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勘違いと誤解
しおりを挟む話を有耶無耶にされて寝てしまった後、起きると朝だった。俺が起きると、すでにカイラは起きていて俺を見下ろしていた。見たことのある光景に視線を泳がせると、良い子というように頭を撫でられる。
「おはようユウト。朝ご飯食べられる?」
額に口付けられ、俺は新婚夫婦のようなやり取りにポカンとする。返事がない俺に、カイラはまだ寝るか聞いてきて、慌てて起きますと起き上がった。
洗面台を借りて戻る間に、パンの焼ける良い匂いが漂ってくる。美味しそうな匂いに、お腹が空いてくる。居住を許してもらえている間に仕事を見つけないといけないため、俺が気合を入れてカイラに話そうとすると、
「パン焼けたよ。サラダはいる?」
手を引かれて何故かカイラの膝に着地する。
「か、カイラ、俺の分も作ってくれたんですか?」
慌てて降りようとしながらそう言うと、腹にカイラの腕が回ってギュッと後ろから抱き締められる。
「うん。ユウトが好きかと思って。デザートに昨日のタルトあるよ」
頭に顔を埋めてきたカイラがスウッと息を吸い込みながらそう言ってきて、俺は「わあああ!」と叫んだ。匂いなんて嗅がないで!
「食べてくれないの?」
俺があわあわとどうしたらいいか分からないでいると、後ろから顔を覗き込むようにしてそう言ってきて、うっ、と言葉に詰まる。俺のために用意してくれたのを無下にすることなんて出来ない。申し訳ない気持ちはあるけれど、もてなしてくれる気持ちは嬉しいし……。でもこのパンも買ったものだろうし、俺の食費もカイラの負担に……。あれ、でも王命って言っていたから、臨時で費用をもらっているのかもしれない。俺はそれを借りているということになる?考えていると、目の前でパンをちぎって俺の口元まで持ってくるカイラ。
「ユウト、あーん」
思わず口を開けると、パンが入ってきて噛みしめる。フワフワのモチモチでほのかに甘みもあって、すごく美味しい。これは俺でも分かる、お高いパンだ……!
「美味しいです……!」
感動して振り返ってそう言うと、少し目を見開いたカイラはとろけるように微笑んで額を合わせてきたかと思うと、鼻をすり合わせる。
「あぁ、可愛い。閉じ込めておきたい……」
ため息混じりに言ったカイラにギョッとする。
「え……」
「早く俺のにしたいなぁ」
カイラの言うことが怖くなってきた俺。カイラはそれからも食べさせようとしてきたけれど、何とか自分で食べますと説得し、もくもくと口に入れた。パンが大きめだったから、結局入り切らなくて、明日の朝ご飯においといてもらおうとすると、カイラがさっさと食べてしまった。スープも美味しかったけれど、食べ終わるとお腹いっぱいになってしまい、タルトは食べられなかった。でも早く食べないと駄目になってしまうと思ったが、どうやら保存に優れているようで1ヶ月は保つのだそう。それを聞いてびっくりしたれど、魔法の世界だからそういうものなのかなと納得もした。
カイラが小さい時に着ていた服を貸してもらって着ると、すごく喜ばれた。俺も、わざわざ買わなくていいし、古着でもう着ていないものならカイラにも迷惑を掛けなくていいから、ホッとする。きっとカイラもそうなんだろう。
王家が俺の後ろ盾になるっていう話を思い出して、カイラは俺のお世話係になったんだろうと考える。俺が王宮で過ごすのを嫌がってしまった故にカイラの外での世話係が回ってきてしまったのだろう。とにかく、しばらく世話になるのは仕方ないと割り切って、早く家を出られるように頑張ろう。
……そう思ったところだったのだけれど。
「これは肌触りがいいな。あとこれも。寒い時の上着も必要か……。保温魔法がかかっているものを見せてくれ。あと……」
連れられて行ったところは服屋さん。服が一つ一つ綺麗に並べられていて、高そうなお店だと一目で分かるところだった。そこで、カイラは吟味してはポイポイと店員さんに渡していく。それをすごいなぁと思いながら見ていた俺だったが、どうも雲行きが怪しい。店員さんに渡している、恐らく気に入って購入するのであろう服たちはカイラには明らかに小さい。決め手となったのは、服を俺に合わせるようにしてきたことだった。
「カイラ? これって、その、カイラの買い物ですよね?」
俺の服を買ってないですよね?とは、さすがに厚かましい聞き方だと思い、遠回しに聞いてみる。
「あぁ、俺の買い物だよ。これとこっちだったらどっちが好き?」
「え? えぇっと、カイラが着るんですよね? それなら、こっちの色の方が……」
「ユウトはこっちの色の方が好き?」
「俺、は、こっちの色が……」
「じゃあこれと、あとこれも」
「カイラ、あの、これって……」
どう聞くのが正解なんだろうか。俺の服ですか?って聞いて、違ったら恥ずかしすぎるし、自意識過剰だし、でもカイラが着るのではなさそうだし……。あ。もしかして、誰かへのプレゼント……?だとしたら、一緒に住んでいるのはよくないんじゃないだろうか。突然、恋人の家に知らない男が住みだしただなんて、相手からしたら嫌に決まっている。駄目だ、俺すごく邪魔なやつだ……。
「ユウト? どうしたの、疲れた?」
カイラが心配そうに聞いてきて、ブンブンと首を横に振る。
「だ、大丈夫です! すみません、あの、俺、ちょっと出てきていいですか?」
こうしてはいられない。この世界を知ることが先だと言われているが、働きながら知っていくこともできるはず。まずは仲介所みたいなところがないか探しに行こう。そう思いながら、カイラに言うと、
「どこ行くの? 俺も行く。これ、全部俺の家に送っておいて」
店員さんにそう言ったカイラは、俺を促して一緒に外に出てしまった。
「すみません! 急かしたわけじゃないんです。俺に合わせなくても大丈夫です、カイラは好きにして下さい」
慌ててそう言うと、カイラはムッとして不機嫌そうに尻尾を揺らした。怒らせた?と困ってカイラを見上げると、
「デートなのに、俺を一人にしないで」
そう言って怒ったと言わんばかりに俺に頭をグリグリと擦り付けてくる。俺は、そんなカイラにそわそわと落ち着かなくなって、俺より大きいはずのカイラをギュッと抱き締めたい衝動に駆られる。
「ご、ごめんね。その、俺、ちょっと焦っちゃって、カイラの恋人は、俺のこと知ってるの?」
「あ? ……恋人?」
一気に低くなったカイラの声に、俺はビクッと肩を震わせた。
「……ユウト、ごめん。ちょっと話そうか」
カイラはそんな俺を抱き上げると、笑っていない目を細めてそう言った。俺は、明らかに怒った様子のカイラに怖くなって、身を縮こませる。眉が下がって、泣きそうになるため唇を噛むと、カイラはそんな俺を見て困ったように笑った。
「ずるい。俺の方が傷付いてるのに、そんな顔されたら甘やかしたくなる」
カイラはそう言って歩き始めると、他の店に入っては色んな物を買って、家に届けるように伝えていく。俺は抱き上げられたまま、口を挟むことができなくて小さくなっていた。カイラは時折、俺の頭に顔を埋めたり、額に唇を落としたりと接してきて、怒ってない様子にホッとする。
そして、結局そのまま家に帰ってきた俺達。ソファに座り、向かい合わせで膝に乗せられて、俺は羞恥で死にそうになる。
「ユウト、恋人って何?」
さっき言って怒らせた話題を振られて、俺は口を噤む。顔が近くて、正面から見られると恥ずかしくて仕方ない。それもあって俯くと、腰に回された腕でギュッと引き寄せられる。
「教えて、どうしてそう考えたの?」
耳元で優しく聞かれ、俺はビクつきながら辿々しく伝える。カイラが買っていた服のサイズが小さかったこと、俺にはカイラの小さい時の服があるから自分のではないと思ったこと、なら誰かのプレゼントだと思ったこと。まとまりがなく話してしまったため、伝わらないかも知れないと思ったけど、伝わったようで。
「……はぁ。どうしてそうなるの。俺に恋人はいないし、ユウトが優先だって言ったでしょ」
ため息まじりに言われて、申し訳なくなる。
「すみません……。でも、カイラが負担に思うなら、俺が何とか王様に話をするので、言ってもらえると……」
「あぁ、全部分かった、ユウトの思考回路。俺が王命だって言ったからでしょ、またそうやって離れようとするのは」
俺が原因だったか、と呟いたカイラに、首を傾げる。
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