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狂い桜と狼(三島視点) 後編

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「ユル……サナイ……」

 闘技場に響く巨大な鼓動。
 ――ドクンッ。と、何かが目覚めるかのような。
 全身の毛穴が開いて、やばい汗が吹き出す。
 嫌な予感が……背後で何かが起こっている。
 急いで距離を取らねえと。

「おい、まだ終わってねえぞ!」
「三島! 後ろじゃあああああ!」

 猪俣と源ちゃんが叫ぶ。
 だいじょぶだ。俺も気付いてっから。

 振り返ると、倒れ伏すアザミの体に黒い稲光が走っていた。
 全身のコブがさらに大きくなり、それにつられて全身がビクンビクンと跳ね上がる。

「許ざだいいいいぃ!」

 金切り声とともに、アザミの体が膨らんでいく。内側からボコボコと沸騰するかのように。
 皮膚は裂け、内側がめくれ上がる。
 その肉は、赤から茶色へと徐々に変色していく。

 攻撃するべきなのか。
 今がチャンスに思えるが、脳は行くなと言っている。
 ただ見ていることしかできない。

 いつの間にか、アザミの体がずいぶんと大きくなっている。太く、高く、見上げるほどに。
 その体から、砂地に血管を形成するかの如く何本もの触手が伸びて、放心状態のアラクネーに巻きつく。
 蜘蛛人間の体が、ストローで養分を吸いとられたかのように萎れてしまう。
 干からびた抜け殻の顔は、どこか恍惚としていた。

「アハッ……アハハハハハッ! パパ……いいよね? 終わらせても……いいよね?」

 地鳴りのように野太い声が響く。声の主は、つい先程まで人の形をしていたはずなのに。
 自らをアザミ・ヴォルデガーナと名乗っていた女の成れの果て。
 闘技場に桜が咲いた。何万年生きたかも分からない、屋久杉のように巨大な桜が。
 その花弁は、鮮やかな桃色。血色のいい女子おなごのほっぺを彷彿とさせる。

「――【ついの陣】」

 自らの枝葉を揺らすと、花弁が舞う。擦れて、地面に触れて、その度にシャランと透き通った美しい音色を奏でる。
 三度目にもなると、嫌でも分かっちまう。次は何が出てくるのやら。
 闇色をした召喚の光もっとめんどくさそうなやつが砂地を覆い隠す。

「んだからよぉ、こういう相手は源ちゃんが担当だっぺ……」

 地面から、タラの木に似た無数の樹木が生えてくる。あれもモンスターなんだべな。
 俺は整体師で、木こりじゃねんだが。
 闘技場がもはや森と化している。

 思えば、最初にあの女の心臓を狙い全力の突きを放ったとき、乾いた何かに当たった感触があった。フェンリルの牙でも傷一つ付けれないほどの何かが。
 姿、声、立ち振る舞い。人間と似ているからと誤解していたが、最初からモンスターだったんだべな。
 そもそも心臓なんてなかったのかもしれない。あいつの胸にあったのは、おそらく種子だ。

 "アザミたん……どこ?"
 "お前のアザミたんは随分前からいなかったけどな"
 "トレントかな?"
 "トレントなら可愛いもんやろw  あれは、アザミトレントや!"
 "はぁ……馬鹿ばっか"

「イビルプラントを従えて、ついにアザミ様が最終形態になりました! この姿を見せるのはいつぶりでしょうか! こちらもワクワクしております!」

 オットマンが今日一番の興奮を見せている。観衆のモンスターもギャーギャー騒いで耳が痛い。
 これを倒せば今度こそ終わりか。……ったく、俺は最低の気分なんだけどな。
 猪俣の相手は何だったんだべ。あっさりやられやがってよ。
 俺は二体目でこんなに苦労させられてんだ。早く源ちゃんにバトンタッチして、あいつにも地獄を見てもらわねえとな。

「気合い入れるべ!」

 両頬を叩き、最終決戦に望む。
 敵は地面に根を張っている。高速で動いてくることはまずねえべ。
 となると、闘技場を埋め尽くさんばかりに生い茂るイビルプラントが攻撃手段になりそうだ。刺々していて、移動するにも厄介だしな。
 どんくらい硬いのか分かんねえけど、アザミの元へたどり着くには何本か刈らないことには始まらない。
 まずは、タラの木を狙う。

 頭から伸びる緑の枝。そこから生える葉は、よく見ると手のひらの形をしている。
 俺が近づくと、危険を感じて警戒しているのか細長いみきを揺らす。
 射程距離に入ると、軟体動物のように体をくねらせ、鋭い棘のついた体を振り回してきた。これはそれほど速くない。
 だが、周囲のイビルプラントどもが連動して枝を伸ばす。自由自在に動く、この攻撃が凄まじい。
 まるで獲物を捕まえようとする触手……いや、罪人を裁く鞭だべか。

「ほら……見て……? パパの敵が……死ぬよ? みーんなあたしが倒してあげる……」

 枝が上空でしなり、一気に加速しながら迫ってくる。
 射程を読み、後ろに飛んで距離を取るが、盾だけは念のために構えておく。
 イビルプラントの鞭は伸びきり、盾に触れる直前で止まる……が、左右に広がる手のひら型の葉っぱが閉じて、包み込むように折れ曲がり、盾の裏側を叩く。
 銃声に似た空気が炸裂する乾いた音が、衝撃波を巻き起こす。避けたつもりが、大気の振動で頬が痺れてしまう。
 さっきの蜘蛛がどんだけ優しかったか。

  "パパ、聞こえるのかな? 玲央れおがね、おじいちゃん負けないでって応援してるわよ。もう泣いて騒いで大変なんだから。早く帰ってきてね。パパを信じてる"

 ……玲央?
 見てんのか。
 おんなし同じ布団で寝てたもんな。じぃじがいなくなったのに気付いちまったんだべ。
 ニュースでは、各所の状況を報告しているはず。街にモンスターが現れちまってんだから、みんな不安だろう。
 俺はいま、孫に何を見せている?
 娘は、どんな顔で俺のことを心配している?

輝子てるこ、玲央、すぐっからよ! ちゃーんと録画しとけ? こっからかっこよくなっとこなんだ!」

 ……全力?
 出し切ってたら、なんで俺の体はまだ無傷なんだ?
 足りねんだべな。甘えちまってんだ。きっとどっかで、セーブしちまってる。
 限界ってのは、自分の想像を超えたとこにあんだべから。

 "ロン毛いったれ!"
 "おい、いじるなw  玲央くんが見てるんだから!"
 "玲央ちゃんかもしれないぞ?"
 "輝子も見てる!"
 "やめーやwww  三島さん、勝ってください!"

「三島よ、ワシが策を授けてやろう。木を切るにはチェーンソーじゃ! チェーンソーを使え!」
「空気読めよまぬけ……」

 はいはい、分かってるよ源ちゃん。ふざけなくても伝わってんだ。長い付き合いだもんな。
 秘孔を突いたとこで効果なかったんだから、全力で叩っ切れってんだべ?
 素直じゃねんだから。

「コメントも、カッパも、後でまとめて説教だかんな!」

 どこへ行ったってイビルプラントが生えてんだ。あれと遊んでたら、こっちの体力が尽きちまう。
 枝も葉っぱも追いつけない速さで俺が動けばいい。
 太いぶっといアザミだって、切り倒せばいい。

 覚悟を決めると、力が湧いてくる。
 限界を超えろと、背中を押してくれてるみてえに。

「うおおおおおお!」

 気分の高揚、爆発しそうなエネルギー、全て口から吐き出して、大地を蹴る。
 その瞬間、俺の体が風になった。

 時間の流れが違う。両目に映る景色が早送りされているかのよう。
 背後でパァンパァンと鳴る手拍子だけは、さっきと変わらない。
 集中力が途切れないのは、こんな中でもちゃんと脳が情報を処理できているから。俺だけが速いんだと、不思議と理解しちまってる。
 怖い感覚だけども……今は忘れて飲まれてみよう。

「あたしの体に……傷をつけれるはずない。だって……パパがくれた力だから……。絶対……負けない……。パパが倒したフェンリルなんて……仔狼ごときが、あたしに近づけると思うな! ――【血桜けつおう暴陣ぼうじん】!」

 ……桜が散った。
 巨大な桜が羽ばたくように枝を振ると、無数の花弁が宙を舞う。地上に落ちることはない。たくましい幹を中心に、渦を巻いていく。
 その花弁はあまりに鋭く、自身を守る周囲のイビルプラントさえも切り刻む。
 雨粒を躱せる者などいない。人が通り抜ける隙間などないのだから。あの桃色の竜巻は、そういう類いのもの。
 難攻不落の城が巨大な門を閉ざした。攻守を兼ね備えた、今の俺にとっちゃ最悪のスキルだ。

「ワシなら行く! 怯むな三島!」
当たり前だあったりめえだべした! こっちの腹はもう決まってんだ!」

 盾を前に、荒れ狂う桜吹雪の中へと突っ込む。
 ピンクの刃は、幸いなことに半時計回り。気流で軌道を変え、俺の体表を擦りながら流れていく。

 相手は、魔王軍最強の矛というわりに、ずっとけんに回っていた。
 おそらく、最初にかまして胸を突き刺してやったときから、俺にずっとびびってやがんだ。
 だからまた、あいつアザミは自分を守ってる。

 迷わない。
 目は開けたまま。
 耐えて、耐えて、真っ直ぐに進む。
 桜を恐れる日本人なんていねえべ。
 真夏にお花見なんて洒落てっぺした。
 左耳が裂ける。
 首の後ろが抉れて血飛沫が吹き出す。
 すべてはこの一瞬のために。 

「覚悟しろよ? 獣の牙が食い込むぞ!」

 左足で大地を踏み締める。
 盾を外側に振り、大きく体を開いて腰を回す。
 スピード、パワー、回転、全部を乗せた盛りだくさんな木こりの一撃を……叩き込む!

「――だらああああああっ!」

 乾坤一擲けんこんいってき。牙狼の剣が太い幹に食い込む。

 まだだ、まだ足りない。
 気持ちを乗せろ!

「ぶっ倒れろおおおおおおお!」

 脳裏をよぎる家族の顔。涙を浮かべる孫の姿。
 力が爆発する。
 右腕の皮膚が弾け、腰に痛みが走る。
 一閃……振り抜いた剣は刃の道筋を作り、桜の大木をへし折った。

「……パパ……どうして」

 悲しげに甘い香りを残し、アザミの体がちりとなって消えていく。
 異国のジャングルと化していた闘技場は、いつの間にかただの砂地に戻っていた。
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