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前編
しおりを挟む「この書類、不備があるので修正お願いしますね。いつも完璧だから、僕びっくりしちゃったんですよ。お疲れですか?ちゃんと休んで下さいね」
「おぉ、すまんレーテル。そうなんだよ、お前は分かってるなぁ~。分かった、また後で持って行くよ」
きゅるんとした目で、上目遣い。小首を傾げながら少し眉を下げて心配そうに。でも、こちらの用件は忘れず。そうすると、相手はデレッとした顔になってすぐに聞いてくれる。あぁ、面倒臭い。でもこれが一番手っ取り早いから楽だ。そう思いながら、小さく手を振りながらその場を去る。ったく、書類くらいちゃんと書いて出せっての。内心では舌打ちをしながら戻った僕。
「レーテル、戻ったのか。ありがとうな、お前が来てから仕事が本当に良く回る。本当にありがとうなぁ」
戻ると、上司が涙ぐみながらそう言ってきてげんなりする。毎回のようにこれをされるから、さすがにそろそろ面倒臭いのだ。
「そう言うなら、皆そうしたらいいじゃないですか。僕にばっかりこういうの押し付けるの止めて下さい」
「それが出来たら苦労しないんだよぉ。レーテルみたいに可愛い子じゃなかったら、お前らで修正して出しとけよって睨まれるか、忙しいんだからこんなもん持ってくんなって怒鳴られるんだよぉ」
同僚は書類を整理しながら泣きながらそう言ってくる始末。どうしてそんなことになるんだ。正しく記載しない方が悪いんだから、そう言われたら書類を投げ捨てて帰ってくればいいものを。そう思うのだが、文官という職種に就く者は、どうも押しに弱いというか、ボソボソと喋る者が多いというか、社交性というものが欠落している。僕は溜め息をついて、自分の分の書類整理に取り掛かったのだった。
王宮で文官をしている僕は、初めてここに来た時、あまりにも暗い雰囲気と忙しいのか皆バタバタと走ったり書類の山に奮闘している様子に呆気に取られたものだ。初めは、僕もどのような職場なのか掴めていなかったため、猫を被っていたのだが、恐ろしく効率の悪いやり方ばかりであることが分かってからは猫の皮は早々に投げ捨てた。
「この書類、期限過ぎてる!没!新しいの渡してきて!この書式、見にくい上にほとんど意味のない事項じゃん!新しく作ったからこっちを申請して許可出たらそれ使って!これ字が汚すぎるでしょ!書き直しさせろ!」
僕の怒号が飛び交う職場へと様変わりして、同僚はともかく、上司までも別の意味で走り回ることになったのだ。僕が勝手に変えるわけにはいかないから、上司からそのまた上に掛け合って変えられるところは変えていかないといけないし。書類の不備を言われて渋るようなやつなら、「最終警告ですが、この書類はただの紙になります、よろしいですね」と無表情で言って相手の言葉は待たずに帰って来いと伝えると、8割ほどは効いたらしく。同僚たちは、言うだけ言って逃げるのなら出来る、とのことだったからやらせたのだ。おかげで、書類の回収率は大幅に上がった。そして、面倒臭い書式もほとんど一新できて、他の人たちからも文官たちの評価が上がったのだ。
だが、やはり書類に不備があったり、修正が必要なものもあるわけで。さすがに文官が勝手に書き直すことは出来ないため、本人に言いにいくのだが、如何せんそういう時は僕が駆り出されるのだ。それが今のストレス。僕はこんなことのために文官になった訳じゃないのに。と苛々しながら食堂に行くと。
「ユン!お疲れ、何食べてるの?」
「あ、レーテル。これね、野菜スープなんだけど、ゴロゴロ大きい野菜が入ってるの。美味しいよ」
王宮図書館で司書として働いている親友のユンがお昼ご飯を食べていて、笑顔でそう言った。親友のユンは、とても可愛い。親友の贔屓目無しで見ても、すっごく可愛い。とても純粋で疑うということを知らないユンが王宮図書館で働きたいと言った日から、心配のあまり僕も王宮勤めになったのだ。もともと、地頭は悪くなかった僕。騎士とかはさすがに無理だけど、書類仕事なら出来るかなと猛勉強した結果、文官として働くことが出来ている。ただ、ここまで忙しくなるとは思っていなかったが。だが、そんな中でも可愛いユンに会えると癒されて疲れが吹き飛ぶ。あ~可愛い。大きい野菜をスプーンですくって、見て見て、と見せてくるユンが可愛い。そうだね、大きいね、美味しいんだね、良かったね。何とも微笑ましい気持ちになるんだから、最強だと思う。
「レーテル、これも美味かったぞ!」
「レーテル!これ、良かったら食えよ!」
食堂にいる他のやつらにも声を掛けられ、「今ユンと話しているだろうが、空気読めよ馬鹿ども」と思わなくもないが、笑顔でありがとうと言いながら返していく。その中で、ユンにも話し掛けたやつがいて、ユンは困ったように挨拶を返していた。「ユンを困らせるとか何様?お前、顔覚えたからな」とインプットする僕。そして、ユンを眺めながら、休憩いっぱいまで癒されたのだった。だが、休憩から戻ると何やら慌ただしい様子。上司が、戻って来た僕を見るなり、泣きながら走ってきて、今すぐ帰りたい衝動に駆られる。
「レーテル!良く戻ってきてくれた!こ、この書類、印鑑をもらってきておくれ~!」
「いや、これ、提出昨日じゃないですか。嫌ですよ、自分で行って怒られてきてください。」
「お願いだぁ、これ、これ、宰相様の印鑑がいるんだよぉ~!」
「知るか。自分で行けよクソ上司」
「レーテル、レーテル、心の声が漏れてるから、すごい出ちゃってるから」
同僚に窘められるも、心に響かない。だって本気で思ってるもん。無表情で切り捨てた僕だったが、
「こ、これを任されてくれたら、月夜祭の日に休みをあげよう!」
「ノッた。」
上司が決死の覚悟とばかりにそう言った瞬間に僕は即座に引き受けた。月夜祭は豊穣を祝うお祭りだ。まだまだ先だが、この日は文官の一番忙しくなる日だと言われている。その日を悠々自適に休むことが出来て、あくせく働く同僚たちを高みの見物できるなら最高だと、にっこり笑って書類を受け取った僕。
「うわぁ、絶対まともなこと考えてないよぉ、でもそんなレーテルも俺らは好きさ……」
同僚たちは泣きながらそう言ってきたが、嫌な役割を押し付けられてるんだから、それぐらいのご褒美あってもいいだろうと、フンと鼻で笑ってやった。
宰相様のいる部屋まで来ると、一つ深呼吸をして扉をノックする。すると、すぐ返事があり中へと入る。
「失礼します。お忙しい中、申し訳ありません。印鑑を頂きたく……」
「その書類の提出期限は昨日だったと記憶しているのですが、私の勘違いでしょうか」
僕の言葉を遮るようにしてそう言ってきた宰相様に内心舌打ちする。ばれなかったらこのまま印鑑だけもらって提出しようと思っていたのに。
「いえ、昨日が提出期限の書類で間違いありません」
「私に提出期限が過ぎた書類に判を押せと?」
「これがただの申請や経費の書類ならこちらで処理しますが、統括騎士団長から王家への誓約書だったので」
「期限を守れなかった書類は、責任者が対応すると記憶していますが」
「その責任者が、あなたが怖いと泣きついてきたのでこうして僕が来たんですよ」
無表情でそう言った僕に、片眉を上げた宰相様は、フッと笑った。
「私には可愛らしくおねだりしてくれないんですね」
「あなたには効かないでしょう。提出期限を守らなかったのは上司ですが、意図的に仕事量を増やすのはいかがなものかと」
「効くかもしれませんよ。私のお願いを聞いてくれないので、少し腹いせはしましたが」
飄々と言う宰相に溜め息をつく。この人はいつもこんな感じだ。フレームの無い細い眼鏡を掛けて、堅苦しい雰囲気を纏っているものだから皆恐縮してしまう。珍しい銀髪のサラリとした髪は一つに後ろで縛られており、切れ長の目と鼻筋が通ったお綺麗な顔もまた、冷たい印象を持つ。だが、実際はそう見えるようにしているだけで、中身は結構な腹黒い男だ。
「お願いって何です」
「君を秘書に欲しいと頼んだのですが、速攻で断られてしまいまして。元同級生のよしみだというのに、ひどいと思いませんか」
……何を言っているんだこの人は。
怪訝な顔で見るも、足を組んで軽く首を傾げるこの人の真意は分からない。この人と言い合いで勝てる気はしないから、もうさっさと終わらせて帰りたいのにと、とりあえず書類を前に置く。
「レーテル、君のことなんですが。私の下に来る気はありませんか」
書類に目を通しながら言った宰相様に、「ないです」とはっきり告げる。そんな僕に小さく笑うと宰相様は書類に判を押した。
「あなたの上司に言っておきなさい。何でもかんでも仕事を受け入れるなと」
宰相様にそう言われて、僕はあの仕事量は上司がポンコツなだけだったか?と考えなおすと、頭を下げて部屋から出たのだった。
「レーテル、これは一体……」
「書類を振り分けてみたら、半分以上が僕たちが預かる必要のないものばかりだったので突き返しました。どうしてこんなに引き受けているんですか、どおりで終わらないはずですよ」
積み上げられていた書類の量が半分以下になった机を見て、呆然と言った上司にそう返した。宰相様が言ったことを考えて、上司が受けている仕事を整理してみたのだ。すると、出るわ出るわ、全く僕たちに関係のない書類たち。どうしてこう押し付けられて持ち帰ってきてしまうのか。僕は、それらを纏めると、書かれているサインを見て本人たちに突き返してきたのだ。もちろん、ちゃんと穏便に、ね。
「レーテル、君は本当に逸材だ!」
わーい!と両手を上げる上司に、こいつ本当に年上か?と思わなくはないが、素直に感情を出す姿はユンを思い出して仕方ないなと笑ってしまった。ユンの可愛さには足元にも及ばないが。
「レーテル、これ、また不備があるんだけど……」
そんな中、同僚に声を掛けられる。以前も修正するようにと返したやつで、ゲッ、と顔に出る。こいつ、もしかしてわざとやってるんじゃないだろうな。あ~、もう面倒臭い!
僕は苛々しながらも、またそいつを探して王宮内をうろつく。見つけると、そいつは僕を見て、にたり、と嫌な笑みを浮かべて近付いてきた。
「レーテル!また俺に会いに来てくれたのか?仕方ないな、もう少し待っていてくれよ」
突然、意味の分からない言葉を並べてきたこいつに、げんなりする。あぁ、はいはい、こういうパターンね。いるんだよなぁ、こういうやつ。この勘違い男にペンを突き刺したい衝動を抑えながら、え?と表面上はきょとんと見つめ返す僕。
「どうしたんですか突然。この書類にまた不備があったのでお持ちしただけですよ?」
そう周りにも聞こえるように少し大きい声で言うと、周りは理解したのか、「何だよ、仕事じゃねーか」「会いに来てくれたとか、よく言えるよな」などと揶揄する声が聞こえた。それを受けて、その勘違い男は顔を赤くして睨む様に周りを見ると、「こいつは俺のことが好きなんだよっ!」と訳の分からないことを叫ぶように言って腕を掴んできた。この馬鹿力め、と痛みが走った掴まれた腕に内心苛つきながら、
「痛いっ!何するんですか……っ!」
涙を溜めて、俯き気味に言い、肩を震わせる。すると、周りのやつらが、「おい、何してんだよ痛がってるだろ!」「やめなさい、こんなにか弱い子に」とあれよあれよと僕の味方をしてその勘違い男と引き離してくれる。フッ、楽勝過ぎて笑えるね。
「離せ!そいつが誘ってきたんだよ、俺のことが好きなんだろ!?」
なおもそう言う勘違い男に、僕は震えながら怯えた目でそいつを見ると、周りは僕を隠すように匿ってくれてそいつを連れて行ってくれた。もちろん、書類も一緒に。あいつの上司に言って、書かせてくるよと頼もしい言葉と共に。僕は、か弱く礼を言ってゆっくり戻ったのだった。
「あ~疲れる、肩揉んで」
「レーテル、どうしたんだよぉ。さっきの書類は?」
「任せてきた。上司に言って書かせるって言ってたからすぐに持って来るだろ。あ~めんど~」
「えぇ……。一体何をしたのさぁ……」
不安がる同僚を顎で使って肩を揉ませる。何をしたって、何もしてないよ僕は。ちょっとか弱くするだけで勝手に周りがやってくれただけ。でも猫を被るのは面倒臭いんだよ、肩が凝る。あんなんで怖がる訳ないだろ、どこの箱入り娘だ。
「……おい!肩揉むの下手くそ!もういい!触るな!弱すぎるんだよ、力入れろ!」
「えぇ、これでも全力なのに……」
あまりにも力の入っていない同僚の肩揉みに、こうするんだよ!と肩揉み指導を行うことになった。同僚は泣きながら指導され、結局、飽きた僕に仕事はどうしたと詰められてまた泣いたのだった。
―――
「あの、僕まだ仕事が……」
「そんなことより、次の休みに一緒に出掛けようよ。俺、良い店知ってるんだ」
「次の休みは予定があるんですよ。あっ、そういえばさっき帳簿を確認するとかで大臣が行かれましたが……」
「えっ!?ちょ、ちょっとごめん、用を思い出した、また後で!」
後も先もないです、さっさと去れ。
「あのさ、わざわざ回りくどいことしなくても、言ってくれたら俺、いいよ?レーテルなら大歓迎だし!」
「え?良かった!じゃあ、この書類修正お願いしますね。2日後が提出期限ですので。優しいんですね、僕も言いやすくなるので助かります~」
「え、あ、えっと……」
「じゃあよろしくお願いしますね!」
何がいいよだ、訳が分からない妄想をする前に汚い字をどうにかしろ。
最近、いつにも増してこんなやつらが増えてきた。躱すのも誤魔化すのもわけないが、こうも歩く度に声を掛けられるのは面倒臭くて仕方ない。仕事を増やすようなやつらを僕が好きになるわけないだろう、頭沸いてるのか?と思いながらも可愛い子を演じながら当たり障りなく対応する。
そんな中、仕事が終わって帰ろうと職場を出ると、腕を強い力で掴まれ引っ張られた。
「いっ……!」
「レーテル、前は悪かった、でもお前も悪いんだぞ。照れてあんな嫌がる素振りするなんて。なぁ、もう今日は仕事終わったんだろ?」
いつぞやの勘違い男が、まくし立てるように言いながら僕の腕を引っ張り歩き始める。痛いんだよこのクソ男!
そいつは、そのまま薄暗そうな部屋の中に入り、僕もそこへ引き摺り込まれる。
「なぁ、レーテル今日このまま俺んとこ来いよ。我慢出来ねぇなら、ここでもいいぜ?」
ニヤニヤしながら気色の悪い笑みを浮かべる男に、こいつ本気で馬鹿だったのか?と少し感心してしまう。どうしたらこんな脳内お花畑になれるんだ?そう思いながら、迫って来る男に怯えたフリをしつつ、ポケットにゆっくり手を入れた時。
「ここは、逢引きのための部屋ではありませんが」
静かな声が聞こえて、ハッとし取り出そうとしていた物から手を離した。
「さ、宰相様!?す、すみません、レーテルがどうしてもってしがみついてきたもんですから……」
「君が強引に引っ張っているのを見ましたが」
「そ、そんなことあるわけ……」
「見間違えたと?私に、そう言ってます?」
淡々と話す宰相様が近付いてきて、僕と勘違い男の間に立った。
「そもそも、ここを何処だとお思いで?」
「い、いや、俺は誘われて……!」
「ほぉ。なるほど、私に意見すると」
「……っ、い、いえ、申し訳ありません」
さすがに、誰を相手にしているのか理解はできたらしい勘違い男に、最低限の頭はあるらしいと心の中で拍手してやる。男はそそくさと出て行き、僕と宰相様の間に沈黙が落ちた。
「えーっと、宰相様、ありがとうござ……」
「いえ、お礼は不要です。」
僕のお礼の言葉を遮ってそう言った宰相様は振り向くと僕を見下ろして視線をずらす。そして、スルッと僕の腕に指を滑らせると、そのままポケットの中に入って中にあるものを掴み取られてしまった。
「痺れ玉ですか、それも強力な。ぶつけられたら一瞬で失神しますよこれ」
「ぶつけられるようなことをする方が悪いのですから、死なないだけマシでは?」
そう返すと、可笑しそうに笑われた。僕は、そんな宰相様に目を見開いた。この人、笑うんだな。いつもは微笑むという表現が合っているような笑い方しか見たことがなかったため、素直に驚く。
「君は本当に面白いですね。」
そう言うと、ああいう者を相手にする時は私の名前を出しなさい。と悪戯に笑って続けた。言われた意味が分からず、首を傾げたが、あぁ、とすぐに理解する。僕のやり方を知っているのだこの人は。その上で、もし今回のような絡んでくるような奴が出てきた時に、助け舟になってくれるらしい。ふむ、後ろ盾を得られるのならありがたいと、頷いた僕に、
「では帰りましょうか」
と部屋を出て行く宰相様。え?とポカンとしていると、早く来なさいと促してくる。いや、どうして一緒に帰る流れに……と怪訝に思っていると、一つの噂だけでも信憑性は増すのですよ、と。なるほど、そういうことか。僕は、そんな宰相様の後を追い、隣に並んで歩き出す。
「君はいつからそういうことを?」
「そういうって、僕のやり方のことですか?さぁ、物心付いた時からですよ。こうする方が楽だったんです」
「諍いもあったでしょう、それでは」
「まぁ少しは。……多少は改めた部分もありますよ。でも全部は変えられません」
「君の方法が間違っているとは言いませんよ。実際、仕事はスムーズに回っている。適材適所というものです。しかし、自衛の術は多く持つべきだ。」
「そう言ってもらえるなら、喜んで使わせてもらいますよ」
宰相様を下から覗き込みながら笑って言うと、宰相様はそんな僕に口角を上げて目を細めたのだった。
それから、面倒臭くなりそうなやつには少し宰相様のことを仄めかして、面倒事を回避し出した僕。あの日、宰相様と一緒に帰ったところを見ていた者がいたらしくて、噂はすぐに回った。そのことを聞かれても、冗談交じりに返してのらりくらりと躱しているし、宰相様のことだから深く聞けないという人が多いためすごく楽だ。それどころか、最近は宰相様と遭遇する率が高く、その度に話し掛けてきては周りに仲を仄めかすため、悪い人だなぁと笑ってしまう。
そうして、以前より仕事量も落ち着いて来た頃、騎士が紋章を失くしたとかで大騒ぎしていたのだ。紋章は騎士にとって何より大事なもので、それを失くしたら重い処罰が下る。だから、他人事とは思えず騎士たちが総出で王宮内を探しているのだが、ごつい男共があっちこっちにいて視界に入ってくるんだから鬱陶しい。
その紋章を失くした騎士は僕の可愛いユンにちょっかいを掛けていたやつということもあり、表面上は僕も探すよ!と言ったが、内心ではざまーみろと鼻で笑っていた。だが、ユンもその話を聞いたらしく、勤務時間が過ぎているのに探してあげていると聞いて舌打ちをした。騎士団第1部隊隊長のカイトが一緒にいるらしいから大丈夫だとは思うが、早く帰してあげないと、とそっちに赴いた僕。すると、ユンが騎士の紋章を見つけたところだったらしく、早く知らせて騎士たちを帰らせろ!とカイト隊長を引っ張って連れていった。カイト隊長は僕に興味ないことは分かっているから、猫は被らず素で話せる相手だ。だから、さっさと騎士たちを解散させることと、ユンに感謝はすれど純粋な親切心を勘違いすんなよと言っといてと念を押したのだ。カイト隊長と別れ、まだすることがあった僕が戻ろうとすると、
「レーテル、カイト隊長とは何を?」
目の前に宰相様がいて驚く。そして、まだ僕の後ろに去っていく姿があるだろうカイト隊長に目を向けながらそう言った。
「何って、大したことじゃないですよ。騎士の紋章が見つかったから……」
「彼には、心を許しているのですね」
「はい?」
僕は今、何を言われているんだ?と本気で分からなくなって素っ頓狂な声が出てしまった。危ない危ない、いくらちょっと親しくなったといっても宰相様なんだからと、一呼吸置く。
「あのですね、カイト隊長は僕に興味ないのが分かっているから、猫を被る必要もないんです」
「そうですか。レーテル、残っている仕事はすぐ終わりますね?迎えに行くので一緒に帰りましょう」
宰相様は、僕の背をスッと優しく押すとそう言って促してきた。僕は、今回ばかりは宰相様が何を考えているのか分からなくて、とりあえず頷いたのだった。
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