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世界統一編
第十二話 戦争序曲
しおりを挟む 4頭立ての馬事はカラカラと軽快な車輪の音をさせて街道を走っている。
小窓からは初秋の色につき始めた葉々が目に鮮やかに飛び込んできた。
爽やかな風が吹き抜ける中、苦虫を噛み潰したような顔で座っている僕と能天気な晴と元凶の九重、満面の笑みを浮かべた直江の乳母であり、西蓮寺家侍女頭の淡路。その四人から醸し出されるのは異様な雰囲気。
禍々しさと嬉々としたなんとも表現しづらい雰囲気を野生の勘で察知した馬達は、左右の耳をバラバラに動かす馬もあれば、焦点の定まらない目をする馬、鼻腔を広げしきりに匂いを嗅ぐ馬、それぞれが不安と恐怖で落ち着かない様子を見せているし。
で、騎士達はというと、ある意味最強脳筋軍団。
戦場でのカンはこういう時には役に立たないのか、場の空気を読めずに首を傾げながらざわついている馬たちを宥め宥め歩かせている。
都筑は後ろの車両だし、直江は愛馬に跨っているし・・・この異様さに誰か気づけよ。
成すすべもないと考えれば、眉間に刻まれた皺も深くなろうというもんだ。
“どうして、こうなったんだろう・・・”
いや、解ってはいるんだ。
九重の行動に端を発したということは。
僕は遠い目であの日を振り返った・・・
「ええ、おまかせください、淡雪様」
と、力強く言い切り部屋を出て行った九重をちょっとだけ頼もしく思った。
夫婦となったらからには、やっぱり直江との初めての夜を過ごしたい。
子供の日々に終止符を打ち、好きな人に導かれて大人になる・・・うわぁ~、どうしようなどと夢想して悶えていると、
大公家に似つかわしくないほどの勢いで、バンッと荒々しくドアが開いた。
西蓮寺家古参の侍女達が雪崩込んでくる。
“すわっ、何事っ⁉”
椅子を蹴倒す勢いで僕は飛び退った。
そんな僕を前に侍女頭の淡路を筆頭に皆膝を折り、頭を下げた。
晴が身を挺して僕を庇い、
「淡雪様の~御前です~方々~何用です~」
キリッとした態度だけど、口調が口調だけにイマイチ締まらないぞ、晴。
その晴に淡路は流石、大公家の侍女頭だ。
晴に一瞥をくれると晴にない威厳と圧で軽くいなした。
「淡雪様、これまでの数々の御無礼、平に御容赦下さいませ」
淡路の言葉が終わるやいなや、古参の侍女達が一斉に頭を下げた。
えっ?なに?何ですか、一体。
晴もポカンとしている。
「淡路、何を・・・」
次に頭を上げた淡路の顔に浮かんでいたのは、慚愧の念と喜色を混ぜ合わせたなんとも一言では表現できないものだった。
「先ほど、九重殿よりお聞きし、私共一同の心得違いと淡雪様の西蓮寺家御内室としての気高き心構えに、皆、羞恥を覚え、心を改めた次第でございます」
「はぁ・・・」
「大公家は由緒正しき御血筋。その辺の下位貴族の血が混じるなど断じてあってはならぬこと。たかが伯爵風情の賤女や陞爵したての子爵令息がなど論外でごさいます。それを何を勘違いしたのかあの者達は・・・陛下のゴリ押しで仕方なく迎い入れただけというのに御内室気取り。いつ、直江様の寝込みを襲うかと気が気ではありませでしたわ」
憎々しげにいい、歯をギリギリと噛み目を吊り上げた。
あ~、ちょっと、目が怖いんですが、淡路さん。
婚礼前に薄っすらとは聞いていたけど、前妻達対直江家侍女の闇。
相当深いな、これ。
古参の皆さん、淡路の言葉に頷いていらっしゃいますが、ちょっと違うと思うんだけど。
直江の寝込みを襲うって・・・大体、直江は黙って襲われるタイプじゃないでしょうが。
どっちかというと、襲う方だし、下手すりゃ曲者!とかいってバッサリ殺られそうじゃん。
実際、バッサリ殺ったから青髭鬼元帥と噂されたんんだよね。
何フィルターが掛かってるのかな?
「そんな方々ばかりでしたので、来栖侯爵家の淡雪様がお輿入れされた時、私共は疑心暗鬼の中にいたのです。しかし、淡雪様はこれまでの方々とは違い、散財などされず、不正を正され、心ない私共の行いに何ひとつ文句も言われずに清廉に過ごされ、この地を豊かにされ、次代へと残そうとされるお姿に気が付かず、古参の侍女一同本に面目なく、反省しきりでございます」
なんだ?謝罪にきたのか?
いや、円満離婚を目指しアラ捜ししてたからそこまで気が回らなかったのが真実で、それを謝られると僕の方が心が痛いんですけど。
「淡雪様」
淡路が古参侍女の威厳で僕の名前を呼んだ。
「は、はい」
「淡雪様はそうお望みだと考えてもよろしいのですね」
そうお望み?
ってなんだよ。
さっぱりわからない。
だが、ここで「何をですか」と聞くわけにはもいかない。
流れからすると古参の侍女達との関係改善か?
ギスギスしてるより友好的な方が精神衛生上いいもんな。
「そうです。これからのことを考えれば(関係修復は)早い方がいい」
「そのとおりでございますとも」
我が意を得たり!と一気に淡路の顔が輝き出した。
えっ?何だ、この盛り上がりは?
「ああ、仕切れるとご婚礼で浮かれていた我が身が情けなく、呪わしい。あの騒ぎがあり、御内室の淡雪様が未来のことをお考えでいらっしゃるというのに・・・淡雪様のお気持ち、この淡路が承りました」
淡路がキリリとした面持ちで僕を見た。
「私を筆頭に西蓮寺家侍女一同、本日、今この瞬間より、一丸となり、必ずやお二人のお子様を授かりますよう尽力いたします」
「え、ええっ!?あ、淡路、お、お子様って」
僕はそんなこと一言もいってない。
直江との子どもなんて考えもしてないし、その前の甘い段階すら経験してないのに・・・
予測すらしない展開に言葉すらでない。
固まる僕をよそに嬉々として淡路はことを進めていく。
「淡雪様、お任せください。浪路、直江様に伝言を」
浪路と呼ばれた中年の侍女がついと前へ出る。
「淡雪様がお子様を望まれていらっしゃいます。ついては、上洛の折りに宝珠を頂けるようお手配をと」
「直ぐにお伝えいたしますわ、淡路様」
浪路が足取りも軽く部屋を辞すのを僕は呆然と見送った。
「ああ、もどかしい。私も行きますわ。直江様や他の者達にも伝えなければ。淡雪様が御子様を、西蓮寺家のお世継ぎをお望みでいらっしゃると」
その言葉を合図に淡路率いる一団が風の如く出て行った。
「こ、九重、これはどういう・・・」
「淡雪様がおっしゃったではありませんか。初夜をなさりたいと」
確かに言いました。
けどね、なぜ、侍女軍団を巻き込んでの騒ぎになる?
秘事って言葉知ってますか?
さあ、これから大々的にヤりますよ~って告知したら、これからどんな顔して家臣一同の前に出ればいいんだよ。
「心配ご無用。当主の婚礼の次はお世継ぎが最大の関心事です。ヤることヤらなければ子どもはできません。大したことではありません。それにお家大事の侍女頭巻き付け、味方に付けることが夜を共に過ごすための一番の近道ですわ」
と九重は済ましていう。
僕がガックリと肩を落としたのは言うまでもない。
羞恥心をどこに流したんだよ、九重。
そして、それだけでことは終わらなかった。
淡路からそのことを聞いた直江はというと、その夜、僕の寝室に忍んでくると、何も言わずに僕を抱きしめた。
抱きしめられた僕はというと、これから僕を見る他人の目を想像し、恥ずかしいやらなにやらでいまにも気絶しそうで意識を保つのに精一杯だった。
そのため、直江との初夜を~なんて気には全然ならなかったのだ。
あの日のことを思い出すと今でも目眩がする。
九重の見た目を裏切る斜め45度の思考を侮っていた自分に腹が立つやらなさけないやらで身体が震える。
なぜ、いつもこうなるんだろう。
僕はやるせないため息を飲み込んだ。
何気に正面に座っている淡路を見る。
僕の視線に淡路がにこにこと口を開く。
「私が王都に上がるのは何十年ぶりでしょうか」
「十年やそこらじゃないことだけは確かだよ」と言ってやりたいが、言ったら最後だとぐっと堪えた。
「あの頃の王都は綺羅びやかで華やかでしたが、今の帝都がどのようになっているか、想像するだけで心躍りますわ。しかも此度は、ただの物見遊山とは違いますしねぇ・・・」
淡路が何やら含みがあるように袂で口を隠し、ほほほと笑った。
こ、これは・・・嫌な予感に背筋に冷たいものが走る。
「ええ、そのとおりですわ。御身体がすぐれない陛下からの宣旨は気になりますが、私共にとっては、こちらこそが気になりところですわね」
九重も含みのある笑みを浮かべた。
ばっ、バカか、九重。燃料投下してどうするんだよ。火傷どころか、燃えつきて真っ白な灰になるだろうがよ。
意味深に目配せをして笑う淡路と九重。
次に告げられるセリフが予測され、僕はお腹に力を入れて構えた。
「本の目的は直江様と淡雪様のお子様を頂くための宝珠を貰い受けること。そのための晴やかな一行に同道するなど、直江様の乳母冥利につきますわ。淡雪様、頂いた子宝の宝珠は、この私が大切に大切にその日までお守りさせていただきますから安心なされてくださいませ」
「淡路様のお言葉、淡雪様付きのこの九重、ありがたく存じます」
「私こそ、あの日に九重さんがお知らせくださいましたことに涙が出ましたわ。淡雪様が直江様のお子をお望みでいらっしゃるなど。流石は来栖侯爵家の御長子、天晴な心構えでございます。陛下のご用事がお済みになられたあかつきには、淡雪様、どうぞ、直江様と閨にてお励みあそばされませ」
「そうですよ~淡雪様~侍女一同、何人にも~決して~邪魔はさせませんからね~気を失うまでなされてください~」
と晴まで参戦してきた。
「ああ、そうなりますと、精のつくものをご用意しておかねばなりませんね。何がよろしいでしょうか、淡路様」
「古来よりすっぽん、鰻、鯉などがあげられますね。ああ、それとほうれん草は血管拡張作用があり、かなり男性機能向上に役立つとか聞きますよ」
「では、すっぽんと鰻を中心にして、欠かさずほうれん草を出すように指示がなければ」
「山芋に~牡蠣、蜆もいいらしいです~姉が良く別れた旦那に食べさせてました~」
「そうなのですか、晴様」
「姉は~翌日腰が重怠くて仕方ないと~血色の良い顔で~よく言ってました~」
「九重殿、催淫効果のある香や香油も用意が必要ですよ」
「夜着も~一発で~その気になるような物にします~」
想像してほしい。
本人の目の前で女性が恥も外聞もなく着々と準備を進めていく姿を。
これが、出立してから延々と続いているのだ。
しかも、馬車の中で。
僕は恥ずかしさといたたまれなさで、何度失神しそうになったことか。
この羞恥地獄から逃れたい僕が、一刻も早く王都に着けと願っても罰はあたらないよね・・・
ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー
先週、ぼ~っとしていて、作成途中なのに間違えて公開してしまいました。
お読みになられた方、中途半端だったのにすみませんでした。
小窓からは初秋の色につき始めた葉々が目に鮮やかに飛び込んできた。
爽やかな風が吹き抜ける中、苦虫を噛み潰したような顔で座っている僕と能天気な晴と元凶の九重、満面の笑みを浮かべた直江の乳母であり、西蓮寺家侍女頭の淡路。その四人から醸し出されるのは異様な雰囲気。
禍々しさと嬉々としたなんとも表現しづらい雰囲気を野生の勘で察知した馬達は、左右の耳をバラバラに動かす馬もあれば、焦点の定まらない目をする馬、鼻腔を広げしきりに匂いを嗅ぐ馬、それぞれが不安と恐怖で落ち着かない様子を見せているし。
で、騎士達はというと、ある意味最強脳筋軍団。
戦場でのカンはこういう時には役に立たないのか、場の空気を読めずに首を傾げながらざわついている馬たちを宥め宥め歩かせている。
都筑は後ろの車両だし、直江は愛馬に跨っているし・・・この異様さに誰か気づけよ。
成すすべもないと考えれば、眉間に刻まれた皺も深くなろうというもんだ。
“どうして、こうなったんだろう・・・”
いや、解ってはいるんだ。
九重の行動に端を発したということは。
僕は遠い目であの日を振り返った・・・
「ええ、おまかせください、淡雪様」
と、力強く言い切り部屋を出て行った九重をちょっとだけ頼もしく思った。
夫婦となったらからには、やっぱり直江との初めての夜を過ごしたい。
子供の日々に終止符を打ち、好きな人に導かれて大人になる・・・うわぁ~、どうしようなどと夢想して悶えていると、
大公家に似つかわしくないほどの勢いで、バンッと荒々しくドアが開いた。
西蓮寺家古参の侍女達が雪崩込んでくる。
“すわっ、何事っ⁉”
椅子を蹴倒す勢いで僕は飛び退った。
そんな僕を前に侍女頭の淡路を筆頭に皆膝を折り、頭を下げた。
晴が身を挺して僕を庇い、
「淡雪様の~御前です~方々~何用です~」
キリッとした態度だけど、口調が口調だけにイマイチ締まらないぞ、晴。
その晴に淡路は流石、大公家の侍女頭だ。
晴に一瞥をくれると晴にない威厳と圧で軽くいなした。
「淡雪様、これまでの数々の御無礼、平に御容赦下さいませ」
淡路の言葉が終わるやいなや、古参の侍女達が一斉に頭を下げた。
えっ?なに?何ですか、一体。
晴もポカンとしている。
「淡路、何を・・・」
次に頭を上げた淡路の顔に浮かんでいたのは、慚愧の念と喜色を混ぜ合わせたなんとも一言では表現できないものだった。
「先ほど、九重殿よりお聞きし、私共一同の心得違いと淡雪様の西蓮寺家御内室としての気高き心構えに、皆、羞恥を覚え、心を改めた次第でございます」
「はぁ・・・」
「大公家は由緒正しき御血筋。その辺の下位貴族の血が混じるなど断じてあってはならぬこと。たかが伯爵風情の賤女や陞爵したての子爵令息がなど論外でごさいます。それを何を勘違いしたのかあの者達は・・・陛下のゴリ押しで仕方なく迎い入れただけというのに御内室気取り。いつ、直江様の寝込みを襲うかと気が気ではありませでしたわ」
憎々しげにいい、歯をギリギリと噛み目を吊り上げた。
あ~、ちょっと、目が怖いんですが、淡路さん。
婚礼前に薄っすらとは聞いていたけど、前妻達対直江家侍女の闇。
相当深いな、これ。
古参の皆さん、淡路の言葉に頷いていらっしゃいますが、ちょっと違うと思うんだけど。
直江の寝込みを襲うって・・・大体、直江は黙って襲われるタイプじゃないでしょうが。
どっちかというと、襲う方だし、下手すりゃ曲者!とかいってバッサリ殺られそうじゃん。
実際、バッサリ殺ったから青髭鬼元帥と噂されたんんだよね。
何フィルターが掛かってるのかな?
「そんな方々ばかりでしたので、来栖侯爵家の淡雪様がお輿入れされた時、私共は疑心暗鬼の中にいたのです。しかし、淡雪様はこれまでの方々とは違い、散財などされず、不正を正され、心ない私共の行いに何ひとつ文句も言われずに清廉に過ごされ、この地を豊かにされ、次代へと残そうとされるお姿に気が付かず、古参の侍女一同本に面目なく、反省しきりでございます」
なんだ?謝罪にきたのか?
いや、円満離婚を目指しアラ捜ししてたからそこまで気が回らなかったのが真実で、それを謝られると僕の方が心が痛いんですけど。
「淡雪様」
淡路が古参侍女の威厳で僕の名前を呼んだ。
「は、はい」
「淡雪様はそうお望みだと考えてもよろしいのですね」
そうお望み?
ってなんだよ。
さっぱりわからない。
だが、ここで「何をですか」と聞くわけにはもいかない。
流れからすると古参の侍女達との関係改善か?
ギスギスしてるより友好的な方が精神衛生上いいもんな。
「そうです。これからのことを考えれば(関係修復は)早い方がいい」
「そのとおりでございますとも」
我が意を得たり!と一気に淡路の顔が輝き出した。
えっ?何だ、この盛り上がりは?
「ああ、仕切れるとご婚礼で浮かれていた我が身が情けなく、呪わしい。あの騒ぎがあり、御内室の淡雪様が未来のことをお考えでいらっしゃるというのに・・・淡雪様のお気持ち、この淡路が承りました」
淡路がキリリとした面持ちで僕を見た。
「私を筆頭に西蓮寺家侍女一同、本日、今この瞬間より、一丸となり、必ずやお二人のお子様を授かりますよう尽力いたします」
「え、ええっ!?あ、淡路、お、お子様って」
僕はそんなこと一言もいってない。
直江との子どもなんて考えもしてないし、その前の甘い段階すら経験してないのに・・・
予測すらしない展開に言葉すらでない。
固まる僕をよそに嬉々として淡路はことを進めていく。
「淡雪様、お任せください。浪路、直江様に伝言を」
浪路と呼ばれた中年の侍女がついと前へ出る。
「淡雪様がお子様を望まれていらっしゃいます。ついては、上洛の折りに宝珠を頂けるようお手配をと」
「直ぐにお伝えいたしますわ、淡路様」
浪路が足取りも軽く部屋を辞すのを僕は呆然と見送った。
「ああ、もどかしい。私も行きますわ。直江様や他の者達にも伝えなければ。淡雪様が御子様を、西蓮寺家のお世継ぎをお望みでいらっしゃると」
その言葉を合図に淡路率いる一団が風の如く出て行った。
「こ、九重、これはどういう・・・」
「淡雪様がおっしゃったではありませんか。初夜をなさりたいと」
確かに言いました。
けどね、なぜ、侍女軍団を巻き込んでの騒ぎになる?
秘事って言葉知ってますか?
さあ、これから大々的にヤりますよ~って告知したら、これからどんな顔して家臣一同の前に出ればいいんだよ。
「心配ご無用。当主の婚礼の次はお世継ぎが最大の関心事です。ヤることヤらなければ子どもはできません。大したことではありません。それにお家大事の侍女頭巻き付け、味方に付けることが夜を共に過ごすための一番の近道ですわ」
と九重は済ましていう。
僕がガックリと肩を落としたのは言うまでもない。
羞恥心をどこに流したんだよ、九重。
そして、それだけでことは終わらなかった。
淡路からそのことを聞いた直江はというと、その夜、僕の寝室に忍んでくると、何も言わずに僕を抱きしめた。
抱きしめられた僕はというと、これから僕を見る他人の目を想像し、恥ずかしいやらなにやらでいまにも気絶しそうで意識を保つのに精一杯だった。
そのため、直江との初夜を~なんて気には全然ならなかったのだ。
あの日のことを思い出すと今でも目眩がする。
九重の見た目を裏切る斜め45度の思考を侮っていた自分に腹が立つやらなさけないやらで身体が震える。
なぜ、いつもこうなるんだろう。
僕はやるせないため息を飲み込んだ。
何気に正面に座っている淡路を見る。
僕の視線に淡路がにこにこと口を開く。
「私が王都に上がるのは何十年ぶりでしょうか」
「十年やそこらじゃないことだけは確かだよ」と言ってやりたいが、言ったら最後だとぐっと堪えた。
「あの頃の王都は綺羅びやかで華やかでしたが、今の帝都がどのようになっているか、想像するだけで心躍りますわ。しかも此度は、ただの物見遊山とは違いますしねぇ・・・」
淡路が何やら含みがあるように袂で口を隠し、ほほほと笑った。
こ、これは・・・嫌な予感に背筋に冷たいものが走る。
「ええ、そのとおりですわ。御身体がすぐれない陛下からの宣旨は気になりますが、私共にとっては、こちらこそが気になりところですわね」
九重も含みのある笑みを浮かべた。
ばっ、バカか、九重。燃料投下してどうするんだよ。火傷どころか、燃えつきて真っ白な灰になるだろうがよ。
意味深に目配せをして笑う淡路と九重。
次に告げられるセリフが予測され、僕はお腹に力を入れて構えた。
「本の目的は直江様と淡雪様のお子様を頂くための宝珠を貰い受けること。そのための晴やかな一行に同道するなど、直江様の乳母冥利につきますわ。淡雪様、頂いた子宝の宝珠は、この私が大切に大切にその日までお守りさせていただきますから安心なされてくださいませ」
「淡路様のお言葉、淡雪様付きのこの九重、ありがたく存じます」
「私こそ、あの日に九重さんがお知らせくださいましたことに涙が出ましたわ。淡雪様が直江様のお子をお望みでいらっしゃるなど。流石は来栖侯爵家の御長子、天晴な心構えでございます。陛下のご用事がお済みになられたあかつきには、淡雪様、どうぞ、直江様と閨にてお励みあそばされませ」
「そうですよ~淡雪様~侍女一同、何人にも~決して~邪魔はさせませんからね~気を失うまでなされてください~」
と晴まで参戦してきた。
「ああ、そうなりますと、精のつくものをご用意しておかねばなりませんね。何がよろしいでしょうか、淡路様」
「古来よりすっぽん、鰻、鯉などがあげられますね。ああ、それとほうれん草は血管拡張作用があり、かなり男性機能向上に役立つとか聞きますよ」
「では、すっぽんと鰻を中心にして、欠かさずほうれん草を出すように指示がなければ」
「山芋に~牡蠣、蜆もいいらしいです~姉が良く別れた旦那に食べさせてました~」
「そうなのですか、晴様」
「姉は~翌日腰が重怠くて仕方ないと~血色の良い顔で~よく言ってました~」
「九重殿、催淫効果のある香や香油も用意が必要ですよ」
「夜着も~一発で~その気になるような物にします~」
想像してほしい。
本人の目の前で女性が恥も外聞もなく着々と準備を進めていく姿を。
これが、出立してから延々と続いているのだ。
しかも、馬車の中で。
僕は恥ずかしさといたたまれなさで、何度失神しそうになったことか。
この羞恥地獄から逃れたい僕が、一刻も早く王都に着けと願っても罰はあたらないよね・・・
ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー❋ー
先週、ぼ~っとしていて、作成途中なのに間違えて公開してしまいました。
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