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魔族大戦

第百三話 ロリータ伯爵見参

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 私は少し夢見ていた、はるか昔あったかどうか覚えていない、ちっちゃな子どものころ、お母さんに厳しく、女の子らしくと言われて、叩かれていたあの頃。お母さんは厳しかったけど、私がつらくて泣いてしまったときは抱きしめてくれた。その温かさがやけに私の記憶に残っていた。

「ううん、お母さん……」
「うふふ……」

 すっと起きると、私はエターリアに抱きしめられていた。柔らかな胸で、顔をうずめていて、とてもあったかくて、気持ちが良かった。私が恥ずかしくて、もじもじしていると、彼女は笑顔で言った。

「おはよ、ミサちゃん。今日もお寝坊さんだね」
「お、おはよ、魔王ちゃん。朝早いね」

「ミサがお寝坊さんなだけだよ、でも子どもは眠るのが一番大切、眠っているうちに、体も頭も大人になるからね」
「そ、そうだね」

「ねえ、ミリシア、朝目覚めがよくするために、ハープを奏でてくれない?」

「ええ、いいわよ」

 横にいたミリシアが笑顔で、ハープを持ってきて、音楽を始める。心地よい響きに、私は徐々に頭がしゃっきりしはじめた。ああーいい朝だー。とても素敵な寝覚めだね。持ってこられた朝食を食べていると、エターリアがそっと私の頬を指で撫でた。

「ふふ、唇についてたよ」
「ありがとー」

 と彼女にお礼を言うと、エターリアは私の頬についていたバターをなめた。ちょっと恥ずかしくて私はもじもじしてしまった。朝早くなので、素の私は、とても、純粋に女の子になってしまった。私が食事を終えると、エターリアは頭をなでてきた。

「よく好き嫌いせずにたべたね、えらいえらい」
「うん! ありがとー、魔王ちゃん!」

 そう言ったあと、ノックの音が聞こえたので、召使がドアを開けて、使いの者がエターリアに用があると告げた。それに彼女は魔王らしく、毅然と言った。

「貴様、食事の際に、わたしを呼ぶとは、無礼ではないか」
「も、申し訳ありません、魔王様!」

 使いの者が叱られている間、私はミリシアと話をした。

「ねえ、魔族の人って、なんで、子どもにやさしいの?」
「ああ、それはね、子どもが珍しいからね、魔族にとって」

「?」

 私が不思議そうにしているとエターリアは用事が出来たと言って去ってしまった。そうだ、私は五魔貴族の伯爵にこの魔族戦争の真実を聞きに行くんだった。そうしてミリシアに連れられて、城下街の屋敷に行った。

 ドアノッカーを鳴らすと、中から、小さな子どもがでてきた。なんか三角帽子をかぶってて妖精っぽいのはなんだろう。ミリシアがその子に尋ねる。

「知らせ通り、伯爵を尋ねに来たの、伯爵に取り次いでもらえる?」

 その言葉に、妖精っぽいのがうんうんとうなずいた。てくてく歩いていくのを見送ってしばらくすると、また戻ってきて、ドアを開けてくれた。この子しゃべらないのかな。屋敷の中に入ると、本やら、なんかいろんな機材がいっぱいで、それを、妖精っぽい子どもたちが手入れをしていた。

 なんだろう、この子どもたちは。不思議な感じがしながら、ミリシアとともに、大きなドアのもとにたどり着いた。そこを妖精に開けてもらうと、誰かが、座っているのを見かけた。

 それを見てミリシアは尋ねた。

「連絡行ったと思うけど、ミサを連れてきたわ、伯爵」
「ええ、かしこまりました。ミリシア様」

 そう言って伯爵はこちらに立ち上がった。私はびっくりした。子ども、女の子……? 容姿がかなりかわいらしく、淡い金髪のさらさらロングで、光の当たり具合では透き通ったプラチナブロンドに見えた。そして、まとった衣装は白ロリータのフリフリのちょーかわいい服で、めっちゃこの娘に似合ってるんだけど、この娘が伯爵!?

 私はびっくりして、彼女に尋ねた。

「貴女が伯爵ですか?」
「ええ、そうですわよ。何を隠そう、私は天下無敵の天才頭脳を持った、学者兼科学者、五魔貴族の一人、ナターシャ女魔伯ですわ! 誰が呼んだか、世界の可愛いの結晶、無想転生の夢幻のロリータ伯爵ですのよ! おーほほほほほ!」

 えっ、なにこの、某元祖乙女ゲームのライバルキャラみたいなしゃべり方は。ちなみに私は闇の人押しね、あのしっとりした感じがたまらない。ロリータ伯爵は戸惑っている私を見て、手を差し出した。

「貴女が、知らせ通りのミサね。同じロリータとして、歓迎しますわ!」
「はあ、ありがとうございます。でも私よりちっちゃいけど、伯爵って本当なの?」

「ちっちゃい言うな! 幼いと言え! 失礼やろ、あほっ!!!」
「へっ!?」

「ふう、どうやら、貴女は淑女のたしなみが出来ていないようね。ロリータは常に優雅で、美しく可愛くあるべきですのよ」
「さっきキャラ崩壊してたじゃん」

「お前がキレさせるからや!」
「……」

 この娘も肌が白いけど、元人間なのかな。性格が破綻してるようだけど。じろじろ、私が見ていると、ロリータ伯爵は喜んで、語り始める。

「あなたも私のあまりもの可愛らしさに気づいたようね。ロリータは人類の夢、世界が注目するのも当然ですわ」
「貴女、肌白いけど、元人間?」

「話聞けや! まあ、いいですわ。私は何を隠そう、人間と魔族のハーフ。永久不滅のロリータですわ」
「つまり合法ロリだと」

「な、何か意味深な言葉ね、まあいいですわ。どうやら貴女は私に用があるようね、ミサ。何でも聞いていいですわ、それはそれは魔王様の頼みですもの。世界の頭脳である私を頼るのは当然。さ、なんでもおっしゃいなさいな」

「えっと、魔族と人間の争いの歴史について詳しく聞きに来たんだけど……」
「もちろん、教えて差し上げますわ、お前たち紅茶を」

 と、妖精たちに言うと、その子らは、てこてこ歩いていって、紅茶を用意してくれた。伯爵の召使なのかな、この子たち。伯爵がのどを潤すと、静かに語りだした。

「はるか昔、このヴェスペリアでは、二つの種族が住んでいましたわ。人間と魔族。時には争い、仲たがいすることはあったけど、総じて、二つの種族は友好関係を結んでいました。

 人間は限りある命で、進歩を。魔族は長い寿命の中で、平穏と安らぎをつかさどっていました。肉体的な隔たりはあっても、お互いに文明を刺激しあい、共存の道が開かれているように見えました。そう、あの時が来るまでは……」

 つまり、エターリアが言ったことは本当だったということなんだ、少なくとも魔族の歴史においては。ロリータ伯爵は話を続ける。

「ある時代から、この世界には寒期が訪れるようになりました。もちろん、もともと時代によって、温暖期と寒冷期があったのですけれど、ひどい寒期が訪れるようになったのは巨大な隕石群が、この世界の海に落下したことから始まります。

 余りもの衝撃で、この世界の地軸がゆがみ、この大陸から周辺は長い期間の定期的な寒冷期が訪れるようになりました。それが1537年前に極端に気温が下がり、作物がほとんどヴェスペリアで取れなくなるほどの惨状が起こりました。つまり飢饉です」
「飢饉……」

「ええ、その時人間たちは、長く生き続けている、魔族に恐怖を持ちました。なぜあんなにも、死なずに、こんな貧しい世界で生き延びられるのかと。

 そうして、あるうわさが人間たちに飛び交いました。何か生き延びるための秘密の食料を魔族は隠していると。しまいには、人間たちの作物に毒をまいて、人類を滅亡させようとしていると。たぶん、恐怖と貧困で、判断力が衰え、集団パニックになったんでしょうね、そしてあるニンゲンが魔族から取引をして、もらいうけた魔族の剣で先の魔王様を刺しました。

 それが俗にいうアレクサンダー。正確にはプロポリウス・デクスター・アレクサンダーです。彼は魔王にニンゲンの復讐を遂げたと告げ、魔族たちに宣戦布告しました。この大陸はニンゲンが治め、魔族を絶滅させると」
「何よそれ、全くの言いがかりじゃない、それ。魔族からすれば」

「プロポリウスは欲深い男でした。貧しい地主の家に生まれ、兄弟は多く、それを養うために、血なまぐさい謀略によって、家を守ってきた男と伝えられております。おそらく、自分がのし上がるために魔族たちへのうわさを利用したのでしょう。しかし、プロポリウスは誤算をしておりました。

 魔王さえいなければ、魔族はたやすく倒されると、団結することなく、圧倒的に数が多いニンゲンが自動的に勝利できるものと。しかし、それは早くも敗れ去りました、現在のワックスリーバーのカールトンでの戦いは魔族の圧勝に終わりました。魔族の救世主、エターリア様によって」
「前の魔王の娘の今の魔王が現れたから、一致団結して、人間たちに立ち向かったというのね、魔族は」

「ええそうですわ。そこから先は魔族の連戦連勝でした。というのも、身体的な差があるうえ、ニンゲンたちはプロポリウスを信頼しませんでした。あくどいニンゲンで有名だった彼のもとには打算的なニンゲンしか協力しませんでした。

 しかしある節目が訪れます、彼の弟、レキウス・ヴェルドー・アレクサンダーの登場です」
「ヴェルドー!?」

「レキウスは食料問題で争いの絶えなかった各地を転戦する傭兵でした。彼のもとには信頼できる12人の騎士たちが集まり、長男であったプロポリウスを擁して、魔族との戦いに勝利するようになりました。

 プロポリウスが軍政をつかさどり、戦略をレキウスが。二人とも自分の才能を生かして、魔族を徐々に追い詰めていきます。彼らはニンゲンの中でも天才と呼べる人種だったんでしょうね、兄弟が仲良く、魔族を追い立てて、ヴェスペリアの富、食料、土地をどんどん支配していきます。

 食料がなくなっていくエターリア様が率いる魔族は、いったんこの大陸から去り、再び魔族はこの故郷である大地に立つと、約束をして、この大陸から魔族をまとめて去りました。

 こうしてプロポリウスは統一王アレクサンダーとしてこのヴェスペリアに君臨します。これからが人類史の始まりといわれるものです」
「弟のヴェルドー、いや、レキウスはどうしたの?」

「プロポリウスは嫉妬深く権力欲が強い男でしたわ。自分の子を次の統一王にするべく、自分の兄弟の皆殺しを始めました。そうして、継承戦争がおこり、権力をほしいままにした、プロポリウスが兄弟を排除しました。そうして、彼の子孫が、この大陸ヴェスペリアの王家として、各地を治めるという、封建体制が出来上がりました。

 これから先はニンゲンの資料を基にした方が詳しいでしょうね。私たちはほかの大陸で暮らしていましたから」

 かなり衝撃的な内容だけど、妙にふに落ちると私は感じた。今の魔族を見ると、昔の人間がそう簡単に勝てると思えない。初代アレクサンダーのような謀略家と、ヴェルドーのような、天才的な将軍がいないと、とてもじゃないけど勝てない。

 人間のここら辺の歴史は宗教と、神話にまみれていて、信ぴょう性のない記述だったし。でも疑問が2つ浮かび上がった。それを私はロリータ伯爵に尋ねる。

「なんで、魔族は再びこの大陸に侵攻したの。あっちの大陸で上手くいかなかったの?」
「魔族がたどり着いた大陸は土地がやせており、年の7割が冬といった、極端な気候の大陸でした。特に最近のあっちの大陸ではひどい寒期でした。私が観測するに、1500年に一度、この世界にはひどい寒冷期が訪れるのだろうと思いますわ。

 そうして、食料が不足し、長年の夢だった、ヴェスペリアに出発するのも自明の理ですわ。また、他の大陸に移り住むには、高度な航海技術が必要でしたが、乏しい資源の中ではそれを叶えるのは不可能でした。

 そう、天才である私でさえも」

「もうひとつ、あなたたちの将軍にヴェルドーっていうやつがいるけど、そのレキウスとの関係は?」
「知りませんわ」

「えっ?」
「だってあの野蛮な男、自分のこと何も語らないし、いつの間にか、ニンゲンのくせに魔族が住んでいた大陸に現れたようですし、それも私が産まれる前に。それでは天才の私でさえも知りようがありませんわ」

「ま、まあ確かに……あの性格から考えるとね……」

 ヴェルドーの謎は解けなかったけど、大体の人間と魔族の歴史が理解できた。食料問題と、地理問題、歴史的経緯の問題で、魔族はこの大陸ヴェスペリアを侵攻せざるを得なかったんだと思う。たとえ魔族が争いを好まなくとも。

 私は詳しい歴史が知れたことで、さらに悩みが尽きなかった。余りにも、二つの種族に、歴史的な見解の違いが大きすぎる。いまさら、人間にこのことを告げても信じないだろうし、一緒に住めって言っても、自分の土地を与えるなど、人が良いことをするわけがない。

 だから、エターリアは人間を導くとして再教育をしようとしてるんだ。しかし二つの種族がこれから手を取り合って生きていく方法があるのだろうか。私は答えが見つからなかった。

 私が悩んでいると、突然、ロリータ伯爵がいいことを思いついたように言った。

「ねえ、ミサ、ミリシア様。天才学者にて、天才科学者でもある私が新しい発明品を完成しましたわ、よかったら見ていらしてね」
「発明品」

「私、ナターシャの力作、空飛ぶ機械ですわ!」
「はあ……」

 彼女が取り出したのは羽根のついた赤いランドセルだった。これつけて飛べっていうわけ、こんな恥ずかしいもので。私たちが戸惑っていると、ロリータ伯爵は焦れたようで怒り始めた。

「まあ、信じていらしてないのね! わかりました、私が空を飛んでみましょう!」

 そう言って、ロリータ伯爵は赤いランドセルつけて、羽をぱたぱたし始めた。まあ、彼女はハーフらしいから、女魔族みたいに空飛べないのが、悔しいのだろうか。って、マジで飛んでる!? すげー!

「おーほほほほほ。見ましたか! 私、空を飛んでますのよ! これぞ天才ロリータ伯爵ですのよ! おーほほほほほ!」
「あの、ナターシャ、頭、気を付けた方がいいわよ」

「なんですって! 私を馬鹿にしてらっしゃるの!?」
「いや、上を見て上を」

 その瞬間、ゴンっと大きな音を立てて、ロリータ伯爵は墜落した。あのね、ここ屋敷だよ、天井考えなよ、天井を。本当に頭がいいのかよくわからない、ロリータ伯爵は頭を抱えて痛みをこらえ、さすっていた。

「くううううううう! なんですの! せっかくの華麗なる飛空が台無しじゃない!」
「痛いね、イタイイタイ」

「馬鹿にしてるんですの! この天才である、ロリータ伯爵を! しかも、幼女に心配された! くやしいいいいいい! きいいいいいいい!」

 なんか可愛いなこの娘。見た目も好みだし。ということで、私はロリータ伯爵とお友達になった。なんかすごく濃いキャラ多いんだけど魔族陣営は。
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