上 下
70 / 178
世界統一編

第七十話 憲法審議会、普通法編

しおりを挟む
 各院の代表が集まり、皆が円卓を囲む中、憲法審議会が始まった。代表は国王議会より、国王民主党の代表および首相、マンチェスター卿、レオのお父さんね、それと、平民議会と名前が紛らわしいから、自由党から自由保守党に改名した代表カンビアス。それと私で王宮から3名。

 そして貴族院の連立与党、国王民主党から、カーディフ侯爵と、テットベリー伯ジェラード。代表であるカーディフ侯爵はわかるけど、なんか私と親しいから、ジェラードが選出されたらしい。

 同じく与党、神学自由党の代表グリース。そして野党の保守党の代表レイモンドというグリーンランド侯爵。この4名。

 そして、平民院、自由党から代表コナー・ラーディッシュ、副代表オリヴィア・ウェイン。共和党から代表ウェル・グリードの3名。

 あとは法学者のロイという人と、高等裁判所より、高等裁判官のジョージという人。この12人がメンバーとなって進める。もちろん書記とか官僚とか護衛はいるが、円卓の中に入ってないし、この際別メンバーとする。

 オリヴィアは笑いながら言った。

「いやーウェル君、結局来たんだね。やあー、心配しましたよ、いきなり、行方くらますから」
「諸事情があってね」

 グリードは腕を組みながら、不機嫌そうに答えた。事情はたぶん家が焼かれた件だろう。実はこれまで、グリードは3回家を焼かれているらしい、王政の中で、共和主義を掲げるのは命がけだからだと思う。可哀そう。グリードはオリヴィアに向かって言った。

「とりあえず、オリヴィア君、きみの謝罪文を受け取った。丁重な文で感謝する。ここに私が参加することに党内で揉めたが、一応君の手紙も役立ったので、感謝を述べさせてもらう」
「ああ、あれですね。ミサ様ったらひどいんだー、きちんと謝罪しないと、金の出回り調べるとか脅されましてねー。権力の横暴ですよー。

 あと、その謝罪文は、弁護士に書かせました、いやー役に立ってよかったです」
「そういうことは事実でも黙っておくものだ」

 とグリードは苦い顔をした。オリヴィアは辺りを見回しながら、不思議そうに私に尋ねる。

「あのーミサ様? 何で一席椅子が空いてるんです。やけに豪華な椅子ですが」
「すぐにわかるわ」

 会議室にノックがしジャスミンが私に囁くと、私は声を張った。

「国王陛下のご来場である! 全員起立!」
「えっ!?」

 辺りは動揺する。急きょ決まったことだから皆は知らないものが多い。そして堂々と、ウェリントンが会議室に入ってきて、空いていた席に着座する。特にオリヴィアとグリードは驚いた。

「えっ、この方が陛下ですか……カッコいい……!」
「陛下、再びお目にかかれて光栄です、共和党代表、ウェル・グリードです」

「うむ」

 私は事情を説明することにした。

「今回の憲法審議会は国そのものを決める重要な案件であることに、陛下は高き志の元、会議の成り行きを直接見守りたいとのことです。連絡の不備は王宮内府宰相である、このミサがおわびします」

「と、言うことは本物ですよねー、いやーはじめてお目にかかれて光栄です、陛下。私オリヴィア・ウェインです。平民院自由党の副代表の」
「そうか、こたびの会議良きに計らえ」

「は、はい……」

 見るからに動揺している。そういえばなぜか三部会で、オリヴィアはウェリントンに挨拶してないんだった。ウェル・グリードは不思議そうにオリヴィアに尋ねた。

「君も三部会議員だったのにお目にかかってないのかい?」
「だって……、陛下って女嫌いって聞きましたから、私が会うと、怒られそうで……」

「別に私は女嫌いではないぞ」

 ウェリントンは堂々と言った。なら作ってくださいよ、婚約者を。周りで誤解されてるみたいだし。

 とりあえず私は皆に着座をうながして、今回の憲法審議会を取り仕切っていく。この13人の合議制で、まずは普通法の編纂の意見交換を始めた。

「まずは普通法の制定に向けて、現在問題になりそうな判例文のピックアップをこちら内府でさせていただきました。それを踏まえて皆様のご意見を頂戴したいと思います。

 その上で、実際の判例文と照らし合わせ、現在編纂中の法典に採用するかどうか議決いたしたいと思います。

 法典は裁判においての基礎法である普通法の集大成と位置付けて、実際の裁判に多大に影響を及ぼすので、くれぐれも立場を乗り越えて、国民のために建設的な議論をよろしくお願いいたします。

 その上で後の日程である、憲法制定のためこの国の概念をお互い共有したいと思います。

 それでは、まずは、高等裁判所判例文、 

 裁判番号 王歴635年(D)211
 事件名 結婚税徴収手続請求
 判事事項 初夜税の妥当性解釈
 裁判趣旨 被告人cとeが、領主に許可なく婚姻を結び、領主rの初夜権の行使として、rに賠償金額金貨12枚払うものとするという請求に妥当性があるかどうか、審議し、ネーザン国史において、行ったことがあるのか、また法的に担保された権利であるかを審議す。

 裁判過程において民俗史において先例が見つかり、また、領主の言い分は適切であり、cとeに権利の侵害を行ったとして賠償金金貨10枚を命ず。

 について皆さんのご意見をうかがいたいと思います」

 私が読んだ判例文にカーディフ侯爵が頭を抱えた。

「これか……」

 グリースも苦々しい顔をする。

「しょっぱなから、きつい判例が来たな」

 オリヴィアはきょとんとした様子で、周りを見ていた。

「結婚税? 初夜権? なんです、それ?」

 不思議そうな顔をしている、平民代表の中、専門家であるグリードが解説をする。

「オリヴィア君、実はこの国というか、この大陸で結婚すると税金がとられるんだ」
「は? 何言ってるんです、結婚式費用も馬鹿にならないのに金貨10枚って平民の下の方だと手取り年収3年分ですよ。何の権利があってそんな……」

「それが初夜権と呼ばれるものだ。男女の性行為における、処女喪失の破爪が民俗史において、穢れであり、悪魔が好む血だという言い伝えがあり、夫婦生活に災いをもたらすといわれている。だが一方で、教会法によって、女性は処女であるべきだという、教えがある。

 その考えから、領主が代わりに女性の処女を奪うと形式的な儀礼の言い伝えが残っていた」
「ちょっと待って! 何で愛してもいない、男なんかに抱かれなきゃなんないんですか! しかも領主? そっちの方が夫婦生活の災いをもたらすでしょう!?」

「まあそう考えるのが当たり前だから、かわりに初夜税とか結婚税とか地方によって言い方は違うけど、領主が代わりに金貨を収めさせたのが始まりだとかなんとかで、どこではじまったのか、本当にそんな税金や権利があったのかわからないけど、風習として残ってしまってね。

 それがこの裁判によって、立証されてしまい、ネーザン国民は結婚すれば領主に税を払うとされた。でも実際において、それが行使されたのか、本当に金を払ったのかは、領主の機嫌による。

 領主がその人物たちを気に入ってなければ、結婚税を徴収したり、あいまいな判定で、要求されたりもする。古い言い伝えが実際に法に及ぼすという悪習だよ」

 グリードの解説に私は補足をした。

「経緯としてはそれが妥当な意見だと思うけど、実際そういう風習があったのかというと、ネーザン国にはありませんでした。単なる噂です。

 とりあえず金に困った領主が、税金として徴収したのが始まりではないかというのが、内府見解です」

「えっ!?」

 私の意見にむしろグリードが驚いた。場は冷めきっている。オリヴィアは怒りのあまり立ち上がった。

「ちょっとまってください! そんなあいまいな理由で、税が徴収されたり、処女奪われたりするんですか! 無茶苦茶じゃあないですか!」
「オリヴィア嬢、少し落ち着いてくれ、領主としての意見を言わせてくれ」

 ジェラードが、オリヴィアに向かって冷静に言い始めた。

「実際問題として、女性は処女がいいとか教会が言い出したのが問題で、何となくだけど男性にとって、結婚相手が処女でないと、村で軽蔑されたり、嫌な仕事を押し付けられたりすることがあってね。

 結婚相手の男性がパートナーの女性の処女性を領主に証明して欲しいとの要求もあるんだ。その代わり、証明料として、ウチのテットベリー伯領では、金貨2枚で証明書を発行している。

 儀礼的なものだけど、それが当然としている地域もあるんだ。特に女性に男の噂があったりすると、男性が困ったりするから、領主に金を払ってでも、神聖であると証明してくれっていう要望もある」

「ジェラードさんは女性は処女じゃないとだめなんですか!?」
「別にそんなことは思ってない、閉鎖的な村ではいじめとかがよくあるからね。性関係は敏感なんだ。教会が忌避するべきものという教えを広めているからね。実際問題として、こういうことが起きるんだ」

 ジェラードの冷静な意見にグリースは語った。

「たしかになあ、浮気とかそれは教会として眉をしかめるのは当たり前だが、姦通罪とか教会法であるし、やたら処女信仰があるんだよなあ、教会内で。

 別に処女だろうとなかろうと、教会が口出すべき問題でもないと思うんだよなあ、俺は」

 その言葉にグリードは私に提案した。

「それじゃあ、宰相閣下、内府政令として、夫婦におけるプライバシーや、女性の性問題において、他者が干渉すべきではないと出して、この判例を棄却してみてはいかがですか? 男性としての意見だが、これは余りにばかげている。

 こういう前例を覆すよう、法典に注釈を求めます」
「わかりました、政令として出しておきましょう。女性は処女であるべきとか、ただの感情論ですからね、おかしな言い伝えは内府として見逃せません。税制も一本化されたことだし、正しい性教育について、色々議会で話し合うべきでしょう。

 とりあえずこの判例は棄却します」

「異議なし」
「異議なし」
 …………

 賛成11票で可決。初夜権は認めないと、法的にこれで担保されたのだった。こうして会議が続き、今日は解散する。こんな感じでおかしな判例は多い、私たちは議論に熱弁をふるった。

 そして次の憲法審議会で、判例の審議が始まった。特に紛糾したのはこの事例だった。私は判例文を読み上げる。

「裁判番号 王歴321年(F)113
事件名 性風俗混乱差止請求
判事事項 夫婦間での体位における解釈
裁判要旨 夫婦男kと女gにおける性行為で、kの母親pが、あまりに激しい声が聞こえるため、翌日問い詰めたところ、kの上にgがまたがって、kとgは興奮のあまり、怒鳴り声や嬌声を出して膣内に射精したという。

 それに眉をひそめたpが神父lに相談し、みだらな性行為を禁止すべくkとgを裁判に訴える。審議の結果、教会法、民法21条に違反すると判断し、夫婦間において、性行為は正常位のみとし、他の体位は姦通罪と判断。kとgに教会における奉仕活動を十日間命ず」

 私が読み上げた途端オリヴィアがびっくりして、目を丸くした。

「はい? 正常位? なんで、そんなもの決められなきゃならないんです。夫婦ですよ夫婦! 別にどんな体位でしようと勝手じゃないですか!」
「いや、オリヴィア、流石に騎乗位はまずいだろう」

 彼女の言葉にグリースが反論する。ムカッと来たのか、オリヴィアが珍しくグリースに食い掛った。

「何がまずいんですか?」
「いやだって、性行為は子どもを授かるための神聖な行為だ。快楽は悪魔の誘惑だし、堕落の象徴だ。騎乗位なんてもってのほかだ、正常位のみが正しい性行為の仕方だ」

「別に性行為で快楽を感じてもいいじゃないですか! 男と女だから当然でしょう! 正常位だろうと、騎乗位だろうと、後背位だろうと、おふぇらだろうと、好きにすればいいじゃないですか!」

「口を慎みたまえ、オリヴィア嬢。陛下の御前なるぞ」

 わいせつな言葉が飛び出したので、マンチェスター首相が、咳払いをする。当のウェリントンは不思議そうな顔で言った。

「騎乗位、後背位? ふぇら? 何の話だ? 正常位以外にあるのか……?」

 私が口に出すのもあれなので、とりあえずウェリントンをほっておいて、グリードに尋ねた。

「法の専門家として、グリードはどう思う?」
「前にも言った通り、夫婦間のプライバシーは当人同士で決めることだ。他人が干渉するのは自由の権利に反するし、宗教上の問題とはいえ、法で規制するのは如何なものかと思う。

 本人が自発的に贖罪しょくざいしたいのならまだしも、裁判所が決めることではないのではと思います」

 やっぱ先進的な思想の持ち主だな、グリードは。現代日本から来た私にとって中世のいろいろな、カルチャーショックに毎日頭を悩まされてる。それにしても、オリヴィア、おふぇ……なんでもない。

 だが聖職者である、グリースが引き下がらなかった。

「いやいや待て待て、騎乗位だぞ騎乗位!」
「言葉を慎みたまえ、グリース神父。陛下の御前なるぞ」

 とまたもや、マンチェスター首相が咳払い。それを見て、私はグリースを説得する。

「自由の権利をブルーリリィの誓いで宣言したのは貴方じゃない、グリース。感情論や宗教論で、法規制するのは内府として如何なものと思うわ」

「……うっ。ま、まあ、この件は少し棚上げにしてくれないか、党内に持ち帰って審議する」
「わかったわ」

 そうして、神学自由党で白熱した議論が繰り広げられた結果、法で規制するべきではなく教会でうながすべきだとして、結論が出たので、この判例は法典に採用されなかった。

 会議の日々はどんどん続いていく、中でも紛糾したのがこの判例だった。

「裁判番号 王歴982年(X)311
 事件名 所有物破損賠償請求
 判事事項 大便投擲による解釈
裁判要旨 王歴980年、女sの夫eが女wと不義密通を交わし、その賠償として、女sへ男eに金貨3枚の賠償命の判決が981年に下されたのち、女sは大便を女wの家の窓に投擲とうてき。その際、窓の扉に悪臭が残ったとして、女wは器物破損の賠償を請求する。

 しかし、大便投擲は不義密通した女性の家への正当な行為という風習があり、これを法的に認める。よって本請求は棄却とする」

「はあ?」
「えっ?」
「な、なんだそれは……?」

 びっくりした声を上げたのは貴族代表たちだ。口々にどういうことだとうろたえている。そんな中、オリヴィアは喜びながら言った。

「はいはーい。私の出番ですね! 最近流行ってるんですよねウンコ投げ。だって、浮気する男も男ですけど、相手の女へも頭来ますよね。だから浮気相手の女の家にウンコを投げるんですよ! えい! てね。

 ちなみに実際は女性がやるんではなく、周りの男の人がウンコ投げるんです。中にはウンコ投げ職人がいて、屋根まで飛ばしたそうですよ、えい! ってね。すごいですよね、ウンコですよウンコ!」
「ちょ、ちょっとまった」

 オリヴィアが暴走し始めたのでグリードが冷静に皆に説明する。

「まずこの風習の経緯を説明する。夫婦において、不義密通、つまり浮気は、姦通罪であり、犯罪だ。これがまず一点。また、男が浮気した場合、一応裁判所で訴えれば、浮気された妻へ賠償命令が出る。

 しかし、教会は余程の事でない限り離婚は認めないし、平民ではなかなか難しい。また賠償金も妻に支払われない場合が多い。だが、ここで問題なのが、浮気相手に対する罰則がないんだ。

 浮気されても妻は泣き寝入りすることになる。そういうことで、ネーザンのある地方で、村の男が浮気相手の女の家に大便を投げつけたのが始まりなんだ。

 問題なのは二点で、まず、離婚が認められないことと、浮気相手に対する罰則がないということ。過失があるにもかかわらず、妻の権利が認められてないのが問題で、決して……」

「いや、流石にウンコは汚いだろ」
「私も男だが、家にウンコ投げられるのは嫌だ」

 グリースとジェラードはしらっとした態度で熱弁をふるうグリードをなじる。この風習はネーザン独特で、平民の間で流行っているらしい。貴族の人たちは流石にウンコ……もとい、大便は投げない。

 議論は白熱し、男同士のウンコの投げ合いの会話と、オリヴィアが面白そうに煽るので事態が余計混乱していく。だんだんウェリントンが不機嫌になりだしたので、私は冷静に場を納めようと試みる。

「わかりました! 浮気した場合、婚姻関係の維持が難しい場合は離婚も可とし、過失を法的に認めます。また、浮気相手へも、過失があるとして、賠償責任を認めます。

 せっかくの憲法審議会で、ウンコウンコいわないで! もう! 貴方たち大人でしょう!」

「すみません……」

 どうやら私の心からの叫びを聞いてくれたようでこの件については棄却とした。はあー先が思いやられる。

 審議もひと段落が済んだとして、オリヴィアはグリードに話しかけた。

「あー、ウェル君。平民代表同士親睦会として、お酒飲みに行きましょ、良い店あるんですよ、エール通りに。ウェル君のおうち、イーストグリンのところでしょ。前の件の謝罪として、おごりますよ」
「はっ? 何故僕の家の住所を君が知っているんだ? 宰相閣下、貴女が教えたのですか?」

「いや、私教えてないわよ、貴方のおうちの場所。前直接行ったのも行政府で調べた結果だから内部機密だし、もらすと、公務員令で罰則受けるから」
「えっ……!?」

 私の言葉にグリードが仰天する。そんな中オリヴィアは、腕をつかみグリードを引きずっていく。

「さー行きましょう、行きましょう。おいしいお酒と、食べ物が待ってますよー」
「すまない、どういうことだ! ミサ閣下助けてくれ!」

 おーこわー、なんかホラー感じたよ、オリヴィア。女って怖い。グリードよ、成仏しろ。南無阿弥陀仏……。
しおりを挟む

処理中です...