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魔族大戦

第百十九話 宰相再び②

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 私は国王院議会の参考人招致に応じて、スティングス議会場に向かった。馬車で向かう途中、王党派の一味が、私の移動を妨害しようと試みたが、すでに周知であり、私と縁の深い親衛隊の隊員が退けた。

 ルーカスがすでに復帰しており、また、ジョセフも今回は議会場に向かっているが、きちんと私の護衛に気を配ってくれた。

 そして、議会場に到着し、私が会議場で議会参考人の席に座る。事情を知らない、与党たちがざわめき始めた。次に、国王院議会議長が、議会開始の弁を述べる。

「それでは、レイモンド・グラップラー社による、政府の関りと、それに関連する質問についての審議を始めます。まずは質問者、マンチェスター卿、前へ」

「国王民主党、レーム・オブ・マンチェスター卿」

 マンチェスター卿が手をあげ、それに対し、この議会の習わしである、議会運営の若手の一人が名前を呼び、マンチェスター卿が質問席に立つ。そして彼は丁寧に弁を述べ始めた。

「レーム・オブ・マンチェスターです。現在、与野党とともに、公的基金に関する不正について、集中審議が行われており、三日ほど前、質問日程が決められ、私が質問に立つことになりました。

 カンビアス宰相閣下。現在、政府からの公金の取り扱いと、それによる民間企業に対する、規則をお答えください」

 その質問に対し、宰相府法務大臣が答える。国民党から、「宰相! 宰相!」とのヤジが飛ぶ。だが、法務大臣は知らぬ顔で、答弁した。

「法関連の質問ということで、私がお答えします。公共事業に関する発注は、きわめて公平にかつ、平等に機会を民間企業にもうけ、正当な取引を行うよう、公共事業基本法によって定められています」

 と、当たり前のことを、官僚が用意した文で読み上げた。それに対して、マンチェスター卿が質問の手をあげる。

「では、質問します。先週から、グラップラー社など、政府関連企業から、公職にあたるものが、贈収賄を受けたとの、資料を提出していましたが、宰相閣下はご存じですか?」

 それに対する、答えは、国王内閣首相が答える。

「現在その資料をつぶさに、その当事者に確認をしておりますが、事実ではないとの回答が回ってきました」

 それに加えて、カンビアス宰相が答える。

「事実ならば、非常に遺憾であり、国王陛下が、戦争で遠国にいる今、極めて遺憾な事態だと思いますが、しかし、その資料は正しいものかどうか疑惑が浮かび上がっており、非常に慎重な判断が必要だと述べさせていただきます」

「しらをきるなー!」
「お前がやったんだろー!」

 とのヤジが飛び、カンビアスは微笑を浮かべる。それに対しマンチェスター卿は少し感情的に質問をする。

「宰相の弁はまるで他人事のように述べられ、非常に今回の事案に対する、熱意に欠けており、その弁解については、きわめて不信感を抱きます。皆さん資料をご覧ください。

 この資料に書いてある通り、確かにグラップラー社に食料物資を運ぶよう宰相府から委託されており、それには宰相府総務大臣の印とサインがされています。

 しかし、資料11ページの通り、実際に統一軍に送られた物資はこの二分の一が喪失しており、その事業を取り仕切った、カップス・ブラザーズ社の資料によると、軍に輸送した、三分の一が国内で失われています。

 これはいったいどういうことでしょうか、宰相?」

 彼の質問にのらりくらりと、国防庁長官が答える。

「軍事機密にかかわることですので、答弁を差し控えます。また事実だとしても、正当に取引が行われたと、宰相府資料に書かれております」

「逃げるな!」
「物資の三分の一が消えたんだぞ!」
「宰相府はきちんと弁明しろ!」

 とヤジが上がり、野党は立ち上がり、議長に対する抗議を始める。カンビアスは静かな笑みを絶やさないままだ。ふっ、まさに、官僚答弁よね。何も答えない、答える義務がないといわんばかりに。

 彼らに対し、質問者であるマンチェスター卿は重ねて、問い詰める。

「……では、資料23ページをご覧ください。グラップラー社から、宰相殿と親しい、議員や官僚、その中にも総務大臣に多量に寄付金として、渡したと書いております。数字を見てください。総額2億5000万リーガンです。

 あきらかに、常識外の寄付金であり、これは政府の癒着を表した証拠だと、私はここに断言します! 宰相! 宰相に質問している!」

 と感情的になるも、総務大臣が弁明する。

「そのような、汚職かと思われることは一切しておりません、あくまで寄付金。これは神に誓える話です。国王陛下に尋ねられても、そうだと私は堂々とお答えできます」

 それに付け加えて、法務大臣が答える。

「議員の質問ですが、議員に対する、個人献金のことを述べていると思われましたが、それは正常に手続きがされ、法的に問題がないと判断できます。また、個人献金については別の政治献金規制法の……」

 のらりくらりと、時間稼ぎをし始めたので、野党からヤジが飛び、議長に詰め寄り、いったん審議が止まった。議会がヒートアップする中、マンチェスター卿は顔をしかめながらも、事態が静まるのを待って、また、質問を続ける。

「つまり、政府および、内閣は全くの不正が行われていないとおっしゃるのですね。わかりました、それでは、政府の内部事情に詳しいさきの宰相である、ミサ卿にお話をうかがいたいと思います。議長、参考人を」

「リーガン卿、応答席へ」
「前宰相、ミサ・エチゴ・オブ・リーガン卿」

 そして慣例通り、議長と運営に呼ばれ、答弁席に私は立った。ここからが勝負、さて、カンビアス、にやついていられるのも今のうちだけよ。静かに、マンチェスター卿は私に質問を始める。

「現在、ミサ卿もご理解の通り、資料による汚職疑惑を問いただしている最中です。宰相経験のある、ミサ卿に、この書類について尋ねます。貴女は、この資料を見てどういった解釈をいたしましたか?」

「非常に不適切な資料だと思います。それは……」

 私は少し間をとり、そして静かに言った。

「それは、その書類に、財務大臣のサインがなされていないことです!」

 私の言葉に皆がぽかんとした。いきなり何を言い出すのかと、議員が顔を見合わす中、政府の周りがざわつき始めた。政務をつかさどっている官僚ならわかるでしょ、この意味が。議会は理解できていないため、マンチェスター卿は改めて問う。

「総務省によって発注し、出された資料ですが、なぜ不適切とお考えですか、ミサ卿?」
「簡単なことです。ことは軍事にかかわる問題です。きわめて機密性が高い資料で、総務省だけでは、管理しきれない極秘資料であります。

 したがって、慣例としては、財務をつかさどる、財務大臣が合わせてサインをし、宰相がまた、サインをすることが通常です。

 これの資料の意味は、総務省単独によって発注されたと示す資料です。総務大臣、ご確認しますが、この資料に書かれているのは貴方の書いたサインですね?」

 私が総務大臣に振ると、彼は血相を変えた、おそらく知らなかったのだろう。この資料の意味することは、もしことが明らかになった場合、宰相府への打撃を防ぐため、総務省単独で、出されたことにするという、実に官僚らしい、しっぽ切りだ。

 いま、慌てて総務省官僚が、総務大臣に説明をするが、とうの総務大臣は自分だけに責任を負わせる腹かと顔を真っ赤にしている。そして必死に説得を受けた後、総務大臣は答えた。

「政府関連の事案は総務省の取り扱いの範囲内であり、今回の件にもそれが該当するかと存じます」

 その答えに、マンチェスター卿は私に振る。

「いかがです、総務大臣の答弁は、ミサ卿?」
「明らかに、彼の王家の忠誠に対し疑問を感じざるを得ません。また、戦争にかかわる事案なのに、その意気込みを感じられない答弁であります。したがって、議会運営委員会により、彼の答弁をつぶさに詮議なさるべきかと存じます」

 その言葉に議長が答えた。

「ミサ卿の意見を重く受け止めます。……なんですか、マンチェスター卿?」

 彼はすぐさま手をあげ、私への質問を続ける。

「次に、この疑惑の資料ですが、ミサ卿は真実のものだと、お思いでしょうか?」
「はい、当然です。私にも、その資料が届けられ、官僚に聞いて回ったところ、総務官僚及び、財務官僚が驚いていました。というのも、私の知り合いの官僚たちは、その事案について一切知らされてなかったと申しておりました。

 彼らは身の潔白を訴えています。これは、カンビアス宰相殿が取り仕切ったものではないかと口々に申しておりました」

 議会がざわめき立つ、その様子を見てマンチェスター卿は私に尋ねた。

「その証言に裏付けされるものはありますか?」
「……もちろんです。これは、私に届けられた、連署、連判です。こちらをご覧ください!」

 と私が持ってきた資料を議会で見せると、慌ててカンビアスが手を挙げた。

「それは政府の規律にかかわることなので、政府に提出をしたのち、審議して、正確かどうかを確かめる必要があります。ぜひ提出を。前宰相閣下」
「私はそれについて拒否をいたします。なぜなら、権利の章典で国王陛下に認められた重要な事柄、議会での言論の自由を、宰相府が妨げることになります。

 権利の章典は国王陛下と、国民への契約でございます。したがって、いかに宰相と言えども、その権利を侵すことは許されないからです。

 よってこの資料はまずは議会に提出すべきです」

 その言葉にカンビアスが、即座に手をあげる。

「それは通常時の場合です、現在戦時下にあり、私は国王陛下より、国事を任されております。ですから、まずわたくし、宰相が確認を……。ヤジを飛ばすのはやめていただけませんか。議長!」

 横から、証拠隠滅するつもりかー! と声を荒げたものがいて、流石のカンビアスも、顔が赤くなる。私は手をあげ、それにこたえる。

「重ねて拒否します。この資料は、国王院議会で非常に重要なことであり、また、ここに書かれていることを正しく解釈すれば、この資料を、宰相殿、いえ、違いますね……」

 私がいきなり言葉をためたことに、周りがシーンとした。この静寂こそが、嵐の幕開けにふさわしい。私にとって満足だった。この、静まりこそが、私が待っていた刺激。そう、だから……。私は重そうに口をあげ、高らかに言い放った。

「──わたくし、ミサ・エチゴ・オブ・リーガンは、この場にて、不正選挙によって、カンビアス卿が宰相席に居座っていると、弾劾いたします!!!」

 余りにも突拍子もない私の発言に、議会は騒然とした。
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