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のんきな兎は想い出す

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休みの日、僕は薬草に水やりをしながら成長具合を確認していた。そろそろまた採取できそうだと思いながら、庭があるのなら外で育つ薬草もいいかもしれないと考える。今日は、ロイは仕事だ。緊急みたいで、朝に慌ただしく出て行った。僕に家にいるように言っていたが、そもそも僕はあまり外出しないし、特に用事もない。だから、薬草を眺めつつ、そろそろお昼ご飯を食べようと思って野菜室を見ると。

「あれ?昨日買ったニンジンがない……。あれ?あれれ……。」

今日のために買っておいたニンジンがないのだ。どうしてだろう。一人首を傾げる。だが、考えても分からず。まぁいいや、と財布を探し始めた。見つけると、僕はニンジンを買いに行こうと外へ出たのだった。

「あれ?ここも売り切れ?」

いつもの店が売り切れだったため、他の店へと行くが、そこも売り切れだった。仕方ない、違う店を探そう、とふらふらと彷徨い歩く。そして、やっとニンジンを確保。

「良かった~。これでお昼ご飯食べられるよ。」

そりゃ良かったな。それはそうと、騎士団は今大変らしいじゃねぇか。」

店の人にそう言われて、僕は何のことだろうと首を傾げる。

「知らねぇのか?何でも魔物の群れが王都近くで発見されたらしくて、うちの王太子の婚約者になるルラーク国の姫が丁度こっちに向かって来てるから、何かあればやばいって話だ。それで討伐に向かったんだろ。」

そんなことは初耳だ。そうか、だからロイは行ったのか。納得した。

「ロイ、今日休みだったんだよ。でも行っちゃったの。それでだったのか~。」

「おいおい、のんき過ぎるだろ。ただの魔物の群れなら、第2騎士団を駆り出すなんてことしねぇよ。それがランクAの魔物が率いている群れだから、やばいってなってんだよ。」

僕の反応に呆れたようにそう言ってきた。僕は、それを聞いて目を見開く。

「ロイってすごいの?」

「そっちじゃねぇ!……いや、待て待て、お前それすらも知らねぇのか!?」

驚いたように言われて僕はびっくりする。

その店の人が言うには、第1騎士団は王宮の警備、第2騎士団は王宮外の警備をしているらしく。第1は貴族の子息たちが多いため礼儀やマナーを熟知していることもあり、王宮内や王族に付くこともあるんだとか。第2は魔物討伐や犯罪者たちの取り締まり、王都での警備などが多いのだそう。第2はそういうことを担っていることもあり、特に強い者が集まる傾向にあるらしい。その隊長を任されているロイは、ランクで言うとSSに相当するらしく。

「つまり、ロイはすごく強いってこと?」

「いや、まぁ、そうなんだけどよ……。知らなかったことに驚きだよこっちは。」

隊長ってことは知ってるんだろ?と聞かれ、僕は頷く。

「だって他の人がロイのこと、隊長って呼ぶから。」

「そんな認識だったのか。大丈夫かこの兎ちゃん。ロイ隊長が目を離せねぇ理由が分かったわ……。」

溜め息をつかれてしまったが、僕はそんなに変なことを言ったのだろうか。だって、初めて会った時から、ロイはロイだから。




――僕が初めてこの街に来て、まだ慣れていなかった頃。

「こっち?僕の家知っているの?」

「知ってるよ、うさぎちゃんのおうちはこっちだよ。こっちこっち。」

自分の家までの帰り方を忘れて迷っていた。実家を出てからこの街に来て、まだ数日で、道に迷ってしまったのだ。すると、親切な人が声を掛けてくれて案内してくれるとのこと。僕はなんて優しい人なんだと、感激してその人について行くのだが、その人は何故か僕の腕を掴んできてどんどん足も速くなっていくため、僕は息が切れてきた。その時、

「おい、お前。ちょっと止まれ。」

虎獣人の騎士服に身を包んだ人が後ろから声を掛けてきたのだ。僕は、騎士の人だと分かったため、止まろうとしたのだが、その人は焦ったように僕の腕を掴んでいた手を離すと、僕をドンッと虎獣人に向かって強く押してきたのだ。

「わっ!」

突然押されてしまったため、僕はどうすることもできず傾く身体に来るであろう衝撃に目をギュッと瞑ると、

「っぶねぇ、大丈夫か?おい、あいつ追え!」

その虎獣人さんに受け止められ、事なきを得た僕。僕の家に案内をしてくれると言っていた人は、何故か走って行ってしまい、僕は呆然とする。

「あの、さっきの人、何かしたんですか?」

立たせたくれた虎獣人さんに聞くと、片眉を上げたその人は、

「あぁ?お前、連れて行かれるとこだったんだろ?」

そう聞かれ、僕は首を傾げる。

「あの人、僕の家を知っているらしくて、案内してくれてたんです。」

「は?どう見てもホテル街に行こうとしてたぞあいつ。お前、迷子か?」

「え?ホテル?どうして?僕、旅行者だと思われたのかなぁ。」

「……そのホテルじゃねぇよ。お前大丈夫か?家はどこ……迷子だったら分かんねぇよな。はぁ……。」

困ったようにそう言われるが、僕はどうしようと途方に暮れる。さっきの人を見つけなければ、僕は一生家に帰れない。

「あの、僕、さっきの人に僕の家まで案内してもらわないと帰れないの。」

「あ?あいつがお前の家を知ってるわけねぇだろ。連れ込む口実だそんなもん。」

きっぱりと言われ、僕は唖然とする。そんな、僕はもう家に帰ることが出来ないんだ。

「うぅ、もう僕は帰れないんだ…。お外怖い、街怖い。もうここに骨を埋めるんだ……。」

しくしく泣き出した僕に、虎さんはガシガシと頭を掻いて、

「分かった分かった、家探してやるから泣き止め。な?」

慰めるようにそう言ってくれた。

「隊長、さっきのやつ捕まえたんですが、何やらキナ臭い薬を持っていたので連れて行きます。」

その虎獣人の人は、隊長と呼ばれており、言ってきた人に何やら伝えると僕と一緒に家探しが始まったのだった。

「家の周辺には何がある?」

「美味しい野菜を売ってる店があります。」

「……他は。」

「あ、家の後ろに木が生えてます。赤い実も成ってたよ。食べてみたらね、すごく苦かったの。」

「あーっと、他に分かる店とか建物とかないのか?」

「えっと、お肉も売られてたよ。」

「……虱潰しといくか。」

店の名前もまだ覚えていないし、他に何があったかもあまり記憶になくてショボンとする。兎耳が垂れ下がっているのを見て、隊長さんは苦笑して僕の頭に手を伸ばそうとして、

「…っと、悪い。」

すぐに手を止めて謝られる。

「……?撫でてくれないの?」

どうして撫でるのを止めるのかと余計に垂れ下がる兎耳。それを見て、恐る恐る撫でてくれて、嬉しくて擦り寄る。

「……お前、そんなんでよく無事に過ごせてきたな。」

苦笑しつつも、口調とは逆に優しい手つきに気持ち良くなってくる僕。

そうして、色々とあっちこっちに行きながら、僕の曖昧過ぎる記憶を辿って、何とか家まで送り届けてくれたのだ。

「ありがとう隊長さん。」

「いや、礼はいいけどよ……。お前、ここさっきの場所から然程離れてねぇじゃねぇか。どうやったら迷うんだよ。」

「ご飯あるよ、食べていく?隊長さんはお肉がいい?」

「隊長さんは止めろ、ロイでいい。いや、さすがに上がり込むわけにはいかねぇよ。じゃあ色々と気を付けろよ?」

「うん。ロイ、ありがとう。僕はウルルだよ。じゃあまた今度、何かご馳走するね。」

そう言って別れたのだが。数日後、

「だから、気を付けろって言っただろーが!」

「だってだって、美味しいニンジンあげるって言われたんだもん…。」

「明らかに怪しい風貌だったろ!抱え込まれたら暴れろ!」

美味しいニンジンをくれると言ってきた人について行くと、何故か抱え込まれて何かに押し込まれそうになった。その時にも丁度見廻りをしていたロイに助けられて怒られた。

そしてまた数日後。

「おい、ウルル!お前どこ行くんだ、そっちは夜の店だぞ!」

「えっ、そうなの?ここに来てって言われたの。」

渡された紙を見て彷徨っていたら、それを見た街の人がロイに声を掛けたらしく駆け付けてきた。僕がその紙を見せると、

「お前、これどう見てもそういうやつの勧誘だろ!何ノコノコ来てんだ!」

「え、だってすぐに1万ゴールド稼げるって…。」

「明らかにそういう店だろそれは!」

分かっていなかった僕はそういうことをさせられると知って震え、お外怖いとシクシクなき、またしても数日後には、

「次は何だ、何で泣いてるんだ……。」

「うぅ、ぐすっ……。ロイ……。家の鍵失くしちゃった……。お外怖い、もうおうち帰れない……。」

鍵を失くしたことに気付き、蹲ってシクシク泣く僕に声を掛けてくれたロイは、とりあえず一旦痕跡を辿るぞと家まで一緒に来てくれた。そして、

「……おい、家のドア開いてるんだが、お前ちゃんと鍵閉めたのか?」

「うん?閉めてなかったの?」

「それを聞いてんだよこっちは。ちょっと待て、おい、これだろ鍵……。」

入ってすぐ、ドアに掛けられた鍵を見て脱力した様子のロイ。僕はあって良かった~と一安心。それからも、何度も僕が何かやらかす度に助けてくれた。それから、ロイとは知り合いになったのだ。

思い返すと、僕たち、あまりお互いのこと知らないなぁと考える。でも、他の人が知っているのに、僕だけが知らないのは嫌だなぁと思う。よし、ロイが帰ってきたら、色々と聞こう、と店の人に別れを告げて帰ったのだった。


――だがその日、ロイが帰ってくることはなかった。






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