記憶がないっ!

相馬正

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第4話 真実がわからないっ!

真実がわからないっ!⑦

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 放課後、河原に着いたのは俺の方が先だった。まあ即行で学校を出てきたので全然待つ気でいたのだが、そんな必要もなくアイはすぐ後にやってきた。

「下に降りるか?」
 高架下の方が人気ひとけもないし、きっと話し易いだろう。
「ううん、ここでいいわ。車も人も通るし、それに内緒話は雑多ざったな方がいいでしょ」
「そっか」
 変な理屈だとは思ったが、別に話が聞ければどちらでもいい。

 改まってアイは《真実を話す》と切り出した。それを信じるも信じないも俺次第だと。
 当たり前だ。アイの言う事だって簡単に信用する気はない。あくまで判断は自分でする。第一、アイは俺の記憶がなくなっていることを知ってたんだ、記憶を消した張本人って疑いが消えたワケじゃない。

 時間は取らせないと、屋上で言われた通り話は手短てみじかだった。
「貴方の記憶がなくなったのは一度だけじゃないのよ」
「!?」
 アイの口から出たのは一瞬意味不明だったが、破壊力があった。
「まさか、そんなこと……あり得るのか!?」
「はい、話は終わり。さっさっと森戸さんのとこ行ってあげて」
 俺の投げ掛けを完全に無視し、アイは早々に帰ろうとしていた。
「待てよ! そんなんで『そっか』って納得するワケねぇだろ!」
 カッとなってアイの肩をつかむと、振り向いた顔は怖いほど真剣だった。
「痛い。手、放して」
「あ、ごめん」

 アイは半身だけこちらに向き直し、帰ろうとする姿勢は残したまま続けた。
「手短に話すって言わなかった? 森戸さんが待ってるんでしょ?」
「だからってそんな中途半端な話があるかよ!」
 アイはまた溜め息をついた。一昨日のあの溜め息と同じだ。たぶん、自分は何もかも分かっていて、俺が理解していないのがもどかしいとでも言いたげな感じ。だったらキチンと話せよ!
 そんな俺の苛立いらだちは、きっと顔にも出ていたのだろう。別に隠す気もそんな余裕もない。
「私の言ってること理解できてる?」
 アイの方も少しイラ立っている。
「だからオブラートに包むなよ!」
「まったく、細かい説明させないで。私が知ってるだけで貴方は記憶をなくしてる、よ! これが尋常じゃないってことくらいわかるわよね?」

 二度……強く発っせられたワードは、その異常さをより際立きわだたせた。
 記憶をくしてる今の俺の境遇は普通じゃない。それを嫌でも痛感してきて、でもそれもあって、もうこれ以上のことは起きないだろうと線引きしていたのかもしれない。
 これが……初めてじゃない? まじかよ、とんでもねぇな。
 俺はアイを強く見返した。
「尋常じゃない? 判ってるかだと? へっ、たりめーだ!」
 すぐ横でアイも俺を真っ直ぐに見ていた。
「真実を知ることは同時に痛みを伴うの、貴方にその覚悟がある? いいえ、違うわね……オブラートはやめるんだったわ」
 アイは途中で言い換えた。俺に気を使って言葉を選んでいたのがよく分かる。なんだよ、そんなに《知りたい》って思いは短絡的だって言いたいのか。
「真実を知る痛みっていうのは、つまり、今の貴方を取り巻く環境が壊れてしまう可能性があるって言ってるの。だから貴方の友人や恋人……森戸さんの為にも、何も聞かずに帰れって言ってるのよ!」

 手短に、それは真実を知らずに日常に戻ることが前提の話だ。逆を言えば、真実はちょっとやそっとじゃ語りきれないってことか。それ相応の……今の日常に引き返せなくなる覚悟がなければ聞く権利すらない。ユウが待ってるから今度とか、そういう次元じゃないってことだ。
「ちょっとした脅迫きょうはくじゃねーか」
「そ? ねえ、ちょっと考えてみて。今の生活に満足しているなら、何も過去の記憶を知る必要はないんじゃない? そもそも不都合ってあるの?」
 アイは話題の視点を変えようとしてか、おだやかな口調で言った。後になって思えば、それは俺をこれ以上踏み込ませまいとするアイなりの配慮はいりょだったのかもしれない。

「不都合? いや、別にそんなもんはないけど、ただ気になるっていうか……」
 アイが曖昧あいまいな俺の台詞をさえぎった。
「どうしても真実を知りたいって言うのなら、協力してあげないでもないわ」
「えっ」
「例えばとっても大事なことを教えてあげる。貴方が今後、記憶を失う心配はないわ」
「なっ!?」
 いったい……!? アイは何をどこまで知ってるんだ? いや待て、だいたい何者なんだ? ここまで断言できるってことは、記憶操作の関係者なんじゃないのか!?
 俺はアイの言ってることを鵜呑うのみにしていいのか!?

「なんでそんなこと分かるんだ!」
「質問しないでっ!」
「な、そっちが……」
「言ったでしょ、覚悟の問題! 今の生活を大事にしたいなら帰れって言ってるの! これは貴方一人の問題じゃない、それでも真実を知りたいっていうなら……森戸さんのところへは行けなくなるわよ!」
 アイはすごく思い詰めた顔をしていた。たいして働かない俺の勘だけど、その表情と言葉に嘘はないと思った。
 始めにアイが言った通り、どうするかは俺次第ってことだ。

 正直、過去の記憶に興味はあるが、あくまで興味レベルの話だ。今の生活を壊してまで追求する覚悟も勇気もない。それにアイの言うことが本当なら、もう俺が記憶を失うことはないらしい。だとしたら、やっと落ち着いたこの平穏へいおんな生活に過去の余計なしがらみを持ち込むことはないだろう。
 大事なことはなんだ? 今の俺にとっての支えはなんだ? 励みはなんだ?
 ふっとユウの顔が浮かんだ。きっと一緒に帰ろうと言った俺を信じて待ってるはずだ、どれだけ遅くなろうとも。
 間違っちゃいけない、興味があるからといって壊していいものじゃない。

― 昔の俺と今の俺、気持ちをハッキリさせる必要があるんじゃないか ―

 いつまでも過去に縛られて今見えてるものを失っちゃいけない。そうだ、だからこそ知る必要はない。俺はこれ以上深く関わるべきじゃない。
 自分の中で慎重に気持ちを整理しながら考える。
 こういうのが葛藤かっとうっていうんだろうな。

「俺の決断は……だ」

 悩みに悩んだ末の決断。
 アイはそれを聞くと、「そっか」と小さくつぶやいた。
 あれ……? なんだこの感じ。

「それじゃ、サヨナラ」
 アイが初めて少しだけ微笑んでみせた。その顔が、なぜかどうしようもないほど切なく見えた。
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