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世界統一編

第七十九話 ウェリントンの誘い

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 私はウェリントンの統一王の戴冠式の差配で忙しくなった。宮中行事は宮宰が廃止され、新たに政府に宮内省ができて、行事の執り行いはそこであれこれ決まるが、統一王である以上各国の要人の招き、予算決定を急がなければならない。

 経済改革が進んだとはいえ、出費も多く、トントンで今やってるけど、このままだと、赤字経営になりそう。まあ、今ばあーと出さないと、国の威信にかかわるから、必要な出費は致し方ない。

 宮中の簡素化も進んで、豪奢ごうしゃすることも無くなり、政治にほとんど使っているが、改革にも金がかかる。仕方ないよね、下手にけちると経済が傾くから。ジャスミンが私に書類を持ってきた。

「宰相閣下、宮内省より、各国の席次と御礼品を予算に組み込んで欲しいとのことですが、よろしいでしょうか」
「書類は後で確認する、ありがとう」

「あと、サウザックの件ですが」
「何か言ってきたの?」

「かなり不安がっていました、しこりが残っているのではないかと」
「やりたくて私は脅したわけじゃないわよ、国益に必要だからやっただけで、選挙が終わったらノーサイド。何のうらみもないって優しく伝えてあげて、謝罪をすることはないけど。

 ……こっちにも立場があるからね」
「かしこまりました、サウザック側も安心することでしょう」

「あと、席次の件だけど、サウザックは伝統のある国、外交上あれこれあったとはいえ、尊重する形にするよう宮内省に言って。書類を見たところ、ちょっと、ネーザンに親交が深い国をひいきしすぎだわ。

 ネーザンは改革があって伝統をないがしろにするのではないかという各国の不安があるし、我が国は伝統にのっとった統一国を示すため、そこんところ、もう少し融通して」
「わかりました。では……。おっと失礼、閣下に申し上げたいことが」

「なに? 何でも言ってちょうだい、私がおかしなことをしたら遠慮なく言ってちょうだい、それが部下と上司のあるべき姿だから」
「まさか。陛下がお呼びと申し上げたかっただけです」

「謁見? 何かしら、まあ段取りを……」
「いえ、陛下の部屋で親しく話したいと……」

「え……!」

 し、親しく……! ま、まさか、私、誘われてる!? でも私幼女だし、でも、部屋に誘うなんて、こ、これは……!? まっておちつけ、素数を数えろ……10、ん? 10って素数じゃないじゃん。素数って何だっけ、忘れた。いやいや、落ち着け落ち着け……。

 私は顔が熱くなりそうなのをごまかしながらジャスミンに言った。

「わかった、陛下に……その、心の準備はできていますと伝えて……」
「はい……。わかりました」

 ジャスミンが変な顔したが、こっちは女なの! 仕方ないじゃない。口臭大丈夫かしら、汗とか匂ってしまったら幻滅されるし、一回シャワーを。バスタブがないじゃない!?

 教えはどうなってんだ! 教えは! お前ら禁じられた便座がない便所を平気で使ってるじゃねえか! わかってんのか!? 「フランスが汚い国というイメージ」が生まれたのは、フランス人がローマ人に甘えたせいじゃねえか。金取んのかよ!? くそったれ!

 私は別室で少しおめかしして、ウェリントンの部屋に向かった。前回みたいにバリバリの化粧したら、あとでよく考えると、幼女にガチ化粧は似合わないことに気づいて、失敗しないように今度は気を付ける。よし、香水よし、匂いよし、目やにとかついてないね、髪型よし! いざ、出陣!

 私はウェリントンの部屋の外の護衛に入っていいか尋ねた。

「ミサ・エチゴ宰相です、ウェリントン陛下へお通しできますか」
「万事、うかがっております、どうぞ」

 そして部屋の扉が開かれる。ほっぷすてっぷ、貴方の胸にジャーンプ。スキップで中に入ると、ウェリントンがにこやかに待っていた。

「おお、ミサ。来たか。待ってたぞ」
「はい!」

 待ってた、待ってたのね、わくわく。これで喪女卒業よ! イケメン王様と初の逢瀬で大人デビュー! あー胸がどきどきしてきた。ウェリントンはにこやかに言った。

「最近お前と親しく話してないな」
「そうですね!」

 そうそう、最近忙しかったしね。私へ愛情が積もったのね。わかるわかる。

「統一王選挙も終わって、仕事もひと段落付いたところだろう、些事は官僚たちにまかせておけ」
「ですです!」

 そう! あとは男と女。ロマンチックに窓から星を眺めながらベッドの上で、貴方の胸の中で眠らせて。

「ということで、私と離宮に行かないか?」
「はい! えっ? 離宮」

「お前にも休みが必要だ、私が産まれた場所をお前に見てもらいたい」
「……!」

 これは……! もしやもしや、ふたりっきりで、昔話をしながら、酒を転がし、ロマンチックな雰囲気でベッドの海にダーイブ! ということか! なるほど、なんだ、女の扱いわかってるじゃない、ウェリントンたらシャイなんだから、もう!

 わかってるわかってる。貴方の気持ちは。大丈夫、私が優しく抱きしめてあげるから。

「いきます! ぜひ行かせてくらはい!」
「ずいぶん食いつき気味だな、明日から出発だ、いいか!」

「はい!」

 きゃー、離宮でのデートだよデート、いやあ、まいったね、こりゃ。ごめんなさいね、みなさん。卒業しちゃうから、私。長かったー、行き遅れだの、頭でっかちのクソ女だの、散々陰口をたたかれた私、誰がお局さんよ、ひっぱたくよ! でも、金髪イケメン王様と、夢の素敵な夜を楽しんじゃうんだよねー。やー、ごめんごめん。これも役得でございますよ! ほほほほ……。

 みんなも男作っちゃいなさいよ、ほほほほ! あー気分がいいわあ。

 そうして次の日、ソルテア離宮へと、私は馬車を走らして、途中ウェリントン一行と合流した。ウェリントンにきくと、かなり田舎らしく、馬車を走らすのは少し難しいらしい。私はウェリントンの馬に一緒に乗って、デートを楽しんだ。

「どうだ、こちらの世界の暮らしは。随分となれてきただろう」
「はい、すべては陛下のご差配のおかげです」

「そういう堅苦しい言い方はよせ、お前と私との仲ではないか。こういう時ぐらいはウェリントンで良い」
「はい……! ……ウェリントン……」

「ミサ……」

「はははは……」

 お互い田舎の村を通り過ぎながら、異国情緒あふれる景色を楽しみながら、あれこれ話しする。彼はとても上機嫌だ。私ももちろん、ウッキウキ。……けっして、下心とか、そんなんじゃないからね! ただ、休暇を楽しんでるだけだからね! 誤解しないでよね、もう!

 少し長い旅になったが、ついに目的地が見えた。ウェリントンは嬉しそうに言った。

「あれが、私が産まれたソルテア離宮だ」
「わあ、自然があって素敵―」

 小さな宮殿だが、建築はしっかりしており、ところどころ、退廃した感じがあって、雰囲気がばっちし。本当に良いところじゃない。ここなら素敵な夜を過ごせそう。私がきょろきょろしているとウェリントンはさわやかな笑顔で言った。

「気に入ってくれたか。さ、中に入ろう、ミサ」
「はい……!」

 ソルテア離宮に入ると、ここが小高い丘に建てられているせいか、欧州風の畑や森、さわやかな土の臭いに、草葉の薫りが立ち込めている。眺めも最高だし、ムードばっちしじゃない! 良いところだー! 異世界ガチャSSR引いたー! キャラもSSRだし、きゃー! 

 私はおお喜びで離宮をウェリントンに案内してもらった。いやあ、素敵だね。世界一ピュアなキスが出来そう!

 ウェリントンと私はふたりっきりで、バルコニーでワインを乾杯した。もちろん、召使はいるけど、視界に入んないし。うーん日差しが穏やかでロマンティック! ウェリントンは嬉しそうに尋ねた。

「どうだ、気に入ってくれたか、ミサ?」
「最高です! ウェリントン。貴方はとても素敵な場所で産まれたのね」

「もう22年ほど前か、懐かしいな、当時、母上は身分の低い貴族出身でな、父上に見初められたせいで、色々王宮貴族からやっかみを受けたらしい」
「あれ、メアリーとお母さん一緒じゃないの?」

「私の母上は後妻だ。上の二人は家柄の良い貴族の母で、父上が申すに、色々と、実家がしゃしゃり出て、面倒だったらしい。だから、母上が選ばれた。まあ、別にこんなことは珍しくない。ただ……」
「ただ?」

「父上には男子が産まれなかったそうだ。男系王族としては、男が産まれない場合、当時、家が変わるか、婿養子を取らなければならないから、王宮はピリピリしてて、女性にとってプレッシャーがかかったから、母上が妊娠した時、王宮から離れた。立地のいいここを、出産場所として選んだらしい

 妊娠しながらの旅は辛かったと母上はもうしていた、聞いたのは4、5歳のころかな」
「あれ、王宮に行かなかったの? 貴方たちは」

「産褥の疲れがあったのか母上は流行り病にかかってしまってな、王宮に戻すのも哀れだと父上は思ったのだろう、田舎のここで暮らした方が、私たちにとっていいと考えたらしい。もちろん父上は会いに来てくれたぞ。

 だが、当時、リッチフォードと戦争があって、なかなか時間が取れなかった、父上は私が寂しくないよう、母上の家の私の鳩子に当たる女の子を遊び相手として、ここに送ったんだ。名をエリザベスという。

 エリザはお前と同じ、黒い瞳の女の子でな、気が強くて、いっつも私は振り回されてばかりだったよ、お前みたいな」
「……そう」

 なんとなく私に親しくしてくれる理由がわかった気がする。当時の好きな女の子の面影を私に見出したのかもしれない。そうか、だから、優しくしてくれるんだ、私に……。ウェリントンは遠い目をしながら話した。

「私と一緒に子馬に乗って遊んだり、いっしょに森に入って、母上に怒られたっけな、ははは、まあ子どものやることだ、後悔はしてない。ただ……」
「どうしたの?」

「ある時、森に深く入ってしまったとき、私が足を滑らせてな、エリザが私を必死に助けようとしてくれたんだ。急斜面で、後ろを見ると崖だった。私たちはどんどんと吸い込まれるように、落ちていった。エリザは私に『石につかまって』といった。

 私は怖くて、必死に石にしがみついたが、エリザが体を支える場所がない、彼女はずるずると落ちていき、生えていた木にしがみついた。だが、彼女の軽い体重を支えるほどその木は丈夫ではなかった。斜面から抜け落ちエリザは崖に吸い込まれて行ってしまった。
 
 私はその時お前と同じ年ぐらい、エリザも同じ年だって言っていた」
 「……。エリザさんはどうなったの……?」
 
  ウェリントンは静かに首を振った。彼は感情を込めながら、言った。
 
「私は自分を責めた、好きな女一人助けられない自分の弱さを呪った。不幸は続いていく、母上もそのあとすぐに亡くなった。私は王宮に一人で行くこととなったのだ。一人で……」
「……ウェリントン、貴方のせいじゃ……」

「いや、私のせいだ! 私が弱かったからだ!」

 そう言って、彼は椅子に座っている私を強く抱きしめた。私は何も言わず彼の背中に手を伸ばす。届かなく大きな背中、それが震えていた。そして彼はそっと静かに私に告げた。

「そばにいてくれ……ミサ。ずっと一緒にいよう……ずっと……」
「はい……」

 田舎の宮殿で、私は彼に抱きしめられた。胸が苦しくて、何も言えなかった。何も言えないから、彼のために少し、泣いた。男は泣けないから、代わりに女の私が泣いた。せめて彼の繊細な心が少しでも癒されるように……。
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