15 / 43
僕の身が持ちません
しおりを挟む1ヶ月が経過。ミルはまだ戻らない。そんな中、今日は昼食後に陛下が部屋に訪れた。
僕は陛下が来る度に、また以前のようなことになるんじゃないかと内心ドキドキしてしまう。顔に出さないように努めてはいるが、心の中では何人もの僕がティーカップ皿を盾のように掲げじりじりと後退している。それ察しているのかいないのか、陛下は僕を見ると機嫌が良さそうに尻尾を揺らす。
·…··どういう感情なんだろう。それはそれとしても、目で追いそうになるのでその魅惑の尻尾を揺らすのはやめて欲しい。
「あの、陛下。ミルはいつ頃戻る予定なのでしょうか。」
座った陛下に、未だ戻らないミルの帰還とともに、赤ちゃんは無事に産まれたのかも聞きたくて早々に投げかけた。すると、陛下の金色の瞳の奥で瞳孔が大きくなったのが分かった瞬間、空気がずんっと重くなったのを感じた。
···な、何で?僕何か変なこと言った?
明らかに怒ったであろう陛下の様子に萎縮してしまう。僕より一回り、二回りも大きい陛下に怒りをぶつけられたら、いくら何でも怖い。獣人と人間の力の差は歴然としている。一般の獣人なら、僕にだって勝機はあるだろうが、陛下は別だ。ジーン国、獣人で成り立つこの国は強者こそ王者。
王は血では決まらない。ただ、強者の血族は、力も戦闘力も抜きん出ている者が多いのは事実。レンウォール陛下は歴代の王の中でも圧倒的な頂点に君臨する。
そう、この国を歴史を学ぶ上で教わった僕です。
…····怒られるのは怖い!でもその尻尾で叩かれるのなら甘んじて受け入れる所存。
ドキドキが加速している心臓に喝を入れる。
「先日、無事に産まれたと聞いたが、まだミルの助けがいるだろう。後1ヶ月の休暇を与えている。···ずいぶん、ミルを気にしているようだな。」
1~2か月とは言っていたが、後1か月は帰ってこないのか。赤ちゃん生まれたって!万歳!新しい獣人の赤ちゃん万歳!
不穏な空気は感じているが、理由が分からない以上は下手なことを言えない。心の内では何人もの僕が冷や汗を滝のように流している。
「いえ、1、2か月帰ってこないとはお聞きしていたのですが、正しい期間を知っておこうと思いまして。では1か月後に戻る予定なんですね。」
とりあえず、当たり障りなく陛下の言葉に納得しましたよ~とのニュアンスを含ませてみる。
「あぁ。早く戻って来て欲しいのか?」
この話をすぐにでも終わらせたいのだが、陛下は何か気に障ったらしく続かせようとしてくる。僕のHPは減っていく一方なのだが。戻って来て欲しいが、それをそのまま言ってもいいのか判断がつかない。視界にいるアルエードは何やらおろおろしているし、全く役に立ちそうにない。主人が困っているのだから、鼻血を拭き出してみるなり、腹痛で立ってられなくなる等のアクションぐらいして欲しいものである。後で特訓しようねアルエード。
「…いえ、お産は大きな事ですので。」
他に何と言えというのだろう。陛下は僕の顔を真っすぐ見ているし、僕は視線は外しているが何か責められているように感じて少し声が固くなってしまった。
「ニア。怖がらないでくれ。怒ってるわけじゃない。」
そんな僕の心情を察したのか、落ち着いた陛下の声が聞こえた。
「いえ、怖がってなど…っ!」
話が逸れていくことを祈りながら返答すると、陛下の手が僕の手をとり、そっと指先に口付けられた。
「すまない。狭量だったな。」
上目遣いで顔を上げた陛下を、至近距離で直接見てしまった僕はその麗しさに思わず両手で顔を覆ってしまった。
…み、耳が!獣耳が少し垂れて…!
無理だろう、こんなの。何だ、僕は試されているのか?さっきまでの怒った感じからの垂れ耳と上目遣い。ギャップがすぎる…!降参だ、もう全面降伏する。
顔に当てた手を離すこともできず、他のリアクションも取れず、僕はそのまま静止する。ちょっと考える時間を下さい。ちょっと僕のことは放っておいて下さい。
「ニア。顔を見せてくれ。嫌だったか?」
嫌だったはずがないだろうと思われている声色に、僕は否定することもできない。すると、僕の頭に温かい感触がしてピシッと固まる。スンッと吸われる感覚に、バッと顔から手を離し陛下と距離を取ろうと反射的に動いた時、それよりも早く陛下の手が僕の腰に回り引き寄せられた。そのまま再度、陛下の顔は僕の髪に埋められる。
「柔らかい髪だな。それに、美しい色だ。」
密着した体に、陛下の息が直接触れているこの状況。展開が予測できず僕の精神が追い付ていない。それでも、それにしても、急に距離を詰めるのであれば先に言っておいて欲しいんですが!?
もうこの距離感にいたたまれなくて、少し身じろぎをする。
「……ニア。」
腰にあるものとは反対の手を僕の頬に当てた陛下は、僕の顔を上げるように向かせ、目が合ったと思った時、陛下の顔が近付いてくるのが分かった。その時、
……コンコンッ!
誰かの来訪を告げるノックの音に、僕はビクっと肩を揺らす。
「……時間切れだ。」
陛下はそう言うと、すっと僕の頬を撫でるように手を離し、立ち上がる。
「また来る。あまり他の男に懐くな。」
身を屈めて、放心している僕の耳元で言い放った後、陛下は扉へと歩いて行った。
……もう、今日は寝よう。
出て行った扉を見つめ、未だ放心状態の僕はアルエードに寝室を整えてくるように伝える。
僕の精神と身体は疲労困憊だ。もう何も考えたくない。布団を被り、目を閉じると陛下の顔や声が頭に浮かび、寝るどころじゃなくなった僕は結局、アルエードの特訓について本人と相談しようと寝室から出たのだった。
781
お気に入りに追加
1,097
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる