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身一つで引越しと初めての街

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 しばらく抱き締められたままでいると、扉がノックされる。慌てて離れて返事すると、ワゴンが運ばれてきて、上には美味しそうなスープや魚のソテー、フカフカのパンなどが乗っていてテーブルにセッティングされる。

 ポカンとしていると、運んできた使用人らしき人は綺麗にお辞儀すると退出してしまった。

 ……これ、食べていいんだよね?後からお金を請求されたりしないよね?

 良い匂いにつられてお腹も空いてきたが、食べても良いのか決定的なものがないため手を伸ばせない。そんな俺に、

「ユウト、お腹空いてない?食べたいものがあるなら持って来させるよ?」

 カイラにそう言われ、ブンブンと首を横に振る。ここにあるもので十分すぎるし、別のものを持ってこさせるだなんて……!

「あの、これ、食べていいんですか?」

 怖々と聞くと、カイラはキョトンとした後、苦笑して頷いた。

「いいよ、どれでも好きな物食べて。ユウト、ここは緊張する?」

「う、はい……。こんな豪華なところにいたことないですし、その、そわそわします」

「そわそわだって、可愛い。そっか、ユウトもそうなんだ。じゃあ、俺の家に行こうか」

 俺の頭を撫でながらそう言ったカイラにポカンとする。

「カイラの家?」

「うん、そう。ここよりは狭いけど、一軒家借りてるから不便はないよ」

「でも、俺お金なくて……」

「ユウトがいればいい」

 俺の言葉に被せるようにしてそう言ったカイラはコツンと額を合わせてきた。

「俺は、ユウトがいればいい」

 俺の目を真っ直ぐ見たカイラに力強くそう言われて、じわじわと瞼が熱くなる。

「……俺、何も出来ないです。魔法も、使えるか分かりません」

「じゃあ全部俺を頼って。ユウトの全てを俺に任せて?」

「そ、それは駄目です。俺、だって、一人で……」

 一人になった時、俺は生きていけない。一人でも生きることができるようにしておかないと、安心できない。だから、そう言おうと思ったのだが、

「ユウトは、一人にならないよ。俺がずっといる」

 そう遮られて困ってしまう。目を伏せた俺に、カイラは合わせていた額を離すと、優しく頬を撫でてきた。

「まだ分からなくてもいい。俺がこれから証明していけばいいだけだから。でも覚えといて、俺が言ったこと」

 言い聞かすように言われて、俺はとりあえず頷く。そして、食事が冷めるから、と促されて食べようとするのだが、カイラがカトラリーを俺から奪って食べさせようとするのをどうにか説得することから始めるはめになったのだった。



 俺があの部屋から出るのは、食事が終わってすぐに決まった。カイラが部屋の外にいた執事に「ユウトは俺の家で住むから」と言ってそのまま俺を連れ出そうとしたのだ。俺は慌てて、まだお礼も言っていないし、挨拶をしないと、と踏ん張ったら、

「それもしかして抵抗してる? ……弱すぎる、可愛すぎない?」

 真剣な顔でそう言われ、馬鹿にされているのか呆れられているのか分からなかったが、少し落ち込んだ。身体の大きさが違うためウェイトも違うことは分かる。俺が本気で抵抗しても絶対敵わないし、何をしても子どもがじゃれている程度なんだろうなと考えると、危機感が芽生えた。

 ……もし喧嘩とかに巻き込まれたら、俺は軽く押されただけでも吹っ飛んでしまうのでは?獣人だらけの人混みなんて入れば、一瞬で踏みつけられそうだし、素早く動ける自信もないからあちこちぶつかっては怪我だらけになりそう……。

「身体鍛えないと……」

 思わず顔を青くして言った俺に、

「鍛えなくていいよ、俺が守るから。ユウトは好きなことだけしとけばいいよ」

 カイラがそう言いながら、俺の踏ん張りなんて何でもないように軽々と腕を引っ張ると腰を抱いた。

「挨拶したいの?」

「え? あ、はい。お世話になりましたし、この部屋はどうしたらいいのかとか、勉強のことも聞かないと」

 突然話を戻されて一瞬呆気にとられるが、ハッとしてそう返した。

「部屋はこのままでいいし、勉強はユウトが来たい時に来るか、ユウトのいるところに呼び出せばいいよ」

 カイラにそう返されるが、さすがにそれは駄目だろうと俺でも分かる。

「それはちょっと……。先生の都合もあるでしょうし、俺が合わせないと……」

「ユウトは優しすぎるし、謙虚すぎる。もっと我が儘が聞きたい、甘えて欲しい」

「え? え、い、いや、今でも十分甘えてしまってますし……」

「もっと甘えて欲しい。俺なしじゃ生きられないようにしたい」

 真剣な顔で見下ろされて、唖然とする。

 突然のカイラの発言に俺は思考が追いつかない。そもそも、成人した男が甘えて頼りまくるのは如何なものか。ちゃんと自立しないとお荷物にしかならないのに、そのお荷物になれと言われている。カイラがふざけて言っているようにも見えなくて、困ってしまう。

「それは、ええっと……」

「ふふ、困ってる、可愛い。ユウトもそうなんだって分かってるけど、俺がそう思っていることは知っておいて」

 結局、揶揄われてしまったのかと思うも、カイラが言った言葉が少し引っかかった。俺も?一体、誰と比べられているんだろうと思いながら、少し胸がざわついた。そういえば、前にもそんな言い方をしていたことがあったと思い出す。でもなんて聞けばいいのか分からず、そのままタイミングを失ってしまった。

 そして、執事さんに何とか会わせてもらって、感謝とお礼を伝える。すると、優しく笑っていつでも戻って来て下さいと返してくれて、なんて良い人なんだろうと感激した。だが、それに対し「戻ってくるわけないだろ」と何故か喧嘩腰に言ったカイラにギョッとして、慌てて謝るとカイラにも執事の人にも止められる。

「良いのですよ、ユウト様。カイラ様からするとあの発言は当たり前です。ですが、ユウト様の頼れる場所の一つとして覚えていて欲しいのです」

「ユウトが頼るのは俺だけでいい」

 両者の意見が全く合っていない気がするのだが、いいのだろうか。俺がおろおろしながら二人を見ていると執事さんに苦笑される。

「ユウト様、いつでも遊びに来て下さい。勉強に関しては、気にされるようですので追って連絡致しましょう」

 そう言ってもらってホッとする。カイラは「ユウトの好きにしたらいい」としか言わないから、調整してもらえると分かって安心した。

 そして、王宮を出た俺とカイラ。来た時に見た街が、活気良く賑わっており、あちこちで色んな声が聞こえる。来た時は馬に乗っていたから分からなかったが、色々と獣人たちのサイズとなっているのか大きい物が多い。

 色々と見て回ってみたいが、人が多いし、ちょっと怖いし、無理かなと思っていると、

「ユウト、帰る前に街を案内しようか?」

 カイラがそう聞いてくれた。

「えっ! あ、いえ、お金もありませんし、カイラを付き合わせるわけにはいかないです。あ、仕事を紹介してくれる案内所みたいなものはありますか?」

 見て回ってみたい気持ちはあったが、さすがに厚かましいかと思って首を振った。しかし、仕事をしないことには生きて行けないため、仕事を斡旋しているところがあれば相談してみようと思って言ったのだが。

「……そんな所はないし、絶対行かせない」

 そう言ったカイラの顔が険しくなって、尻尾が苛立つように揺れるのを見てビクッとする。そんな俺の反応に、カイラはすぐに眉を下げると、そろっと俺の頭に頬を擦り付けてくる。

「俺だけのユウトがいい。ユウトが望むならしてあげたいけど、今は慣れる方が先でしょ?」

 俺はそんなカイラが、怒っていないようだと分かってホッとする。そして、そう言われて確かに、と納得する。この世界の常識もマナーも分からないやつが上手く働くのは難しいかもしれない……。

「ユウト、街の中見たい? 見たくない?」

 再度、そう聞かれるが、いいのだろうかと迷う。カイラは俺にずっと付き合ってくれているし、あまり面倒を掛けるわけには……と考えていると、

「俺はユウトに喜んで欲しいし、甘えて欲しい」

 そう強く言われて、恐る恐る頷いた。

「その、ちょっと、見てみたいです」

 すると、カイラは嬉しそうに笑って尻尾を揺らす。それを見て、言って良かったんだと胸が温かくなった。

 ……だが、街を回り始めると、家に俺の物がないからとあれもこれもと買おうとするカイラ。それにギョッとして、店の人がいる前で「いりません」と言うわけにもいかず、「大丈夫です」とやんわり断るもじゃあ買おう、となってしまいもう半泣きになる。買わないという選択はないらしいカイラに俺が折れて、ならばなるべく安い方を、と必死に選ぶはめになったのだった。



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