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世界統一編

第二話 王様昇天

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「うわー、ここが王宮かー、綺麗だなー」

 絢爛豪華けんらんごうかな建物の中に入ると、なんとまあ広々とした美しい廊下、飾り立てた騎士の銅像、外の庭にはでっかい噴水。すっごー! こういうのを極楽の景色というのかなーと、私はしみじみ思ってしまった。

「すごいね、こんなところ住んでたら、悩みも苦労もないでしょ」

 私が正直にこう言うとメアリーは表情に暗く影を落とした。なんだろう。

「そうでもないのよ、しょせんこの王宮なんて飾り、苦しみからは逃れられないのよ」

 ええ、そうなのかなー、王女になったら食い放題、遊び放題、金使いざんまい何だけどなあ。

「とりあえず、お父様と謁見の手続きを取ったから、何か腹ごしらえに歓迎の席を設けたわ、こっちに来て」

 とまあ、メアリーについていくと、巨大なテーブルに豪華な料理の数々、ステーキ、七面鳥、パスタ、様々なおいしそうな料理に私はびっくり! 素敵なスタイリッシュな動作をする召使の者に席を案内され、私は、簡単に「いただきます」と言った。そんな私に対しメアリーはそれを不思議そうにしてしまっている。

「なにそれ、貴女の言う仏さまのお祈りなの?」
「違うよ、食べ物を作ってくれてありがとうって意味の感謝の言葉」

「なんて慈悲深い子どもなのかしら! たかだか農民狩人風情がとってきたものを下働きが調理しただけのものなのに、それをありがとうだなんて! 私も心豊かになるべきだわ、ええ、そうよ! ……いただきます」

 別にそんな大したことじゃないのに大げさだなー。まあいいけど。それにしてもこのトマトソースのパスタ! 甘く下に絡みつくチーズにピリリと辛い唐辛子、乗っているものは、も、もしかしてトリュフですか、ほへー初めて食べた、うまーい。

 白ワインのするりとしたのど越しにじんわり広がる自然の甘味、鴨のローストの肉汁が甘いこと甘いこと。私、死ぬ前はスーパーで半額の総菜しか食べてなかったから、こんな豪華な料理は初めてだ。

 食事を済ますと私が「ごちそうさまでした」と手を合わせて言うと、メアリーはまたもや感激し、まねして「ごちそうさまでした」と言う。はあ、なんかこの人純粋な人だなー。

 召使に皿を片付けさせている最中、メアリーは興味深そうに私に質問をぶつけてきた。な、何だろう……。私テーブルマナーとか知らないけど、そこらへんかな。でもメアリーも私の知っているような食べ方してなかったし……。まあ、聞いてみよう。

「とても礼儀正くて、賢くて、貴女素晴らしいわ、きっと教育が良かったのね、庶民たちと言えば野暮ったくて、獣みたいな人間が多いのに、貴女どこの産まれなの?」

「日本」
「にほん……? 聞いたことない地名、発音も珍しいわね、ヴェスペリアのどこかしら」
「ヴェスペリア?」

「この大陸の名前よ、そしてここがネーザン王国、貴女の風貌、とてもこの大陸の人と見えないけど……どこか、海を越えた遠い国の人なの?」
「ああ、異世界だよ」

「異世界ですって!」

 あまりにもの驚き様に私のほうが逆にびっくりした。いちいち反応が大げさなんだから。

「ああ、神よ感謝します、この世に救世主をお遣わし下さるとは……!」
「ど、どしたの?」

「預言者ナハルは言い残しました、この世に悪がはこびる時、異世界よりミサというものを使わし、この世のすべての邪悪を滅し、ヴェスペリアを救うと」
「そんな……大げさな」

「いえ、きっとそうよ、スミス、早くお父様に謁見を!」

 例の老人が側にいたためメアリーは素早く指示をしたが、彼は少し困った様子だった。

「ですが、なにしろ御父上は現在ご病気でベッドにふせっており、起きるのもままならない状況で……」
「……だからです! お父様が、苦しんでいる今だからこそミサの力が必要なのです!」

 げっ病気! なんかやばい雰囲気なんだけど大丈夫かな……。

 メアリーと鎧を着た兵士とともに長い廊下を進んで、大きい扉の寝室だろうね、たぶん。に、通された私は、寝室にしては余りにも広大な部屋にびっくりした。わーお、王様ってリッチね。私がきょろきょろ部屋の光景を眺めていると、ある男性の声が聞こえてきた。

「メアリー姉さん来てくれたのかい、あれ……その子はどうしたんだい?」

 そこにはなんと! 豪華な貴族衣装を着た金髪のイケメンが、ベッドの横で立っていた。かっけー! 背が高!

「紹介するわ、ミサ、彼はウェリントン、第一王子で私の弟よ」
「あ、王子様ですか! どもども」

 私はしんなりと頭を下げた。ほんとかっこいいなー王子様か! 髪の毛ウェーブかかってるよ、うわ、間近で見ると身長、たか! スペック高すぎでしょ! モテるんだろうなあ、ううう。

「で、この子、いや、この方は、救世主ミサよ」
「救世主ミサだって!? まさかそんな……!」

 いやいや、そんなにマジに驚かなくても勘違いですよー。だって私スキルも何もないし、ただの幼女だし、すくうっていっても、スプーンでスープをすくうぐらいしかできないよ。でも、まあ、ばれると怖いから黙っとこう。

「にわかには信じがたいですな」

 との私からすれば冷静なツッコみ。側には黒ひげを蓄えたむさーいおっさんがこちらをにらんだ。あっ、なんかコイツ、目つきが嫌い。

「ベネディクト、いくら宰相とは言えこの私が言っているのです、控えなさい」

 やーい、メアリーに怒られてやんの、へーざまーみろ、て、宰相か、いかにも陰謀とか企みそう。

「お父様、メアリーです、わかりますか?」
「おお、メアリーよく来てくれたな、お前は優しい子だな、こんな老いぼれに情けをかけるなど」

 ベッドの横に私たちは立つと、そこに白ひげを蓄えた、死にかけのじいさん……えっと、それは失礼だな、さておき、王様がいた。

「何をおっしゃられます父上あってのネーザン、王国ではないですか!」

 感情的にメアリーの涙ぐんだうったえに、鬱々と王様は答えを返す。

「わしはもう、耄碌もうろくした。昔は馬に乗り野を駆け回ったものだが、今ではやせ細ってベッドから立ち上がれん、ごほっ、ごほっ……!」
「お父様!」

 と、メアリーとウェリントンがハモった。苦手なんだよな―、こういう雰囲気。いや、家族は必死だけど、私、赤の他人だからどうしていいかわからない。困った……。

「お父様、聞こえますか、救世主が現れました。ミサ様です、あの預言通りのミサ様です」
「なんと、あの預言の……!」

「あの、初めましてミサです、よろしくお願いいたします、王様」
「この幼女が救世主、そんなことはあるまい……! 何かの間違いであろう」

 うん、正解。だから無茶ぶりやめて。

「でも、彼女、異世界からやってきたんですよ、とてもヴェスペリア人には見えないですし」
「いやいや、さてはメアリー、ウェリントン、わしをたぶらかしておるな、老い先短い故、少しの気の安めになろうと」

「でも仏という神様を知っておるそうですよ」
「なに神だと……! まことか……」

 厳密には神様じゃないけどね。まあ、わかりやすく。でも何か王様は少し考え事をした様子で、悩みをぽつぽつと話し始めた。

「わしにはにわかに信じがたいが、少し悩みを聞いてくれぬか、お嬢ちゃん……」
「うん、いいですよ」

「わしはな、この国を守るために、多くの人間を闇に葬った。その中には善人も悪人もいた。戦争が起こっては自ら剣をもってこの手にかけた。罪深い人間じゃ、だが、のう、今、死の間際に立って不安なのだ、こんなわしが天国に行けるかどうか……」

 ああ、私死んだからよくわかるわ、その感情。やっぱり死が間近に迫っていると怖いもんね。わかる、わかる。

「天国へ通じる門は狭く、とてもじゃないがわしなんぞが行けるとは思えん、きっとわしは地獄行きじゃな」

「ああ、それなら大丈夫ですよ、天国に行かなくても救われますから」

 カラっと言った私の言葉に王様はカッと目を見開いた。えっ、何?

「何だ……、そんなはずは……!」
「……南無阿弥陀仏って唱えたら、阿弥陀様が救いに来ますよ、どんな極悪人でも救うって本人が言ってましたから」

「なんじゃと……! そんな神様がいるのか! いや、しかし」
「本当ですって、世自在王という仏さまに誓って、悪人を救えなければ仏にならないって、そう言って実際仏になった方ですから」

「何!? 馬鹿な、まことかそれは!」
「実際私のところにも救いに来ましたし、本人にも会いましたから」

「何、か、神に会っただと! げほっげほっ」
「お父様!」

 メアリーが心配して王様の手を握る。あっ、なんか地雷っぽいものを踏んだ気が……。

「……その、なんじゃ、その呪文を教えてくれぬか……救世主ミサよ」
「南無阿弥陀仏です。なもあみだぶつ」

「……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 王様は熱心に念仏を唱え始めた、うわー純粋だなこの世界の人たちって。日本人は最近宗教離れしているのに、中世の人はホント信心深い。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、……な、何じゃこの高揚感は……! 高まる高まる、高まっていくぞー! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 ど、すごい勢いで念仏を唱えてどんどん興奮してきたようだ。

「……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、……きた、きた、キター! 来たぞ光だ! 救われる、救われる! すくわれちゃうぅぅ──っ!!!」

 その瞬間、何かに解き放たれたように、王様はご臨終なさった。うわー、あらら、いや、興奮しすぎだから。

「お父様──っ!!!」

 メアリーとウェリントンは叫び、涙を流す。そして彼女らはあることに気が付いたのだ。

「お父様のお顔……とても幸せそう!!!」
「そうだ、父上は救われたんだ! 救われたんだ! やった!」

 何か知らんが拍手が起こってる。どうしようこの状態。予想外の事態に私が困っていると、メアリーが泣きながら私の手を握る。

「ありがとう……! やっぱり貴女は本物の救世主ね! ……ありがとう!」
「そうだミサ殿、是非この王宮に住んでくれ! 君は私たちの恩人だ!」

 ウェリントンから涙ながらにうったえかけられる、て、王宮に住む!? まじかっスか。なんか大変なことになっちゃったな―。とこんな感じで私は王宮に居候させてもらったのだ。
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