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番外編 のんきな兎は酔っ払う
しおりを挟む「ふわわわ、僕浮いてる~。」
ふらふらとした足取りでよたよた歩くウルルに溜め息が出た。ウルルがこうなったのは数時間前に遡る。
―――――
「ロイ、カウンターって知ってる?」
「あ?カウンター?」
突然、仕事終わりに団長部屋まで来たウルルが聞いてきて、顔を顰める。
「えっとね、ご飯食べる時に机じゃなくてカウンターに座るんだって。」
「あぁ、そのカウンターか。知ってるが、誰の話だ?」
飯屋のカウンターのことかと理解し、誰から聞いたのか問う。今までも二人で外で飯を食ったことはあるが、カウンターで食ったことはない。そんなウルルの口からカウンターという言葉が出て来たのは、恐らく誰かから聞いたからだろうなと察する。
「ロドニーが言ってたの。いつもカウンターで食べるんだって。大人なんだって!」
あー、何を考えているのか、その言葉で良く分かった。つまり、大人びたことをしてみたいんだな。苦笑しつつ、興奮気味に話し始めるウルルにどこに行きたいのか聞く。
「あのね、帰る時にお花屋さんがあるでしょ、そこを曲がって、まっすぐ行ったらお店があるんだって!」
ウルルが言うその店は、よくうちの騎士たちが行く店だ。安くて美味い上に、酒の種類も多くて行くやつが多い。俺も良く行っていたなと思い出し、懐かしくなる。ウルルはロドニーたちと話している時に聞いたことを言っているのだろう。トレーニング後は腹が減るから、皿を並べてたらふく食えるようにテーブル席に座ることが多い。それをすることも少なくなり、カウンターで程好く食べられるようになったから、あの時と比べたら大人になったなという話だったんだろう。ロドニーたちが話している様子が目に浮かぶ。
「じゃあ行くか。仕事終わったんだろ?」
「うん、終わったよ。ロイは終わったの?僕待ってるよ。」
首を傾げてそう言うウルルに、俺の仕事は終わっていると伝える。そもそも、お前が迎えに来るのが可愛いから待ってるだけだ。
腰を上げて、不思議そうなウルルを連れて出ると、行きたいらしい店へと向かう。その途中、騎士たちに声を掛けられる度にウルルが返す。
「カウンターで食べるんだよ、大人なの。」
生温かい目を向けられているが、気付かないウルルはご機嫌に言いながら歩いている。俺は苦笑しつつも、嬉しそうだから好きにさせていた。
そして辿り着いた店。
「いらっしゃい!おっ、久しぶりじゃねーか!」
俺を見てそう言った店の親父が、ウルルを見てテーブル席に手を向けようとした時、
「今日はカウンターでもいいか?」
と聞く。丁度、カウンター席が空いていたこともありそう言うと、親父は特に気にせずいいぞと笑う。
「よろしくな兎ちゃん。」
「ウルルだよ。よろしくね。」
カウンターに向かう俺に付いて来て、俺の座る椅子に自分の椅子をくっつけると満足そうに座ったウルルに、親父は笑って茶化してくる。
「何だよ可愛いな、ロイ隊長の好みはこういう子だったか~。」
「可愛いだろ。俺の番だ、よろしく頼む。」
そう返すと、サービスだと言って野菜煮込みを出して俺達の前に置いた。それを受け取ると、ウルルも同じように受け取って食べる。
「美味しい!とろってして、とろけた!溶けた!」
びっくりしながら美味しい美味しいと食べるウルルに、親父は笑ってまたよそってくれた。
「嬉しいねぇ、ここに来る騎士どもは食うだけ食って可愛いこと一つも言いやがらねぇからなぁ。」
「あいつらに可愛いこと言って欲しいのか?サービスしてくれるってんなら、喜んで言うだろ。」
俺がそれに返すと、親父は肩を竦める。
「ごつい身体したむさ苦しい男どもに言われてもな。」
「コリンは可愛いよ!僕の後輩でね、美人さんなんだよ。」
ウルルがそう言って、コリンの可愛さについて話し始めた。だが、コリンはうちに配属になってから、訓練やトレーニングをこなす内に筋肉も付いたし以前のような華奢な身体ではなくなっている。そのため、可愛いという言葉が似合うかどうかは人によると思うが。ウルルの中では配属したばかりのコリンのままらしい。
親父は楽しそうにウルルの話を聞いている。俺はそれを眺めながらグラスを傾けた。カウンター席も埋まり、料理の乗った皿があちらこちらに置かれる。そうして賑やかになって来た頃だった。
「うっ……。」
そう言ってウルルがフラッと身体を倒してきたのは。丁度、親父と話した後ウルルの方に顔を向けた時だった。
「おい、どうした。」
顔を覗き込むと、頬が染まって息苦しそうに目を閉じている。そのウルルの手にはグラスがあった。色んな匂いが混ざり合う場のため分からなかったが、明らかに度数の高い酒のため、何故これをウルルが持っている?と自分の顔が険しくなる。だが、すぐに、
「親父、俺の酒まだ?早くしてくれ、せっかくの肉が冷めちまう!」
とウルルの反対隣のやつが声を上げたことで全てを理解した。
「あぁ?さっきそこ置いただろーが!こっちも忙しいんだよ!」
親父が怒鳴るように返し、その客がキョロキョロと視線を彷徨わせた後、ウルルの握っているコップを捉えて止まる。
「……ん?え?それ、俺の酒?え、俺の酒だよな?飲んじゃったの?何で?」
俺を見てウルルを見て、その客は戸惑いながら慌てたようにそう繰り返した。俺はため息を吐いて、ウルルからグラスを取り上げる。
「悪いな、俺の番が間違えたらしい。親父、水くれ。」
「え、あ、いや、大丈夫か兎ちゃん。結構度数強いやつなんだよそれ。」
だろうな。見れば腕に鱗があるそいつは恐らく蛇の獣人だろう。蛇族は酒豪が多く、強い酒じゃねぇと飲んだ気がしないと良く聞く。料理皿でいっぱいのカウンター席でグラスがこちらに寄っていたためにウルルが飲んでしまったのだろう。
だいたい、グラスを近付ければ強い酒の匂いがするため分かるはずなのに、何故飲んだのか。酒は頼んでねぇだろーが、どうして飲むんだ。分からねぇなら飲むなこの馬鹿うさぎ。
そう思いながら、くったり凭れかかってくるウルルを支えて水が入ったグラスを傾け飲ませる。素直に飲んだウルルの頭を撫でながらしばらく水を飲ませると目を覚ましたらしく、とろんとした表情で俺の腕にキュッと抱き着いてきた。そしてグリグリと頭を押し付けてくるため、逆の手で撫でてやると、その手に擦り寄るようにしてくるためバランスを崩して倒れそうになったウルル。それを受け止めると、キョトンとした後、くふくふと楽しそうに笑った。
「ふふっ、ふふふ、ふわふわだ~。ふわふわしてる~。」
ご機嫌にそう言い始めて、ふらふらしながら立ち上がるウルル。そして、何故か腕を引かれて俺にも立つように引っ張ってきた。俺は親父に声を掛けると、ウルルに付き合って引かれるまま外へと出た。外はすでに暗くなっており、店や家、月の明かりで道が照らされている。
「ふわわわ、僕浮いてる~。」
よたよた歩くウルルに溜め息をつきながらも、すぐに受け止められるように傍に付き添う。浮いてる、浮いてると楽しそうに歩くウルルはキャッキャ嬉しそうに歩く。完全に酔っ払っているなと思いながらも、楽しそうなためそのまま様子を見ていたが、
「ふわわ……わ、わ、ロイ、飛んでる、僕飛んでる、飛んでいっちゃう、怖い~!」
と急に泣き始めて、しゃがみ込んだかと思うと近くの看板にくっ付き始めた。兎耳を垂らして、怖い怖いと泣くウルルは俺に向かって必死に手を伸ばしてきたため、腕を掴んで引っ張り立ち上がらせて抱き上げた。俺に必死にしがみ付いてスンスンと鼻を啜って泣くウルル。どうあってもこいつを可愛いと思ってしまう俺も、結局馬鹿なんだろうな。
「ロイ、僕飛んで行っちゃったらどうしよう……。飛んで行ったら、もう帰って来られない……?うぅ、お外怖い、おうち帰る……。」
酔っ払いの思考回路は全く理解できねぇが、とりあえず外にいると飛んで行ってしまうらしい。家に帰りたいと泣くウルルに苦笑し、仕方ねぇなと抱き上げたまま家へと連れて帰る。家に入っても、全く離れる素振りを見せないウルル。いつものことだが、必死に俺にしがみ付いてくるウルルが可愛いため、そのまま家の中を移動する。
赤くなった頬に、潤んだ瞳。とろんとした顔で見てくるこいつは、俺のことが好きだと隠しもしないで愛して甘やかしてと全身を預けてくるのだ。そんなウルルに振り回されながら、結局、仕方ないと思いながらも望むように大切に包んでやるのだった。
―――後日。
「ロイ、これ何?お酒?僕も飲む!」
ウルルは酒を飲んだ後の記憶はないながらも、酒を飲んだということは覚えているらしく。酒を飲めたことに感動して、何故か飲める質だと認識している。そんなウルルのため、
「あぁ、でもお前、外では飲むなよ。家で俺といる時だけにしろ。」
と一応釘を刺す。記憶がねぇのに、何故飲んだだけで酒に強いと思うんだ。と思いながらそう言うと、
「分かった!」
元気良く返ってくるウルルからの返事。
「……本当に分かってんのかこの馬鹿うさぎ。」
絶対分かってねぇやつの返事なんだよな、これ。一人で外の店に入って食べることはあまりないウルルだから、大丈夫だとは思うが。家で俺といる時に飲むものだと認識させる必要があるなと思いながら、酔っ払っていつも以上に可愛いくっつき兎になるウルルをまた見たいこともあり、買ってきた酒だ。また今度の楽しみだなと口角を上げると、不思議そうに見てくるウルルに腕を広げ、飛び込んできた兎を甘やかすのだった。
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