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魔族大戦

第百二十六話 国家安全保障局

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 私がなさねばならないこと、この大陸で行われている大戦争、それを終わらせること。すべての戦争を終わらせるための戦争を取り仕切らないといけない。

 そのためには人間と魔族との憎しみの連鎖を止めないと。

 いま私がするべきことは人間側が崩れているため、大陸の統一国の中心であるネーザンの内政を安定させなければ。

 宰相として返り咲いた以上、戦力の立て直しのために、まず政治を確かなものにする。それからだ、魔族との交渉は。

 私が朝食をとって、紅茶タイムをたしなんでいると、世話してくれているレオが、私が考えを終わらせたタイミングを選んで話しかけてきた。

「最近、やっとパンの価格が下がってきました。ミサ様がネーザンに戻られて、僕も一息付けますよ」
「ありがと、この国で起こっているインフレの原因は流通不良によるもの。その劇薬として、金融引き締め、つまり中央銀行からの紙幣の貸し出しの金利を上げることによって、加熱する市場の物資の値段の高騰を下げる効果が表れたようね」

「なるほど、中央銀行の金利を上げることによって、紙幣の価値が下がっているのを制限したわけですね。それで物が高くなる現象、インフレを止めたと。このまま、一気に金利を上げちゃえばインフレも解決ですね」

「そうもいかないのよ」
「えっ!?」

「金利を上げるということは、中央銀行から他の銀行への紙幣の供給が下がっていって、金融の利益が減り、企業への融資が少なくなっていく。

 自然、国全体の投資がどんどん減っていき、逆に不景気になって、生産が滞り、また流通不全が起こる。投資がない=経済悪化ということ。そうすれば企業も資金繰りに困り、失業者が増えて行く。

 そうやって、金がなくなっていって、物を買えないから、物が売れなくなる。不景気になる。

 また、市場で売れないから生産が減り、民衆に物資が行き届かなくなり、かえってインフレになったり、極端にデフレになったり、価格が安定しなくなるの」
「え!? どうすればいんですか、それじゃあ」

「あくまで金融引き締めは劇薬、経済状態を見て、金利を徐々に下げていくわ、インフラ整備のための投資を促さないと。経済の根本は流通よ。

 紙幣も流通しなくなったら、経済が安定しないし、物資供給も安定しなくなる。結果、健全な消費が行われない。

 消費サイクルを元に戻すために、カンビアスが今まで財政緊縮で止めていた、大運河計画に国は集中投資するわ。

 ゆるやかな川が多いネーザンで、船をもっと行きかうように、まずインフラを整備することで、地方からの物資にかかるコストを下げていく。船は移動できる物資量が多いから。

 どんどん、物資生産も安定してきだし、国中の市場に物資が行き渡る。根本の原因である、流通不全を解決できるわ」
「なるほど、運河建設で、仕事が増えて、今いる失業者も減りますし、流通不全も解決できますね。結果、インフレも収まると。流石です!」

「まあ地方の道の整備への投資もおこなうわ。健全な経済は道から。全ての道はローマに通ずにしないとね」
「ローマ?」

「ああ、私の世界の話ね」

 古代ローマ帝国の時代、帝国があれだけの広大な領地と優れた技術力、高い経済力を誇ったのは、とにもかくにも高度なインフラ整備のおかげだ。

 あの時代にダムをつくったり、道路を整備したりして、経済を活発化させることで、人や物資の行き来がさかんにおこなわれ、経済発展が行われた。

 彼らの領地を守るため、素早く軍事行動に出れるためっていう理由もあるけど、ローマが古代で先進国であったのは、経済を彼らなりに理解していたからだ。

 私が経済についてあれこれ考えながら、自宅をあとにし、宰相府で政務を執り行った。私に話をうかがいに来たジャスミンに声をかけた。

「ジャスミン、官房長官の仕事はどう? 慣れた?」
「もともと閣下の右腕となって働いていましたからね。仕事が増えて、忙しくなりましたが、これも宰相府の拡大化のためです。非常に、快適に暮らしていますよ」

「あら、皮肉? 私が仕事増やしたって」
「なにをおっしゃいます、閣下のために働けることがこんなにも嬉しいことだと、再実感いたしました。

 閑職に回されて、このまま腐っていく自分を鏡で見ていると情けなく感じておりましたよ」
「仕事熱心でいいわね、これから大運河計画の取り仕切りがあるから、もっと忙しくしてあげる」

「これはこれは、一本やられましたな。もちろん喜んで働かせてもらいます」
「ありがと、頼りにしているわ」

 穏やかなやり取りがあった後、私は休憩をとるために私専用の休憩室に向かうと、がやがや騒がしかった。

 ドアを開くと、ミリシアと、レオとナターシャ、そしてなぜかパステルまで、お茶を飲んでいた。

「あ、ミサ様―まってましたよー」
「なんであんたがここにいるのよ、パステル」

「えっ、王宮で迷っていたら、ミリシア様とレオ君に会って、一緒にお茶しようってなって、ナターシャさんが、私に興味があるから──って、みんなでパーティ開いていたんですよ」
「戦時中にのんきなものね、物資もまだ貴重なのに」

「それはそれ。これはこれ。休めるときに休まないと、人間動けませんからね。あっレオ君、こっちにお菓子持ってきてー」

「あ、はい、わかりました」

 とかパステルが指示して、レオが私の席の準備をしてくれた。勝手に私のレオをこき使うんじゃないわよ。こき使っていいのは私だけだからね、ぷんぷん!

「あ、レモンティーをいれてくれない? レオ」
「はーい、ミリシアさん今行きまーす」

 ……ミリシアはいいよ、別に。だって美人だし。ナターシャは私が席をつくと、いきなり毒づいてきた。

「まあ、ミサ。こんなにも美少女を侍らして、やっぱり、貴女そういう趣味だったのね! パステルちゃんのほわほわ加減は私と同じ白ロリータ属性ですわ! いい素材を提供してくれてありがたいですわ」
「ああ、ナターシャ、パステルを好き勝手に使ってもいいから。私が見る限り、いつも仕事さぼっているし」

「ひどいです! ミサ様!」

 私の言葉にパステルが反応する。

「私、仕事をさぼっているわけじゃありません、私には仕事が回ってこないんです! 私がかかわると、仕事が増えるからって!」
「ほんとになんであんた親衛隊に入れたのよ」

「ああ、それコネです」
「はあっ!?」

「なんかメアリー姫殿下が、王宮でうろつく親衛隊の中に女の子がいないって、嘆きだしたので、王宮貴族と縁があった、私に白羽の矢が立ったのですよ。

 おかげでメアリー様に可愛がっていただいております」

「はあー」

 結局、世の中実力で決まらないから、そんなもんよね、哀しいことに。なんかがっかりしちゃった。私の表情を見て、ミリシアはハープを取り出した。

「ミサ、良かったら、音楽を奏でるわ。仕事で疲れているでしょ、休憩ぐらいゆっくりしていってね」
「私の味方は、ミリシアだけだよー」

 と泣きながら、ケーキを食べて、おいしいおいしいをした。なんか塩の味がするな、このケーキ。しょっぱいよー世の中はー。

 数日後、西部戦線の援軍として、ジョセフたち、精鋭の親衛隊が派遣されることとなった。出陣式で、もちろん私は宰相として式辞を読んだ。

 顔の引き締まったえりすぐりの親衛隊たちの顔つきに、とりあえず一安心した。

 式が終わると、私はジョセフに声をかけた。

「どお? 今回の出兵であるウェストヘイムはもう慣れているでしょ?」
「ええ、存分にね、とくにウェストヘイムの女性方にモテるコツを散々極めましたから」

「働いてくれるなら、別にプライベートの事をいまさらあれこれ言うつもりはないわ。どう、今回の見立ては?」
「ああ、最近武器の新調があって、前線の部隊に少しずつ、配備されているようですが、現地ではおおむね高評価です。武器の信頼性が上がれば、もっと魔族との実戦で役立ちそうですね」

 ナターシャの武器開発がすすみ、今、試験として、装備の新調を行っている。数が少ないため、先に輸送経路が短い西部戦線に少し投入された。戦果は話には聞いているけど、徐々に我が軍は盛り返しているらしい。

「そう良かったわ。技術が安定化すると、工場で大量生産をするつもりよ。銃も先込め式なら、普通に今からでも量産可能だし。まあ、魔族に通用するほどの貫通力をまだもってないけど、ナターシャが強化方法を研究しているから、期待しててね」

「例のゴリータでしたっけ、なんか、うるさい娘はいい技術者ですよ。よく見つけましたね、ああいうタイプの子を」

 さらったんだけどね、厳密には。私が少し冷や汗をかいてしまうと、ジョセフはそれを心配した。

「どうしたんですか、ミサ様。浮かない顔をして」
「まだ、ジェラードと会えていなくて……。最近話したいことがいっぱいあるんだけど」

「ああ、テットベリー軍の再編成に手間取っているようですね。何せ、ミサ様救出作戦でけっこう無茶しましたから、ジェラード卿は」

 というのも、私を救出するためにほぼ敵地の要塞に乗り込んだのだ、テットベリー軍は。兵の損耗が激しかったらしい。もれ聞くところによると、私の救出作戦の成功の可能性はかなり低かったみたい。

 成功したのはジェラードの指揮能力の高さと、精鋭たちのテットベリー軍のおかげ。加えて、ジョセフや捕虜の開放に戦力を損耗してしまった。

 いま、新しく配属された、騎士たちを統率できるよう、訓練し直している。故郷を失った、エジンバラ騎士が主体らしい。訓練には時間がかかってしまう。

 忙しくて私に会いに来る時間もないらしい、ジェラードは。有能な指揮官は使いつぶされてしまうのが戦争の常だ。

「ジェラードが援軍に迎えるころには、武器新調も整えて、確かな戦力となる予定だから、ルーカスによろしくって伝えておいて」
「了解です。まあ、私もそんなに休む暇もなく、再出発ですから、期待してますよ」

「ナンパする暇はあるじゃない」
「女性に声をかけない男は戦争に役立ちませんよ」

「……陛下の前でそんな冗談はやめてね、顔真っ赤にして怒るだろうから」
「東部戦線じゃなくて安心しました。それでは行ってまいります」

「いってらっしゃい。……必ず生きてネーザンの土を踏みなさい」

「約束しますよ。特に女性との約束は固く守る主義です」
「……信じてるわ」

 戦いで何もできない私みたいな幼女は彼らを見送ることしかできない。哀しくなりながらも、私はジョセフの言葉をただ信じるしかなかった。

 出陣式が終わると、ある人物を私は宰相室に呼びつけておいた。男の名はリング。カンビアス宰相府で、秘密警察。まあ、特殊警察って言ったんだけど、治安維持のために多くの者をギロチンに送った局長だった。

 仕事内容は民間から政府内部までの情報収取や、逮捕を行っていた。他人から忌み嫌われる仕事だ。圧政にはこういう言った部類の内々の諜報機関が必要になってくる。

 私は圧政を敷くつもりはないが、インフレがまだ収まっていないし、平民院は実際、混乱を極めている。

 彼はもともと王宮で、宮宰の任務の情報収集をしていた人物で、特に先の政権の中核を担っている部分があり、国王院議会で職務内容の追及が行われた男で、現在刑務所の中にいた。

 私は必要に応じてこうした部類の輩をきちんと扱わないといけない。そして、日本で言えば公安に当たる、レスター警察諜報部の人間に連れられて、宰相室にやってくる。

 その男は頭の頂点が禿げ上がっており、白い髪の毛を横にはやしている。みるからに胡散臭そうな見た目で、とてもじゃないが、特殊警察局長だった男とは思えない。

 みためふつうのおっさんだ。覇気もなければ容姿は凡庸。しかし、彼の職歴を見る限り、仕事に忠実であり、かなり剛腕で、大規模汚職にはかかわっていなかった。

 男は諜報部員に強引に引っ張られてきたことをかなり不満そうだった。

「ええい! 私を誰だと思っている!? 特殊警察治安局局長のリングだぞ。このあつかいは無礼ではないか! 汚い手を放せ!」

「宰相閣下、例の男を連れてまいりました」

 と諜報部員が言ったので、私は「ご苦労様」と返し、私はこう言った。

「リングの手錠を外しなさい」
「はっ?」

「この男と話がしたいのよ、その恰好ではゆっくり話せないじゃない?」
「し、しかし……、この男は……!」

「外しなさい。二度も言わせないで」
「はっ。かしこまりました……」

 そしてリングの手錠が外されると、彼は大笑いを始めた。

「はっはは……。久々に笑いましたよ。こういう逆転劇が沢山あったのが昔の王宮なんだよな。今の新参は、昔の王宮を知らないから困る」
「ここは宰相府よ、リング」

「これは失礼を、ミサ宰相閣下。お会いしとおうございました」
「私は別に会いたくなかったわ」

「これはこれは弱りましたな、ははは……」
「その様子じゃ、私の要件に察しがついているようね」

「ええ、もちろんでしょうとも、私の力が必要なんでしょう。貴女は非常に聡明で、頭の切れるお方。私のような汚れ役でも、必要性を十二分に理解しておられるのでしょう?」
「頼るつもりはないけど、今のネーザンの乱れた治安を見ていると貴方みたいな人でも活躍の場があるでしょう?」

「さすがはミサ閣下、話が分かる」
「で、貴方の言い訳を聞こうかしら?」

「はて、言い訳とは?」
「とぼけないで、罪のない人々をギロチン送りにしたことよ」

「罪のない!? 何をおっしゃいます、前政権では立派な法がございました、そう内国治安維持法というものが。私はその法にのとって、ただ忠実に職務に当たっておっただけです。

 閣下がお調べになって、なにかおかしな点はありましたかな?」
「なかったわ、だから困っているのよ、貴方を罪とすれば、前政権の政治を肯定することになる。しかし、私と彼とは政治路線が違うということを民衆に示さないといけない。

 なら、民衆に明確に伝わるようにあなたの言い分を聞かせてもらえないかしら。特殊高等警察治安局局長として」
「わかりました、なら私の言い分を申させていただきましょう。私からすれば、政治の本質は少数による多数の支配というものです」

「今は立憲君主国家よネーザンは。まあ、いいわ、続けて」
「たとえ立憲君主国だとしても、この原則は変わりません、共和国であっても。なぜなら、選挙でえらばれるのは、結局のところ少数派なのです。

 あらゆる党があり、選挙票のうち、半分より一票でもまた選挙に勝った党の議員のうち、半分より少しでも上回った支持を得た党派から、各院内閣府の首相になれます。

 次に3院の2院から支持を得られれば、カンビアス卿のように、ネーザンの宰相になるでしょう。不正選挙ではありましたが、結局のところ、政治を担っているのはごくごく少数の人間。

 圧倒的支持を得ているようで、実は少数による多数の支配。独裁政治だろうと、民主政治だろうと、共和政治だろうと、立憲君主国だろうと、最終的に、国を動かしているのはごく少数の人間であります。

 これが政治の本質です。どんなに民主主義をうたってもそれは変わりません。少数による多数の支配を可能とするには、私のような汚れ役が必要になってくる。

 だから私をお呼びになったのでしょう、ミサ閣下?」
「実に面白い政治論だわ。しかし、権力の中枢を担うものは、よく権力に惑わされる。よく覚えておきなさい。少数による多数の支配であっても、ちょっとしたことで、足元をすくわれることがあると。……そう、カンビアスのようにね」

「無論重々承知でございます」

「貴方のポストはどうしようかしら。特殊警察の名前は評判が悪い、そうね……。なら国家安全保障局局長でどう?」
「実に良い名です。私の職務にぴったりです」

「それじゃあ、貴方に有能な右腕をつけるわ、貴方たち、ラングレーを呼んで頂戴」

「はっ」

 私は諜報部員に命じてラングレーという銀髪の精悍せいかんな顔つきの男を連れてこさせた。

「閣下、ラングレーです。お呼びでしょうか」
「ええ、今横にいる、リングは国家安全保障局の局長となったわ、あなたは彼の副官として、ネーザンのために働いて頂戴」

「はっ!」

 ラングレーはレスター警察諜報部の優秀な男だ。のちのち、何かあったときに役立ってくれる。

 彼らがあいさつを交わしたので、宰相室から退席するよう命じた。次に、私は窓から外を見た。色褪せた古びた王都が、今、色艶やかに戻りだした気がした。
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