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世界統一編

第十四話 カールトン会戦

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 私は軍事物資の徴発を指揮しながら不安だった。仮にも上級貴族であるテットベリー伯爵を処刑するエジンバラ王に恐怖を感じていた。もし私たちが負けたら……ううん、そんなこと考えちゃダメ、今は戦争の勝利だけを信じて仕事に励まなければ。

 従軍してきたミサミサ団の官吏に聞くと流石に最初の頃は徴発に混乱があって下級騎士たちの軽い略奪や暴力沙汰があったらしい、しかしウェリントンがそれを厳しく裁き、官吏たちに従うよう徹底させた。

 私は軍法を簡略化して、下級騎士たちにわかりやすいよう、制定して賞罰を明らかにした。

 この軍法はこの世界では先進的な試みらしく、各国の軍もこれにならった。かくして、各国混成軍でありながら、わが軍は士気が高く規律もとれるようになった。徴発も段々慣れてきたようでうまくいき、最近では下級騎士たちも私に気さくに挨拶してくれる。

 ここまではうまくいっている。

 準備が整った後、大陸大同盟軍はスタンフォード丘陵に陣を構え、巨大なテントで最後に各国を集めて軍議が行われた。

 この会議でもウェリントンは私を側に座らせた。私に戦争に関わらせるつもりはないが、なんでもわが軍で私は救世主やら幸運の女神やら評判が良く、体のいい置物として隣に座っている。私は会議の成り行きを見守った。

 まず発言したのは在位年数が長いリッチフォード王だ。

「こたび我がリッチフォード、ネーザン、ウェストヘイム、ワックスリバー、ホーランド、サウザック、バッキンガム、また、その他各国から義勇兵が集まり総勢十万の大軍をようしたことには、わが軍に神のご加護があったとわしは考えておる」

 続いて、ワックスリバー王は丁重に現状の様子を尋ねた。

「たしかに、それで敵の情勢はいかがですかな?」
「それについてはわがネーザン王が説明させていただく」

 実質戦争準備を受け持った我々のネーザン国王のウェリントンが落ち着きの払った声で言い放った。

「敵は総勢8万にもふくれ上がった、斥候兵によれば傭兵が多く、騎士の総勢はエジンバラ反逆同盟総数の3万5千、残り4万5千は金で雇い入れた傭兵であると見積もっています」

「ずいぶんと大量の傭兵を抱え込んだな、4万5千か、エジンバラ王の勇名があってこその兵の集まりだろうな」

 口惜しそうにサウザック王は少し苦虫を噛みつぶしたような顔で言ったのに対し、ウェリントンはさらに付け加えた。

「問題なのはその傭兵の質です、どうやら名のある傭兵団が味方しているようで、歩兵2万、軽装騎兵2万5千とのことなのです」

「2万5千!? よくもまあ騎兵をそこまで集めたものだ、わが軍の騎兵はどのくらいか?」

 驚いた様子のウェストヘイム王はウェリントンに詳しく尋ねる。

「およそ重装騎士が1万5千です、わが軍は歩兵が多く、実はこたびの集合に時間がなかったため、中級騎士たちが大型馬を用意できなかったようです。

 また民兵も多く、最も頼れるのは弓兵と見ています。官吏たちのおかげで矢の準備が整っており、大量に予備がございます、そこでです、私は野戦築城をし、歩兵で固く守りながら、弓で波状攻撃をかける戦術を提案いたします」

 彼の言葉に各国指導者は少し逡巡しゅんじゅんがありながらも、リッチフォード王が口を開いたことで方針が決まった。

「それが現状、現実的と言えよう。堅く守り、敵の騎兵の勢いを殺す。その上で相手の士気が下がったところ騎兵突撃で敵陣まで突破。つち鉄床かなとこのセオリー通りだがそれが一番だ」

「その通り!」
「同意いたす」
「右に同じく」

 こうやって各国首脳も賛成し基本方針が決まった。私はもちろん各国にあらかじめ話を通してる。こういうコミュニケーションが外交力だからね。続けてリッチフォード王が驚くべき提案をしてきた。

「心配なのは指揮系統だ、我らは諸国同盟で指揮系統を一本化せねば規律正しい軍事行動が出来ぬ。そこでじゃ、ネーザン王、そなたに総指揮を任せたい」

 え、突然の要請にウェリントンは驚いたようだ。

「な、なにをおっしゃいますリッチフォード国王陛下、戦争経験からすると貴方が総指揮をとられるのが当然でしょう!」

「わしはもう歳じゃ、耄碌もうろくした頭でこの稀有けうの大軍を指揮できるとは思えぬ、そなたは戦さ経験は数えるほどだが、各国にとどろくほど、戦上手との評判だ。若いそなたにわしは賭けたい」

 各国首脳は少し黙っていたが、戦さの段取りをしたのはネーザン国がほとんどで兵数もネーザンが一番多い。考えた末、諸国首脳もそれに同意してくれた。ウェリントンは毅然きぜんとした面持ちで、

「承知致しました、このネーザン王、未曾有みぞうの大戦争を必ずや、勝利に導いて見せましょう」

 との宣言。この言葉に皆が安心したようで軍議は順調に進み解散となった。

 私は夜眠れなかった。たぶん明日、本格的な戦争になる。本当は怖かった。だって私女だし、血とか見るの苦手だ。でも、避けられない戦いはどこの国でもやってくる、たまたま私が生きていた時代の日本では幸い戦争がなかっただけで、いつかは起こるもの。

 災害と一緒だ。だからこそ強く心を持たねばと思うけど、とてもじゃないがウェリントンみたいな覚悟は私にはない。ベッドに入って震えているとテントの外から「宰相閣下、起きていらっしゃいますか?」との声が聴こえた。

「どうしたの?」
「ネーザン王陛下がお呼びでございます」

 こんな夜になんだろう。私は不思議に思いながらウェリントンのテントの前へと立っていた。

「お呼びでしょうか、陛下」
「ああ、ミサ、入ってくれ」

 中に入って見るとウェリントンはワインに酔っているようだ。

「飲んでいらっしゃいますね」
「これが飲まずにいられようか」

 と少し笑っている。正気ではあるようだ。

「ダメですよ明日は大戦おおいくさ、二日酔いでもしたら……」
「と、言われてもな……」

 そう言いつつウェリントンは何か少しためらった。ほんのちょっと間が空いた後、静かに告げた。

「……困ったことにな、この手の震えが止まらんのだ」
「陛下……?」

「明日、私は十万もの大軍を指揮することになる。それは貴族として、王として本懐ほんかいだ。だがしかし、もし……、もし、私が誤った判断をすれば、何千、何万の兵が死ぬことになる。騎士たちの顔を見ると、皆が私に王としての強さを求めている。

 でも私は……、その者たちが散っていく様の責任を取らなければならない。そう思うと手の震えが止まらんのだ……!」

「陛下……」

 ウェリントンも王である前に人間なんだ。みんなの前では立派の王としてふるまっているけど、まだ若くそして優しい心の持ち主だ。だからこんなにも悩み苦しんでいるんだ。私はそう思うと彼の震える手に私の手を添えた。

「ミサ……?」
「──大丈夫です、陛下は勝ちます。そして立派にこの世界を守ってくださります。私が保証します、だって、なんてったって私は救世主なんですから、陛下は大丈夫です。ほら、胸を張ってください……!」

 そう私が言うと緊張がほぐれたらしく彼は少し笑みを浮かべた。

「ミサの保証か……少し頼りないな……」
「ふふっ……」
「はは……」

 そして、──突然彼は私を強く抱きしめた。えっ──?

「ミサ……側にいてくれ、私はお前が頼りなんだ……頼む……!」
「……はい……」

 静かに私はそう言って、私は静かに彼の背中に手を添えた。戦いの中の夢の中。私は彼の胸の中できっと笑顔で戦いが終えるよう強く祈っていた──。
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