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おじいちゃん、深層へ

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「ちょ、ちょっと待ってください。自分、深層なんて行ったことないですよ?」
「あたしもイシスのみんなと挑戦してみましたが、深層は無理でした……」

 上層の難易度を一としたとき、下層で十五、深層だと五十くらいじゃろうか。それほどに違う。
 深層からは、盾が必須になるからのぉ。攻略法と呼べるようなものは存在せず、ただ相手の動きに対処を強いられる。
 ばあさんは盾無しでも戦えるが……ぬ?

「っしゃあああああ! ミノタウロスから肉が落ちよったぞぉおおおお! 北村、お嬢、今夜はワシの家に泊まれ! ばあさん、ステーキ祭りじゃあああああ!」

 血を失い、ダンジョンに吸収されていったミノタウロスから巨大な肉の塊がドロップしよった。五キロ分はあるじゃろうか。
 表面がこげ茶色で肉には見えんが、この部分を削ぎ落としてやれば、こまかくサシが入った極上の牛肉が顔を見せる。
 オーク肉も美味うまいが、ミノタウロスから出た肉は次元が違う。少しオレンジがかった赤身は旨みが恐ろしいほどに強く、一口含めば油断しておると天に召されそうになるからのぉ。

「おじいさんったら、ダンジョン産の肉に目がないんですから。……あら、向こうに宝箱が出てますよ?」
「あれは北村が開けるべきじゃろう。ほれ行ってこい」
「え、自分でいいんですか? あ、開けちゃいますよ?」
はようせい」

 先に倒したブラックワイバーンから宝箱が出ておったようじゃ。金銀財宝でも入っていそうな、木組きぐみで金属の枠が取り付けられたデザインをしておる。
 ダンジョンの宝箱は、鍵穴が無い代わりにブローチ型の宝石がついていて、そこに触れると開く仕組みじゃ。
 もし装備が入っておれば、開けた人のサイズに合った物になる。
 
 ワシの革鎧も、宝箱から出たことを今更思い出した。北村は買い物にでも行くようなラフな格好をしておるから、何か防具を着せてやりたいところなんじゃが。

 "肉との温度差よw  宝箱の方がレアなのにw"
 "うわ、これ何が出るんだろ?"
 "探索で一番興奮する瞬間だよな!"
 "アイテムガチャ感あるw"
 "ビースト北村、運なさそーwww"

「いくぞ! ゴーフレイム!」

 北村が宝石部分を指で突くと、まばゆい光を発しながら宝箱が開く。光は強く大きくなり、収束して球体へと形を変える。
 空っぽになった宝箱は役目を終え、ダンジョンが吸収してしまう。空中に浮かんだ光の玉がゆっくりと地面に落ちると、意思を持ったようにうごめき、アイテムとなった。

「……これは! おじいさんと同じ防具!」
「馬鹿を言え! ワシのはそんなにダサくないわい!」

 これは運がいい。奴め、革鎧を引きよったわい。
 ワシの革鎧は、ジャケット型の上着に小さなマントが付いており、下はレザーパンツのようになっておる。
 対して北村が出した物は、同じくつやのある黒ではあるが、まるでつなぎ……いや、全身タイツじゃな。

「よかったですねぇ、北村さん。ちょっと変ですけど。さっそく着替えてらっしゃい」
「に、似合うかもしれませんよ? ブラックワイバーンの皮なら、防御性能は高いでしょうし」

 嬉しそうに革鎧を拾い上げた北村が、岩陰へと走っていく。
 見た目は違えど、ワシの防具と同じ素材であれば、性能はさほど変わらんじゃろう。
 ミノタウロス以外であれば、下層のモンスターによる攻撃をある程度は緩和できる。生半可な攻撃はつうじないからのぉ。

「着替えてみました! どうですかね? 自分としては、いい感じかなと思うんですが」
「その姿で人前に出ようと思ったお主を尊敬する」
「北村さんが恥ずかしくないなら、それでいいんじゃないですかねぇ?」
「ヒ、ヒーローショーみたいですよ!」

 脱いだズボンを右手に持ち、北村が戻ってきた。
 革鎧が肌にピッタリと張り付き、皮膚と同化したかのようじゃ。お世辞にもかっこいいとは言えんのぉ。
 人型ワイバーンの出来上がりじゃな。

 "クソダセェwww"
 "ま、まあ。売れば高いだろうし……"
 "洗濯してもすぐ乾きそうw"
 "エリカたん、フォローしてあげるなんて優しい!"
 "あんな格好で街を歩いたら職質されんぞw"
 "ビースト北村からタイツマンに名前変えたら?"

「深層までは、エリカとタイツマンに任せようかのぉ。好きなように戦ってええぞ」
「そうしましょうか。エリカさん、タイツマンさん、離れたところからアドバイスしますね?」
「……ぶふっ。あたしはサポートするので、前衛をお願いしてもいいですか? タ……ビースト北村さん」
「みんなひどい……。うおおおおおおっ! カッコイイとこ見せて、ぎゃふんと言わせてやるぞ!」

 あおりすぎてしもうたか。気合いを入れた北村が、モンスターを探しながらズンズンと進んでいく。
 その後ろでは、エリカが油断なく剣槍けんそうを構えておる。

 目指すは深層の最奥にある部屋の入り口じゃ。その部屋の中には、一体の恐ろしく強いモンスターが待ち構えており、ワシらは最奥の魔物と呼んでおった。
 今日の配信は、中をのぞいて終わりかのぉ。

「エリカさん、コカトリスがいます。戦いましょう!」
「あたしが背後を取ります。引きつけてください!」

 岩陰から現れたのは、体高三メートルを超える巨大なニワトリじゃ。真っ白な羽毛に覆われ、尻尾のあたりから生えた二匹の大蛇が、目を光らせながらウネウネと周囲を警戒しておる。
 ワシらが蛇尾鶏だびけいと呼んでおったモンスターじゃな。

「クァアアアアア!」

 大気を震わせるコカトリスの威嚇。翼を広げたのは、体を大きく見せるためじゃろう。
 ブラックワイバーンのように飛ぶことはできんが、奴らはばたくことで加速する。その動きを支える二本足は丸太のように太い。
 後方の大蛇はそれぞれ脳を持ち、独立して思考する。さらに、その情報を三つの脳で共有するからのぉ。
 まあ、蛇を潰してさえしまえば楽に倒せる相手じゃ。牙に血液を凝固させる強い毒が仕込まれておるから、それだけ気をつけねばならんがな。

「タイツマン、こちらから距離を詰めるんじゃ! 絶対にまれるなよ! お嬢は蛇をれ!」
「胴体から切り離せば蛇は死にます! 恐れず根元を狙いなさい!」

 距離を空けては向こうさんの思う壺じゃ。翼の推進力と脚力を利用した突進は、受け止めたら吹っ飛ばされてしまう。クチバシで背を撃たれてしまうしのぉ。
 躱せば蛇の毒牙が待っておるから、近づくが正解じゃ。相手の有利な距離で待つほど愚かなことはない。
 近づきすぎるのもいかんのじゃがな。

「正面から撹乱かくらんする。エリカさんは後ろに回って!」
「はいっ!」

 大きく円を描きながら、遠回りに背後を目指すエリカ。それを目で追うコカトリスの胸元を、北村がロングソードで斬りつける。
 いい連携じゃ。間合い取りも問題ない。

 白い羽根に血がにじみ、コカトリスの瞳に憎しみが宿る。敵と認識された北村は、腰を落として低く構えた。
 その隙に、エリカが背後に回り込む。

「恐れてはいけません! 蛇よりあなたの方が速い! ただ全力で刃を振り下ろすことだけに集中ですよ!」
「いきます! ――せやっ!」

 意思を持ったつたのようにうねる二匹の蛇を意にも介さず、ばあさんの助言を信じたエリカが突っ込む。
 一拍いっぱく遅れて鎌首が伸びるが、すでに剣槍は十分に遠心力を乗せておる。縦に回転した刃が、蛇の根元を断ち切った。
 これで一本。

 剣槍を振り下ろしたエリカの首に、毒液を滴らせた牙が迫る……が、なんとこれを前に出て躱す。
 ばあさんが得意としておる、長物を振った先端の重さを利用して加速する移動方法を取り入れよった!

「上手いぞ!」
「これはお見事!」

 伸び切った体では、エリカの攻撃を避けることはできん。残る一本の蛇尾だおも刈り取ってしまう。

「よし、北村! 脚の付け根に掴まって腹を刺せ!」
「……え? あ、はい!」

 人間と違い、体の構造上コカトリスはももを閉じれない。蛇さえ処理してしまえば、安全地帯じゃ。

 盾を投げ捨てた北村が、羽毛を掴んでコカトリスの太腿にしがみつく。腕と足を折り曲げてぶら下がり、そのまま柔らかな腹をひとき。

「グェエエエエッ!」

 コカトリスが、顔を持ち上げて悲鳴を上げる。
 なりふり構わず暴れ回るが、北村の筋力がそれを許さない。ロングソードを引き抜き、さらに一撃。
 鮮血を浴びながら、何度も何度も敵が倒れるまで攻撃を続けた。

 尾を失い、巨大なニワトリと化したモンスターがどさりと崩れ落ちる。
 ダンジョンに吸い込まれるように消えると、変な格好の男と、目つきのきつい美女が、やり遂げた顔で手を振っておった。
 二人の成長を感じられる素晴らしい戦闘じゃったわい。

 "二人がすごいのは分かるけどさ、それにしても成長しすぎ!"
 "初めて使う武器でこれは、おじいとおばあの教え方がいいとしか言えないw"
 "エリカが尻尾切るときに、北村が前に出てプレッシャーかけてたな。あいつ普段ソロなのに、パーティ戦も知ってるわ"
 "エリカの動きやばかったなw"
 "おばあちゃんの加速するやつだろ? まるで武器に導かれるようでかっこいいw"

「やりました! この革鎧、動きやすくて最高ですよ! いつもよりキレが増してる気がします!」
「……そうか。よかったのぉ」
「おばあ様、だんだん武器が馴染んできました! リーチがあるから、レイピアより強気に戦えますね!」
「女は気が強いくらいがいいんです。適正武器ではないかもしれませんが、性格的に合っていたんでしょう」

 安心して見ていられる動きで下層を進んでいく北村とエリカ。途中、ミノタウロスもでてきおったが、簡単に倒してしまいよった。
 もはや相手になるようなモンスターはおらず、十五階層への階段を下りていく。
 ……この二人であっても、ここから先ではまだ通用せんじゃろうな。紫色の光に包まれた、地獄への入り口――深層じゃ。

 肌がひりつくような空気の違いを感じるわい。
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