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魔族大戦

第百十一話 ワックスリバー降伏勧告

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 私たちは小旅行を楽しみ、フェニックスヒルにもどってきた。みんなめいめいに思い出を語りながら王城を歩いていると、ある魔族が、エターリアに報告しに来た。

「魔王様! ワックスリバー王城グリンランド東、ロンディア要塞を陥落せしめました!」
「なに! ようやく、ワックスリバーもこの手に収まる時が来たか!」

 エターリアの喜びように私は尋ねた。

「もしかして、ワックスリバーの占領が完了しそうなの?」
「ああ、もはや主要都市は抑えた。ワックスリバーも風前の灯火、やっと、ウェストヘイムを本格的に占領できるようになる。戦線も落ち着くだろう」


「おめでとうございます、魔王様」
「よかったわね、これで、ネーザンへの進軍も可能だわ」

 戸惑う私に対し喜んでいる、レミィとミリシア。ま、まずい……。いままで、ウェストヘイムが持っていたのは、ネーザンからの統一国の支援があってこそ、ワックスリバーの兵をウェストヘイムへと持ってこられたら、一気に情勢が傾き、ネーザンへ侵攻可能だ。

 ど、どうしよう、ついにこの日が来てしまった。私は魔族と人間どっちも手を取り合えるように、何とかしようと思っていたけど、ネーザンが落とされれば、人間たちの敗北は確実。ウェリントンやメアリー、ジャスミンや、レオがどうなるか……。

 ネーザンが戦火にさらされることに私は戸惑いを隠せなかった。でも、魔族に加担するということは、人間たちがどうなるか。魔族が考える、人間再教育なんて上手くいくはずもないと思う。価値観の違う魔族だけが仕切っても、余計にこの大陸が不安定になり、やっと統一国が出来たのに、戦乱の世に逆戻り。

 魔族が支配する社会なんて成り立つとは思えない。なら、どうするべきなの? 私は。考えた末、私は思い切って、エターリアに頼んだ。

「ねえ、エターリア、私も対ワックスリバー戦線に口を出させて、何かの役に立つと思う」
「流石にそれは許可できない。元ネーザン宰相であるミサが口をはさむことをゆるすことはできない。私が許しても周りが許さないだろう。特に今回は軍事に口を出すことになる、魔族をつかさどるものとしてそれは承諾できない」

「あら、いいじゃないの」

 エターリアの拒否に落胆をしかけたとき、ミリシアが助け舟を出してくれた。

「何を言ってるミリシア。これは前から決めていたことだろう」
「ウェストヘイム王城の悲劇の二の舞をしたらまずいんじゃないの。なるべく穏便にワックスリバーを下したいのでしょう、エターリアは。人間に通じているミサがいないと、むしろ困るんじゃない? 

 だって、ワックスリバー王が魔族の言うことを聞くわけないでしょ。このままだと徹底抗戦をとると思うわ。そうなれば、魔族の被害は甚大になるでしょう?」
「しかし……」

「エターリアらしくないわ。ミサを信じていないの?」
「信じている、信じてはいるが、なるべくかかわってもらいたくない。もしものとき……」

「ミサが心配なのねあなたは。でも私はわかるわ、この戦争を終わらせるのは魔王でも統一王でもなく、ミサだって……」
「……。わかった。ミサ、ワックスリバー対策会議に出てくれ」

「うん、わかった!」

 どうしてなの、ミリシア……。貴女、もしかして私がしようとしていることを本当はわかっているんじゃないの。だから、私を……。

 釈然としないままであったが、私はワックスリバー占領会議に顔を出すことを許された。レクスの昔の隊長であるブルッツェン隊長が主に侵攻作戦を指揮をとるようだ。ブルッツェンは作戦を語りだす。

「まず、ロンディア要塞から、我が魔族軍の本軍を王城グリンランドに向けます。おそらくワックスリバー側は、妨害しようと、軽騎兵をまわしてくるでしょう、そこをスウォンジーの森から、女魔族を飛兵として側面から王城へ、ワックスリバーの道を封鎖します。

 軽騎兵の威力偵察を可能とする前に、道をふさぎ、敵の退路を断ち、撃滅します。そうすればわが軍の動向を相手に知られることはないでしょう。そうして本軍をグリンランドに向け包囲を。

 相手が籠城戦を準備する前に、包囲できれば、王城陥落も容易です」
「うーん」

 エターリアは悩んでいた。それを不思議に思ったミリシアは彼女に尋ねた。

「どうしたのエターリア?」
「地図を見る限り、スウォンジーを通過するのは危険かと思ってな。あそこは鬱蒼としており、兵を伏せるのは容易だ。逆にワックスリバーにかき乱されるのではないか? ブルッツェン」

「うーむ、確かに。しかし、下手に相手に籠城の時間を稼がせてしまうと、消耗戦になってしまいます」
「困ったな……。グリンランドは堅固けんごな城だ、ウェストヘイムと違い、ワックスリバー軍は士気がたかく、よく統率されている。さて、どうしたものか……」

 エターリアが悩んでいるようなので私はつまびらかに意見を言った。

「相手が籠城の構えを見せたら、私が使者として降伏を呼びかけます。どうでしょう、魔王様」
「ワックスリバーが応じるとは思えない。何の利益もない。まだワックスリバー本軍は健在だ。なんとか本軍を立ち直れないくらい叩いていればよかったが、それもかなわなかった。それでは交渉の余地も……」

「私はミサに賛成だわ。なるべく被害を出さないように進軍すればのちの占領が簡単でしょ、魔王様」

 エターリアが苦い顔していた、またもやミリシアが私の意見に賛同する。ミリシア、やっぱり、貴女……。しかし、エターリアはそれに反論する。

「そんな危険なことをミサにやらすわけにはいかないだろう。交渉の余地がなければ斬られることだって……」
「ミサ、貴女は自信があるのでしょう?」

 ミリシアは、すぐさま私に話を振った。だから私は、

「ええ、わたしなら、ワックスリバーを降伏させることが可能だわ」
「……」

 エターリアはだまってしまった。十分ほど沈黙が続いた後、エターリアは静かに口を開いた。

「わかった、使者はミサにする。その間、魔族軍はグリンランドを包囲しろ。私は後詰として、ウェストヘイム国境に軍をすすめておく。ブルッツェン、本軍を任せる」
「ははっ!」

 こうして私はワックスリバー本軍と合流して、ブルッツェンとレクスとレミィとともに、段取りを始めた。ブルッツェンは作戦の概要を述べた。

「まず、我々の本軍はまっすぐ、道なりに、目立つように、グリンランドに進軍する。レクス隊はミサ殿を護衛しつつ、山を越え、相手に察せられぬように、王城近郊のメリーサイドの村を調略せよ。

 そこを制圧して、我が本軍の動向をうかがいつつ、本軍がグリンランドに到達するのを見計らって、からめ手よりグリンランドに潜入。なんとかワックスリバー王に使者として対面を果たせ」
「ブルッツェン隊長、よろしいでしょうか?」

「なんだレクス?」

 レクスは疑問点を洗い出す。

「なぜ、こんな回りくどい作戦を。堂々とミサを使者として遣わせばいいのではないですか?」
「これは、ワックスリバー側が、魔族軍の使者を正面から受け入れることはないだろうとの判断だ。

 あえて目立つように本軍は王城を包囲しつつ、それと同時に、ミサ殿にワックスリバー首脳陣を説得してもらう必要がある。より、ミサ殿の言を強めるためだ。

 包囲が完了するころには、相手も籠城の用意が整ってしまうだろう、外から入り込むのは難しい。進入路がこの王城にはない。あらかじめ潜入してもらう必要がある」
「ブルッツェン司令、私もよろしいか?」

「レミィ、なんだ?」

 今度はレミィが質問を始める。

「なぜ、この重要な任務を我がレクス隊に。我が隊は、魔王本軍に編入されて日が浅い。このような特殊任務を与えられる程の信頼を獲得しているとは思えませんが」
「ミサ殿との信頼関係を重視した結果だ。いろいろ、ニンゲンのことで、ミサ殿の知恵を活用するときがあるかもしれん。そのとき、手と足となる、部隊が必要だ。他の隊に任せるのは、ちとミサ殿に負担がかかる」

「なるほど」

「私からもいい?」

 今度は私自身がブルッツェンに質問をした。

「つまり、交渉方法は私に一任するとの認識でいいのね。もちろん、魔王様より書簡は預かっているけど、方法は聞いていないから」
「そうだ、ミサ殿の自由にしてよいとの、魔王様のお達しだ」

「どうも、わかったわ」

 交渉は全面委任か私に。なら、奥の手を使うしかないようね。

 作戦が決まったので、私たちレクス隊は、メリーサイドを制圧した。私はレクス隊に言って、この村の有力者を買収した。そして、ワックスリバー王城、グリンランドへの足掛かりを、彼らに任した。

 もちろん丸投げじゃない。私が肌身離さずもっている前の前の宰相、ベネディクトの印章、エファール家の書簡を持たせている。私はリーガン伯爵家だけど、ゆかりがない、名前だけの名誉伯のようなものなので、他の王宮に通用するような紋章がない。

 そこで私の名前をあえて伏せて、ワックスリバー要人に情報を流しながら、相手の後ろ暗いことを、使者を遣わして脅す。相手を恐れさせるためだ。恐れは友情よりなお、手堅い信頼になる。

 こうして網の目のように、相手の王宮にこっちとの接点を持たせて、交渉の段取りを積み上げていく。レミィは私の進行状況を尋ねた。

「いまブルッツェン隊長が、スウォンジーを越えたところに位置する街路に到着したそうだ。ミサ、手はずはどう?」
「書簡を見て、レクスはあまり字が読めないようだけど、貴女は読めるでしょ、レミィ?」

「ちょっとまって、え……これって……」
「ええ、私たちの到着を待っているそうだわ、この、王城の見取り図もプレゼントしてくれたわ。侵入しやすいでしょ?」

「うそ、なんでこんなことが……」
「蛇の道は蛇ってね、王宮に通じている私ならこういった裏技も可能よ。エターリアにやり方を指示されたらどうしようかと思ったけど、全面委任をしてくれて助かるわ。おかげで簡単に、大臣クラスに私の使いの者が潜り込めた」

「ミサ、貴女……」
「こういうの、できるの私だけでしょ? 信頼してくれる?」

「ええ、すごいわ、貴女、天才だわ。これで困難な交渉の第一段階はクリアできた」
「次はグリンランドに侵入だけど、城に通じるものが案内してくれるみたい、でも信用しないで、いざとなったら裏切る可能性がある。裏切る余地をなくして、思い通りに彼らを動かして。

 侵入作戦はあなたに任せるわ、レミィ、できるでしょ?」
「ふっ、たやすいことだ。レクスに相談してくる。明日には作戦内容を伝えられると思う」
「仕事が早くて助かるわ、女同士頼りになるわね、お互いに」

「ええ、そうね、ミサ」

 私たちは作戦成功を確信して笑いあった。こうして、私たちはワックスリバー王城グリンランドに侵入することが出来たのだった。
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