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世界統一編

第十一話 合従連衡②

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「ギルバート! この場をなんだと心得る! 無礼にもほどがあるぞ、下がれ!」

 突然の晩餐会へのギルバートの乱入にウェリントンは激しく怒った。同盟主ネーザンの騎士であるギルバートが晩餐会に武装して入るなど、外交欠礼にもほどがある。これはウェリントンのメンツが潰された形になり、貴族たちはネーザンの陰謀かとささやき始めた、……まずい。

「陛下、お聞きください。これには深い事情が……」
「ならぬ、今すぐこの場から去れ、ギルバート! この罰はおって沙汰さたをする、下がりおれ!」

「しかし……」

 場の雰囲気が殺気だって来た、やばっ……!? ここは宰相としてこの場をうまくまとめないと。

「国王陛下、ギルバート殿も、のっぴきならない事情があってのことでしょう。罰はあとで考えるとして、とりあえず別室でギルバート殿の報告を聞いてはいかがでしょうか?」

「……ふむ、たしかにそうだな。わかった。ミサ、後のことは頼む」
「はっ!」

 許可が出たので、私はこの場に連れてきた官僚たちにウェリントンとギルバートの二人っきりの個室を用意して、他の首脳陣は別室で待機してもらうよう手配した。

 それで30分ほどたっただろうか、上位首脳陣と私も会議室に呼ばれてギルバートの報告の説明を受けることにした。そしてその老騎士からの驚くべき発言からそれは始まった。

「皆様にお集まりにいただいたのは他でもありません。反ネーザン、いや、反逆者同盟の奴らはすでに兵を挙げ、現在ワックスリバーの国境周辺に集結中、数はおよそ五万」

「五万だと!? 馬鹿な!」

 リッチフォード王が驚くのも無理はない。現在の総兵力を合わせても同じぐらい。しかし、兵を集めるとなると一、二か月はかかる、そこからワックスリバーに行軍するとなると一か月半はかかる。余りにも絶望的状況だ。特にウェストヘイム王は顔を青ざめてしまった。

「……ワックスリバーは我が国の隣国……援軍に行くにしても、兵を集める期間だけで、かの国が持つかどうか……」

 それに対しウェリントンが相手の動向について深く掘り下げる。

「我が国の密偵によれば、もともとエジンバラ王は密かに挙兵を画策していたという報告がありました。大陸大同盟にケチをつけたのも、ただ挙兵の大義名分が欲しかったためでしょう。余りにも準備が良すぎるのはそのためです」

「エジンバラ王め……! 人間同士で争っている場合ではなかろうに……」

 リッチフォード王は憤慨ふんがいしていた。今の魔族侵攻が預言されているこの時期に大陸を二つに分けて戦争するなど愚の骨頂だ。ウェリントンはわざと鷹揚おうような口ぶりでギルバートに話を振る。

「──ギルバート、今から兵をどれくらい集められて、ワックスリバーまで何日かかる?」
「はっ!? いえ、私がこちらに連れてきている手勢を集めておよそ百ほどなら、15日ぐらいで当国につくかと」

「それでよい、よし。ギルバート、死んで来い」
「な、何を言う! むざむざ殺されにいくようなものだ!」

 リッチフォード王は驚きを隠せなかった。相手は五万の兵力なのに百ぐらい援軍に行っても焼け石に水、無駄死にもいいところだ。あの優しいウェリントンとは思えない言動だった。

「それでよいのです、リッチフォード国王陛下。同盟主であるネーザンがワックスリバーを見捨てたとなると、大同盟など空言そらごとであったと各国貴族は囁くでしょう。

 旗幟きしを鮮明にせず日和見を決められては勝てる戦も勝てません。これはネーザンの大同盟にかける熱意だと受け取ってもらいたい」

「ネーザン王……!」
「……国王陛下、この老骨ギルバートに死に場所をいただけるとは光栄でございます。喜んで死んできましょう……!」

 そうだ、戦争……これが戦争なのだ。人が死んでいく、どんどん死んでいく。私の知り合いも。ギルバートさんとはあまり話したことがなかったけど、気さくで好々爺こうこうやという印象を受けた。

 そんなあ、死んでほしくないよ……。でも女で幼女である私が軍事に口を挟むなどあってはならない。何もできない私は、深く沈んでしまった。

「ギルバート殿、安心めされよ。このウェストヘイム王が必ず援軍に向かおう。それまで持ってくれ」
「リッチフォードでもすぐさま動員を始める。この戦さ、必ず勝たねばならぬ!」

「……ありがたきお言葉です。このギルバート、必ずや皆様方のご恩義にこたえましょう」

 そうやって緊急会議は、具体的な兵の動員と集結場所など、深く掘り下げて各国解散となった。みんなが帰る中、何故か私とギルバートとウェリントンの三人が会議室に残った。

 私はただ名残惜しかっただけだけど、二人はなぜ残ったのだろう。二人の絆や間柄を知らない私は想像もつかなかった。

「陛下、このギルバート、陛下の心意気に深く感銘を受けましたぞ、あの優しかった陛下が非情な決断ができるほどに、立派な王になられました」
「阿呆、何を本気にしておるか。誰が本当に死ねと言った、皆がいる手前ああ言っただけだ」

「はっ!?」
「へっ!?」

 私とギルバートの声がハモった、え、あれ、本気じゃなかったの……?

「今お前に死なれたら後がたまらんではないか、尻の青くわがままばかりの我が国の騎士たちをどやす者がいなくなる。いいか、死ぬ気で生きて帰って来い、これは命令だ!」

 私はウェリントンの言葉にすっかりと感動してしまった。良かった、本当に良かった! ギルバートも同じようでおいおいと泣き始めた。そうだよ、良かったよ。

「このギルバート、ネーザン王家に仕えて40年、これほど感動したことはございません。この老臣にすら情けをかけていただけるなど、あのウェリントン坊ちゃまが本当に立派になられた……」
「坊ちゃまは余計だ」

 腕組みをしながら泰然たいぜんとウェリントンは言った。いい主君と家臣だなあ。ギルバートは涙が止まらないらしく、私はハンカチを彼に差し出した。

「これを……」
「ありがとうございまする、ズズズズズズ……」

 げ、コイツ鼻かみやがった!

「お返しいたしまする」
「いらない、いらないから」

「なんと! ミサ殿も生きて帰ってハンカチを返せと仰せか、このギルバート、恵まれすぎでございまする……!」

 いや、本気で返さなくていい、……きちゃないから。

「あと、私からミサに折り入って頼みがある」
「何でしょうか、陛下?」

「別室で待っているミシェル姉上や、メアリー姉上に、貴族の縁をたどって同盟内の団結のための工作を頼んでもらいたい」
「それはよろしいのですが、陛下自ら言ったほうが本人たちは喜ぶのではないでしょうか?」

「いや、それはまずい。私自らが言ったことになると、これもネーザン国王の策略だと、貴族どもが疑心暗鬼におちいるだろう、あくまでそなたが頼んで自主的に姉上たちに協力してもらったという建前が欲しいのだ」

 なるほど……! 私やメアリーやミシェル妃のような女たちが戦争に向けて汗をかいて努力していたのに、このまま様子見などすると、女が戦っているのに男貴族どもはどうしているのかと、後ろ指をさされる。うまいやり方だ。

「かしこまりました、ご主命承ります」

 彼の命を受けて、私は急ぎメアリー姫やミシェル妃と女性貴族たちが待っている別室へと向かった。

「ミサ! どうだった、何が起こったの?」
「ただならぬ様子から見ると、さては悪い知らせね」

 メアリーとミシェル妃の言葉に、私は軍事的に差しさわりないように配慮しながら、現在の状況を説明した。

「──なんですって! エジンバラの奴らがもう兵を挙げた!? それも五万ですって!」
「ワックスリバーは我が国の隣国ではないか。ええい、ウェストヘイムの貴族たちはなにをしておったのだ!」

「おっしゃる通りですミシェル王妃殿下。私も同じ気持ちです。そこで私からの腹案がございます」
「腹案?」
「なにかしら、申すがよい」

「現在、各国の動向をかんがみると、貴族諸侯たちはどうやら成り行きを様子見しており、まだ動きを見せていません、そこでお二方にこの宰相から頼みがございます。

 お二方の貴族たちの縁をたどって、知り合いたちにこの大陸大同盟に協力していただけるようご尽力をたまわりたいのです。ここは同盟内の結束が肝要かんよう。できるだけ味方を増やしていただきたいのです」

「おお、妙案みょうあんね。よかろう、ミサ殿、王妃としてできる限りの手を打とう、なあ、メアリー?」
「はい、姉上、私の手紙のまめさは、姉さまもよくご存じのはず」

「そうだったな、文筆はメアリーの得意分野であったな」

 そうして二人に快諾かいだくしてもらって私が胸をなでおろすと、他の女貴族たちも同様に声を上げた。

「私も及ばずながら協力します」
「私もです。憎きエジンバラを叩くため、力を尽くします」
「私も」
「私も」

「これはありがたき幸せ、我が同盟の勝利は疑うべくもないですな、はは……」

 そう言って私が笑うと釣られて皆も笑った。戦争なんて女の私に何ができるかわからないけど、やれることをすべてやろう。知り合いが死ぬなんて耐えられないから。私は決意を胸に、迫る大陸を二分する戦争へと立ち向かったのであった。
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