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のんきな兎は迎えを待つ

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「忙しくなるの?」

「あぁ、しばらく忙しくなる。だから、仕事が終わったら医務室で待ってろ。迎えに行く。」

忙しい親の代わりに預けられる子どものような扱いを受ける僕。ロイは忙しくなっちゃうらしい。じゃあしばらく僕は一人?最近は仕事でも誰かといることが多いし、帰ってもロイと一緒だし、この生活に慣れてきた僕としては一人になるのは寂しい……。

「あ、でも医務室ならお医者さんいる?」

「いや、緊急時以外は、時間外になるといなくなる。鍵は預かってるから、朝渡しておく。」

誰もいない医務室に、僕一人…。しょぼんと兎耳を垂れされると、ロイは苦笑し耳を優しく撫でてくれる。

「いいか、医務室に入ったら鍵を閉めて待ってろ。誰が来ても入れるなよ。」

「うん?分かった~。あのね、僕包帯巻くの上手なんだよ。またロイにも巻いてあげるね。」

「……包帯を巻かなきゃいけない状態にはなりたくねぇがな。」

そう話をしてから、しばらく。僕は仕事が終わると医務室でロイを待つ日々が続いた。仕事も書類整理だけではなく、掃除や食堂での手伝い、模擬戦や練習用の剣や盾を磨いたりと色々とするようになった。そのおかげで、騎士の人たちとも顔見知りになったのだ。でも僕がその日の仕事内容に準ずる場にいないと、すぐにどこ行くのか何の用なのか、会う人会う人、聞かれるのはどうしてなんだろうと首を傾げる毎日。

ロイは今日も遅くなるらしい。寂しい。誰もいない医務室のソファに横になってロイを待っている。夜ご飯用のお弁当を渡されたが、一人では食べる気にならない。でも、もうそろそろ夕食の時間になってしまうので、一応テーブルにお弁当はセッティングしている。

「ロイ、まだかなぁ。」

待ちながら、少しウトウトとしていると、

―――トントン。

扉を叩く音が聞こえ、驚いて飛び上がる。

「な、な、何?だれ?」 

恐る恐る、ソファの後ろに隠れて伺う。ロイは、いつもノックして僕の名前を呼んでくれる。僕は耳がいいから、ロイの声ならすぐに分かるのだ。それでロイが来たことが分かるのだが。

「誰かいませんか?少し怪我をしてしまって……。」

そう問い掛けるような声が聞こえ、僕はびくびくしながら扉に近付く。

「あの、怪我しているんですか?」

「あ、やっぱり誰かいたのですね。明かりが点いているのが見えたので。開けてくれませんか、処置をしたいんです。」

怪我をしていると聞き、僕は急いで鍵を開けて、扉を開けた。怪我は一大事!そもそもここは医務室だし、怪我人のための場所だから、追い返すなんてことはできない。そう思って開けたのだが。

「おや、これはこれは。可愛い兎さん。こんばんは。」

「……副隊長さん?」

遠目で見たことのある副隊長さんがそこに立っていた。

……あれれ。どこを怪我したんだろう。

全身を上から下まで見て、副隊長さんの周りをグルグル回って見るが、怪我をしていそうな様子はない。首を捻る僕を見て、 

「すみません。怪我といっても、指を少し切っただけなんですよ。」

そう言って見えるように指を上げた。確かに、少し切れており血がじんわりと出ていた。

「い、痛そう……。僕、手当します……!」

血を見て、へちょりと兎耳が力を失くした僕は、副隊長さんに座ってもらうと処置台から消毒液を取り出した。

「いきます!」

僕がそう言って処置を始める掛け声を出すと、目を見開いた副隊長さんは、

「っー!!!!」

声にならない痛みを堪える表情で、切れてしまった部分に消毒液をドバドバ掛ける僕の手を急いで止めた。

「う、ウルル君、消毒は、沁みるので、もういいです……!」

必死の形相でそう言われるが、

「でも、消毒しないと……。ばい菌が入っちゃいます。」

僕は消毒液を離さない。

「いえいえ、流水で洗浄したので大丈夫ですから……!」

引き攣った笑顔で何度もそう言われ、じゃあ大丈夫なのかな?とやっと納得した。そして、包帯を巻き始める僕。

「ウルル君、大変ありがたいのですが、ただの切り傷にこれは大袈裟では……?」

「上手にできました。僕、包帯巻くの得意なんです。」

自分の出来栄えに大満足の僕。傷は綺麗にしてちゃんと保護しなきゃいけないので、大袈裟じゃないよ。そう言うと、

「ありがとうございます……。」

どこか諦めたような顔でお礼を言われた。

「いいえ!どういたしまして!」

僕はそれに満面の笑みで返す。

「副隊長さんも忙しいんですか?ロイはまだ忙しい?もう迎えに来ますか?僕、迎えに行きましょうか?」

「えーっと、ちょっと落ち着きましょうか。」

いつもここで一人で待っているため、誰かとお喋りできるのが嬉しくて、僕が話し始めると待ったをかけられた。 

「そうですね、まだもうしばらく多忙な日々は続くと思います。」

苦笑してそう返される。

「今は忙しいから我慢してるけど、ロイね、全然一緒に寝てくれないの。どうしてだと思います?」

僕のベッドが搬入され、そこで寝るように言われてしまった。それでもロイのベッドに潜り込んだりしていたが、朝になって起きると僕のベッドに戻されており寂しい。そう思っておもむろに相談し始める。

「そうなんですか?……えっと、確認なんですけど。隊長とウルル君って、そういう仲なんですよね?」

そう聞かれ、僕は首を傾げる。

「ロイと僕?同居人です。僕はロイのこと好きだよ。」

「……え?つまり、ウルル君の片想いですか?自分の家に住まわせておいて?」

何故か副隊長さんは唖然とした表情で僕を見る。

「うん?一緒に住んでます。僕ね、ずっとロイにくっついてるよ、ぽかぽかするから。ロイ好きなの。」

ご飯も作ってくれるし、洗濯もしてくれるし、くっついても好きなようにさせてくれるし、ギュってしてって言ったら偶にしてくれるの。そう続けると、

「……あいつは囲うだけ囲っておいて、何をしているんだ。」

何故か頭を抱え出した副隊長さん。どうしたんだろう。

「副隊長さん、指痛いの?包帯変えますか?」

傷が痛みだしたのかと焦る。

「はぁ……。いえ、大丈夫です。もうそろそろ、迎えに来ると思いますよ。」

そう言われ、僕はパアッと嬉しくなる。まだかな、まだかな、とそわそわしていると、


―――バンッ!

「ウルル!」

扉が勢いよく開かれて、どこか焦った様子のロイが僕の名前を呼んで入ってきた。僕は、呼ばれた!と嬉しくなって勢いよく入ってきたロイの胸に飛び込んだ。

「はっ、何だ、ウルル?…はぁ。お前か、何してんだよ。」

難なく受け止めてくれて、ギュッとして貰えたことで僕は満足。でも、僕じゃなくて副隊長さんに顔を向けて話し始めたロイ。

「怪我したから来たんですよ。丁度開いていましたので。」 

「分かってただろーが。だいたい、ちょっと切っただけだろ。何を…何だその包帯。そんなに重症だったのか?」

「いえ、これは……。」 

「僕が巻いたの、上手でしょ!あのね、僕ね、消毒してきれいにして包帯巻いたの。僕がしたんだよ。」 

褒めて褒めてとスリスリ顔をロイの胸に擦り付ける。

「……ウルル。お前、扉開けるなって言っただろーが!」

「ぴゃっ!」 

だが、副隊長さんがいることで言いつけを守らなかったことがばれて怒られる。兎耳を垂らしてショボンとする僕を、ロイはため息をつきつつも頭を撫でてくれる。気持ち良くて頭を押し付ける僕。片手だけを僕の背中に回して、引っ付く僕を支えてくれているが、両腕で抱き締めて欲しい。 

「ギュってして。僕ちゃんと待ってた。」

「約束破った馬鹿うさぎが何言ってやがる。」

「うぅ、だって怪我してたんだもん……。」

「あんなもん、怪我の内に入るか。」

そう言いつつも、仕方ないとばかりに抱き締めてくれるロイ。好き。

「……俺は一体、何を見せられているんでしょうか。」 

そんな僕たちに溜め息をついた副隊長さん。

「で、何しに来たんだよ。そんな傷でわざわざ来ねぇだろ。」

ロイが副隊長さんに聞くと、

「会う機会が中々ありませんのでね。あなたは紹介してくれませんし。まぁ、何故紹介してくれないのかは分かりましたが。……まさかのただの同居人とは。」

呆れたようにそう返ってきた。それにロイは片眉を上げた。

「見ててこいつ、危なっかしいんだよ。何回注意してもすぐに忘れやがる。見えるとこに居させる方がマシだ。」

「……まさか、囲っているのは無意識なんですか。はぁ、もういいです、変に口を挟むとややこしくなりますからね。後はお二人でどうぞ。」 

副隊長さんは、そう言うと僕に手を振って出て行ってしまった。どういう意味だろうと首を傾げる。そして、まだ開いていないお弁当を抱えて、ロイと家に帰るのだった。 

「誰が来ても扉は開けんなって言ったよな?」 

「うぅ、でも怪我人……。」

もうその話は終わったと思っていたのに、まさかの帰ってからの怒られ発生。

「万が一でもねぇとは思うが、もし賊や強盗とかだったらどうすんだ。お前なんかパックリ食われて終わりだぞ。」

それからも懇々とお説教され、

「うぅ、食べられるの怖い……。もう開けない、閉じこもる。もうベッドから出ない……。」

しくしくと泣く羽目になったのだった。





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