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番外編
薬草採取 ルーベルトside
しおりを挟む―――ルーベルトside
「何を言っている。ノルンは今日は仕事だ。朝、薬屋に送ってから俺は来た。店にいない訳ないだろう。」
「いや、だっていなかったぞ?俺、虫刺されの薬買いに行こうと思ったら休業の札掛かってたし、ノックしても誰も出なかったし……。」
書類を持って来た同僚が、今日は薬屋休みだったんだな、などとふざけたことを言ってきたため、反論するも驚いたようにそう続けられ、眉間に皺が寄る。
「いい、俺が行ってくる。ここの書類を宰相が取りに来たら渡しておけ。」
「いや、それこっちが持って行かなきゃいけないやつじゃ……。」
何か言っていた気がするがどうでもいい。ノルンが店にいないはずがないだろう。俺は少しの胸騒ぎを感じながら、ノルンの営む薬屋へと急いだ。すると、薬屋には休業中の札が。扉をノックし、合鍵で入ってみるもノルンの姿はどこにもない。そればかりか、飲みかけの茶や、エプロンも畳まれずそのまま置かれているのを見て俺は青褪めた。
……まさか、誰かに誘拐されたのか!?
しかし、ノルンに持たせている防御装置が起動していないことから、最悪の事態にはなっていないはず。俺はすぐに店を出ると、街に張っている結界装置のもとへと急ぐ。異常がないことを確認した後、街中に張り巡らしている記憶装置を全て展開させ、ノルンの姿を見つけた。どうやら、店からは自分で出たらしい。なら買い物か?
街中へ足を進めるも、ノルンの姿は一向に見つからない。ノルンが好きな菓子が売っている店も、好きなパン屋も、青果店にもどこにもいない。俺は焦り、最後に記憶装置に映っていた門付近へと急ぐ。街中では、何やら騒がしく、騎士団や警備隊、近衛兵もあちらこちらで見かけバタバタと走っている様子が視界に入り、ただでさえ図体がでかいやつらばかりのため邪魔で苛々する。
「る、ルーベルト様、お待ちください!どこに行かれるのですか!」
「うるさい。誰だお前は消し飛ばされたいのか。」
街の外と中を繋ぐ門は内門と外門で2つあり、内門を通り抜けようとすると門番に止められる。鬱陶しい。俺がどこへ行こうと止められる謂れはない。
「あなた様に何かあれば……!」
「記憶装置や結界装置に何者かが接触したと知らせが入りまして、今早急に調べていますので……!」
慌てて止めて来たやつらに、俺は苛立ち、強行突破しようとした時。向こうからノルンが門を通ってくるのが見えた。
俺はすぐさま駆け寄り、その愛しい存在を抱き締めた。聞けば、街の外へと薬草採取に行っていたという。確かに、薬草採取に行くと言ってはいたが、薬屋の横で栽培もしていたため、そこに行くのだと思っていた。ノルンの言葉を理解できていなかった俺が悪い。それなのに、責めるようにノルンに強く言葉をぶつけてしまい、泣かせてしまった。
慌てて強く抱き締め、許しを乞う。応えるように、俺の服をギュッと握るノルンにホッとする。が、一人で街の外に行くのは危険すぎる。今は魔物が活発になる時期ではないが、それでもいないわけではないのだ。だから、そう伝えるも、一人ではなくグランと一緒に行ったと返ってきて一瞬思考が止まる。
…いい度胸だな。
前々から気に入らなかった騎士団長のグラン。こいつはノルンに触れたことがあるばかりか、抱き締めるなどといった許しがたい行為もしたことがある要注意人物だ。そんなやつと二人きりで……?
そんな都合良く騎士団長ともあろう者が門前にいるはずない。ノルンの動向を探って偶然を装い共に行ったに違いない。ノルンは疑うということを知らない。色んなやつから見られ、狙われているのに全く分かっていないのだ。そういう所も可愛いが、危機感は持って欲しいものだ。
「以前、お前のところの何も分かっていなさそうな頭空っぽのやつがうちの者に言いがかりをつけてきた。礼儀もない無能が騎士とは笑わせる。」
「血気盛んなやつがいることは事実だが、それを叩きのめした上に精神的にも追い詰めただろ…。今あいつ使い物にならなくて休養させてんだぞこっちは。」
「貴族の息子?だから何だ、その貴族を潰せば問題ないだろう。あんなやつが近くにいるだけでも虫唾が走る。」
「……そのお貴族様は何故だかいきなり立ち入り調査されて、不正が見つかって取り潰されたっつーの。」
「あぁ、叫ぶしか能のないやつがいきなり怒鳴り込んできたが、防犯センサーに引っかかって危うく首を落とすところだったぞ。気持ちの悪い死体で俺の職場を汚す気か。」
「あいつのことも悪かったとは思ってるが、首の皮一枚で死ぬ所だったんだぞ、さすがにやりすぎだろあれは!」
騎士団に対する不満も出てきて、グランと言い合っていると、腕の中でノルンが腕を突っ撥ねて帰ると言い出した。気付かなくて悪かった、あぁ、そうだな帰ろう。そう返すも、グランと話していればいいと言われ顔を背けられる。
俺は絶望し、顔を合わせようとするもふいっとまた背けられ、血の気が引く。慌てて自分の非を許してもらえるように謝り、それと共にどれだけノルンが可愛いか、それによりどれだけ心配なのかを伝える。すると、分かってくれたのか、帰ろうと可愛く誘ってくれる。あぁ、可愛い。自然と上目遣いになってこちらを見るノルン、可愛いな。そうだ、こんなやつの相手をしている場合ではない。
俺は疲れているだろうとノルンを抱き上げようとするも、嫌がられてしまいショックを隠せない。すると、恥ずかしそうに手を引かれ、そのいじらしさに胸が締め付けられながら、気分が上がる。
歩き始めると、ノルンが薬屋に寄りたいと言ってきた。俺は了承し、そこで考える。街の外にノルンが出たのは、そこでしか採取できない薬草があるからだ。それがある限り、ノルンはまた街の外に行かなくてはいけなくなる。
なら、街の外に行かなくても栽培できるようにすればいい。そうすると、栽培ができる場所や、栽培のための必要な条件を纏めなければならない。後は、ノルンが使う薬草の種類や、それに合わせた栽培方法も調べなければいけないな。
薬屋に着いた時、ノルンが街の外で採ってきた薬草を教えてもらう。他にも、ここで採取できない薬草を聞くと、図鑑を持ってきた。嬉しそうに、薬草の解説をしてくれるノルンが可愛い。そして、俺は店の周りを確認し、位置や面積などを計算して凡その完成図を頭で考え記憶する。
必要な物や検証するべき事、準備する物などを思い浮かべながら、整理していく。大体考え終えると、茶を飲んでいるノルンに声を掛けて家へと帰った。
「ノルン、いいか。分からないかも知れないが、ノルンは誰が見たって可愛いんだ。前も街で声を掛けられていただろう?攫われでもしたらどうするんだ。それに、グランには近付くんじゃない。あいつは絶対ノルンのことを狙っている。わざわざ街の外に付いて行くなど…。いいか、ノルン。一人で何処かに行かないように。何処かに行く時は俺が一緒に行く。可愛いことを自覚してくれ。だいたい、前も知らない男に……。」
俺は、帰ってからノルンに何度も一人で行くことの危険性を説明したが、ノルンは頷きはするもきょとんとするばかりで、本当に分かってくれているのか不安になる。ノルンがもし一人で何処か行く時、俺に知らせが入るようにするか、身を守れる物を制作して、万全に備えた方が良さそうだ。俺は一人心に決めたのだった。
―――
「おい、魔石があっただろ。10個程こちらに回せ。あと、魔草も3種類ほど欲しい。太陽光を集める魔虫もいたな、あれも取って来い。」
「何だ何だ、次は一体何を作り始める気だ?大丈夫なんだろうな?」
下の者に必要な物を伝えていると、同僚が慌ただしくやってきて聞いてくる。時間が惜しいというのに、相変わらずうるさいやつだ。
「ノルンがまた街の外に一人で行くことになったら危ないだろう。そうならないためだ。」
「あー、薬草採取に行ってたやつね。あ、お前あの時、記憶装置と結界装置に触っただろ。誰かが接触したってえらい騒ぎだったんだぞ!他国の間者とかクーデターとか、色々な可能性が出されて緊急会議になったって話だ。俺は冷や汗が止まらなかったんだぞ……。」
何を言っているんだこいつは。緊急事態だったのだから仕方ないだろう。知らないやつらが会議で何を話し合おうが俺の知ったことではない。
「そんなことはどうでもいい。それより、これの実験を手伝え。財務大臣からの仕事依頼?そんなもの後回しでいい。」
ノルンの安全のためだ。これが最優先事項だ。
「いやいや駄目だって!何か書類の鍵を紛失したとかで、すぐに解除するために来てくれって言われてんだって!」
「だからなんだ。管理能力の甘さを叩きなおしてくればいいのか。」
「……いや、うん。それは止めてくれ。分かった、でも時間がかかるってことだけでも……。」
「これは最優先事項だ。そんなやつ、ずっと待たせておけ。あぁ、光や熱を集める特性を持つ硝子があったな。あれも手に入れておいてくれ。」
まずは薬草が育つ条件の確認か。街の外でしか育たないのであればその状況を創り出す必要がある。ならばそのための装置を開発することが先か。
野生でしか育たない薬草でも、育つのであれば条件がある。ならその条件を満たせばいい。
しばらくは、研究をしつつもノルンの薬屋での栽培する位置での太陽光の入り方や実際に必要な薬草を貰ったりと、色々と検討することが多かったが、ようやく研究だけに専念できるようになった。
薬草栽培を行う上で、やはり魔素が絶対条件であり、魔素を含みつつも常に放出させるとなると調整が緻密になる。また、他にも湿度や温度、光、水、様々なものが薬草を育てるために必要であり、それと組み合わせる上ではさらに細かな調整がいる。何度も研究を繰り返しながら、ようやく形になったそれらが可動するのか確かめるために、簡易的な環境を作ってみる。調整は必要だが、実際に薬草を植えることは可能だった。後はしばらく経過を見るだけだ。
「……あの積み上げられている本、ルーベルト様全部読んだのか?」
「あの本どころか、王室の閲覧禁止の図書も読んだらしいぜ。後は論文も取り寄せてた。薬草学者や薬学の権威にも話を聞いたり、実際に街の外に行って現地調査もしてたらしい。」
「あの装置、魔素が放出できる仕組みになってるんだよな?どんな魔術式を開発したんだあの人……。」
「これさぁ、もしかしなくても完成したらすごい発明だよな……?」
「おい、暇ならこの数値を記録しておけ。その装置の稼働時間も測っておくように。」
「「「っはい!」」」
「何ともまぁ、すごいものが出来上がっちゃったな…。ルーベルト、硝子は確保できたぞ。いつでも設置可能だとさ。」
最後の仕上げに取り掛かっていく中、薬草は無事に育つことを確認。後は、ノルンの薬屋に設置して調整するだけだ。思っていたよりも時間がかかってしまったが、ようやく完成した。
丁度明日が休日のため、設置することに決めて職場を出た。ノルンを迎えに行ったが、どうも顔を見ると触れたくて仕方なくなってしまい、家に帰ると性急に事を運んでしまった。しばらく研究ばかりしていたため、ノルンと触れ合う時間が減っていたこともあり、我慢が効かず。一段落したことでタガが外れたのだろう。だが、相変わらずノルンはどこに触れても敏感で、可愛い反応を返してくるため歯止めが効かないのは仕方ない。
夜が明けた早朝に目が覚めた。横で眠るノルンの顔を見ていると、触れたくなり、またその体を開きたくなるため、名残惜しい気持ちがありつつもそっと額に唇を落としてからベッドから出る。無茶をさせてしまった自覚があったため、ノルンはまだ起きて来ないだろうと朝食を作る。そして、ノルンが起きる前に装置を設置しに行こうと家を出た。
「あぁ、ここでいい。これが鍵か。」
「はい。鍵は2つありますので、こちらもお渡ししますね。では、ありがとうございました。」
朝に設置しておくように手配していたが、仕事の出来る者だったようで早朝であるにも関わらず薬屋に着いた時にはもうほとんど設置が完了していた。鍵を受け取り、中に入る。装置をそれぞれ取り付けていき、中の環境の調整を行う。ノルンが必要な薬草はだいたい同じような場所に生息していたため、それに合わせて一定に均一にすればいいだろう。だが、実験で行った時は簡易的な小さいケースを使用したため、広い場所で均一にそれぞれの物質を満たすとなると調整に時間がかかってしまった。ようやく中の環境が整い、外に出て汚れ等を防ぐシールドを展開させる器具を取り付ける。これで完成だと、振り向くと同時にノルンの声が聞こえ驚く。
もう昼を過ぎたのか。迂闊だった、そんなに時間が掛かってしまっていたとは。
一人で来させてしまうなんて、あぁ、やはり防犯機器を何も持っていない。頼むから危機感を持ってくれ。一人にさせたのは俺だが、昨日無理をさせてしまったから少し気怠げで色気が出てしまっており、こんなノルンを外にいさせられない。さっさと帰ろうと急いで足を進めようとするも、ノルンは今さっき完成した物が気になるらしく。簡単に説明すると、ノルンは何故か目を閉じて腹に両手を当て、深呼吸をし出した。可愛いがそんな可愛いことを外でしないでくれ。誰が見てるか分からないんだぞ。だが、段々ノルンの様子がおかしくなってきたため、これは駄目だと急いで帰った。
ノルンは始終、ボーっとしている様子だったが、俺が触れても身を任せるままで、抱き寄せるとくたっと凭れてきてとても愛らしい。何だこの生き物は。しかし、やはり具合が悪いのだろうか。顔色は悪くないし、脈拍や呼吸も安定している。状態は悪くないと思うのだが、昨日無理をさせすぎたか。
少し申し訳ない気持ちがありつつも、身を委ねてくれるノルンが可愛い。夕食を作るも、ゆっくりとした動作で食べるノルン。覚束ないため、横抱きに膝に乗せ、口にスプーンを運ぶとはむはむと小さい口を動かして食べる様子が可愛い。いつもしたいのだが、以前、しようとすると顔を赤くして拒否されてしまったため、中々出来なかったのだ。何だ、これは。世で言うご褒美タイムなのか?
それからもノルンはされるがままで、抵抗されるかと思ったが風呂にも一緒に入ることができた。温かい湯で、身体や顔を赤くしているノルンに喉が鳴ったが、さすがに手を出す訳にはいかず。忍耐力が試されるはめになったが。風呂から出て寝衣を着せ、抱えてベッドへと運ぶ。その日はノルンを抱き締めたままぐっすりと眠ることができた。
―――それから、薬草の栽培が順調だったが、栽培する種類を増やした時にノルンが装置の使用方法に手間取り、泣いていたことがあった。ノルンのために開発した物がノルンを泣かせるとは本末転倒だ。急いで装置を改良し、オートで合わせるように設定し直した。
ノルンが街の外に出ることもなくなり、また依頼を出すこともなくなったため、他の男と関わる機会も少なくなって良い事尽くめだ。
「おい、ルーベルト。お前、今日勲章授与の日じゃなかったか……?何でここにいるんだ……?」
俺が職場に居ることの何がおかしいのか分からないが、同僚がまた馬鹿なことを言ってきた。
「俺はまだやることがある。何故わざわざ出向かなければならないんだ。あぁ、まだ魔石があったな。5つほどこちらに回してくれ。」
「いやいやいや、王からの呼び出しだから!頼むから行ってくれ!お前、どんだけすごいことしたか分かってる!?」
相変わらずうるさいやつだ。俺はノルンのためにしただけで、王なんぞのために開発した訳ではない。それに、もうすでにノルンの役に立っており、後は必要時に調整やメンテナンスを行っていくだけで、他のことなどどうでもいい。俺が見ていく必要があるのは、ノルンの薬草が問題なく育っているかどうかだけだ。同じ装置を生産し、他の者が使用しようとも、それらに対して俺が関与する謂れはない。
「ノルンは危機感がなさすぎる。いつも持ち歩くのを忘れるから、身に付けやすい物が必要だ。常に身に付けて欲しいから、軽く丈夫で防犯の機能も最高峰の物を作る。あと、魔術式を描くためのインクがなくなったから買って来い。」
「ちょっと待て、俺たちが怒られんだって!もうこの国どころか、外の国でもお前の偉業が知れ渡ってて、お偉いさんが集まってんだぞ!?ルーベルト、おい、部屋に行こうとするなって!」
そうだ、服に付ける物でもいいかもしれない。外套に付けておけば忘れないだろう。後、靴に付けるのでもいいな。あぁ、そうなら見た目もノルンに合わせて愛らしいのを。
同僚の声は届かず、次に考えるべきはノルンの危機感のなさをカバーしてくれる物を作ることであり、必要な材料を考えながら自分の部屋へと入るのだった。
「あー……、もう、王に何て言えばいんだよ……。」
同僚は頭を抱えながらも、ルーベルトにお咎めはないだろうと考える。王もルーベルトのことは良く理解しており、先に他の国の使者たちにも説明済みだ。だから、無理に連れて来なくてもいいとは言われていたのだ。王からすれば、無理強いして機嫌を損ね、国を出るなどと言われることの方が損害が大きすぎるからだ。それほど、ルーベルトの行ってきた偉業は壮大で、王に対する不敬など取るに足らないのだ。
分かってはいるが、小心者の同僚はまたしてもルーベルトの行動に胃を痛めることになるのだった。
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