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のんきな兎は悩む

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そうして泣いていると、

「何してんだ。」

いきなり声を掛けられて僕はぴゃっと飛び上がる。上を向くと、窓の縁に腕をついて僕を見下ろすロイ。

「うっ、ぐすっ、ロイのバカ~!」

「あぁ!?何言ってんだお前は。ちょっとそこ退け。」

ロイが悪いんだもん、とぐすぐす泣く僕だが、言われた通りそこから退く。すると、その窓に足を掛けてロイが中に入ってきた。

「で、何泣いてんだ。」

僕の前にしゃがみ込むと、そう聞いてくる。そのまま、優しく頭を撫でられ、兎耳に触れられ、頬に手を添えられる。

「うぅ、ずるい~……。」

でも、僕はロイにとってなんなんだろうと考えると、今の僕の気持ちをどうやって伝えればいいのか分からない。とにかくロイに甘やかして欲しくて、両腕を伸ばした。

「何だよ、その手。」

訝し気に見られるが、僕はめげない。

「抱っこ。」

「……本気か?」

「うぅ、抱っこしてくれない……。もう僕のことはどうでもいいんだ……。」

しくしく泣き続ける僕に、ガシガシと頭を掻いたロイは、

「ん。」

両腕を広げてくれた。僕は、広げられた瞬間にその中に飛び込んだ。

「元気じゃねーか。で、何で泣いてたんだよ。」

「ロイが悪いんだもん……。」

「そーかよ、悪かったな。じゃあ帰るぞ。」

ロイの首に腕を回してギュッと抱き着く僕に、笑ったロイはそう言うとさっさと立ち上がると歩き始める。

「隊長、ウルル君どうしたんすか?」

「あれ、ウルル君眠たいんですか?」

「拗ねてるだけだ。じゃあな。」

すれ違う騎士たちはもう見慣れた光景だと言わんばかりにそう聞いてくる。僕には手を振ってくれるため、ぐすぐす泣きながらロイの肩越しに手を振る。そのまま家へと連れて帰られたのだが、僕は泣き止まない。

「どうしたんだ、ウルル。」

そんな僕に少し戸惑ったようなロイ。

「うぅ、分かんない……。」

ロイがどこかに行っちゃうような、置いて行かれるような、何か分からない不安が押し寄せてきてずっとめそめそしていた。ロイにさっきあの子と言っていたことは何だったのか、聞けばいいのに、いざ聞こうとすると怖くなって悲しくなって口が開かなくなってしまう。

ロイを困らせているのは分かっているのに。

「うぅ~……。」

「分かった分かった、仕方ねーな。……本当に、今日だけだぞ。」

そう言いながら、ご飯を食べさせてくれるロイ。それは嬉しくて、少し涙も収まる。でもお風呂は拒否されて、蹲ってしくしく泣いた僕。

「……これは仕方ねぇだろ、何でそんなに一緒に入りたいんだよ。どうせ、本当に一緒に入るだけだと思ってんだろ?」

「……?一緒に入ったら楽しいでしょ?」

出て来たロイにまた両腕を上げると、抱き上げられてそのまま浴室に放り込まれる。

「そういうとこだよ、入れねぇのは。自覚しろっての。」

さっさと入ってこいと続けて言われて扉を閉められる。僕はしょぼんとしたまま一人で入って、出て来るとロイが待っているベッドに潜り込んだ。

「機嫌は直ったのか?」

「直らないからギュってして……。」

「へいへい、ほらよ。」

そしてそのままギュってしてくれたロイに擦り寄って、ぐりぐり頭を擦り付ける。そんな僕に、さっさと寝ろと頭を撫でられ、気持ち良くて徐々に眠たくなって目を閉じたのだった。




ーーーー




「で、話し合ってないと。」

「うぅ、だってだって、どうしたらいいか分からないんだもん…。」

「そうか?思ってるまま言えばいいだろ。それで怒るような人じゃねぇよ。」

「でも、ロイにとったら僕は同居人なんだよ?」

「いや、お前、それ囲われてんだろ……。それでお前を拒否したり怒ったりするようなやつ、隊長じゃなくてもやば過ぎるだろ。」

「囲うって何?僕、お外出れるよ。」

「お前は一人で外に出るな。どうせトラブルに巻き込まれるんだから。そういや、俺明日から復帰すんだよ。って言っても、護衛任務の下見だけどな。」

「そうなの?じゃあ僕は明日一人?寂しい……。」

兎耳を垂らす僕に、ロドニーは苦笑し、

「こういうとこが可愛いんだろーな。」

そう言ってガサツに頭を撫でられる。

「うぅ、優しく撫でてよぉ。」

「ははっ、悪い悪い。」

そうしてまた一人になった僕。今日は騎士寮のお掃除。どうやら、なかなか掃除をする人がいないらしく。というより、寝に帰っている人がほとんどのために掃除が疎かになるんだって。すると匂いが立ち込めてくるらしく、一度街の人から苦情が来たらしい。そのため、3か月に1度、希望する人たちだけ部屋の中を掃除することに決まり、それまでは別手当を出して食堂の人たちにしてもらっていたとのこと。でも今回は僕がいるので任せた!と掃除用具を渡されたのだ。

「わぁ……。物がいっぱいだ。」

一つ目の部屋。物で溢れかえっており、ゴミも散乱していた。そのため、マスクをして入り、要らないものは全てゴミ袋へ詰める。部屋自体はそんなに広いわけではないため、ゴミを捨てて箒で掃くとそれだけで綺麗に見える。

「これは何だろう。葉っぱが萎びてる。これは何の箱?」

不思議なものがたくさんあるが、ぽいぽい捨てていくのは爽快だ。捨てられて困る物は分かりやすくしておくこと、それ以外は捨てられても自業自得、自分で掃除しろ、というのがこの掃除係に与えられた権利だ。それと、ある程度綺麗になればそれでいいと言われている。そうしないと、全ての部屋を回るのは大変だからだ。

「わぁ、お花が生けてある。……どうして薬草も生けてあるんだろう。」

何故かお花とともに、薬草も生けられている部屋もあり、僕は首を傾げる。他にも、服が散乱していたり、抜け毛が多かったり、洗濯物が山積みになっていたりと色んな部屋があった。掃除をして、洗濯もして、今掃除している部屋で半分は終わったかなと考えている時。

―――ガチャ。

「……え。あ、あぁ!掃除か!」

入って来たのは恐らくこの部屋の獣人である騎士の人。部屋に入ってきて僕がいることにびっくりした様子だったが、掃除道具を持っている僕を見て納得したようにホッとした。

「えっと、一応このお部屋の掃除は終わりました。」

こんにちは、と挨拶して話し掛けた。

「ありがとう、綺麗になったよ。そうだ、お茶飲まない?美味しい茶葉貰ったんだよ。でも誰か来ない限り減らなくてさ。」

そういうその人の腕には鱗らしきものが。蛇の獣人さんかな?光に当たると光って綺麗だ。

「お茶、お茶欲しいです。喉カラカラ…。お腹も空いた…。」

お昼は食堂に行って食べたが、動き回っていたためかお腹が空いた。お腹をさすり、ぺったんこのお腹に兎耳が垂れる。

「ははは、そうだよね。待って、貰い物のお菓子があるんだよ。良かったら食べて。俺、甘い物あまり食べないんだ。」

そう言い、箱に入ったお高く見えるお菓子を開けてくれた。

「美味しそう!これは何?色が違う、きれいだね。」

カラフルな色をした丸いお菓子。僕は見たことがなくて目を輝かせた。

「あぁ、これ蛇獣人に馴染み深いお菓子なんだよ。決まった店にしかないから、あまり見掛けないかもね。」

そう言って、お茶とともにお皿に出してくれた。僕は、お茶を先に飲んで、喉が潤っていく感覚ににっこりする。いそいそとお菓子を手に取って、かじってみる。中に何やら甘いものが詰められていた。美味しくて、もぐもぐ食べていると、

「かーわいいなぁ。美味しい?」

向かい側に座り、肘をついて僕を見るその人。顔を上げて視線を合わせると、瞳孔が縦になっていて、まじまじと見てしまう。

「目の中、縦になってる。すごい。キュってなったよ。」

「ふっ、そうだね。俺、蛇だから。怖くない?」

「どうして?腕の鱗もきれいだよ。さっき、光ってた!」

騎士の人だし、怖いことなんてない。蛇獣人さんには初めて会うし、キラキラ光るの綺麗だし羨ましい。

「そっか~。何か純粋すぎて心配になるよ。…あぁ、だから隊長もあれだけ過保護になっているのか。」

何故か、苦笑して納得したように言うその人に首を傾げる。その間にも、もぐもぐ食べて美味しいねと笑う僕。

「あの、えっと、蛇さんは……。」

「あぁ、俺シュタンだよ。よろしくね、ウルルちゃん。ふっ、蛇さんかぁ。可愛いね。」

「うぅ、ごめんなさい。シュタンさんのお部屋、透明の袋みたいなものがいっぱいあったよ。あれなぁに?」

この部屋には、透明というか、半透明というか、様々な大きさの袋なのか何なのか分からないものが落ちていたのだ。

「透明の袋……?あ、それ脱皮した俺の皮だ。ごめん、気持ち悪かったよね。そろそろ掃除の時期だと分かってたんだけど、中々時間なくて。」

申し訳なさそうに言われたが、僕はなるほど、と納得する。

「脱皮、僕たちでいう換毛期だね。僕もね、換毛期には毛がすごく抜けるよ。一緒だね。」

そう言うと、目を見開かれる。

「あ~、駄目だなこれ……。ウルルちゃん、可愛いわ。……隊長の番じゃなかったらなぁ。」

もうちょっと早く出会えてたらなぁと言われ、僕はしおしおと兎耳が垂れる。そんな様を見て、シュタンは、ん?と首を傾げる。

「……ロイとは番じゃないもん。うぅ、ロイが悪いんだもん……。」

めそめそし始める僕に、

「え、は、え?どういうこと?番じゃないの?あ、まだってこと?」

シュタンは焦ったように聞いてくる。

「番じゃないんだもん……。」

「……え、本当に?それじゃあの囲い方は何……。え、それなら俺にもチャンスはあるってこと?」

そう言い、恐々と慰めるように頭を撫でてくれるシュタン。しくしく泣きながらもお菓子を食べる僕に、シュタンは笑ったが、お茶も追加で注いでくれた。

「ウルルちゃん、大丈夫?ふっ、泣いてても食べるんだね。美味しい?」

「うぅ、美味しい……。」

注がれたお茶を飲み干した時、

―――ガンッ!

「~~!~~~!?」

聞き覚えのある声が聞こえてきて、僕は耳をピンと立たせた。

―――ドンッ!

「ぴゃあっ!」

「……おい、ウルル。いんだろ、開けろ。」

「おいおい、お出迎えかよ。」

シュタンはそう言うと、ドアを開ける。すると、腕を組んだロイが居て、シュタンを見て眉を寄せる。

「あ?シュタン、帰ってたのか。ウルルは?」

「いますよ。俺のとこが今日の掃除最後の部屋だったらしくて。お茶出したんで飲んでますよ。」

「はぁ、世話掛けたな。」

「いえ、むしろ可愛いウルルちゃん見れて得しましたよ。隊長、ウルルちゃんと番じゃないんですね。」

「……あ?何だと?」

「え、ウルルちゃんが言ってたんですけど。番じゃないって。俺、本気で狙ってもいいですか。」

「……勝手にしろ。」

シュタンとロイが何か小声で言っており、僕は耳を立てていたためその声を拾ってしまった。

……勝手にしろって、言った。シュタンが僕が番じゃないって言ったこと、ロイに言っちゃった。ロイは勝手にしろって……。

迷子になったかのような心細さに、僕は涙が溢れてきた。

「おい、ウルル。帰るぞ。」

いつの間にか僕の目の前に来ていたロイにそう言われるが、僕は立ち上がれない。ロイに手を伸ばすこともできない。

……僕は、どうしたらいいんだろう。

途方もなく広い草原に一人でいるような、日が暮れそうな頃に家に帰ることができないような、何とも形容しがたい形の不安が押し寄せてくる。呆然とロイを見上げる僕に、

「おい、何をした?」

振り返って低い音で喉を鳴らすロイ。

「えっ!?何もしてませんよ、お茶とお菓子出しただけですけど、ウルルちゃん、どうしたの?」

焦ったようにそう言うシュタンに、僕はふるふると首を振った。

「ウルル、どうしたんだよ。ほら、来い。」

ロイが呼んでくれるが、僕は動けない。そんな僕を見て、片眉を上げたロイ。僕の腕を掴むと引き寄せ、抱き上げられる。

「邪魔したな。」

シュタンにそう言ったロイは、そのままドアを通って外へと出た。





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