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未来を切り開く侍(三人称)

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五鬼衆ごきしゅうよ、街を襲うのだ! 人間どもの魂を魔王様に献上せよ!」

 四天王――ギリエ・ガーストリッシュの号令で、巨大な五体の青いオーガが低い声でうなりながら動き出す。一歩踏み締めるたびに大地が揺れる。とてつもない力を内包しているようだ。

 "あんなのが街に出たら、北茨城も終わるぞ"
 "福島まで来たりして……"
 "むしろ福島から応援に来てほしいよ"
 "福島って有名な探索者いたっけ?"
 "知らんけど、じいさんばあさんは多そうw"

「じい様! あのでかいのは僕が追います!」
……いや、け……。無理はするなよ?」
「はいっ! 行ってまいります!」
「うむ。すぐに追いつく」

 五鬼衆と呼ばれたボス級のモンスターを放置しては、間違いなく街は崩壊するだろう。
 あれをまとめて相手取るにはまだ早い……そう思いながらも、最愛の孫であるコモリを向かわせたのは苦渋の決断だった。

 加藤は、射殺さんばかりの視線でギリエを貫く。
 ギリエもまた、邪悪なオーラを放つ大剣を上段に構えて加藤を睨みつける。
 空気が変わった。どんよりと重く、背筋が凍るような寒気。青いオーガの群れも、それを囲む探索者たちも、示し合わせたかのように動きを止めて距離を取る。

「魔剣『死喰しくらい』の力を見せてやろう。――【エン】!」

 上段から振り下ろされた死喰らいが空を斬ると、歪な刃がなげきの悲鳴を上げた。
 放出された闇のオーラが形作る二つの頭蓋骨。カタカタと笑いながら、意思を持つが如く空中を飛び回る。左右に分かれて、挟み撃ちを狙っているようだ。

「空和一刀流――【蛇頭舞踊だとうぶよう】」

 湖を泳ぐ蛇のような動き。ゆらゆらと右へ左へ……目で追えるほどにゆったりとしている。
 大口を開けた漆黒の髑髏どくろが顔を傾け、右側から加藤の上半身を、左側から下半身を丸呑みにした……ように見えた。

「――しゃっ!」

 加藤が姿を現したのは、ギリエの背後。すでに刀を振り抜き、残心をとっている。
 独特の歩法で影を残し、敵を誘う。食いついたときにはそこに居ない。大地を掴む鍛え上げられた五本の足趾そくしにより、一瞬で間合いを縮めて相手を斬る。それが、蛇頭舞踊という技。

「……斬れぬか」

 ミノタウロスであっても、首の骨ごと容易たやすく両断してしまう加藤の一撃。袖のないスケイルメイルから先、ギリエの右腕を斬り落とせると思っていた。
 しかし、肉に数センチ刃が食い込んだ程度のダメージしか与えられていない。……恐ろしく硬い魔物だ。
 加藤は奥歯を噛み締める。悔しさからではなく、湧き上がる焦燥感によるもの。すぐに孫を追いかけることが難しいと理解してしまったから。

「人の身で、よくぞここまで戦える。褒めてやろう。吾輩に傷をつけれる者などそうおらんぞ? だがな……真の強者とは、生まれながらに力を宿す。相手が悪かったな」
「傷をつけられて吠えるとは片腹痛い。いつの世も、最後に立っている方が強者と決まっておる!」

 空和一刀流には多種多様な歩法が存在しているが、加藤が口に出すのは五本指靴下を履くことにより可能となる独自のもの。
 言うなれば、古来から受け継がれる剣術を基礎として派生させた加藤式。守破離の末にたどり着いた境地なのだ。
 だからこそ、動きの前に技を知らしめる。四天王に自らの名を伝える。今からお前を倒す流派を覚えておけと。空和一刀流に誇りを持っているからこそ……。

 "加藤さんやったれえええええ!"
 "勝つぞ! 絶対勝つ!"
 "四天王だかなんだか知らねえけど、こっちは五本指靴下の加藤だぞ! 一つ多いんじゃ!"
 "両足だから十本だけどなw"
 "コモリンは大丈夫やろか?"

 加藤が距離を詰める。全身を弛緩しかんさせ、倒れ込むように走り出した。一気に曲げ伸ばす力で大地を押し込み、スニーカーの反発を五本指が全身に伝える。

「――【オン】」

 加藤の姿が消えたと同時、ギリエが死喰らいを横に薙ぐ。真一文字に斬りつけられた地面がぱっくりと割れ、そのあとを中心に闇が広がっていく。死者の声が聞こえてきそうなほどに暗い。

 黄泉の沼からは黒紫色の魂を思わせる球体が無数に浮かび上がり、生者を求めるように加藤を追尾する。
 しかし、丁髷ちょんまげをたなびかせるあまりにも動きの速い老人はついて来れない。まるで人魂を従える妖の頭領だ。

 地面を染める闇の沼を避け、加藤がギリエの背後に迫る。

「空和一刀流――【虎牙螺刺こがらし】」

 一見するとただの突き。だが、どこか不恰好ぶかっこうでもある。……それもそのはず、肘が伸びていないのだ。
 胸の前で刀を構えたまま大きく踏み出し、体ごとぶつけるように突進していく。

「ぬるいわ!」

 ギリエがその突きを打ち払おうとした……黒い大剣と日本刀が触れ合うその刹那せつな。加藤は両腕を伸ばしながら肩ごと捻り、肘から手首までを連動させることで強い回転を加えた。
 遠心力とは留める力。火花を散らし、死喰らいが弾かれる。螺旋らせんを描く切先が革鎧を穿うがち、左鎖骨より少し下に食い込む。
 心臓を狙った必中の一撃であったが、わずかばかり外れてしまったのは、四天王の力量が並ならないものであるからこそ。

「ぐうっ……」

 ギリエは、痛みに顔を歪めながらも筋肉を締めて刃を固定し、左手で掴むことで加藤の動きを阻害した。
 全身の力を爆発させたが、引き抜けない。先祖代々伝わる家宝ではあるが、諦めざるをえないだろう。夜の中で揺れる人魂が、歓喜の舞を踊りながら迫っている。
 加藤の背後で、乾いた炸裂音が鳴り響く。まるでマシンガンのように連続した爆発。小さな闇のかたまりが発したとは思えない大気を揺るがすほどの衝撃。至近距離で受けてしまえば一溜ひとたまりもない。

「ご先祖様、申し訳ありませぬ。……拙者の不甲斐なさゆえ、加藤家の命『斬人きりひと』を失いました」

 身を低くして一瞬で距離を取った加藤。悲しみと怒りの入り混じった表情でたたずむ。その視線の先では、空和一刀流の歴史ともいえる名刀が敵の手で真っ二つにへし折られ、ゴミ同然に投げ捨てられた。
 次はコモリが使うはずだった日本刀――斬人。最愛の孫へ、よく技を修めたと頭を撫でながら引き継ぎたかったのに。
 そんな思考が判断を鈍らせ、攻撃を完全には避けきれなかったらしい。直垂ひたたれは所々がボロボロと破れ、えぐれた肩口の傷から指先へと血液が伝う。 

「なんともろい。なんと愚か! 貴様のような剣士が無手では何も出来ぬであろう? 大人しく首を差し出せ。その実力に免じて楽に殺してやる」

 魔剣『死喰らい』を肩に、ギリエがゆっくりと歩きだす。

 "どうすんだよこれ……"
 "誰か他の探索者で武器渡せる奴いねえのか?"
 "四天王には近づけんやろ"
 "こんな強い加藤が負けちまうのかよ……。日本終わったかもな……"
 "コモリン戻って来てー!"

「……あの人を死なせちゃだめだ。うおおおおおおお! 俺の武器を使ってくれぇええええ!」

 静寂を切り裂いたのは、一人の若い探索者だった。さらりと流れるような茶髪に、まだあどけなさの残る優しげな顔。薄い青色が刀身を走るロングソードを握り締めている。
 勇気を振り絞り、加藤のもとへと駆け出した。

「いかん! 来るな!」
「戦いの美徳も分からぬとは……。――【えん】!」

 雑に振られた死喰らいから、人の上背を超える巨大な頭蓋骨が一つ現れた。顎関節の可動域など関係ないとばかりに大口を開け、茶髪を揺らしながら走る青年に向かって一直線に飛んでいく。

「受け取って!」

 空高く放り投げられたロングソードが、縦に回転しながら宙を舞う。
 目の前に迫り来る死を前に、青年は下唇を噛み締める。瞳の中一杯に漆黒が映し出されている……しかし、奥底には希望の光が。
 せめて最後は笑おう。あの老人の心に少しでも負担をかけたくない。そんな思いがあったのだろう。恐怖に強がり、様々な感情をごちゃ混ぜにした複雑な表情を浮かべ、こわばらせながらも口角を上げた。

「う……ぁ……」

 未来を受け入れながらも、体は生を掴もうと無理な体勢から真横に飛ぶ。無慈悲な髑髏どくろが口を閉じると、探索者の下半身がどこかに消えてしまった。

「……小僧、目を閉じるなよ。この剣が茨城を救う。お前の勇気が……四天王を倒すのだ!」

 空中でロングソードを受け取った加藤。着地と同時に上段の構えをとる。
 怒りは鬼の面を貼り付け、頬を大粒の涙がこぼれ落ちていく。睨みつけた者を圧倒するほどの迫力。
 咄嗟に、ギリエは腰を深く落とし、魔剣を横に構えて防御の姿勢をとった。

「空和一刀流奥義――【空断くうだん】!」

 青色をまとうミスリルの剣が黄金の輝きを放つ。直後、大地がぜた。修練により人を超えた強靭な足の指が十本。全てがギアを噛み合わせたかのように地を掴み、後方へと送り出す。
 誰も加藤の姿を捉えられない。四天王ギリエ・ガーストリッシュでさえも。……それほどの速さ。

 夜空を貫き、天まで届くほどに伸びた一筋の光が振り下ろされた。音もなく、まるで空間ごと断ち切るような一撃。
 ギリエの頭頂部から侵入した光刃こうじんは、胸元まで容易く切り裂き、魔剣『死喰らい』を真っ二つにして地面にまで食い込む。
 まさに一刀両断。どれほどの力が込められていたのだろうか。金属を斬っても傷一つ付かないミスリルのロングソードが根本から折れてしまっている。
 ギリエが倒れたその奥に、数百メートルに及ぶ剣筋が地面に深々と刻まれていた。

 "っしゃああああああああ!"
 "スキル!?"
 "これ、コモリンも使ってたやつだ!"
 "地面が裂けちまってる。英雄の傷跡ってか?w"
 "ダンジョン街もぐちゃぐちゃになっちゃった"

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す青いオーガの群。その背後を討つ探索者たち。
 脇目も振らず、加藤は下半身を失い死にかけている青年の側で膝をつく。地面を染める赤色が、もう長くないことを物語っている。

「小僧! 生きておるか?」
「やっ……た……」
「喋れるなら元気一杯だの。これを飲め!」

 直垂ひたたれの胸元から取り出した小瓶。一対の翼があしらわれ、見たことのない葉や花の模様が刻まれている。
 青年の体を横向きに起こし、無遠慮に口の中に放り込んだ。

「……ありがとう……ございます。痛みが無くなり……へ? え? えええぇ!?」

 言われるがままに瓶の中身を飲み干したところ、下腹部の辺りを焼かれるような激痛が鎮まった。それどころか、全身が光り輝き、欠損した部位が元に戻っている。
 ダンジョンボスの宝箱から稀に出現する、エリクサーやエリクシールと呼ばれる幻のアイテムだ。
 
「斬人を持ってくるべきではなかったな。刀を失うことを恐れた拙者のミスだ。すまない……」
「い、いえっ! そんなことありません! あなたのおかげでみんなの命が救われたのですから」
「そうじゃ、剣の弁償をせねば。予備の武器は孫に預けてしまっているし……ふむ。お主、剣術に興味はあるか? 落ち着いたら連絡してくれ」
「え? ……あ、はいっ! 必ず!」

 加藤は名刺を手渡すと、すぐに走り出した。街を踏み潰しながら進む五鬼衆と戦うコモリの後を追うために。
 ……愛刀『斬人』を折られてしまった後ろめたさを抱えながら。
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