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魔族大戦

第百二十七話 公爵再び

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 私が休憩室でゆっくりしていると、ジェラードが会いに来てくれた。こんなときどうすればいいかわからず、ドギマギしてしまった。

「……あっ、ジェラード……」
「久しぶりだな、ミサ。元気か?」

 彼の笑顔を見たとき、ふと要塞で私を迎えに来てくれた際に、愛してるって言ってくれたことを思い出して、体が熱くなっていく。

「そ、その、……元気だよ……」
「そうか、こっちもひと段落すんだよ」

「そう、そう……良かった」
「どうしたミサ?」

「えっと久しぶりに会うとなんだか……」
「少し立派な女になったな。綺麗になった気がする」

「えっ、え!? そそそ、そう。ありがとう」

 何も言えず、顔をうつむけて、顔が紅潮してしまうことに自覚できた。ばか、彼のペース。やだな、こういう私……。

 私の様子を見て静かに笑みを浮かべる顔がシュッとした感じがして、彼の男ぶりに鼓動が早くなる。

 だめだだめだ、きちんとしなきゃ、私は宰相。がんばれ、ミサ。

「そそそ、そういえば、終わったの? テットベリー軍の訓練」
「だいぶ仕上がってる。だが、元エジンバラ騎士はネーザン軍となると勝手が違うらしく、装備も徐々に変わってきたし、最初は戸惑っていたよ。苦労したさ」

「す、すごーい。うわー、さすがー」
「ふっ、変な奴」

 私は彼と話して胸のつかえが消えた後、レオが私たちにお茶を持ってきてくれて、そっと口元へと一杯。ふうー、少し落ち着いた。よっし、いつもの私。げんきげんき。

「そういえば、ジェラードどう? 出陣するんでしょ?」
「うーんそのつもりだったが、親衛隊に聞いたところ、即座に動いてもらっても、それほど影響がないと言われて、待機している」

「えっ、影響がない? どうして、援軍が増えるのに」
「今は西部戦線で、相手の補給を断つことが重視されてて、相手が消耗した時に、一気に決めたいらしい。その時に来てくれと」

「な、なるほど……」

 私は軍事のことはわからない、でも少し戦況が理解できてほっとした。もう一つの意味もあるけど。

 私がふうとため息をついたことで、ジェラードは少しからかうように言った。

「ずいぶんしおらしくなったなミサ」
「ば、ばか、そうじゃないって!」

「……可愛いぞ」
「ば、ばか! からかうな!」

「ふふふ」
「あは、ははは……」

 お互い顔を見合わせて歓談の時間を過ごした。どうやら、テットベリー軍は新兵たちの実戦にふさわしい場所を探しているとかなんとか。軍事経験を積ますために。

 私は安心して、職務に戻った。

 次の日、私は予定からかなり遅れた運河開きの式典に出席した。祝辞を述べた後、運河が開通され、船船が行き渡る光景を見て、感嘆の声をあげた。

「うわー、すごい」

 しかし、そばにいたジャスミンは少し咳払いをしたので、私は冷静になって照れてしまった。ああしまった、宰相なんだから堂々としていなきゃ。

 私は気を取り直して、周りとともに拍手を始めた。辺りが騒がしくなり、ジャスミンにだけ聞こえるように、少し小さな声で話しかけた。

「ジャスミン、どう大運河計画は、順調?」
「受注会社も決まり、建設に取り掛かっております。ネーザン中心部は特に、大運河で張り巡らされて、地方とつなぐ物資インフラになりそうです。急ピッチで決まりましたが、法から外れないよう、管理しています」

「そう、気を付けて。この計画がとん挫すると、私が復帰したのに、不正があったとなっては、前政権の二の舞になるから気を引き締めて」
「わかりました」

「ところで、インフレがひとまず少しずつ収まっているようだけど、民間調査はどうなってるの?」
「民衆の実感として安心感が見られるようです。閣下がおっしゃっていた、金融引き締め緩和も、中央銀行と話し、統計を見て、徐々に行われる手はずと。このこと新聞社に知らせて良いでしょうか?」

「ええお願い、情報をながすことで、なるべく金融引き締めの経済の混乱を治めたいわ」
「かしこまりました、そのように」

 運河開きに民衆が歓声を上げているのが聞こえた。見ると、船が行きかう姿を、この目でみようと人が集まっている。

 どうやら、運河が私の執政の良い門出となったことを、民に知らしめることが出来たようだ。

 式が終わって、私はオリヴィア率いる、民主党の政治パーティに参加した。そこでは、オリヴィアの式辞の後、民主党員や財界の人間が集まり、今後の政治経済の事を語り合っていた。

 私はタイミングを見て、オリヴィアに話しかけた。

「どうやら、貴女は党員に好かれているようね。人柄かしら?」
「そんなことありませんよー。それもこれもミサ様の御威光のおかげですー。だって、もう、改革路線に戻って、民主党に活気が戻ってまいりました。

 経済界の重鎮も興味を持って我らを応援してくれています」

「それはいい話だわ、あとで紹介して」
「ええ、いいですよ。これも、ネーザンのためですから」

 といって私たちはワイン片手に笑い合った。実は私たちはお互い腹の探り合いをしている。なにせいままで、オリヴィアは私に直接会いに来なかったのだ。

 党首として忙しいだろうけど、まあわざとだろう。それはもう、宰相自らこちらから会いに来るのを待って、民主党の権威付けを行ったのでしょうから。

 現に、オリヴィアの事を敬意のまなざしで見始めるものも多い。こういうのが政治だ。

「ところでオリヴィア、ウェル・グリードとはどうなってるの?」
「いや、ウェル君ですか? あの人頑固だから、何も先にも、民衆の援助が必要だって言って、共和党内ではミサ様のことを不満げに感じているようです。

 経済の事がわからない人たちですから、あの人たち」

「平民院はどうなりそう?」
「グリード内閣は福祉予算をたんまりつけて、予算編成に挑んでいるから、私たち民主党はミサ様に追従するため、そこんところを突くよう、今話し合ってますね」

「それはまずいわ、対決路線はやめて」
「はあ、よくわからないですが、どうしてです?」

「あなたたち民主党と共和党は、これから一致協力して、大連立を組んでもらわないと困るわ」
「大連立!? えっ、なんでそんなことに。私、聞いてませんよ」

「直接話したかったわ。これ以上政治を混乱させたくないの。国王院は国王民主党と自由党との協調路線をとるし、貴族院は国民党と神学自由党ともともと連立を組んでいる。

 私と連絡を取って、政治の安定に努めているわ。これ以上国会を乱したくないの。国政を安定させて、民衆を安心させて、魔族との戦争にネーザンが一致団結しなくてはならない」
「とはいっても、今までの経緯からみて……」

「私から共和党に接触して、民主党たちと会談するように、手をまわしておくわ。共和党は民主党と違って、経済がちんぷんかんぷんよ。

 これ以上、国民感情を刺激しないで」
「……。わかりました。ミサ様がそう言うなら、そういたします」

「頼むわ、これもネーザンのため、ひいては世界のために」
「ええ、世界のために。私も頑張りましょー」

 そう言って私たちは握手して、パーティ内で、歓喜の声が上がっている。これで、平民院が落ち着いてくれればいいのだけれども……。

 次の日、私は宰相室であまり会いたくない部下が私を訪ねてきた。国安局局長のリングだ。

「これはこれは、ご機嫌いかがですかな、宰相閣下」
「別に、特段は」

「いけませんよ、お疲れとはいえ笑顔を絶やさずに。国民は宰相の麗しい笑顔を待ち望んでいます」
「ほっといてよ、そういうの」

「そういえばどうでしたか、オリヴィア殿との会談は。民主党のパーティに参加したとか、なるほど、察するに平民院安定のために、大連立を組むよう仕向けたのでしょう。

 さすがはミサ様、平民もこれで安心ですな」

 私は露骨に嫌な顔をしてしまう。ちっ、こそこそ探って。

「リング、余計なことを言うと、かえってあなたの評判を落とすわよ」
「これは失礼を。申し訳ございません。仕事柄、いろいろ耳に入ってしまいましてな。失敬、失敬。

 妻にも娘にもよく言われます、一言多いと。気を付けます」

「で、何の用かしら、わざわざ会いに来るということは、私に用があるの?」
「ええ、ええ。そのことです。実はお耳に入れたいことが」

「回りくどいわよ」
「申し訳ございません。実は昨今、王党派どもがまたざわつき始めています。カンビアス殿は彼らに人気があり、宰相の行いに癇に障った様子。いま王党派周辺が動きそうとか」

「なるほどね、また動き出したか、私降ろしに」
「ええ、残念ながら、彼らの頭の中は古い。旧体制へのあこがれを持ってますからな。しかし今回も、資金源が少々きな臭い」

「資金源。まさか」
「ええ、そのまさかです、ラットフォール公爵、クリストファー・オブ・ホワイトローズが、復権を狙っていろいろ策謀を巡らせている様子。

 ほっといておくと、よからぬたくらみが実現してしまいますぞ」
「まだあきらめてないの、懲りないわね。くぎを刺しておいたのに」

「権力とは恐ろしいものですな。で、いかがなさいます? このままだと、せっかくの宰相閣下が目指すネーザンの安定化に支障が出るかと」

 ほんと気に食わないけど、優秀なやつね。まあいいわ、手を打つか。

「リング。裏ルートから宰相府が保管してある、例の書類を新聞社に流しなさい。ばれないように。面子ってもんがあるから」
「かしこまりました、そのように。ふふ、これで、ラットフォール公爵も終わりですな」

 書類の中身やっぱり知ってやがったか。私がこうすることを読んでいたと。ほんと優秀ね、むかつくぐらい。まあいいわ、ネーザンを綺麗にしないとね。仕方ないこれも政治だ。

 私は冷静にクリスがどうなるかを知っておきながら、淡々と職務をこなす。これも宰相の役割。今日も仕事を終わらせ、馬車で帰宅する。

 もうすっかり暗くなり、夜には星が輝き、その中ある大きな星がさっと流れ落ちたのを見たのに少し感じ入った。
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