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狂人と言われる理由を自覚した
しおりを挟むここでの侍従は、白のレース様の帽子を被り、耳が見えない。スカートだからか、尻尾も見えない。こうして見ると、普通の人間のようだ。
「こちらでございます。」
案内されたのは、広々とした細やかな装飾が至る所に施された部屋。
「案内ありがとう。戻って良い。」
目を合わさず、侍従に言い放つと頭を下げ部屋を出て行ったのを目の端で捉えた。足音が遠ざかっていくのを聞き届けた後、
「ねぇねぇ、見た!?レンウォール陛下、すっごい美獣人!あの尻尾絶対ふわふわだよ!あ~ブラッシングしたい~。」
鼻息荒くアルエードに詰め寄る。
「落ち着いて下さい、ニアノール様!それより、さすがでございます。この調子で、くれぐれもお願いしますね、ね!」
……せっかくの気分が台無しになるようなことを言われて僕は激萎えです。
ムスッと口を尖らせて、拗ねてますアピールでアルエードを睨む。すると、そんな僕にアルエードは、
「……うっ。そんな顔で見ないで下さい!私は坊ちゃんを思って…!ま、まぁ、私だけがいるところでしたら、存分に話を聞きますとも、ええ。」
咳払いをしたアルエードがそう言い放った瞬間、僕はそれから3時間ぶっ通しで実際に見た獣人について語り続け、夕食を知らせるドアのノックにアルエードがすぐに反応したのは言うまでもない。
―――案内された部屋での夕食は、僕一人だった。傍にいる侍従も先ほどの者。
……これは徹底的に獣人を配置しないようにされているな。
顔には出さずとも、心は落胆の嵐だ。何人もの僕がティーカップの中の紅茶を溢している。そんな僕をチラチラと気遣うような視線を向けるアルエードは、ちょっと分かりやすすぎるんじゃないかと思う。
夕食を済ませた後、部屋に戻るとドアをノックする音が聞こえた。もう休むからとアルエードは下がらせている。不審に思いながらも、ドアを開けると、そこに立っていたのは黄金色の髪を持つ狐の獣人が微笑みを浮かべ立っていた。
「……何か用?」
無表情で聞く僕に、気分を害した風もなく、その獣人は言った。
「夜分にすみません、僕はミルワードと言います。ミルと呼んでください。ご相談があるのです。あなた様が獣人嫌いということは承知しておりますが、どうか話を聞いて頂けないでしょうか。」
獣耳に目がいきそうになるのを堪え、揺れている尻尾を目の端に捉えながら頷いた僕に、彼の目の奥が少し揺れたのが見えた。
獣人嫌いの僕が、まさか部屋に招き入れるとは思わなかったのだろう。でも言わせて欲しい。
獣人の国に来たのに、見られたのは馬車内で遠目でだけ!美獣人の陛下は5分も鑑賞できずすぐに退室!他の獣人は耳も尻尾も隠され普通の人間にしか見えない!きっとこれを逃せば、リューン国に帰るまで獣人を思う存分見られる機会はないに違いないと悟ってしまったのだ。
王族として来ていることは百も承知。
でも、それでも、今日1日で悟ってしまった事実は僕には耐えがたい。もう一度言う。耐えがたいのだ。
一歩、王宮から出れば獣人で溢れているのが分かっているのに、行けない現状。今思えば、自国では王宮内であれば、飼っている猫も犬も馬もナマケモノもウサギも、その他の子たちだって、愛でて吸えてお世話できたから、外では我慢できたんだ。
でも、ここではどうだ?何もできない!何も愛でられない!狂人と呼ばれるのは不本意極まりないが、もう狂人でもいい!我慢できる狂人なら、そもそも王族を辞めたりしない。先人達が、我慢できず外へ飛び出した気持ちが、痛いほど分かってしまった。
1日で我慢の限界を悟った僕に来訪してきた狐獣人。こんな飛んで火にいる夏の獣、逃すはずがなかった。
ポーカーフェイスを貫き、内心はこの獣人を捕らえるにはどうしたらいいだろうと危ない思考で埋め尽くされている僕は、ミルをソファへ促した。
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