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世界統一編

第三十六話 宰相襲撃

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 私とカンビアスの宮中内の冷戦が始まった。お互い無視するという女子中学生みたいなものだが、仕事がかかわっていると意味が違ってくる、特に王国の中央政府がこの状態なのだ。当然周りから、私に宮宰カンビアスに頭を下げろとか、わきまえろとか遠回しに言ってくる。

 だが私は不退転の覚悟で挑んでいた。改革なくしてこれからの魔族との戦争にこのネーザン国が耐え切れない。これはこの世界に前例がないのも私に不利になった。徐々に私のもとから離れる者もあらわれる。

 しかし、去る者は追わず来る者は拒まず。私に不満があるのなら、仕方がない。独裁者になるつもりは私はない。周りの話は聞くが意志は変えない。粛清などしなかった、私は清廉せいれんでいたかった。

 しばらくたつとこっちに戻ってくるものもあらわれた。そんな日々を2週間ほどたったころだ。宰相府で、ジャスミンに声をかけられた。

「閣下、よろしいでしょうか?」
「ん、どうしたの? 大臣たちがまた文句でも言ってきたの?」

「違います、テットベリー伯が少しお話したいとおっしゃっています」
「あ、そうか……。そうだよね、うんわかった。仕事片づけたら休憩とるから待っててと言っておいて」

「かしこまりました」

 貴族たちも気が気でないだろう、私の鎖演説で貴族特権を取り上げようというのだ、親交の深いジェラードが私のもとに詳細を聞きに来て当然だろう。

 私は仕事を片付けた後、客間で彼と話をした。

「ちょっと、久しぶりだね、忙しかったの、ジェラード?」
「まあ、な。ようやくレスターに屋敷を構えられることになったのだ、色々と引っ越しで、あれこれ屋敷の者を働かせていた」

「あれ、家建てるにしては早いね、ちゃんとした屋敷なの?」
「ミサ、あまり失礼なことを言うなよ、無論だ。グロズベリー伯爵の家を改築しておったのだ。新築など立てるより、より手入れされた、住まいを譲り受けたほうがよい。なかなか趣きのある屋敷でな、お前も祝いに来てくれないか?」

「行く行く、もちろん行く! 私の屋敷なんて手入れがさっぱりだから、参考になるし」
「政治はできても家のことはできないか……、まあいい、幼女だしな、それは仕方ないだろう。それよりもだ、ずいぶんと王宮内の皆、険しい顔をしているようだな?」

「そんなまどろっこしい言い方しなくても、ズバッと言って、私とジェラードの仲じゃない」
「そうか、わかった──。お前の主張している改革、考え直さないか? 私も貴族として受け入れられないし、そもそも理由がわからない。お前の理想とする国とはなんだ? わたしにはさっぱりだ」

 やっぱり、ジェラードみたいな頭がいい貴族でも戸惑ってしまうよね、私の言ってることはこの世界で前代未聞だから。私はわかりやすくかみ砕いて説明することにした。

「私は国を豊かにしたいの」
「なら、何故貴族の権利を奪う? 貴族あっての民じゃないか」

「ちがうわ、それは違う。民あっての貴族よ」
「ん……?」

「貴族は民衆の税によって支えられている、でも今の制度だと、民を苦しめて、税金すら取り立てるのに暴力的なことだって当たり前でしょ?」
「まあ、徴税官など、野蛮だからな。税を払わなければ、着ている服や、妻子を売ってまで、金に換える奴もいる。私の領地では禁止しているが、なかなか、税を取るのは難しいものだからな……」

「そう、民は払える税を身を削ってまで絞り出している状態。だから民を富まして、税を安定させて国を豊かにするの」
「ミサ、それには問題がある」

「どうしたの?」
「民からどうやって税をとるかだ。民衆は貨幣を持っていない農民がほとんどだ、だから農作物や狩猟でさばいた物品、賦役ふえきなどの労働で、税を納める。この状態では民を富ませることはできないし、税など安定せぬぞ」

「それはわかってる、ネーザンの現在の経済状況が。私は硬貨の替わりに紙幣を発行するつもりよ」
「紙幣……? 手形か?」

「ええ、そう、商人たちが大量の硬貨の替わりに約束手形を、商人ギルドで管理している。私は王宮の金貨を担保に、紙幣を刷るつもりよ」
「国すべてに紙を配るのか? しかし、どれだけの人件費がかかるか、手書きで、紙を刷るなど……」

「いや、活版印刷機をすでに開発済みよ」
「活版印刷……? なんだそれは」

「私が宰相になった時からずっと職人たちに頼んで、作っていた、文字ごとのハンコを集めて押すの。金属で作った文字のハンコにインクを塗って。それで作業を効率化するつもりよ。それが銀行で管理する。

 そうすると、紙幣を刷るのに大幅に作業を短縮できる。すでに開発済みで、いま、紙幣の紙面を財務省と商人ギルドたちと話し合って決めているところよ、これで安定した納税ができるようになる」

「うむ……。確かに、硬貨の替わりに紙幣で経済を管理するなら、納税も安定するだろう、硬貨は、金、銀、銅と貴重な鉱石で作られていて、多くを用意できず、流通が難しいから、紙幣なら貧しい民にも普及するだろう、もう一つ聞きたいことがある」

「何?」
「民を富ませるのはいい、しかし何故貴族を苦しめる?」

「貴族を苦しませるつもりはないわ、誤解よ。私は貴族も富ませるつもりよ」
「どういうことだ?」

「民を富ませることで、貴族たちにもお金が入ってくるわ、安定してね。無理な徴税なんて必要はない。この世に生まれてきたものすべての人には財産権があるのよ」
「財産権……」

「つまりね、貴族は土地をもってる。それは財産よ。その財産で、農民という労働者が働いて農作物を売って、税を納める。もちろん土地を借りている分だけ、貴族に土地使用料を貴族に納めさせる。そして貴族からもその収入に応じて王宮に税を納めてもらう。そうすることで民衆の負担を軽くすることができる。別に貴族が憎くてやるわけじゃない。

 皆が等しく国を支えれば、国は栄え、民は栄え、そして貴族は栄えるわ。わたしはそうしたいのよ。そのための改革、富むものを滅ぼすのではない、すべてを等しく平等に負担させるための税制改革よ」
 
「なるほど、民に負担を減らせれば、その分余裕ができて、土地開拓も上手くいく、また貴族も領土が豊かになる。のちに貴族は栄えて、ともに納税をする。そうすることで王国も栄える。問題は山積みだろうが、理屈は通っているな」

「ええ、そのための障害は私が取り除くわ、なるべく穏便にね」
「わかった……。なら、私はミサ、お前につこう」

「ほんと……! ジェラードが本気で言ってくれるなら私すごく心強い!」
「疑っているのか? 騎士の誓いをしてもいいぞ。テットベリー伯領も土地開拓が必要だ、私も利があるし、何より民を苦しめるのは騎士のやるべきことではない。民を守るのが騎士だ。

 ──なら、騎士としてお前を守ろう」

 そう言って彼は私にウインクする。嬉しい……。こんな時にジェラードが味方になってくれるなんて……。

「ありがとう、貴方を信じる、ジェラード」
「私もお前を信じよう、ミサ」

 そうして私たちは握手する。彼の温かい大きな手、とても私に心強かった。ジェラード……。

「なーに、二人手を握ってにやにやしてんのよ……!」

「うわ!? メアリー!」
「これは姫君!?」

 横でメアリーがジト目で私たちをにらんだ、め、メアリーいつの間に!?
「ここにミサがいるって聞いたのに、ノックしても、返事ないし、何やってるんだーと思って入ったら。お二人様、仲がいいこと」

「な、何をおっしゃいます姫君、私たちはネーザンの未来について語り合っていたのですよ」
「そ、そうだよメアリー、べ、別にジェラードとそういう仲じゃないから……」

 私たちがそう言うと彼女は眉尻を上げた。

「じゃあどういう仲?」

「そ、それは……」

 それを言われてしまうと、私とジェラードは見つめ合ってしまった。そして何も答えられなくなってしまう。メアリーはさらに畳みかける。

「じゃあ、二人の未来を語り合う仲?」

「そ、それは……」
「その……」

 私は真っ赤になって固まってしまった。それを見てジェラードは戸惑った様子で、どう取りつくろうか迷っている様子だった。ちょ、ちょっと、何か言ってよ、ジェラード! このままだと私……!

 私はこの場を切り抜けようと必死に話をそらした。

「そ、そう言えば、メアリー私に何か用なんでしょう、な、何の用?」

「小説、出来上がったの」
「ほ、ほんと!? うわー楽しみー」

「白々しい言い方。私なんてホントはどうでもいいんでしょ」
「そ、そんなことないよー、大事な親友だもん、私とメアリーは!」

「ふーん」
「そ、そうだ、ジェラード。一緒にメアリーの小説見せてもらおうよ、ね!」

「え、ちょ、何でこの男に……」

「ほう、小説とはよくわからぬが、姫君の大切な書物を見分させていただきます」

 とジェラードも乗る気だったので、私はあるアイディアを思いついた。

「そうだ! ジェラードのお屋敷改築祝いにメアリーも一緒に行こう! そうしよう!」
「えっ、なに、どういうこと?」

 メアリーは意味が分からずきょろきょろと私たち二人を見る。ジェラードも、

「それはいい、王家の姫君に祝ってもらうなど、ブレマー家のほまれだ」

 と言った。メアリーはまだ理解できないようだ。

「えっ、なに、何なの?」

 ──ということで? 私とメアリーは休みの日にジェラードのお屋敷の改築祝いに行くことになった。……ふう、何とか切り抜けた……。
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