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番外編 コリンside

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―――コリンside

ロイ隊長と初めて会ったのは、まだ僕が小さい頃。従弟関係にあるデリックとトレイルの家に父に連れて行かれた時だった。

ロイの血筋は特殊で、特別な力を持っていると聞いたことがある。公爵家が懇意にしており、ロイが小さい時から何かと援助したり子ども同士で遊ばせたりとしていたらしい。

ロイは、ぶっきらぼうな話し方だけど、一番小さかった僕に合わせて歩いてくれたり、揶揄われたりもしたけど優しくてすぐに大好きになった。僕は甘やかされて育ったため、何を言っても肯定されたし、どんな我が儘だって親が叶えてくれた。だから、僕を特別扱いしないロイに新鮮さを感じたからかもしれない。

ロイはそれからすぐに騎士学校に入ってしまい、ほとんど会えなくなった。トレイルたちも騎士学校に入ったと聞いた時は驚いた。公爵家は、デリックとトレイルのどちらかをロイの番にと考えているようだった。デリックは言うことを聞いて流しつつ、受け入れた振りをしていたが。トレイルはそんな公爵家の考えに嫌悪感を抱き、デリックのはっきり否定しない姿勢にも反発していた。僕はそんなことも露知らず、ロイを追って騎士学校に入ったのだ。

しかし、学年が違うため容易に会うこともできず。遠くでロイを眺めるだけで、騎士学校は全然楽しくなかった。汗臭いし、疲れるし、訓練はしんどいし。周りを上手く使ったり、手を抜けるところは抜いたりして、時は過ぎて行った。騎士団からは推薦が来たため受けたのだ。僕はロイと同じ第2が良かったのだが、第2は実力主義ばかりのため断念。もともと推薦は第1から来ていたため、第2にへは行けなかったのだが。

第1騎士団は貴族の子息も多く、王族や王宮内の警護が主な仕事だった。僕に推薦が来たのは、公爵家の血筋であるからだと今になれば分かるが、その時は僕が優秀だから選ばれたのだと信じて疑わなかった。

騎士団に入ってからも、僕は仕事に対し真面目だとは言えなかった。表面上は上手くやっていたが、隊長であるデリックにはばれており、度々注意を受けていたのだ。そんな中でも、ロイのことはずっと好きだった。第2へ届ける書類があれば率先して行ったし、合同訓練は必ず参加しロイの姿を目に焼き付けた。大人になったロイはますます格好良くて、鍛えられた身体も、精悍な顔立ちも、圧倒的な強さも、好きな気持ちが大きくなるのは仕方がなかった。

……だが、そんな中でロイに番が出来たとの噂が耳に入ったのだ。それも、第2で働いており、戦闘要員ではなくただの雑用係の兎獣人。弱くて誰かに頼ってしか生きられない脆弱な種族。そんなやつ、騎士団にとってもお荷物でしかないと憤慨した。

だから、そいつが第1に来ていると聞いて、居ても経ってもいられず騎士団長部屋に突撃したのだ。のんきに座って菓子を食べているそいつを見て、こんな弱そうなやつがロイの番?と苛立って、思うまま責めてやるも、ポカンとしており分かっていない様子で余計に腹が立った。デリックに言われたため退出したが、戻る前に最後の忠告をしてやろうと待ち構えていたのだ。

しかし、言っても聞こうとしないどころか、ロイが決めることだと言って来る始末。頭にカッと血が上った僕は、感情のままにウルルを押してしまった。少しよろめく程度だと思っていたのに、ウルルの身体は簡単に傾いてそのまま頭を壁に打ち付け、呻いた声とともに動かなくなってしまったのだ。

僕はサーッと血の気が引いて、動かないウルルに怖くなってその場から―――逃げた。

でも、逃げたって心臓はずっとドクドクと脈打って落ち着かないし、話し掛けられたら過剰に反応してしまったり、顔色が悪いと何度も言われてしまったりと全く通常通りに出来なくて。そんな状態でいると、デリックに呼び出されてしまった。そこからは、ずっと生きた心地がしなかった。あんなに好きで憧れていたはずのロイの前に立った時、恐ろしくて恐ろしくて今すぐにでも喉元を喰いちぎられるのではないかと冷や汗も止まらず。意識がなくなって、目が覚めた時でさえ、震えが止まらなかった。その時点で、もう淡い恋心なんてとっくに砕け散ってしまっていた。

僕の手に負えるような人なんかじゃなかった。それを突き付けられた後、襲ってきたのは激しい後悔。自分は一体、何て事をしてしまったのだろう……。今更ながらに怖くなって、涙が止まらなかった。

謹慎となり、実家にも話がいったのだろう、手紙の内容は除籍のことだった。父が書いた文字からは失望している様子が見て取れて、改めて自分のしたことの重さを実感した。騎士を辞めても、家に戻ることは出来ない。何もかも失ってしまったのだ。その場で、力無く座り込んで、何も考えられないまま時間が過ぎた。

そして、騎士団を去る時。事態は一変したのだ。


―――


「コリン、ご飯?僕取ってきてあげる!」

食堂に入ると僕を見掛けて嬉しそうに寄ってきてそう言うと、走って行こうとするウルル。僕は慌ててウルルの腕を掴んで止める。

「ちょっ、いいから、自分で取ってくるから!ウルルは座ってて。ちょ、走らずに歩いて!」

僕がそう言う理由は、以前、ウルルが走って何もないところで滑って転んだのだ。ウルルはきょとんとして、擦りむいた膝を見ると、「擦りむいちゃった……。うぅ、痛い、ぐすっ、薬塗らなきゃ……。」とふらふらと歩き出そうとした。僕はウルルが怪我をしたことに仰天して、そんなウルルを担ぎ上げて医務室にダッシュしたのだ。医務室にいた先生が僕たちをみて驚いていたが、ただ擦りむいただけの膝を見て呆れて溜め息をつかれてしまった。僕も冷静になって恥ずかしくなったが、ウルルは担いだ僕をすごいすごいと褒め称えた挙句、他の騎士たちにも自慢したらしく、しばらく生温かい目で見られることになったのだ。

そんな経緯もあり、走ろうとするウルルにヒヤッとしてしまう。とりあえず、さっさと食事を取ってくると、ウルルがそわそわと待っている机に近付く。

「あっ、こっち空いてるよ!空けてたんだよ、疲れたでしょ。はい、お茶入れてきたよ!」

ウルルは隣の椅子をぺちぺち叩くと座るように促してくる。お茶はコップにたっぷり入れられていて笑ってしまう。

―――ウルルは、ひどいことをした僕を怒るどころか許してくれて、終いには第2騎士団へ異動することを提案してくれた。親からは精進せよとの手紙が届き、貴族籍も失うことにならずに済んだのだ。

第2騎士団に異動してきた時も、騎士たちとは壁があったのだが、ウルルののんきな勘違いの発言で霧散し、空気が緩み何とかやっていくことが出来ている。サボっていたツケが回ってきて、訓練についていくのがとんでもなくしんどくて辛かったが、ウルルが僕を見掛ける度に声を掛けては励ましてくれたため頑張ろうと思えた。

「こっちがジャムで、こっちがクリームで、こっちは……。あれ、何だっけ。忘れちゃった……。」

デザートを分けてくれようとするウルルが、焼き菓子の中身を忘れてしまったらしく、しくしくと泣き出した。そして、泣きながら選んでいいよ、と差し出してくるため苦笑してしまう。

「いいよ、ウルルが全部食べなよ。」

「うぅ、でも先輩は後輩に分け与えるものだもん……。」

「まーた言ってんのか。コリン、お前このままだとずっと後輩のままだぞ?」

「そうだぞ、訂正しないとずっと後輩扱いされるぞ。」

ウルルとのやり取りを聞いていた周りの騎士たちが口々に笑いながらそう言ってきた。ウルルは、ウルルより後に第2騎士団に入ってきた僕のことを後輩だと思っているらしく、先輩のように振る舞うのだ。それに関しては嫌ではないし、後輩だからとあれこれ構いに来るウルルが可愛いため別にこのままでもいいかなと思っている。

第1に居た時より、筋肉もついて身体も成長した僕は、改めてウルルの華奢な身体や小ささを実感し、どうしてあんなことが出来たのだろうと信じられない気持ちになる。

僕には、高尚な意思や騎士としての誇りなんてない。でも、兎耳を垂らしてデザートを分け与えてくれる、優しくて可愛い兎が、ずっと笑っていてくれるように守っていけたらいいなと、今はただそう思うのだ。


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