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のんきな兎は寂しがる

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「ロイが帰って来ない……。」

帰って来ないなんて、一体どうしたんだろう。夜ご飯の時間が過ぎても帰って来なかったため、一人で食べた。ちなみに、無くなったと思っていたニンジンは調理されており、僕のご飯にと作ってくれていたらしい。ご飯を食べた後も帰って来なくて、僕はロイのベッドで丸まっていると知らぬ間に寝てしまっていたらしい。だってここ、ロイの匂いでいっぱいなんだもん。

だが、朝になって起きてもロイが帰って来た痕跡はなく。僕は、今日は仕事の日のため一人で向かうことになった。もう道は覚えているし、周囲には顔見知りの人も増えた。挨拶を返しながら向かうと、何やら皆慌ただしく動いている。

「あっ、ウルル君!今日はこっち!」

「ソニー、おはよう。あのね、ロイが帰って来ないの。」

「あー、討伐に行ってからまだ戻ってないんすよ。大丈夫っすよ、連絡は定期的に来てるんで。」

「そうなんだ……。ロイ、魔物と戦ってるの?怪我してない?」

「怪我したって報告はないっすよ。大丈夫っす。」

ソニーがそう言ってくれて、僕は少し安心するが、いつ帰って来れるのかはまだ分からないらしい。詳細を聞く前に、慌ただしく行ってしまった。僕はしょんぼりしながら、今日の仕事場へと向かう。

「隊長さんなら大丈夫よぉ。なんたって強いんだもの。でも心配よねぇ。」

今日は食堂の職員で欠員が出たとかで、お手伝いだ。大根を切りながら、周りの人たちにそう言われ、僕はコクコク頷く。

「ロイ、今日帰って来るかなぁ?」

「どうだろうねぇ。魔物の数も多いって聞いたし、まだ時間かかるんじゃないかねぇ。」

そう言われてまたもやしょんぼりする僕。寂しい…。そんな様子を見て、元気付けられる。お昼時に、騎士たちがご飯を食べにやって来た。

「あれ、今日はここなんだね。」

「うん。お疲れ様。ロイは帰ってきた?」

「まだだよ。でも数日で帰って来るんじゃないかな。」

騎士たちに聞いてみるが、みんな同じような返答で、あと数日は掛かるらしい。じゃあ、僕はあと数日は一人でいなきゃいけないのか、と再確認しては落ち込む。でも、命懸けで強い魔物の討伐に向かっているロイを思うと、寂しいだなんて言っていられない。他の人たちも忙しそうだし、僕も頑張らないと……!

何とか気合を入れて、仕事をする。そして、今日は食堂の手伝いだけだったため、夕方には終わって帰路についた。帰って、シャワーだけ浴びると、すぐにロイのベッドにダイブする。

「……ロイの匂いがする。」

昨日よりは匂いが薄くなってしまったが、ロイの匂いがするため安心する。ひとしきり堪能して満足すると、キッチンに行ってロイが作ってくれていたであろうニンジンのシチューを温めて食べる。ホッとして美味しい。食べ終わると、早々に片付けて再びベッドへ。そして、そこから出ることなくロイの匂いに包まれたままいつの間にか眠っていたのだった。

翌朝も、起きてもロイは帰ってきていなかった。のそのそと起き上がって、朝の支度をする。薬草に水やりをして、家を出た。聞いてみたが、やっぱりまだロイは帰ってきていないらしい。寂しい。怪我してないかなぁ…。

「ウルル、これも磨いておいてくれ。これも。…そんなにしょんぼりするなよ、隊長ならもうすぐ帰って来るって。」

苦笑しながら、騎士が声を掛けてきた。今日は、盾や剣などを磨く仕事で、持ち込まれたものを磨いている時に持ち込んできたのだった。だが、そう言われても実際、ロイはまだ帰って来ていないためしょんぼりモードは続いている。

「うぅ、ロイ大丈夫かなぁ、怪我してないかなぁ……。寂しい……。」

「お、おぉ、あの隊長だし、怪我とかは心配ないと思うけど、お前そんな元気なさそうなのに仕事はちゃんとできるんだな。あの後ろの、全部磨いたのか?」

「うん?そうだよ、いっぱい磨いたよ。きれいになったでしょ。ロイが帰って来たら、いっぱい褒めてもらうの。…ロイ、いつ帰ってくるかなぁ。」

仕事はちゃんとするよ、寂しいけど……。しょんぼりしながらも手を止めずに磨き続ける僕を見て、どこか感心したようにそう言われた。ロイも頑張っているし、僕も頑張る……。寂しいけど……。

というより、何かしていないとロイのことばっかり考えてしまい、心細くなるから、今はここで働いて良かったと思う。一人にはならないし、気が紛れるから。

仕事が終わり、家に帰ってロイのベッドへ。でもロイの匂いが段々と薄くなっており、不安になってクローゼットの中からロイの服を取り出す。そして、ロイの匂いがよくついている服を引っ張り出してベッドに運んだ。

「うん、ロイの匂い……。」

ロイの服を被ってベッドへと潜る。ロイの匂いに包まれたことで少し安心して、そのままご飯もベッドで食べた。シチューが残っていたから、それを。ちょっと被っていたロイの服に溢しちゃって、慌てて拭いたら少しシミになってしまった。寝る頃にはそのことは忘れ、家の主は不在のまま今日も夜が更けていくのだった。

「ロイ、帰って来ない……。寂しい……。」

あれから数日が経った。それでも、ロイは帰って来ない。寂しさが限界突破しそうな僕。今日はまた書類整理だ。忙しくなったため、また書類も溜まり始めたらしい。今回は一人で書類整理をしている。誰もいなくて余計に寂しさが募っていく。すると、

―――コンコン。

扉がノックされる。が、待っても開く気配がなく、僕は首を傾げる。いつも、騎士の人たちはノックすると返事も待たずに開けて書類だけ預けては慌ただしく出て行くからだ。もう扉を開けっぱなしにしておけばいいのでは?と言うと、一応書類管理の部屋になっているからそれは駄目なんだそうで。だから、ノックしても入って来ないのはどうしてなんだろうと思っていると、

「あぁ、そうなんですか。返事は待たなくていいのですね。失礼しました。」

何やら、外で誰かが教えたらしく、そう言いながら入って来た。口調が上品で、何処か気品があるその人は、狐耳を生やしているため、恐らく狐獣人だろう。

「こんにちは、ウルルさん。この書類、間違って第1騎士団に届いていたのでお持ちしました。」

そうにこやかに言われ、僕はどこか既視感を覚える。しかし、思い出せないため、早々に諦めた。

「こんにちは。ありがとうございます。」

しょんぼりしたまま、トテトテと力なく歩いて書類を受け取った。そんな僕を見てその人は、

「ロイ隊長なら、今日中に帰られると思いますよ。」

と苦笑して言った。僕は、パッと顔を上げると、その人に詰め寄った。

「本当?本当に今日、ロイは帰って来る?」

「えぇ、討伐完了の連絡があったので、確かですよ。それより、あなたに謝ろうと思って何とか時間を見つけて来たのです。早く対応していれば、君に被害が及ぶことなかったのに、申し訳ありませんでした。」

突然、謝られて、僕は何のことだかさっぱりでポカンと口を開ける。その様子を見て、その人は、

「あなたが攫われた件ですよ。上層部が絡んでいることが分かったので、尻尾を出すまではと機を伺っていたために遅くなってしまいました。…あぁ、これは失礼。名乗り遅れましたね。私、第1騎士団隊長のデリックと申します。」

そう言われ、僕はまたもやぽかんとする。第1騎士団隊長…?

「……隊長さん?ロイも隊長さん……。二人……?」

訳が分からなくなっていると、デリック隊長は、

「えぇ、ロイ隊長とはいわば同格の役職ではあります。でも私たち獣人は強者を上に見る習性があるので、実質はロイの方が上ですよ。同期でもあるので気心知れた仲ではあるのですが、あなたが攫われてから私への当たりが強くて。私も、会って一言謝りたかったものですから、この機会に来させて頂きました。」

そう言うと、頭を下げようとするものだから、慌てて止めた。

「あの、いいです、ロイが助けてくれましたし、ギュってしてくれたし、くっつかせてくれたし、あとは、えっと……。」

さすがに、明らかに自分より上の人に頭を下げられるとどうしたらいいか分からなくなる。それに、悪いのは誘拐して売ろうとしていた人たちであり、この人に非があるとは思えなかったのだ。だから余計に困ってしまう。そんな僕の心情が分かったのか、デリック隊長は苦笑すると、

「申し訳ない、自己満足でしたね。私のために謝罪を受け取ってくれませんか。」

そう言って、僕はそれならと、恐々頷いた。

「あの、ロイが帰って来るって教えてもらって嬉しかったです。それでいいです、それが今僕が一番聞きたかったことなので。」

だから、これでお相子にしましょうとのニュアンスで何とか伝えると、優しく笑ったデリック様は、

「うん、ロイが囲うのも分かります。ありがとうございます。何か困ったことがあれば言って下さいね。」

そう続けて、手を上品に振ると部屋を出て行ったのだった。

……ロイが帰って来る!

僕は、それからロイがいつ帰って来るかとそわそわしながら過ごし、今か今かと待ち続けていた。書類整理も大方終わり、もう帰宅してもいいのだが、ロイが帰って来ると聞いては先に帰ることなんてできず。ウロウロと騎士団舎で彷徨っていると、

「帰還したぞ!手が空いているやつは来てくれ!」

ばたばたと慌ただしい音が聞こえ、一斉にみんなが走り出す。僕も急いで向かうと、そこは、

「こっちだ!手を貸せ!ポーションをありったけ持ってこい!」

「包帯はどこだ!そっちに寝かせろ!」

「痺れてる!?この馬鹿、ずっと我慢してたな!薬を早く!」

様々な怒号が響き、腕から血を流している者、擦り傷や打撲だらけの者、担がれ意識のない者など、負傷者が一斉に手当てされている現場に、僕は固まり隅っこで様子を伺う。でも、居ても経ってもいられず、その場に飛び込んで処置や手当のお手伝いをする。

「うっ……。ウルル……?大丈夫なのか、血とか、怖いだろ……。」

「ウルル君、血生臭いし、離れた方が……。」

何故か、負傷者から気遣われる僕。確かに、僕は弱いけど、この状況で何もせず立っていることなんて出来ない。もう、今や顔見知りになった人たちが怪我で苦しんでいるのに。

僕は兎獣人で、とても臆病で怖がりで、怪我や病気なんてすごく怖い。だから、その対処法や処置方法など、調べたり学んだり、代々教えてもらったりと、知識は物凄くあるのだ。僕が薬草を育てられるのも、そのおかげ。僕だけじゃなく、兎獣人は基本的に薬草は育てられるし、薬だって簡単な物なら誰だって作れるのだ。これが今、役に立つなんて。

僕は、医務室で保管されている薬草を持って来ると、症状を聞いたり見たりして、それぞれ煎じて飲ませたり、傷に塗ったりとバタバタ動き回った。そんな僕を見て、皆呆気に取られており、中には「本当にウルルか?」と聞いてきた人もいた。どういう意味だろう。僕は一人だけだし、他にいたら怖い。

「……ウルル君、すごいっすね。薬草見分けられるんすか。それぞれの効果とか、知ってるんすね。」

ソニーがそう言って感心したように見てくる。

「うん?兎族なら、誰でも出来るよ。怪我したら痛いし怖いからね、知らないと対処できないでしょ?」

「あー、成程。そう言われれば、確かに兎族ってみんな薬草育ててるっすね。」

返した言葉に苦笑され、何故かすごく納得される。周りの騎士たちも僕たちの会話を聞いていたらしく、所々で、「成程な。」「あぁ、そう言われれば……。」と同じく納得する声が聞こえてくる。どうしてそんなにほのぼのとした目で見られているんだろう僕。

そうして、処置をしながらも僕はキョロキョロと辺りを見回していると、

「隊長なら、先に報告に行ったぞ。隊長が一番疲れてると思うけど、さすがに事が事だったからな。」

処置をしていた騎士にそう言われる。

「婚約者の人が来るって話?」

「あぁ、そうだ。あっちも護衛は付けてるだろうが、住む場所によっては出る魔物の種類も違うからな。他国の姫が道中で襲われたなんてことになってみろ、魔物の仕業だとしても揚げ足取ろうとするやつなんていっぱいいるからな。」

続けて言われ、そういうものなんだなと僕は感心する。偉い人達のことはよく分からないが、色々と難しいらしい。ロイは王宮へ先に報告に行っているらしく、恐らくもうすぐこっちに来るとのこと。

「群れは全滅させたし、報告も時間掛からねえと思うぜ。」

そう言われて少し安心する。もうちょっとで、ロイに会えるんだ。





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