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世界統一編

第六十三話 この国を一つに……

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 貴族議会が分裂したことで、情勢が明らかになった。こうなったら、国王としてウェリントンに腹を決めてもらう。彼がGoサインを出せば、今すぐにでもラットフォール公爵を物理的に消すつもりだ。

 この先ネーザン国にいてもらっちゃあ非常に迷惑だ。これがそれなりの貴族や政治家ならまだ私は失脚という方法を使って、歴史から退場してもらうことができるが、なまじ貴族社会で、王位継承権があり、公爵という大貴族なら別だ。

 貴族に生まれた以上その義務がある。生き死にすら、自分ではままならないのが持てるものの宿命。私もこの国のために消される必要があるなら、喜んで死んで見せる。政治家というのはそういうことだ。

 ぬるま湯につかった、現代日本では理解できないかも知れないけど、中世で権力を握るということは存在自体が害悪になることもある。しかも自発的に反国王姿勢をとるのなら言い訳が出来ない。

 私はウェリントンに謁見して進言した。

「陛下、事態は窮しております。現状、ラットフォール公爵は陛下の害にしかなりません。しかるべき対処が必要かと」
「ふむ……」

 ウェリントンだって覚悟しているはずだ。勇猛果敢な彼なら、きっと聖断が出来るはず。しかし、一向に黙ったまま口を開かない。私は焦れはじめて言った。

「陛下、相手が王位継承権を持ち合わす以上、国王批判は、自動的に周りは王位簒奪に向かったと解釈するのが多数でしょう。ここは、陛下のご決断が必要です。従兄弟とはいえ、これも王家、ひいてはネーザン国のためです」
「ふむ……」

 あれー、塩対応だぞ、怒ってもないし、反応が薄い。どういうことだ……? でもここはウェリントンにも腹くくってもらわないと、何なら私自身が手を汚してでも……!

「陛下!」
「……好きにせよ」

 えっ!? ちょ、ちょっと待って、一番困るそれ! 私が止めようとするが、彼はそのまま立ち去ってしまった。うわー、やべえーどうしよ。

 私は王宮の外で、馬車の前で待っていた、レオの前で思わずつぶやいた。

「あれー? 変だぞー」
「どうかされました、ミサ様?」

「陛下に例のことを好きにせよって言われちゃった」
「と、いうことはOKですね、では手はず通りジェラードさんの館で、計画を……」

「ううん、逆。やるなってこと」
「えっ!?」

「陛下のご気性だと、OKの時は自分から名前を出して行動するタイプだから、好きにせよってことは考えたくないってこと。早とちりしてやっちまうと、あとでブチギレされる」
「はあ……、珍しいですね……あの陛下が……」

「うーん、困ったぞ。やる気満々だったんだけどな、108ぐらいサクッとやっちまう計画があったのに。まあ仕方ない、とりあえずジェラードの屋敷に行くか」
「あ、はい、わかりました」

 私は馬車を走らせ、ジェラードの屋敷に向かった。いざという時、親衛隊の名を汚すより、彼の力を借りたほうが政治的に無難と判断して、計画準備したあと、待機させてある。ジェラードは私のさえない表情を見たのだろう、不思議そうに言った。

「どうだった、陛下のご様子は」
「ダメ、その気ないみたい」

「困ったなそれは、陛下のご意思に反して勝手に処断すると、こっちが反逆罪に問われても仕方ない」
「そうよね。三部会で、国王批判の上、宰相である私の演説での退場は、明らかに王宮への反逆と解釈するのが当然なのに……。

 なまじ陛下とラットフォール公爵は仲良かったぽいが問題なのかしら」

「んー私は新入りの貴族だからな、カーディフ侯爵も王宮に通じているわけではないし、誰かの知識を借りたいところだな」
「そうね……」

 そこへジェラードの屋敷に王族の馬車が走ってきた。あれ、もしかして、メアリーかな? 最近、幼女救世主伝説が劇になって評判がいいから、あいさつ回りしているって話だけど。

 ジェラードと共にメアリーを玄関で迎える。彼女は元気そうに言った。

「はろー! ミサがここにいるって聞いたわよー!」
「王宮の知識ゲット」

 そう言ってジェラードと共に腕をつかんで部屋に連れ込む。

「ちょ、ちょっとなによ! 私、姫よ! 久々の登場でこの扱いひどくない!?」

 散々わめき散らした彼女を落ち着かせて、ラットフォール公爵のことを彼女にきくことにした。これまでのやり取りをメアリーに説明した後、彼女は言った。

「まずい、それはまずい」
「どういうこと?」

「まず、彼、クリス、ラットフォール公爵ね。彼の母親が私たちの叔母さんにあたるの」
「まあ、それは知っているけど」

 私はメアリーの反応にいささか驚いた、真面目な顔をするのはほとんど初めてかもしれない。

「それでね、前ラットフォール公爵が亡くなった後、叔母さん精神的に参っちゃったみたいで、心の病にかかったの。それを面倒見たのが息子のクリス、今のラットフォール公爵。

 本来ならどこかで叔母さんは幽閉されるのが慣例だけど、クリスは親への愛情が強かったらしいの。それで面倒見たんだけど、叔母さんはずっと、クリスに本来なら、貴方が国王になるべきだ、って延々と聞かせたらしいわよ。

 その時クリスは15歳。年齢的にひねくれておかしくないから、それを知っている貴族たちは彼に対して同情的なのが一つ」
「なるほど、意外と立派だね、で、もう一つは?」

「彼のホワイトローズ家は代々大貴族と婚姻を結んでいるの。国内外問わず彼に対して同情的なのよね。意外と人に好かれるタイプだから。

 ということで、無理に彼を害してしまえば、貴族たちが反乱する可能性があるわ。ウェリントンが迷ってるのもそのせいだと思う。

 決断できないのよ。彼の今の立場では」

 なるほど、だから好きにせよと曖昧な返事をしたのか、やるなら私個人の責任をもってやれと。国王の権威を頼るとかえって、ややこしくなるから、彼は決断できないのか。

 しかしまずいぞ、公爵が強気に出るのもわかるわ、今の彼は無敵の人だから、下手に手を出すと、それこそ国が割れかねない。私はジェラードに計画をこぎつけられる前に中止するよう言って、今後の対策を練ることにした。

 と言ってもアイディアが出てこない、私、結構好戦的だからこういう繊細な作業をやらすと、考えこんじゃうタイプなのよね。じゃあ、何かアイディアが出てこないか他の人間から探ってみるか。

 私はオリヴィアと連絡を取って、ウェル・グリードと会談することにした。弁護士の彼なら、もっと繊細な作業は得意だろう。何せ言葉と文で食ってきた人種だから。

 オリヴィアはとある屋敷で彼を連れてきて言った。

「それでは宰相閣下、お二人ともごゆっくりー」

 そう言って手を振って部屋から出た。気遣いはできるようだ。彼は恭しく私に礼をした。

「またお目にかかり光栄です。ウェル・グリードです。なにやら、閣下が私に用があるそうで、何なりとお申し付けください。ただし可能な範囲ですが」

「ええ、別にお願いってわけじゃないの、彼女から聞いてない?」
「彼女とは……、どなたの事でしょうか?」

「えっと、オリヴィアの事」
「はい? オリヴィア、オリヴィア……」

「いやさっきの若い娘さん」
「ああ、自由党の副党首の。何事かと思いましたよ、いきなり声をかけられたので」

「え、彼女とは親しい関係じゃないの?」
「いえ、確かどこかで見かけたような……」

「えっと、印刷会社のご令嬢よ、彼女」
「ああ、なるほど、確か二、三度パーティーで握手したぐらいですね、確か、そう、オリヴィア、これは失礼。女性の名前を忘れるなど。何しろ議員になって人が行きかうことが多いですから」

 はあ……。友人とかいう話どこ行ったのよ、あの娘に騙された。いや違うか、私に何度か会ったことあるくらいじゃ、グリードとの対談を私は頼まなかったかもしれない。

 これは、彼女なりの処世術か、嫌われるやり方だけど、計算づくなら、侮れないわ彼女。私はそのことにはこだわらないで、本題に入った。

「グリード代表、ラットフォール公爵のことをどう思う?」
「許せませんね、貴族議会の代表でありながら、審議拒否とは。税金の無駄遣いです。議員には責任があります。国民の一票の重さが。それに応えるならまだしも、審議に応じないのは、無責任です」

「そう、私も同意見だわ。私はちょっと困っていてね、このままだと貴族議会や、もしかするとこの国が分裂する恐れがあるわ。しかし、荒事にするのは彼の身分から考えると、適切ではない。少なくても今の状況は」
「なるほど、それで私に用だと……。ふむ……」

 そして考え込んで彼は論理的に私に告げた。

「彼を害することができないなら、彼を取り除くのは不可能。しかし、国の大事となれば、非常手段も考えなければならない。とすれば……。

 彼抜きで、国民の総意を問うというのはどうでしょう? 上からが駄目なら、下からという方法があります」
「それよ!」

 そうだ、何も三部会を私は常時にする気はない、国王議会、貴族議会、平民議会の三院で国事を決めるつもりだ。別に三部会にこだわる必要なんかなかったんだ。その方法があったか、流石切れ者ウェル・グリード。敵にすると怖ろしそうだわ、この頭脳は。

「それならグリード代表、貴方に頼みがあるの……」
「なんでしょうか……」

 そう言って私がいま思いついた計画を告げたら、彼は嬉しそうに笑みを浮かべながら言った。

「実に民主的だ。やはり貴女は理性の女神だ」

 と言って承諾してくれた。

 そうして私は連携している各身分議会代表にあたる議員たちを呼んだ。そして、私は言った。

「今日この日、ネーザン国を一つにまとめる時が来ました──」
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