。ラットフォール公爵が前国王の殺害に協力したなんて。でもミサ様はこれを知ってたんですか?」
「まあ、当時の政治情勢を考えて、仕方のないことだったわ。でも、機密文書が漏れるなんて……」

 もちろん私が、リングに命じてマスコミに流させたのだが、知らんぷりを続けないと、政府の面目が保てないから。政府に機密流出などあってはならない。

 政治とはこういうことが起こるから、一寸先は闇なのだ。

 私は宰相府で、ラットフォール公爵がブラックハイヴ城に再び籠ったということで、ジェラードを呼び寄せた。会うと、彼はかなり驚いていた様子だった。

「まさか、ラットフォール公爵が前国王陛下を殺害したのに共謀していたとはな。ミサ、これは確かか?」
「ええ、昔、公爵が旗をあげそうになったときに、ウェリントン陛下が公爵を殺すことをためらっていたから、仕方なくこういう取引をしたの。

 まさかその書類が漏れるなんて……」
「経緯はどうあれ、これで公爵は言い逃れできなくなったな。反論することなく、兵を挙げたのだから」

「こうなった以上、堂々とブラックハイヴ城を落とした方がいいわ。国のメンツがかかっているし、大義名分もある」
「私をここに呼んだということは、出兵に参加しろということだな?」

「ええ、そう。陛下からこうなったときはあそこを攻めていいって、許可もらってるし。でも困ったのが、軍の司令官に当たる人間がいないのよ。

 みんな魔族との戦争で手がいっぱいで。急で悪いけどジェラード、貴方が指揮官として指揮してくれない?」
「一応陛下に許可をとっているのだな、なら私にとって名誉だ。逆賊ラットフォール公爵をこの手で仕留めよう」

「頼りにしているわ」

 こうして、ブラックハイヴ城包囲戦が始まった。ブラックハイヴは城塞都市で、壁が高く、軍事的に守りやすい要地に建設されている。

 私たちはテットベリー軍と、親衛隊の混成部隊で攻略を試みる。表門に精強なテットベリー軍にエジンバラ兵が組み合わさった本軍。

 私は裏門から、国内にいた親衛隊だ。精兵はすでに西部戦線に行っており、国内の治安を任すための軍だったが、この度からめ手より攻める手はずだ。

 ジェラードの案で我が軍は砦を建設し、大義名分がなく士気が低いであろう防御側をどうにか持久戦で攻略する手はずだ。

 民衆が動揺しているのか、私たち裏門側から逃げ延びた市民たちが、ちょくちょく現れる。

 別に裏門側は私が指揮しているわけじゃない。私は軍事の素人だ、親衛隊の士官が指揮している。

 ジェラードの言い分では、宰相が攻め手にいることで、城内にゆさぶりをかけるという戦術だ。ほとんど私は観光気分でいて、ミリシア、ナターシャを共に連れている。もちろん親衛隊と連絡を取るためにパステルもいる。

 なかなか行動に出ない様子を見て、ナターシャが私に文句を言い始めた。

「全然、つまらないですわ! どっちもにらみ合いが続いて、一向に動く気配がない」
「当り前でしょ、ブラックハイヴは名城だから、そう簡単に力攻めするわけにはいかないし、私たちだけでは戦力も心細い。ネーザン貴族たちは主な戦力は出兵していて、それどころじゃないわ」

「わたくしが改良した大砲があるじゃないの! あれをぼっこんぼっこん撃ち続けば、あんな壁など、すぐにぱぱっと崩せますわ!」
「そうなると、中の民間人まで被害が出るでしょ。籠城側は市民も一緒だし、下手に民衆に被害を与えると、私たちの逆賊を討つという正義の大義名分が疑われるわ、あとで何言われるか分かったものじゃない。市民もネーザン国民よ」

「なんてめんどくさい。せっかく、悪党を私の科学で粉砕する姿を見に来たのに……」

「ナターシャ、落ち着いて」

 そばにいたミリシアが私たちの会話に入ってきた。

「私たちは軍事の素人でしょ。テットベリー伯に任せるのが筋ってものよ」
「でも、このままだと私たちが腐ってしまいますわ」

「なら、帰ったらどう? 貴女も忙しいでしょ、研究があるだろうし」
「いやですわ! 一度参加したのに、帰るなんて。まるで、逃げたみたいで夢に出そうですわ!」

「はあ……」

 私とミリシアとナターシャはため息をついた。親衛隊たちも今か今かと焦れている。そんな様子を見ていたミリシアは提案した。

「なら私が城内に入って、内部の者が門を開けるよう連絡を取るというのはどうかしら?」
「えっ!?」

 私はびっくりしてしまった。いま、攻略が始まってないから、まだ兵が攻撃してないけど、明らかに危険な行為だ。

「ちょ、ちょっとまって。ミリシアそれは危険よ、ダメよ絶対!」
「まかせておいて、私こう見えても護身術には多少心得があるから」

「で、でも……」
「危険だったらすぐ逃げるわよ、ね」

「まあ、そこまで言うなら任せてもいいけど、女性なんだし、気を付けてよ」
「かえって女性の方が兵が油断するわ、大丈夫、心配ない」

「……。わかった、30分ぐらいで帰ってきて。貴女は私の大事なお友達よ。もし帰ってこなかったら、救出するようお願いするから」
「ありがと、じゃあ、いくね」

 彼女は笑顔で、堂々と砦から城壁へと歩いていく。相手から、ミリシアが判別できそうなとき、いきなり姿が消えた。えっ、ちょ、なに!?

 あたりがしんと静まっている。そんななか15分ほどたっただろうか、ミリシアが再び私たちの目の前に現れた。

「ミリシア!」
「やっほ、ミサ。やったよ。合図があれば城門を開けてくれるって。やっぱり、内部で不満がたまっていたみたい」

「えっ、ほんとに!?」
「のろしを上げたら城門を開けてくれるって」

「そ、そうなの……一応、ジェラードに指示を仰ぐからちょっと待ってて、相手が信頼できるかわからないし。パステル! テットベリー伯と連絡を取って!」
「もちろんです! 私は昔から運がいいから、カールトン会戦の見物でランチを食べている途中、傭兵に襲われても、全然、何も起こりませんでしたから」

 いや、それはそれですごい。ともかく私はジェラードの返事を待った。よこしてきた伝令からは、試してみるのも一興。ダメならダメでまた考えればいいということだ。

 裏門から包囲して、のろしを上げた後、なんと本当に城門が開いてしまった。私はミリシアに駆け寄った。

「すごい、本当に開いた!」
「いったでしょ、私に任せてって」

「よし、これで市内に突入できる。一気に駆け上がって、正門を開いて、本軍のテットベリー軍を招き入れないと!」

 私はそばにいた親衛隊の士官に伝えて、兵を城内に突入させた。相手が動揺している中、一気に兵は正門を開き、テットベリー軍は市内に入り、本城に急いだ。相手がはね橋を上げる暇もなく城内に突入ができ、あっという間に堅城ブラックハイヴは陥落してしまった。

 都市包囲ってこういうことよくあるから、なかなか日本のように、何年もこもるのは難しいね。

 私たちはジェラードとともに、ラットフォール公爵、クリストファーのもとに急いだ。余りのことに城内は混乱し、奥までたやすく制圧できた。

 私は彼の顔を見るなり、言い放った。

「これはこれは、ご機嫌はいかがかしら、ラットフォール公爵……!」
「くっ、ミサか……! 忌々しい」

「覚えててくれたのですね。私嬉しいです、貴方は忘れやすい性格のようですから。私との契約を反故にして、まあネーザン国内で、好き勝手やってくださいましたね。民衆はいい迷惑です」
「どうせお前が、私が王位継承権を放棄した経緯の書かれた書類を、ばらまいただろう!」

「さて、なんのことでしょうか、私にはさっぱりです」
「くっ、とぼけおって……。貴様、私をどうするつもりだ!?」

「ネーザン中に、貴方の悪評が轟いています。国王を暗殺する手助けをして、一度は引き下がったものの、今度というばかりは、神も許さないでしょう。もちろん民が許すはずもありません。

 お覚悟がなかったのですか? こうなる運命を」

 ジェラードらテットベリー軍の騎士は、どんどん公爵の騎士たちを切り捨てていく。公爵の顔面が真っ青になり、現実を理解できないのか目を見開いた。

 ネーザン騎士の剣が、太陽に照らされてぬらりと光る。その時、急に公爵は命乞いを始めた。

「まて、降伏する。国王になる野望など捨てる。だが、命だけは、命だけは勘弁してくれ!」
「いまさら……」

「し、しかし私はウェリントンの従兄弟であり……」
「血筋で決まる時代は終わりました。カンビアスの死とともに」

「な、なら、我が城の富を皆で分け与えよ、何でも持っていっていいぞ。ミサ、お前貧乏だろ! なあ!」
「汚れた金など一銭の価値もありません。罪もなき人々の犠牲によって成り立った金など、こちらからお断りです。

 言ったでしょ『せっかくのご余生、お大切に──』と、あの時すでに貴方は終わっていたのよ。

 民衆は楽しみにしてる。この世にはこびる悪党が、正義のギロチンのもと、血の誅罰によって、今の苦しみを紛らわそうと。

 貴方が与えたも同然でしょう、裏でさんざん民を苦しめておいて。これ以上貴方を助けて、民衆が納得するわけないでしょう。

 ギロチンの刃が貴方の血を欲している。聞こえますか貴方に民衆の怨嗟の声が……!」
「……」

 私が目配せをして、ジェラードがテットベリー軍に命じた。

「公爵、その身をネーザン軍が預かる。正当なさばきによって、その身は滅ぶであろう! 連れていけ!」

 公爵は激しい動揺のあまり、わめき散らし、涙まで流していた。これが、悪のたどる道。私も、権力に惑わされず、民のためにネーザンのためにヴェスペリアのために戦わなくては……。自分を戒め、綺麗になったこの場を静かに後にした。
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