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のんきな兎が眠るころ

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―――ロドニーside


「何の騒ぎだ?」

今日は見廻りの日だったため、外から戻って来たら全員忙しそうにしているが、どこか殺気立った様子に、何事だとソニーを捕まえて聞く。

「それが、ウルル君が第1騎士団に届け物をしに行ったんすけど、全然帰って来なくて。探しに行ったら、こっちに戻るための渡り廊下の手前で倒れていたところを発見されたんすよ。ウルル君、頭を打ってるみたいでまだ目を覚ましてないんすよ……。」

……はぁ!?

「何だよそれ、つまり騎士団内部で襲われたってことか!?」

ウルルは第2騎士団所属で、その証もきちんとつけている。騎士なら、見れば誰だってそれが分かるはずだ。

第1騎士団と第2騎士団の建物は繋がっており、そこから行き来していたのならば部外者が襲ったとは考えにくい。そもそも、騎士団がいるところにわざわざ侵入してくるようなやつはいない。だが、そうなると襲ったのは騎士団内部のやつってことになる。これは犯人が見つかっても、良かったねで済ませられることではない。

ウルルは抜けているし、能天気なやつではあるが、来てくれて色々と助かっているのだ。後回しにしていたような雑務を片付けてくれるため、俺達は仕事に専念できるし、実際仕事の効率も上がっている。私生活は抜けまくっているが、仕事はちゃんとこなすんだよな、あいつ。

皆感謝しているし、のんきな発言に肩の力が抜けるのも事実。第2騎士団は特に、ロイ隊長の番だと知れ渡っていることもあり、そんな馬鹿なことをするやつはいないと断言できる。それに、渡り廊下の手前で倒れていたのであれば、第1騎士団の建物内で起こったと考えるのが妥当だ。

「第1騎士団のやつが、ウルルを襲ったんだな。」

「しっ!ロドニー、あんまり憶測では言わない方がいいっすよ!……まぁ、俺らもさっきから殺気立っちゃってるんで人のこと言えないすけど。」

それで全員ピリピリしてんのか。思うことは皆一緒ってわけだ。戦う術を持たないやつを襲うだなんて、騎士としてもあるまじき行為だし、許せることじゃねぇ。

「隊長は?」

「さっき戻ってきて、ウルル君のところに行ったっす。そろそろ戻って来ると思うっすよ。あ。」

ソニーが俺の後ろを見て姿勢を正した。俺も振り向くと、ロイ隊長が戻ってくるのが見えた。しかし、表情を消し、冷たい光を放つ目に俺は喉を鳴らす。殺気が漏れており、その場の空気が一瞬で重くなる。

「デリックに今すぐ来いと伝えろ。」

一言放つだけでその重圧にビリビリと神経が刺激される。

「はっ!第1騎士団にはすでに報告済みです!すぐにいらっしゃるとのことです!」

傍にいた騎士がそう言うと、視線だけを向け、隊長は団長部屋へと踵を返して行った。

「……はっ、スー……、はぁー……。」

知らず、息を止めていた自分がいて、大きく深呼吸する。やっぱ威圧感すげぇなあの人。普段は割と気さくに話してくれる人だが、戦いや実践となると圧倒的な力と技術によって右に出る者はいない。同じ騎士団に所属していても、俺達とは雲泥の差なのだ。

「……犯人、死んだな。」

思わず俺がそう呟くと、その場にいたやつらが頷いたのが分かった。









――――トレイルside


「すまなかった、俺が書類を届けさせたばかりに…。「


ウルル君が渡り廊下で倒れていると聞いた時、一瞬耳を疑った。外に出てしまい、暴漢に襲われたなどではなく、第1、第2騎士団本部同士を結ぶ渡り廊下で起こったとすると、騎士団内部の者の犯行である可能性が高い。わざわざリスクを伴って侵入してくる理由も分からないし、そもそも今日ウルル君が届け物をすることは事前に決まっていたことでもなく、計画的に襲われたとは考えにくいという点が挙げられる。

騎士団所属ではあっても戦う術を持たない非戦闘員のウルル君が襲われたことは、騎士団としても重要案件であり、ただちに対処しなければならない。

だが、それよりもまだ意識が戻っていないウルル君が心配で、気が気ではない。

ロイが連れてきた時、素性は調査し問題がないことは確認していた。だが、兎獣人とあって体力はそこまで期待できないし、せいぜい掃除ぐらいの雑用をしてもらうかと考えていた当初。だが、複雑な仕事をさせることはないにしても、そつなく割り振った仕事を終わらせていくのを見て感心したものだ。普段はどこかぽやぽやとしている様子でも、仕事はできるらしいと驚愕したが、騎士の中でも戦闘やトレーニングは目を見張るものがあるのに私生活がだらしない者もいるため、上手くバランスが取れているのだなと納得もした。

そんなウルル君は、今では騎士団の雑用を担ってくれており、正直とても助かっている。今までは騎士の中からそれぞれ割り振っていたのだが、それを決めるのも他の仕事もあり配分が面倒だったのだ。それが解消された上、騎士の中でも癒される者も多いと聞く。獣人は仲間意識が高いこともあり、ウルル君はすでに我が第2騎士団にとって大切な存在なのだ。それが、今回のことで騎士たちは殺気立っており、第1騎士団と軋轢を生む可能性も出て来てしまった。

そもそも、あの書類を届けさせたのは俺であり、俺の責任だ。ロイが団長部屋に戻って来た時に謝罪を口にした。

「ウルルは騎士団所属の証も付けていた。第1騎士団本部に行くのも初めてじゃねぇ。倒れていたのは第1騎士団本部の廊下。……そこから導き出されるのは、デリックの監督不行き届きだ。お前じゃねぇ。」

静かな声でそう言うロイが、腰を下ろす。ロイとは幼馴染であり、長い付き合いだ。だからこそ分かる、ロイが怒りを抑えていることを。当たり前だ、番を害されたのだ。それを自分の立場から理性で抑え込んでいるに過ぎない。

その時、ノック音が響いた。

「入れ。」

「……失礼する。」

そう言い、入って来たのは第1騎士団長のデリック。そして、その後ろに……。コリン……?

「ロイ、ウルル君のこと、申し訳なかった。」

真っ先に頭を下げたデリック。

「で?そいつか、ウルルに怪我させたやつは。」

頭を下げたデリックなどどうでもいいように、後ろにいるコリンに目を向けて、変わらず静かな声でそう聞くロイ。

「あぁ、ウルル君に対し攻撃的な発言をしていたことと、ずっと挙動不審だったから問い質したら白状した。」

俺は目を見開いた。コリンは確かにロイに心酔している様子があることは知っていた。それに、なまじ顔が綺麗なため甘やかされて育っている。だから強者の象徴でもある第2騎士団には来れないだろうと思っていたため、特に気にも掛けていなかったが、確かにやりかねないやつではあった。

デリックの後ろで顔面蒼白になり、カタカタと震えるコリンは殺気立つロイに恐怖を抱いているのが分かる。デリックが横にずれたことで、距離はあるが真正面でロイと対峙しており、顔も上げられないコリンの震えは大きくなる。

「デリック、こいつをどうするつもりだ?」

コリンから視線を外さないロイが聞くと、

「騎士団からは除籍を。……コリンの実家は伯爵家だが、今回のことはすでに連絡している。家からも処罰が下るでしょう。」

「……まぁ、妥当か。手合わせして手打ちってことにしてもいいがな。」

「ロイ、あなたと手合わせすればコリンは死にます。……あなた、殺す気でしょう。」

「俺の番に手出したんだ。殺したとしても文句言われる筋合いねぇよ。なぁ、デリック。今回のことはお前の監督不行き届きだ。お前はどう落とし前つける?」

コリンはカタカタと歯を鳴らし、冷や汗が止まらず、指先も白くなっている。このまま倒れそうだなと思っていると、ロイはデリックに問い質し始めた。

「統括騎士団長から、1か月の謹慎を言い渡されている。実家の公爵家も処分が下るだろう。」

「へぇ、団長がなぁ。……あの人もたいがい甘ぇんだよ。」

ロイは開いた瞳孔でそう言うと、抑えていたであろう殺気を飛ばし部屋全体の空気が重く圧し掛かった。ビリビリとロイの怒りを受け、コリンは白目を剥いてその場で倒れてしまったが、俺達もそれに駆け寄れるほどの余裕はない。一歩でも動けば、喉元を食いちぎられそうなピンと張りつめた感覚に汗が一滴流れた。その時、



―――コンコン。

重苦しい場にそぐわないノック音が鳴り、こちらの返事も待たずに扉が開けられる。

「……ロイ?」

聞こえた声と、覗かせた顔に、ロイは殺気を引っ込めて扉へと急いだ。

「あれれ。ごめんなさい、お話中?」

「大丈夫だ。ウルル、お前痛いとこは?一人で来たのか?」

「ううん、さっき起きてね、ロドニーが送ってくれたよ。あの、あのね、ロイ。う、うぅ……ぐすっ……。」

目を覚ましたであろうウルル君がロイを訪ねてきて、重苦しい空気が霧散し無意識に止めていた息を吐いた。そして、一先ず思っていたより元気そうなウルル君の姿に安心する。だが、ロイに話し始めるとその大きな目に涙が溜まっていくのを見て、襲われたことを思い出し怖くなったのかと空気が張り詰めた。だが、

「ぼ、僕のお菓子、起きたらなかったの……。貰ったお菓子、どこにもないの……。僕、ちゃんと持ってたのに……っ……うぅっ……。」

「……あ?……菓子?」

「うっうっ、お、美味しいお菓子、もらったのに、ないの……。ぐすっ……。」

「おま、菓子……こんの、馬鹿うさぎ……。」

まさかのウルル君の発言に、ロイは言葉を詰まらせると、脱力したようにウルル君を抱き寄せた。そして、ウルル君の兎耳の間に顔を埋め、小さく笑ったのが分かった。

「はぁ、もういい。お前ら帰れ。……後で通知書類だけ持ってこい。」

ロイはそう言うと、まだ僕のお菓子がないとぐすぐす泣いているウルル君を抱き上げて、部屋を出て行ったのだった。

「……面倒を掛けてすまない。」

ロイとウルル君がいなくなった部屋で、デリックが俺に向かってそう言ってくる。

「コリンが昔からロイに憧れていたのは知ってました。コネで騎士団に入ったとしても、常識ぐらいはあると思ってましたよ。あなたがきちんと手綱を握っていればこんなことにはならなかったのでは?」

嫌味で返すと苦笑される。

「兄に向かって、相変わらずだなお前は。……実家にも処罰が下る、お前にも迷惑が。」

「実家に処罰はないですよ。関係ないですから、ロイが止めるでしょう。甘いと言ったのは、あなたにですよ。1か月の謹慎で何が変わるんですか。それなら第1騎士団全員を扱いて鍛え直して下さい。隊長の存在は絶対です、それが揺らいでいるからコリンのような馬鹿がつけ上げるんです。」

そう言い放つと、デリックは耳が痛いな、と呟く。そして、何かを決めたように顔を上げると、コリンを引き摺って去って行ったのだった。

俺も部屋から出ると、あちらこちらに騎士たちがいて何か言いたげにチラチラ見てくる様子に苦笑する。

「ウルル君が持っていたという菓子がどこにあるか知っている者はいますか?」

と聞くと、ポカンとする面々。そして、いきさつを話すと、相変わらずのウルル君ののんきさに皆ホッと息を吐いて笑い合ったのだった。




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