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第1話 記憶がないっ!
記憶がないっ!②
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部屋を出ると、すぐ目の前に別の部屋、左手に襖の部屋、右手にはトイレと下に続く階段が見えた。どうやら普通の一戸建てらしい。できるだけ戸は開けたくないので、ここは素直に一階へ行こう。
階段を下りる途中、下にいた女の子と目があった。彼女は目をまん丸に見開いている。
「お……おはよ」
と、言ってきたかと思ったら、返事をする間もなく奥へ行ってしまった。一瞬の出来事でよく見えなかったが、彼女は黒髪のショートカットで、たぶん俺とは違う学校の制服を着ていた。見た目も俺より幼かった気がする。今の反応からすると、家族……だよな? つまりそうか、俺には妹がいたのか。
恐る恐る一階まで下りると、さっきの子の声が聞こえた。声はすりガラス調のドアの向こうからだった。
「お母さん、お母さん、大変! お兄ちゃんが起きてきたよ! しかも制服着てる!」
「まあ!」
おおい、「まあ!」ってなんだよ。もしかして俺は引き籠りだったのか? この頭と身なりでオタクだったとしたら……ナルなキモい奴じゃないか! や、やっぱり「僕」って言うべきか。いやいや、そもそもオタクだったら「拙者」がいいのか? 分っかんね、ええい、普通が一番!
ドアを開けると、さっきの妹と母親らしき人が一緒に朝食をとっていた。と、とりあえず朝の挨拶だ。
「おはよ……」
「お、おはようキリオ。あ、朝ご飯食べるわよね?」
「た、食べよっかな」
「ちょっと待ってね、すぐ用意するから」
思いのほか若い母親らしき人がとても動揺している。まあそれはいいとして……ついに名前ゲットだ! 俺は《キリオ》! 名字は? 何キリオだ? いや焦るな、それは後で表札を見ればいい。
― 名前があった ―
当たり前のことなのに俺はちょっと感動していた。それを顔に出さないよう平静を装いつつ、部屋を確認する。
朝食中のテーブルは4人掛けで、妹と母は向い合せらしい。俺はどの席に座ればいいんだ? この場合、普通は妹の隣だよな。
ふとその席を見ると妹と目が合った。妹は慌てて目を逸らすと、パンをかき込み、ミルクティーを一気に流し込んだ。
「ごちそうサマ! じゃ、私もう行くから、お母さんスマホよろしくね」
行動がすべて駆け足だ。
「ああっズルい!」
そそくさと席を立った妹に母がこぼした一言。なんだ、なんだ? 君たち……俺と一緒は嫌なのか?
妹が出て行き二人きりになると、リビングは静まり返った。母は「はい」と言って、パンとサラダと紅茶を俺に差し出したっきり、一言も話さず台所仕事に専念している。その鍋はさっきも洗ってなかったか?
それにしても、テレビ大っきいな。テレビ台に入ってるのも最新式レコーダーだし、オーディオ機器も立派だ。なぜか違和感を感じるのは気のせいか? 俺の部屋には何もなかったはずだが、このもの凄い格差はなんだろう。もしかして俺、なんか悪いことしたのか? まさか、おいたすると部屋にある物を捨てられてしまうとか? そんなの聞いたことねぇだろ。
やめやめ、どうせ考えたところで答えなんか出ない。とりあえず飯を食っちまおう。
無言のまま朝食をたいらげ、席を立った時だった。
「キリオ、そのスマホ……アナタのよね?」
母がやっと口を開いた。ずっとテーブルの上に不自然に置かれていた紺色のスマホ。この母のスマホにしては少し色気がないと思ってたけど、やっぱり俺のだったか。
「ああ、本当だ。俺のだ」
まるで三文芝居のような台詞を吐く。妹の去り際の言葉からも、俺のスマホじゃないかと見当をつけていたが、母から切り出してくれるのを待っていた。けど、半ば諦めかけて席を立ったこのタイミング……最後の最後に迫られてやっと言いました的な感じ。どうやら家族と俺のコミュニケーションは上手くいっていないようだ。
「いってきます……」
「い、いってらっしゃい」
すっげー神経使うな。いったいどんな奴だったんだ俺? こんな調子じゃ、気になることなんて全然聞けやしない。
家を出てすぐに後ろを振り返った。
「良かった。うちの屋根だけ色が青い」
バカげてるが、こうした目印でもないと家に帰れないって事態が起こりかねない。今の俺にとってはちょっとしたことが致命的なんだ。
「そうだ、表札も」
石造りの門に木彫りの表札がはめ込まれてある。そこには一文字「柳」とあった。
― 俺の名前は《柳キリオ》 ―
「まあ悪くない響きだ」
名前が解ったところで何も思い出さなかったか。
けど、こうして失ったものを少しづつ取り戻していけば、いつか記憶も戻るだろ。
「はぁ、いつかって、いつだよ」
溜め息ついでに空を仰ぐと、地球をぐるっと一周している隕石群のリング《シフォンの帯》がハッキリと見えた。本日は快晴なり。
そういえば、昔見た映画だったり、最新式レコーダーだったり、このシフォンの帯といい、自分を取り巻く環境以外の一般常識とか無駄知識は覚えてるんだな。つまり、《想い出》と《単なる情報》とでは、脳が司る記憶の質や保管場所が違うってことか。
こうして自分の措かれた状況を客観的に見直すと、新手の脱出ゲームみたいで滑稽だな。
「あれ、滑稽なのは俺自身か……リアル過ぎて笑えねぇ」
これがゲームだったらどれだけ良かったか。そうだ、さっき手に入れたスマホ! 学校に着くまでに交友関係くらいは把握しておかないと。
電源ボタンに手をかける。ロックはかかっていない。なんて無用心な。ま、そのお陰で見れるんだけどな。
「なんか人のスマホ見てるみたいで気が引けるな」
まずは、俺が普段やり取りしてる奴を……ん、あれ? メッセージアプリどこだ? っていうかコレ、ほとんど初期状態じゃねーか。もしかして俺ってデジタルに弱かったのか? いや、それはないか、現に今こうして普通に使えてる訳だし。
結局スマホに残っていたのは通話履歴だけで、発信は少なく、着信は結構あった。
「《タケル》に《ユウ》、《カオル》に《シン》に《ヒロ》、か」
やり取りはこの5人がほとんどだった。主だった友達ってとこだろう。
しっかし……男か女か判んねー名前ばっかだな。それと非通知がたまにあるのも気になる。昨日の最後の着信も非通知だった。
いや、慌てるな、まずは登録のある5人が優先だ。せめて顔と名前くらいは一致させておかないとな。全てはそこからだ。
階段を下りる途中、下にいた女の子と目があった。彼女は目をまん丸に見開いている。
「お……おはよ」
と、言ってきたかと思ったら、返事をする間もなく奥へ行ってしまった。一瞬の出来事でよく見えなかったが、彼女は黒髪のショートカットで、たぶん俺とは違う学校の制服を着ていた。見た目も俺より幼かった気がする。今の反応からすると、家族……だよな? つまりそうか、俺には妹がいたのか。
恐る恐る一階まで下りると、さっきの子の声が聞こえた。声はすりガラス調のドアの向こうからだった。
「お母さん、お母さん、大変! お兄ちゃんが起きてきたよ! しかも制服着てる!」
「まあ!」
おおい、「まあ!」ってなんだよ。もしかして俺は引き籠りだったのか? この頭と身なりでオタクだったとしたら……ナルなキモい奴じゃないか! や、やっぱり「僕」って言うべきか。いやいや、そもそもオタクだったら「拙者」がいいのか? 分っかんね、ええい、普通が一番!
ドアを開けると、さっきの妹と母親らしき人が一緒に朝食をとっていた。と、とりあえず朝の挨拶だ。
「おはよ……」
「お、おはようキリオ。あ、朝ご飯食べるわよね?」
「た、食べよっかな」
「ちょっと待ってね、すぐ用意するから」
思いのほか若い母親らしき人がとても動揺している。まあそれはいいとして……ついに名前ゲットだ! 俺は《キリオ》! 名字は? 何キリオだ? いや焦るな、それは後で表札を見ればいい。
― 名前があった ―
当たり前のことなのに俺はちょっと感動していた。それを顔に出さないよう平静を装いつつ、部屋を確認する。
朝食中のテーブルは4人掛けで、妹と母は向い合せらしい。俺はどの席に座ればいいんだ? この場合、普通は妹の隣だよな。
ふとその席を見ると妹と目が合った。妹は慌てて目を逸らすと、パンをかき込み、ミルクティーを一気に流し込んだ。
「ごちそうサマ! じゃ、私もう行くから、お母さんスマホよろしくね」
行動がすべて駆け足だ。
「ああっズルい!」
そそくさと席を立った妹に母がこぼした一言。なんだ、なんだ? 君たち……俺と一緒は嫌なのか?
妹が出て行き二人きりになると、リビングは静まり返った。母は「はい」と言って、パンとサラダと紅茶を俺に差し出したっきり、一言も話さず台所仕事に専念している。その鍋はさっきも洗ってなかったか?
それにしても、テレビ大っきいな。テレビ台に入ってるのも最新式レコーダーだし、オーディオ機器も立派だ。なぜか違和感を感じるのは気のせいか? 俺の部屋には何もなかったはずだが、このもの凄い格差はなんだろう。もしかして俺、なんか悪いことしたのか? まさか、おいたすると部屋にある物を捨てられてしまうとか? そんなの聞いたことねぇだろ。
やめやめ、どうせ考えたところで答えなんか出ない。とりあえず飯を食っちまおう。
無言のまま朝食をたいらげ、席を立った時だった。
「キリオ、そのスマホ……アナタのよね?」
母がやっと口を開いた。ずっとテーブルの上に不自然に置かれていた紺色のスマホ。この母のスマホにしては少し色気がないと思ってたけど、やっぱり俺のだったか。
「ああ、本当だ。俺のだ」
まるで三文芝居のような台詞を吐く。妹の去り際の言葉からも、俺のスマホじゃないかと見当をつけていたが、母から切り出してくれるのを待っていた。けど、半ば諦めかけて席を立ったこのタイミング……最後の最後に迫られてやっと言いました的な感じ。どうやら家族と俺のコミュニケーションは上手くいっていないようだ。
「いってきます……」
「い、いってらっしゃい」
すっげー神経使うな。いったいどんな奴だったんだ俺? こんな調子じゃ、気になることなんて全然聞けやしない。
家を出てすぐに後ろを振り返った。
「良かった。うちの屋根だけ色が青い」
バカげてるが、こうした目印でもないと家に帰れないって事態が起こりかねない。今の俺にとってはちょっとしたことが致命的なんだ。
「そうだ、表札も」
石造りの門に木彫りの表札がはめ込まれてある。そこには一文字「柳」とあった。
― 俺の名前は《柳キリオ》 ―
「まあ悪くない響きだ」
名前が解ったところで何も思い出さなかったか。
けど、こうして失ったものを少しづつ取り戻していけば、いつか記憶も戻るだろ。
「はぁ、いつかって、いつだよ」
溜め息ついでに空を仰ぐと、地球をぐるっと一周している隕石群のリング《シフォンの帯》がハッキリと見えた。本日は快晴なり。
そういえば、昔見た映画だったり、最新式レコーダーだったり、このシフォンの帯といい、自分を取り巻く環境以外の一般常識とか無駄知識は覚えてるんだな。つまり、《想い出》と《単なる情報》とでは、脳が司る記憶の質や保管場所が違うってことか。
こうして自分の措かれた状況を客観的に見直すと、新手の脱出ゲームみたいで滑稽だな。
「あれ、滑稽なのは俺自身か……リアル過ぎて笑えねぇ」
これがゲームだったらどれだけ良かったか。そうだ、さっき手に入れたスマホ! 学校に着くまでに交友関係くらいは把握しておかないと。
電源ボタンに手をかける。ロックはかかっていない。なんて無用心な。ま、そのお陰で見れるんだけどな。
「なんか人のスマホ見てるみたいで気が引けるな」
まずは、俺が普段やり取りしてる奴を……ん、あれ? メッセージアプリどこだ? っていうかコレ、ほとんど初期状態じゃねーか。もしかして俺ってデジタルに弱かったのか? いや、それはないか、現に今こうして普通に使えてる訳だし。
結局スマホに残っていたのは通話履歴だけで、発信は少なく、着信は結構あった。
「《タケル》に《ユウ》、《カオル》に《シン》に《ヒロ》、か」
やり取りはこの5人がほとんどだった。主だった友達ってとこだろう。
しっかし……男か女か判んねー名前ばっかだな。それと非通知がたまにあるのも気になる。昨日の最後の着信も非通知だった。
いや、慌てるな、まずは登録のある5人が優先だ。せめて顔と名前くらいは一致させておかないとな。全てはそこからだ。
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