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魔族大戦

第九十九話 フェニックスヒルへ

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 私はレクス隊とともに、ヴェルドー軍を脱走し、魔王のもとへと行軍することとなった。徒歩で行くため、私はレミィにおんぶされて行く。子どもの足なんて遅すぎて、それこそ足手まといだし、彼女は私を、幼女など軽いものだと笑って背負ってくれた。

 レクスは戦闘に備えて戦わないといけないからと、子どもを守るのは繊細な作業のためだそうだ。けど、これからどこに行けばいいかわからない。だから私はレミィに尋ねた。

「ねえ、レミィ、魔王ってどこに今いるの?」
「ヴェルドー軍にいたころの情報ではウェストヘイムの元王城のフェニックスヒルにいらっしゃるそうだ」

「そう……」

 私はあそこで、目の前でヴェルドーにウェストヘイム王夫妻を殺されたことを思い出し、複雑な気分になってしまった。でも、それでごちゃごちゃ言ってたら何も解決しない。そういえば女魔族は羽が生えているから、飛べるのに、何で歩いて行ってるんだろう。

「レミィ、何で徒歩なの。さきに、飛んで行って、その魔王のところにいって、うまく交渉することはできないの?」
「残念だが、それは危険だ。いたるとこヴェルドー軍が占領しているし、魔王様の直属の軍も、すでに私たちの脱走の報を受け取っているだろう。魔王様の意思はともかく、軍の規律違反は明確だ。

 魔族軍に見つかってしまえば、問答無用で、処刑もあり得る。だから、なるべく目立たないように、徒歩で、森で身を隠しながら、山を越え、フェニックスヒルに向かう方が安全だ」
「なるほど、軍の事情ってわけね」

「あと、食糧問題もある。飛んで行っても、いつどうなるかわからない状況で、だれが敵か不明だ。それではバラバラに行動しては、携帯食だけでは心もとないし、略奪や徴収をしても、組織的に確保しなければ、食糧管理が難しい。

 また、数週間分の食料を背負って移動するのは難しい。ここは後方で、道を確保しつつ食料を扱う輜重しちょうチームと、戦闘要員を分けて移動するのが、効率的だ。全員で行動すれば見つかりやすい。身を隠しながら私も陸上を歩き、打ち合わせをして、たびたび合流して、そのつど食料補給を行う予定だ。

 我が隊も30数人いるからな。自然、必要な食量も多くなる」

「ふむふむ、勉強になる。私、軍事はさっぱりだから」
「子どもだからね、ミサは。何でも聞いていいよ」

「ありがと、レミィ」

 周りが厳しい目で、辺りを索敵しながら、警戒行軍をしていく。先頭で何か起こったのか、レクスは森の暗い中、部隊を止めさせた。

「ニンゲンの野盗だ」

 私も遠くから、敵影が見えた、相手は暗がりのためたいまつを燃やしていたからだ。見るからに野蛮そうな、盗賊たちは言った。

「おめえら魔族か?」

 それに対しレクスは冷静に答えた。

「だからなんだ」
「なんでおめえらがここら辺にのさばっている。この森は俺たちのテリトリーだ。騎士たちも手出ししねえ」

「なら、俺たちも争う必要がないだろ」
「ところがどっこい、俺達には理由があるんだな」

「なんだ?」
「お前ら、魔族を捕まえりゃあ、お貴族様が、たっぷり褒美をくれる。特にそのやぎ頭の毛皮は、貴族たちに人気なんだわ。高く買ってくれる、それが死体でもな」

「お前らニンゲンが俺たち魔族に敵うと?」
「かないっこねえが、俺達には騎士たちから、流された武器をもってるんだな。これを使って魔族を狩って来いと」

「騎士が、盗賊と手を組むとはな、実にニンゲンらしい」
「だからよお、おとなしく俺たちにつかまってくれや、女はたっぷり可愛がってやるぜ、へへへ……」

「レクス隊行くぞ!」

 彼の掛け声とともにうちの部隊は剣を抜いた。レミィは私をおんぶから降ろし、また、剣を抜く。私は邪魔にならないよう、レミィの後ろに隠れていた。魔族は強いし、野蛮な盗賊なんか、やっつけちゃえ。

 しかし、レクスたちは積極的に動かなかった。ど、どういうこと? 魔族には今の人間の技術では、クリミィ族はともかく、他は傷をまともに与えられないのに。レミィは静かに唇をかんだ。

「森で遭遇するとは運が悪い……!」

 ど、どういうこと、意味がわからない。野盗はこちらが戦いにいかないのを見て、一気に襲い掛かった。

「おらあああ!」
「ふん!」

 だが、それは能力の差が大きい、襲い掛かってきた盗賊をレクスたちはバッタバッタ倒していった。なんだ相手弱いじゃない。これなら安心だね。と思った時だ、盗賊が倒れて、木や草にたいまつの火がついてしまった。

「しまった!」

 レクスたちは動揺して、急いで火を消そうとする。へっ? それよりも、とっとと盗賊倒した後、逃げればいいじゃない。何やってるの? クリミィ族は特に混乱が激しく、やたらめったら走り回っていた。それを盗賊たちの剣が襲ってくる!

「うらあああああ!」
「ブモ──!」

 おそらく野盗は鋳鉄で出来た剣を使っているのだろう、クリミィ族の数人が斬られてしまい、青い血を流す。何が起こっているの。レクスが消火している中、レミィが代わりに指揮を執った。

「お前ら落ち着け、火はすぐに消える! 目の前の敵に集中しろ!」
「はっ……! 了解!」

 え、火……? なんか火が大事なの? よくわからない。とりあえず正気を取り戻したレクス隊は消火をしながら、あっさりと野盗を倒し、相手は実力の違いをわからされて、逃げていった。

 それを見てレクスは指示をした。

「追うな! 無駄な犠牲を払う必要はない!」

 との、命令に全員が従った。数人のクリミィ族の死体を残して。レクスはレミィに尋ねた。

「何人やられた、レミィ?」
「3人だ。クリミィ族だからしかたない」

「ちっ、くそ!」
「いらつくな、レクス。まだこんなものじゃ済まないだろ」

「……ああ、そうだな……」

 とみんな、そのまま行こうとしていたので私はレクスにきいた。

「クリミィ族の……犠牲はどうするの?」
「そのままだ。弔ってやることもできない。急いで、この森を抜けないと、次の野盗に襲われる」
「そう、そうだよね……」

 私はクリミィ族の死体をしり目に、警戒態勢のまま森を抜けようと先を急いだ時だ。レミィがみんなに声をかけた。

「みんな! 後方を見ろ!」

 私が後ろの森の上側を見ると、煙が上がっていた。すぐさまレクスは声を上げた。

「しまった!」
「ど、どうしたの?」

 彼の動揺っぷりに私はレクスに尋ねた。

「おそらくさっきの野盗の群れは後方の食料隊を狙っていたのだ。俺たちが目の前の敵に気を取られている中、後ろの食料に火をつけたのだろう」
「えっ!?」

 私が戸惑っている中、レミィはレクスに言った。

「さっきの野盗の話からすると、騎士たちとつるんでいるのは本当だな。正面から戦っても勝ち目がないから輸送隊を狙って、食料に火をつけて、部隊機能をマヒさせる。組織的な行動だ」
「ふん、くだらない。せこいことを……。だが困ったな、食料が焼かれたとなると、現地調達しないといけない」

「なら女に、低空で飛ばせて、森で身を隠しながら、近隣に村がないか調べさせよう」

 行動が決まり、皆は次へと向かう。現地調達ってことは略奪だよね……。でも、きちんと調達できないと、無駄にかよわい人間が犠牲になってしまう。しかも、全く関係のない……。

 私は複雑な気持ちで、レミィに背負われていると、途中、川で休憩をとった。どうやら、ここが食料隊との合流地点らしい。状況を確認しなければならないとレミィは言った。確かに、火は上がっていたけど、まだ食料が焼かれてとは決まってないし。

 どうやら、後方隊は無事のようで合流できたが、血の気の引いた顔を見て私は察した。レミィは静かに尋ねた。

「食料はどうなった!?」
「申し訳ありません、人間どもにやられてしまいました」

「馬鹿者! 貴様らそれでも軍人か! 魔族か! 魔王様が草葉の陰で泣いているぞ!」

「許してやれ、レミィ。急な行軍で、輸送計画に問題があった部分もある」

 レクスの言葉にレミィは何の反応もせず輸送隊に尋ねる。

「……で、何人失った? 荷物はどうなっている」

 実は戦闘員は素早くまた索敵もかねて、軽装備で移動していた。剣とか手入れが必要だし、替えがないと戦闘継続が難しいので、輸送隊に預けていた。その魔族たちは軍人らしく毅然と報告した。

「欠員一名。食料以外の荷物は確保!」
「そうか、ゆっくり休め」

 と言ってレミィは彼らに少し柔らかく接していた。これが軍人だ。任務には忠実に、かつ、冷静に。感情的に考えれば、彼らを慰めたいだろうけど、状況を正確に整理しつつ次の作戦に移らなければならない。

 どうやら、私の荷物は無事だ。私はヴェルドー軍で捕虜になったとき没収されていた、荷物もレミィたちに取り返してもらった。これで、もしもの時のために彼らの役に立てる。

 そう考えていると、偵察に出ていた女魔族が空から帰ってきた。

「隊長! 近くに村がありました!」
「ご苦労だった」

 とレクスが言ったとすぐ同時に、レミィはその女魔族を叱った。

「報告はまず私を通せといってるだろ! 軍律を乱すな!」
「申し訳……」

「謝るくらいなら二度とするな!」
「はい!」

 厳しいなあ、軍隊って。そして今後の食料調達の話し合いが始まったときに私はレクスに申し出た。

「ねえ、レクス。私がその村の人々を説得したいの。犠牲を少なくスムーズに事を運ぶために」
「別に構わないが、できるのか?」
「これがあれば十分よ」

 と、私の荷物袋を彼らに見せたので、変な顔をされてしまった。まあ、彼らには理解が難しいかもね、ニンゲン的なものは。

 どうにか、レクスたちを説得して、私が村と交渉することとなった。打ち合わせ通り、彼らは私の護衛役となってもらっている。村人たちに私は宰相装束を着て宣言した。

「この村を治める者はだれか!」
「はん?」

 村人たちは幼女の私を見てびっくりしていた。そうして尋ねた。

「あんたどこのお嬢ちゃんかい? 身なりはりっぱだが」
「私は第46代ネーザン宰相であり、第18代ヴェスペリア統一国宰相、ミサ・エチゴ・オブ・リーガンである!」

 その言葉に村人たちは動揺を隠せなかった。

「ネーザン宰相? なぜそんなお方が?」
「ガキのたわごとじゃないか?」
「いや、商人が言ってたじゃねえか、ネーザンは幼女が政治やってるって」
「まじかね、でもこんなとこ一体何してんだ、後ろの人たちは変わった身なりしてるし」
「長が、ウェストヘイムにネーザン宰相がいらっしゃったとか言っておったぞ」

 最後のつぶやきに私は応えた。

「長がおるのだな?」
「ああ、おるよ」

「なら話が通じるものに来ていただきたい」
「ちょっと待ってくれ、長にきいてくる」

 そう言って村人の男が、どこかに行った後、村人たちは驚いたのと、奇妙な目で私たち一行を見た。レクスとレミィは不安げにつぶやいていた。

「レミィ、何を戸惑っているのだ、ニンゲンたちは?」
「しっ、レクス。ニンゲンたちは疑い深く、身分を気にすると聞いたことがある。言われた通り、ミサに任せておけ」

 少し時間が経って、あるおばさんに、こっちに来てほしいと、少し大きめの家に案内された。中では老人たちが、鋭い目つきで私を見ていた。そこで白ひげを蓄えた、いかにも偉そうな年老いた老人の前に立ったとき、私は堂々として言った。

「そなたがこの村の長か!?」
「そうですが、貴女のお名前をうかがってよろしいか?」

「私はネーザン宰相であり、統一宰相である、ミサ・エチゴ・オブ・リーガンだ!」

「おお! はっきりと申したぞ、聞こえたか?」
「ただの幼女ではないぞ、これは」
「しかし、なぜ……?」
「静かにしておれ、長に任せろ」

 と周りがざわめいたので、静まるまで長は黙っていた。かなり、年の功を積んでいるようだ。私は毅然として、その瞳を見つめた。老人は静かに私にきいた。

「確かに、噂によると、このウェストヘイムにネーザン宰相がいらっしゃると聞いたことがあるが、なぜここにおるか尋ねてよろしいかの。後ろの方々は魔族であろうに」

「魔族!?」
「あれが伝説の!?」
「侵略されたとは本当だったのか?」
「じゃあ、フェニックスヒルが、落とされたと聞いたぞ?」
「国王陛下は無事なのか!?」
「しずかに!」

 そしてまた場が静まるまで、長老は尋ねてきた。

「ここにはどうも、噂好きの年寄りが集まっていてたまらんですな。ウェストヘイム国王陛下はご息災ですか?」
「現ウェストヘイム国王陛下はすでに亡くなられておる。我がネーザンは残った王族の方々を手助けするため、極秘任務で、ネーザン王ウェリントン国王陛下より、命を受け、支援している。この周りの者は協力者だ」

「なんじゃと……!?」

 長老の目つきが変わり、周りが絶句していた。それを見た長老は静かに周りに言った。

「わしはこの方とお話がしたい。皆は外で待っておれ……」

 と指示したので、ことが重大だと判断したのだろう。私と長老は二人っきりでテーブルをはさんで話し合いをした。

「ウェリントン陛下と申しましたか、お嬢様」
「そうです」

「では、亡くなられた、ウェストヘイム国王陛下の名を聞いてもよろしいでしょうか?」
「亡き陛下はリチャード二世とうかがいました。長老」

「なんと! 両国の国王の名前をご存じとは! 貴族の方々以外で存じているのは、ごく一部しか知られておらぬというのに……。ましてや、本当の幼女では字も読めぬだろうに。では……亡くなられたのは……?」
「真実です。このことはさっきの方々とともに、秘密にしておいてください。国が荒れますから」

「なんと……! 陛下が……! まだお若いであろうに。なんという……」
「ことは重大です。私は急ぎ王城フェニックスヒルに向かわなければなりません」

「なぜですか? 噂では魔族に占領されたと」
「魔王がいるからです。護衛の者はその案内人です」

「魔族と交渉なさるのか! いや、お偉い方の事情は聞き流しましょう。しかし、何の用もなくこんな辺鄙へんぴな村を宰相殿が直接お訪ねいたすまい。何か他にも理由がありそうですが」
「食料を分けていただきたい。陛下を弔うためには魔族と交渉しなければならないのですが、いかんせん途中で盗賊に襲われまして。食料が足りない状況なのです」

「……たしか、近隣の村で魔族がフェニックスヒルの山を通ったとかなんとか。辻褄はあってますな。しかし、そのことを何か信じるに値するものはありますかな。失礼ですが、ことがことだけに……」

 その言葉に待っていたと言わんばかりに、私はウェリントンからもらった、王家の剣を老人に見せた。

「おお! おおっ! その剣、その紋章、まさか、ネーザン王家の!?」
「その通りです。信じていただけますか? ご老人」

「もちろんでございます。ミサ宰相閣下。食料なりなんなり、足りないものをご自由におっしゃってください。私がすべて責任を取ります。なんとか亡き国王陛下のご無念をお晴らしくださいませ……! 国王陛下がまことに……。申し訳ない。年を取ると、涙腺が弱くなりましてな……」

 涙を流すのをこらえている長老に、私は優しく言った。

「お気持ち察しいたします。亡き陛下のご遺族を守るため、ご協力、感謝します。ご老人」
「ははっ……!」

 交渉が上手くいったので、別室で待っていた、レクスとレミィがいる部屋に私は向かった。

「うまくいったわ」

「みてみろ、レクス。私の言った通り、任せた方が良かっただろ?」
「うむ……。信じられんが、ニンゲンにはニンゲンなりのやり方があるようだ……」

 とレミィの煽りにレクスは深刻そうに納得していた。ふう、少し現状を平和的に解決するために、盛った話だけど、そっちの方が民にはウケがいいし、納得しやすいしね。私が亡きウェストヘイム国王夫妻のご遺体をこちら側にもって帰りたいのは本当だし。

 ご遺族も、きっと親衛隊たちが上手く逃がしてくれた。あとはウェストヘイムの民の声に応えないとね。こうして、私たちは無事食料を確保し、休憩をして、フェニックスヒルへと向かった。
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