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世界統一編

第十三話 戦争序曲②

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 私のテットベリー伯爵領の道のりはすごく快適だった。正式な使者で宰相の私は貴人としてゆく先々でもてなされた。道中危険が多いからと途中の領地でさえも警護の兵をつけてくれたほどだ。

 敵国のエジンバラ国でもそうだった。この世界では身分のある人間にはこれが当たり前らしい。私は危険を覚悟していたが、楽しく敵国に向かえたことでむしろ驚いた。そうやってテットベリー伯領に私はついた。これもウェリントンのご威光だね。

「お初にお目にかかります、テットベリー伯爵殿、私はネーザン国宰相、リーガン伯、ミサ・エチゴです」

 どうやら、テットベリー伯爵は私の姿を見て固まったようだ。無理もない、見た目はただの幼女だから。

「うわさに聞いてはいたが、まことに幼女がネーザン宰相となっているとは、いや仮にも一国の宰相に失礼であった、それはびよう。で、敵国の私にわざわざ何用かな?」
「こたびエジンバラ国との戦さとなり、まずはご挨拶とテットベリー伯爵殿のもとへうかがいにまいりました」

「ん? 挨拶とな? たしかに我がブレマー家はネーザン王家とは遠縁であるが、わざわざ宰相殿自らあいさつされるような間柄ではないぞ、どういうおつもりか?」

「……それは、一言では申しかねまする」

 私の答えに金髪のショートカットで男らしく何だかフェロモンをかもして出していた青年が話に割って入ってきた。あっウェリントンに負けず劣らずイケメンだ……。

「はっきり言え! テットベリー伯爵家がネーザンに寝返りをせよとのことだろ! 私たちブレマー家は由緒ある家、決して騎士道に恥じるようなことはせぬ!」
「ジェラード、下がれ」

「しかし父上!」
「いいから下がれ」

「わかりました……」

 ジェラードは伯爵の命に従い控えて黙ってしまった。ジェラードっていうんだ機会があったらじっくり話したいな、かっこいいもん。

「申し訳ない、我が息子ジェラードは、若さゆえ気性がまだまだ荒くてな。普段はまともなのだがカッとなりやすい、何度もたしなめてはいるが、なかなか……」
「いえ、気にしておりませぬ、続けましょう」

「続けるも何も、私、テットベリー伯爵家はジェラードの言う通りエジンバラ王家との忠義に基づきネーザン陛下と戦場でまみえるつもりだ。そう、陛下に伝えてもらいたい」
「もとより承知でございます」

「……もとより承知? ははっは……! そうか、そうか、確かにネーザン宰相は傑出けっしゅつした人物だ、噂にたがわぬ知恵者だ、ははっは……」
「父上……?」

 いきなり伯爵が笑いだしたのでジェラードは動揺していた。私はテットベリー伯爵がどういう人物かうわさに聞いていたので、器の大きい言動にああなるほどと納得していた。

「……失礼した。腹の探り合いはよして本音で語ろう。確かに私は、エジンバラ王にこたびの戦争に対し散々進言してきた。今でもこの戦争をやめるべきだと思っておる。

 だがな、ジェラードの言う通り我々は王家に対し恩がある、戦争にはエジンバラ側として参戦する、……と、いうわけだ。それでは宰相殿のご意見が聞きたい」

「私が命をうかがったのはほかでもありません。この戦争の戦後をどうするかを考えて欲しいと陛下よりうけたまわったのです」
「何? 戦後?」

「はい、こちらも元より負ける気はございません。しかし、戦さの趨勢すうせいが決まってその後どうするつもりか、私、宰相は気に病んでおります」

「そちらが勝てばエジンバラを亡ぼせばよかろう」
「こちらはそのつもりはございません」

「……なんと?」
「元より我が国は対魔族に対し大陸が一丸となって戦うことが望みなのです。避けられぬ戦争でこのようになりましたが、ネーザン国王陛下の本意ではありませぬ。無駄な戦さは好まぬお方、もしこちらの勝利の暁には、エジンバラ王家を残すつもりだと、私、察っするところでございます」

「……まことであろうな」
「まことです。でなければ私がわざわざ陛下よりテットベリー伯爵殿のところへ向かうように命じられる意味がありません。陛下の目的はあくまできたるべき魔族との一戦のため。そこでです。我々が勝った時、伯爵殿からエジンバラ王へのご忠戦を願いたいのです」

「つまり、私が降服勧告を受け入れるよう勧めよと、そういうことか……」

「その通りでございます」
「相分かった……その役目引き受けよう」

「父上!?」
「ジェラード、考えてもみよ、戦さが長引けば困るのは民だ。貴族たちの意地だけで、グダグダとやるべき程の戦さではない。それに、魔族襲来の預言も気になる。エジンバラ王家が残るなら、我々も喜ぶべき展開であろう」

「なるほど……」

 どうやらジェラードも納得してもらったみたいで私は胸をなでおろした。ジェラードって頭がよく回るらしい。いきなりこんな話をしてすぐさま状況を把握できるなんて、頭いいんだろうね。

「ありがとうございます。テットベリー伯爵殿はまことの忠臣です」
「……では、約束をたがえぬように」
「かしこまりました」

 話がまとまり、私はウェストヘイムとワックスリバー国境付近でウェリントンたち同盟軍と合流した。

「すごい兵士の数ですね、陛下」

 大同盟キャンプ地のネーザン王家のテントで私はウェリントンの側に控えていた。

「ざっと6万と言ったところか。まだまだ合流したい騎士たちはたくさんいるようだ。予定よりも早く兵は集まった。これで我らを警戒してエジンバラもワックスリバー戦線を拡大することもなかろう」

「順調ですね」
「ああ、順調すぎて恐ろしいくらいだ」

 ──そんななか騎士がテントの中に入ってきた。

「報告します!」
「ん」

「ギルバート殿が援軍に向かったサルフォード要塞が落ちました」
「そうか、ついに落ちたか。流石に間に合わなかったな。だがよく持ったほうだ。で、ギルバートはどうなった?」

「ご存命です! 敗軍をまとめワックスリバー軍とわが軍との合流を求めています」

 よかったー! ギルバートさん生きてたんだ。──ハンカチは返さなくていいよ。

「ギルバートはよくやった! 合流地はカールトン平原の前、スタンフォード丘陵だと伝えよ」
「ははっ!」

 その中慌てて違う騎士が入ってきた。

「申し上げます!」
「どうした?」

「エジンバラ王が、テットベリー伯爵を処刑しました!」
「なんですって!?」

 私は余りの事態に驚きを隠せなかった。

「詳しく申してみよ」
「はっ、陛下! どうやら、我が国と接触があったことが耳に入ったらしく、進軍が思うようにいかぬ原因は自軍の中に反逆者がいると難癖をつけて、気にくわない貴族たちを処刑したようです」

「ばかな……戦争の最中だぞ。エジンバラ王、何を考えている!?」

 余りにも貴族の習いに背くやり方だ。私はどうしていいかわからずただ「陛下……」と言葉を漏らしただけであった。

「ミサ……そなたのせいじゃない、エジンバラ王の狭量きょうりょうさゆえの過ちだ。この戦さ……必ず勝たねばならぬ。この世界のためにも」

 そのウェリントンの言葉に私は決意を新たにして、任された仕事に励むばかりであった。
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