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のんきな兎は家を出る
しおりを挟む「ロイは、我が家系の中でも特に抜きん出た才覚を表した。だが、強いだけでは集団の中ではやっていくことはできない。我々は理性がある生き物だからね。
ゆっくり諭すように説明するレイルさん。
「その心配はロイが騎士学校に入った時に払拭してくれた。魔物が大量発生した時期があってね。学生も駆り出されたのだけれど、ロイは皆を纏め上げて統率の取れた指揮で見事に魔物を殲滅した。誰もがロイを認め、騎士団のトップに上り詰めることを疑わなかったよ。」
僕は、今すぐ帰りたくて、ロイの匂いに包まれたくて仕方なくなりながらも、座ったまま動けなくてレイルさんの話を聞く。
「史上最速で騎士団の隊長を任された。ロイは嫌がっていたけれど、皆が求め上に立つことを望んだんだ。」
組んでいる手を解いたのが視界の隅に入った。
「……大きな声では言えないのだけれどね。王家との婚姻の話が出ているんだ。最強の矛となるロイを国から出したくないのだろうね。」
僕は、思わず顔を上げた。婚姻……?王女様と?
この国には三人の王女がいる。話によると、一番上の王女様はすでに婚約者がいるらしく、二番目の王女の婚約者にと話が上がっているのだとか。それを聞いて、僕は顔が青くなった。
「で、でも、ロイは、僕のこと……。」
震えた声で言葉を繋げると、
「そうだね、ロイから君を手放すことはないだろう。でも君からなら、ロイも潔く身を引くと思うよ。相手のことを考えられる子だからね。」
そう返されて、口を噤んだ。そして、それから口を開けないでいる僕を見て困ったように笑ったレイルさんに促されて店を出た。レイルさんは、ふらふらの僕を家まで送ってくれて、
「ウルル君、よく考えて欲しい。君のためにも。」
真剣な目でそう言われた。そして、戸締りはしっかりするようにねと最後に言って帰って行った。
僕は、何も考えられなくなってロイのベッドに潜り込む。ロイの匂いが薄くなっていて、どれだけギュッと丸まってもロイを感じることができない。悲しくて寂しくて、視界が歪んでくる。
「うぅっ……ロイ……。」
今すぐギュッと抱き締めて欲しくて、ロイに包まれて安心したくてたまらない。ぐすぐす泣きながら、起き上がると、クローゼットからロイの服を取り出してベッドに運ぶ。どれだけ集めてそこに全身を埋めようとも、心細さは変わらず、レイルさんに言われたことがグルグルと頭の中で回るのだった。
……いつの間にか外が明るくなっていて、僕は怠い身体を起こした。ウトウトしては起きてはを繰り返し、中々寝付くことができなかったのだ。
しばらくボーっとベッドの上でロイの服を抱き締めていた。王家と婚姻を結ぶ……。ロイが、僕の傍からいなくなる……。言われたことが頭から離れない。
僕とロイは番だ。お互いがそう思っているし、僕はロイが好きでロイも僕を好きだって言ってくれた。でも、確かに番の契約はまだ結んでいない。法的にはまだ僕たちは正式な番ではない。
「どうしよう、僕、ロイの邪魔になるの……?」
王家と婚姻を結ぶことがどれほどすごいことなのか、僕にだって分かるつもりだ。王家と繋がりを持つなんて、僕のような庶民からしたら考えられない。
ギュッてして欲しい。ロイに会いたい。でも離れなきゃいけない。僕のために?ロイが好きなのに?離れたくないのに?でも、ロイは王家から求められていて……。
答えが出ない問に、頭がパンクしそうになる。
「うぅ~分かんないぃ……。朝ご飯食べなきゃ……。」
朝から、ぐすぐす泣きながら台所に行く。でも昨日食べ過ぎたからか、お腹があんまり減っていない。野菜や果物を入れたジュースを作って飲むが、すぐにお腹いっぱいになってしまった。
もぞもぞと準備しつつ、自分の服じゃなくてロイの服を着る。大きいけどちょっと安心するからベルトで留めたり袖を捲ったりして、何とか頑張った。頭の中はまだレイルさんの言葉がグルグルしているけど、仕事だと切り替えて家を出た。
無心で仕事をして、何とか気を紛らわせながらいつもと同じように振る舞えていると思っていたのだが、
「えっと、ウルル、何かあったの?」
「どうした、何かあったのか?」
何故か、会う人みんなに何かあったのか聞かれる。普通にしているはずなのに、みんなの洞察力がすごい…。
「何もなかったよ、本当だよ。うぅ……。」
「いや、兎耳が垂れ下がってるのは変わらないけど、ずっと泣きそうだしロイ隊長の服着てるし、時々困惑したように考え出してるし、絶対何かあっただろ。」
「それにフラフラしてるし、どうしたの?具合悪いの?」
コリンが僕の額に手を当ててきたが、熱はなかったらしく首を傾げられた。
「あんまり眠れなかったの。でも朝ご飯はちゃんと飲んだよ。ジュース作ったよ。」
「ジュース?ご飯はちゃんと食べないと。」
「でもお腹いっぱいだったから……。」
「昨日何食べたんだよ。」
コリンと騎士が代わる代わる質問してきて、
「えっと、何だろう……。何食べたか分かんない……。」
とあわあわしながら答えると、揃って怪訝な顔をされた。
「本当に大丈夫?ちょっと休んできたら?」
「そうだな、あとはこれ運ぶだけだろ?持って行ってやるから、休んでろ。」
そう言われて大丈夫だと言っても聞き入れられず、医務室に押し込まれてしまった。寝ているように言われてベッドに横になるが、一人になるとまたレイルさんの言葉が蘇ってきてグルグルしちゃう。でも寝不足だったから、目を閉じると睡魔が襲ってきていつの間にか眠ってしまっていた。
起きると、もう夕方で。どうやらずっと眠っていたらしい。僕は慌てて起き上がって、医務室を出ようと扉を開けると、
「おっと、あぁ、ウルル君。大丈夫ですか?」
そこにいたトレイル様にぶつかりそうになってしまった。
「あの、ごめんなさい、僕、寝ちゃってて、今起きて、夕方で……。」
焦って謝ると、
「構いませんよ、今日の仕事はほとんど終わらせてくれていましたし。それより、何かあったのですか?」
トレイル様にまでも何かあったかと聞いてこられてしまった。
「な、何も……。」
目を見れなくて俯きながら答える。そんな僕だったが、トレイル様は追及せずソファに促される。
「言いたくないことを言えとは言いませんがね、顔色がまだ優れないようなので明日は休んで下さい。」
優しくそう言われて、垂れている兎耳を掴んで俯く。誰に相談したらいいのか分からないし、言ってもいいことなのかも判断が付かず。僕はシュンとしながらこくりと頷いたのだった。そして、のろのろと家へと帰ったのだが、
「やぁ。待ってたよ。」
またしても家の前でレイル様が僕を待っていた。
「ここはもともとロイの家だろう?出て行く時、君の家がなかったら駄目だと思って調べたんだ。以前住んでいた家はまだ空き家らしいから、買い取っておいたよ。またそこに住むといい。」
昨日と変わらず、穏やかな口調でそう話し始められて、僕はその場で動くことができず、言われたこともすぐに理解できなかった。
「ぼ、僕の家……。」
「荷物も運ばないといけないだろう?手伝おうか?」
勝手に進められる話に、僕はおろおろとするばかりで何も言い返せず。キュッと両手で兎耳を掴みながら、ふるふると首を横に振る。
「そうかい?荷物は少ないのかな。聞いた話では明日あたりにロイたちは帰還するらしいよ。それまでに準備しておかないとね。」
微笑みながら言われる言葉に胸を握り潰されたように息苦しくなって、足に力が入らなくなる。もし、これを嫌だって言ったらどうなるの…?王家が関わることに、庶民の僕が何か言ったところでどちらが勝つかなんて僕でも分かる。
でも、それでも、ロイと離れるという選択を選ぶことができない。
そんな僕の想いとは裏腹に、ロイの父であるレイルさんは離れるようにせっせと行動に移してきて、成す術もなく。荷物を取りに行くように言われて、僕は震えながら家に入った。そろそろと窓から見るとレイルさんは変わらず立っていて、出ない限り立ち去ることはないのだと理解する。
僕は震える手で鞄に自分の物を入れて、立ち上がると呆然として動けなくなった。だが、無情にも扉をノックされ、ビクつきながら、外へと出た。
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