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世界統一編

第六十八話 法治国家

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「ミ・サ・さ・ま。朝ですよー」
「みゃー! みやあー!」

 いきなりカーテンを開けられたので私は驚いて、ベッドから転がり落ちてしまった。やめて! 溶ける! 溶けるから!

「何です、その鳴き声、猫ですか? 可愛いですね」
「私の断末魔よ、もう、レオ、そっと起こしてって言ってるでしょ!」

 私はベッドにしがみつき、窓際にいたレオに文句を言った。

「起こしました、ええ起こしました。でも、あと3分を10回繰り返したので、流石に僕もカチンと来まして、ほんとミサ様は寝起きがひどいですよ」
「昨日は祝宴会だったのよ、選挙の事前予想で、各院で勝ち確定だったから。もう、飲まされまくって、頭がガンガンする」

「僕より年が下なのに何でそこまで酒を飲むんですか、体に悪いですよ」
「だって、私、前の世界ではひとりでチューハイ飲んでただけだもん、みんなと飲むの楽しいもん。いいじゃない別に」

「だからと言って体調を崩しちゃあだめじゃないですか、酔い覚ましにいい薬をもってきますので、少し待っててくださいね」

 レオは、ため息をついて、部屋を出て行った。私は髪の毛をセットし、着替えをすます。うつらうつら状態の体。何分かたつと、レオが飲み薬をカップに入れて持ってきた。あれ、陶磁器だけど、この時代にあったの?

「ん? このカップどうしたの?」
「ああ、最近いろいろ技術発展がすさまじくて、色々小物がたくさん発明されて、僕も面白がって買いあさってます。お気に召しませんでしたか?」

「ううん、とても素敵、装飾もおしゃれだし」

 そうか、あちこち、技術大学建てた甲斐があったなあ。私は苦い薬に眉をしかめ、頭をしゃっきりとさせた。

「ミサ様、どうでしたか、公爵の案件、上手くいったとか言ってましたけど」
「ええ、上手くいったわ、彼はもう、私の手から逃げられない、彼がどんな思惑で動こうとも、私の手の中に納まるよう、仕組んでおいたから」

「なんか怖いですね、ミサ様最近」
「政治家ってそういうもんよ、誰かが手を汚さなきゃなんないのだから、陛下に被害が及ばないように、私が罪をかぶんなきゃ。臣下として失格だもん」

「貫禄出てきましたね、ミサ様」
「まだ若いわよ! 私」

「また言ってる。ふふ、変なミサ様」

 うっ、年下の少年に笑われてしまった。だって、いくら幼女になったとはいえ、そうそう昔を捨てられるわけないじゃない。はーあ、せっかくだし、恋もしたいなー。でもまだやることあるんだよなー。……宰相って忙しい。

 私はいつも通り遅めの朝食をとった後、王宮内府に馬車を走らす。最近レスターで、内閣府にちょうどいい屋敷が見つかったので、とりあえず一部引っ越しと、屋敷改築で、人が行き来してる。

 私の屋敷も広いの欲しいんだけど、なかなか人目を気にしてしまうから、良い物件が見つからない。不動産なんてない時代だし、ちゃんと屋敷の主と契約しないと、あとで宰相に強奪された! とか問題になるから、大変なのだ。
 
 私は書類に目を通した後、ジャスミンがタイミングよく執務室に入ってきて、報告を聞いた。

「宰相閣下、選挙結果があきらかになりました」
「うん、続けて」

「貴族院定員236名のうち、96名が国王民主党。78名が神学自由党、王国党の残りが解党し結成した、保守党が9名、53名が無所属です。国王民主党と神学自由党の連立与党で、174名の圧倒的多数。

 無所属も、与党と連携したい議員も数多くおり、実質200名ほどが改革賛成派です」
「圧倒的ね、特権を捨てるのを貴族は嫌がると思ったのに、ここまで差が開くとは思わなかったわ」
「三部会での、我ら内府の丁寧な説明と、その後の未来の不安を解消できたのと、あとはブルーリリィの誓いのあと、民衆の恐ろしさを身をもって知ったのでしょう。

 また、対立軸のホワイトローズ王国党は解党され、求心力となっていた、ラットフォール公爵も不出馬で、もはや、組織として活動ができなかったのが要因に挙げられます」
「で、平民院は?」
「定員254名中、国王民主党が64名、自由党が150名、共和党が30名、残りはすべて無所属です。ご存じの通り、国王民主党と自由党は連携を汲んで連立与党を形成していますから、244名が改革賛成派。

 王党派の支持を受けていた旧保守党は、ブルーリリィの一件で、国王陛下のご意思と確認されたことで、解党したようです」
「うん? ちょっとまって、定員が50名以上増えたのに、何で共和党が減ってるの? 三部会の平民議会で主に活躍したのはその代表である、ウェル・グリードなのに」

「どうやら、選挙資金がなく、まともに立候補すらできなかったようです。というのも、自由党の副代表である、例のオリヴィア嬢が、選挙工作をして、商人たちの結束を固めるべく、商工団体連合を立ち上げて、共和党を支持していた商人からの選挙資金を根こそぎ奪った模様です」

「えげつないわね、どこが友人よ、女って怖いわねー」
「……ええ、そう思います」

「わかったわ、各院の演説文作っておいて、あとでチェックするから」
「ははっ」

 こうやって、無事選挙に勝利し、税制改革法案を二院で圧倒的多数で通し、国民の総意を権威づけて、改革は順調な航海を始めた。あとやることはひとつだ。

 私は国王である、ウェリントンに上奏をするため謁見にのぞんだ。ウェリントンはにこやかに私に話しかけた。

「うむ! よくぞ来てくれたミサ、顔が見たいと思っていたところだ。つい最近、クリス……ラットフォール公爵より謝罪とお詫びの献物を届けられたところだ。

 よくぞ、私の意をくんで、事を軟着陸してくれた。王家の代表として、礼を申すぞ」
「いえ、これも陛下のご威光の賜物でございます」

 もちろんウェリントンに父親暗殺事件に公爵がかかわっていることは話していない。ことをややこしくされると私が困る。ウェリントンと私の仲とはいえ、秘密にしておいた方がいいことは秘密にした方がいい。

 政治がかかわるとなおさらだ。ウェリントンはさらに上機嫌で言った。

「それに、三院での税制改革の達成見事であった。これで、ネーザンの財政もさらに良くなり、発展は約束されたもの。重ね重ね礼を申すぞ」
「もったいなきお言葉……!」

「でだ、私に申したいことがあるそうだが、いったいなんだ、珍しく打ち合わせなく、ここに来たようだが」
「はっ、申し訳ございません。私本人の口から陛下に、また、王宮貴族の皆様にご説明したいことがございましたので」

「そうか、よい、申せ」
「では。陛下、今回で三院制が整い、国は安泰の方向に向かっております、しかし欠けるものがございます」

「ほう……それは何だ?」
「普通法です」

 貴族たちがざわめく、普通法とは、世界史の授業で習うコモン・ローだ。ウェリントンは椅子の手すりにひじをつき、頬に手を当て尋ねた。

「普通法とはなんだ」
「はっ、普通法とは、全ての法の基礎となるべきものの一つ、慣習法、つまり世俗法のまとめにございます」

「ほう……教会法では不服か?」
「はい、教会法はあくまで、教会で定められたものであり、現在実際の裁判で主に元となっているのは慣習法です。日ごろの習慣から基づく、各身分に慣習法があります。

 しかし身分ごとに差があり、また、習得するのに困難で、往々にして、専門家ですら、知らぬ慣習があり、法は権力者の意向に左右されてしまいます。

 法に基づき、平等にまた、幸福に国民が暮らすためには慣習法の編纂が必要であり、またそれを成文化することにより、法曹界の専門家育成に拍車をかけたいと思います。

 良い法による正しい裁判が国民には必要です。現在、私は法務官と一緒に普通法の制定に向けて、準備中ですが、ぜひ、陛下のお言葉のもとで行いたいと思います」
「そうか、国王の名のもとに法を制定することで、国王の威信を高めようというのだな」

「その通りでございます」
「よし、国王の名をもって命じる、普通法を制定せよ!」

「ははっ、それと申し上げたいことがございます」
「ん? なんだ、まだあるのか?」

「私はこれを機に、この国に憲法を作りたいと思います」
「憲法……? なんだそれは?」

「かしこまりました。では説明を申し上げます。憲法とはこの国とは何か、この国は如何なる原理原則の法で動いているのか内外に知らせるため、また、この国が法に基づく、国家であることを明確に、規定した法の事です」
「ほう……なかなか面白いアイディアだな、続けよ」

「はっ、現在、ブルーリリィの誓いにおいて定められた権利の章典および、編纂中である普通法の根本となる、国家そのものを明文化しようと試みております。

 つきましては陛下、陛下は何故国王なのでしょうか?」

「変なことを聞くなあ、ミサ。私はウェストミンスターの嫡子で、前国王の崩御に基づき、国教会より戴冠を受けて王となった」
「それはあくまで、成り立ちでございます、重要なのはどの法に担保されて陛下が何故国王なのか、また、国王にはいかなる権利があり、さらにはどんな権限があるのか、法の下に明確化されていません」

「ふむ、なるほど、法に基づくか、先のベネディクトの暗殺事件もあるし、おいそれと王宮事情で、国王が変わってしまってはこの国が危ういな」
「そうでございます。また、これは貴族たちも平民たちも同じです。彼らは如何なる権利と義務があって、権限があって、何のためにこの国の組織が必要か、明確にされておりません。

 今現在ただ何となくで国が動いており、政変によっては、国が大きく左右されます。これでは魔族との大戦争が考えられる中、非常に心もとない。

 また、三院による法の制定も如何なる原理原則で行われるのか、いまだ闇の中でございます。

 よって、この国はいかなる国なのか、如何なる原理原則で動いているのか、法文化されなければなりません。これが法治国家の完成です」
「読めてきたぞ、ミサ、そなた、統一王選挙戦で私を統一王にするために、この国家の威信を上げ、また外交上有利に働くように、この国をはっきり規定したいのだな」

「おっしゃる通りです。我がネーザン国は三院制制定により、各国家より注目を浴びております。また三院において、我が与党は圧倒的多数で、国民総意が規定可能です。ぜひこの機に憲法を定めさせていただくよう、陛下のお言葉を頂戴したいのです!」

「……よかろう」

 ウェリントンは玉座から立ち上がり威風堂々と皆に命じた。

「我が国を法治国家とするため、憲法を制定せよ!」
「ははっ!」

 皆が頭を下げ、歴史がまた一つ動く。この国家の総仕上げだ。命じられた以上は進むだけ、私は使命感に震えながら、次の国の段階に進んだ。
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