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世界統一編

第六十六話 もがれた翼

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 権利の章典が発布されたことによって、ネーザンは国王院、貴族院、平民院の三院制となった。再び税制改革法案を国民の総意で可決するため、普通選挙が行われている。

 第一回の選挙戦の争点はそれだが、もうこれは始まる前から、勝ち戦だ。すでに三部会で可決してる上に、ブルーリリィの宣言もあり、民衆を敵に回して、妨害などしたら、それこそ命の危険がある。

 ホワイトローズ王国党はまともに選挙に立候補すらしなかった。むしろ、中原派として無党派で選挙に挑む者もいる。

 聖職者は政治に興味ない司祭が多く、選挙に出ていない。私が動かなくても、結果は目に見えている。これは今までの下準備の成果。政治は積み重ね。ぽっと出で、声やかましく唱えても、政治は動かない。

 政治は力学であり、集団の総意であり、流れだ。もう、ここまで来たら、抵抗しようがない。不平貴族も、民衆におびえて、さっさと特権を捨てる準備をして、農地改革にいそしんでいる。

 私は久しぶりにゆったりと朝食を済ませた後、食後のティーをのみながら、レオと雑談している。

「もう、すごいですよ、ミサ様の人気。僕なんかミサ様の屋敷の者だとわかると、みんな膝をついて、プレゼントされて、どうしていいものか、人気者も大変なんですね」
「だから私、あまり外に出るのを控えているのよ、民衆の熱気は狂気ともいえるわ。暴走して、襲われかねないから」

「僕も気を付けます。ところで貴族院と、平民院の選挙状況はどうなりましたか?」
「圧勝よ、貴族院も軽く圧倒的過半数が改革派だし、平民はもとより税制改革を支持しているから。普通選挙だから、特権者に有利に働くことも無いしね」

「何かミサ様最近暇そうですね、ずっと家でごろごろしてるし」
「やるべきことやったら、余計なことはしないの。上手くいっているときに、変なことやって、後々面倒なことになりかねないから。まあ、でも、私も今やるべきことはあるわよ。

 午後はカーディフ侯爵の屋敷に行くから、準備してね」
「かしこまりました。ミサ様」

 私はゆったりと昼をすごしたあと、街が熱狂で湧き上がる中、マイペースにカーディフ侯爵のもとに馬車を走らせた。

 彼はにこやかな表情で私を迎えた。

「これはこれは、ミサ閣下よくいらっしゃいました。心より貴女を歓迎いたします」
「ええ、ありがとう。選挙状況はどうです?」

「候補者全員が通る見込みです。これも閣下の素晴らしき手腕のおかげ、いや、めでたい、めでたい」
「そう良かったわ、王国党はまだ動かないの?」

「動けないでしょうな、今のこの国の状況では、ブルーリリィの宣言で、王国党は国賊扱いですから」
「それはおもしろくないわね」

「なんと……?」
「不満分子を放っておくと、権力が揺らいだ際、反乱がおきるわ、切り崩しを行わないと」

「しかし、あちらから、音信を断っているのに、どうしようもないのでは?」
「そのために私がいるのよ、かわいそうな負け犬たちを慰めてあげなきゃ。母性のもとにね……」

「……閣下? 何をする気ですか?」
「貴方たち国王民主党は、選挙に励みつつ、王国党残党を刺激しないようにして頂戴。私はそれを言いに来たの」

「わかりました、選挙運動方針を変えましょう。それでよろしいのですね?」
「ええ、あとは私がケリをつける。政治的にね」

 私は笑みを浮かべたのを、カーディフ侯爵は不思議そうに見ていた。そのあと、私は王宮内府に馬車を走らす。

「ジャスミン、どう、手はずは?」
「すべてミサ様のご意思のもとにあります」

「まずは王国党の両翼をもぎ取る。雨で休んでいる鳥に翼をくれてやるなど私は甘くないわ」
「かしこまりました」

「それにしても、王宮内府も巨大になってきたわね、これから、国王院内閣、貴族院内閣、平民院内閣ができる以上、もっと、国全体を動かすほどの規模が必要だわ。そろそろ上奏するわ。内閣府。政府を作るように」
「やっと念願の完全なる中央集権体制を整える時が来ましたか」

「ええ、これから国の制度も大きく変わる、銀行もどんどん地方に出て行って、投資を活発化していかないと、地方開拓できないしね」
「かしこまりました。以前より議論していた、内閣改造計画をまとめておきましょう」

「ええ頼むわ」

 ジャスミンと念入りに打ち合わせをした後、王国党議員であった。とある侯爵のもとに私自ら行った。

 侯爵は、驚きのあまり狼狽し、緊張していた。私を官僚と共に客室に入れた後、私はにこやかに告げた。

「侯爵殿、何故選挙に出ないのですか、国民の総意を決める選挙、貴方がたが言っていた、そう……伝統を守るべきとか、特権の保証は国王がすべきとかなんとか。言ってみたらどうです? 選挙権を持つ貴族たちに」
「そ、それは……」

「どうかなさいましたか? あなた方は覚悟のうえで、国王批判をなさったのでしょう? なら堂々と言えるはずです、……民衆たちの前でね」
「……残念ですが、持病で、体調が悪くなり、今回の選挙は見送らせていただきたく存じます」

「……それはおかしいですね。昨日あなたは、貴族たちとパーティーに出ていたじゃないですか、どうやら私に不満が溜まっているご様子。

 なら言ってみたらどうです、本人が目の前にいるのですから」
「いや! あれは酒の場で、本心ではなく……!」
「ほう! 酒を、ずいぶんと気の変わる体調ですなあ」
「そ、それは……」

「ジャスミン、例のものを」
「はい」

 そしてジャスミンから受け取った私は書類をテーブルの上にばらまいた。

「これは、大陸同盟戦争の時に軍律に反して、占領地を横領してた記録。わかるでしょ、貴方なら」
「なっ……!」

「おっと手を出さないで、重要な機密資料だから、手を出せば、貴方は王家反逆罪に問われても仕方ない。おわかりですかな?」
「な、なんの目的で……」

「別に目的なんてないわ、私が貴方をどうしようとか思っていない。でもね、これがこれから開催される貴族院で資料提出を求められた場合、私は応じなければいけない。

 そうなると貴方は大変お困りじゃないかと、善意で申しているのですよ。ええ、軍律違反は極刑に処されてもおかしくないですからね。貴族特権ももはや通じませんよ。

 どうなさいます? 蜂起してみますか? このネーザンを相手に?」
「……私にどうしろというのです」

「いえいえ、貴方自身の行動は貴方が決めればよいのです。このまま、何もせず罪に問われるか、貴族院に立候補して、議会で弁明するか、貴方自身でお決めなさい。

 何せこの国は自由の国になりましたから……」
「……わかりました、身の振り方を考えよとの仰せですね。私も立候補しましょう、無党派ですが、改革を推し進めるために」

「それは素晴らしいことです。いやあ、来た甲斐がありました。どうぞ、貴方に幸あれ」

 そう言って私は侯爵の屋敷を去る。この件は一気にうわさになった。どんどん私に連絡を取ろうとする、王国党の貴族が続々とやってくる。

 そして私はラットフォール公爵の懐刀と呼ばれる伯爵の屋敷に、馬車を走らせた。

 その伯爵は私を見るなり逃げ始めた。だが親衛隊も連れてきているため、さっさと捕まえる。

「ひいいいいいい!」
「いきなりレディーを見るなり、逃げるとは失礼ではないですか、折角、王宮から、地方に出向いたのに。貴方は人の歓迎の仕方を知らないようですね」

「知らない! 私は何も知らない!」
「何を錯乱しているのです。ひょっとしてこのことですか?」

 そうしてジャスミンから手渡された書類を地面にぶちまける。

「ああ! あああ!」
「どうしたのです? 貴方が書いた商人への約定書ですよ、私を襲撃するため、王党派に武器を流したもののね。いやあ大変でしたよ、商人というのは契約に厳しいですから。

 ブルーリリィでの民衆の私への支持を身をもって知らなければ、彼の家族まで被害が及ぶところでした」

「違います! 知らなかったのです!」
「知らないわけがないでしょう、印章もサインも貴方のものと一致する。ご自分でお分かりにならないのですか?」

「どうかお許しをミサ閣下! 私はラットフォール公爵に命じられただけで、貴方を殺すつもりなど毛頭なく!」
「それを、私に言ってどうするのです。私への襲撃事件で、捕まったものは国家反逆罪として族滅を受けました。

 もし、あなたに言い分があるなら、国王陛下に許しを請うのが筋なのでは?」
「どうかお助けを! ミサ様! 私には家族がいるのです! 大事な家があるのです! お許しを! 閣下!」

「そうですか……、それは大変ですね。わかりました、私から陛下にご温情いただくよう、手回ししても構いません」
「ミサ様、ありがとうございます! この恩は代々、子々孫々まで……」

「ただし!」
「ひっ!?」

「貴方には証言してもらいますよ、今までの陰謀事件にラットフォール公爵がかかわっていたことを……!」
「なっ……!」

 明らかに目が泳いでいる。公爵が怖ろしいのだろう。だがそれに対し、私は彼の耳元でささやく。

「できれば、私は平和的に解決したいのですよ、何せ私は平和の国から来た異世界人ですからね……」
「閣下……」

「……ふう、これだけ言っても貴方の忠誠心は揺るがないようですね、わかりました、それでは──」
「お待ちください! 閣下!」

 私は笑みを浮かべた。これで準備は整った。あとは本丸、ラットフォール公爵だ……。
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