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おじいちゃん、スライムを倒す

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 半円状の巨大な洞窟。天井は見上げるほどに高く、横幅は四車線のトンネルくらい広い。所々から岩が突き出たゴツゴツと歪む石壁に囲われておる。
 地面だけは何故かコンクリートで押し固められたかのように平らで、ここだけ人の手が加えられたかのように不自然な光景じゃ。

「懐かしいのぉ。仏の岩窟に来るのは初めてじゃが、この地面を見ればダンジョンに来たと実感できるわい」

 "分かる!"
 "違和感あるよなw"
 "おじいちゃんの装備って高いやつ? ショップで見たことないんだけど"
 "懐かしいってことは、昔やってたんですね。探索者歴はどのくらいですか?"

 そういえば麻奈が、コメントの質問はなるべく返さねばならんと言っておったな。優しく、丁寧に、親切にが配信者の基本じゃったか。
 装備のことはよく覚えておらんのじゃが……。

「探索者歴は、十五から始めてそこから二十年間。三十年前に引退して、再びダンジョンに戻ってきたんじゃ。この剣は、鬼鉄きてつと呼ばれとった。赤鬼あかおに――今はオーガと呼ぶんじゃったか? あやつらの肌のように赤いじゃろ?」

 "すげえ! 大ベテランじゃん!"
 "今まで見た探索者の中で最長かも"
 "鬼鉄? 初耳なんだが?"
 "ショートソードかぁ。赤い刀身は綺麗だけど、不人気武器だからなぁ"

 片手で振らにゃならんから、このくらいの長さが一番扱いやすいと思うんじゃが。逆に、此奴らがどんな装備をしておるのか気になるわい。

「次に、この盾は……なんじゃったかのぉ。丈夫で軽い盾じゃな。昔はみんな一人でダンジョンに潜っとったから、盾で身を守りながら剣で攻撃しておった。この格好が言わば当時の探索者の基本なんじゃ。今はどうなっとるか知らんぞ?」

 "へぇ、勉強になるな"
 "盾の説明適当すぎやろw"
 "ソロとか危険すぎて今じゃ考えられませんね"
 "おかしな爺さんかと思ったけど、言葉に重みがあるわ"
 ”配信ってなると、見た目から入る奴が多いよな。最近は、守備、攻撃、サポートって役割を決めて、パーティのバランスがよくなるように構成するのが流行ってる"

 なるほどのぉ。今は何人かで分担しておるのじゃな。自分の役割だけに集中できるから効率がいいのかもしれん。
 昔は探索者の数が少なく、限られた人数で広範囲を掃討せねばならんので、どうしても一人でやらねばならんかった。
 今は全体の数も増えておるようじゃし、安全面を考えれば複数人で動くに越した事はないじゃろうのぉ。

「最後に革鎧じゃが、何の革かは覚えとらん。この艶やかで高級感のある黒色が気に入っておる。ワシのような紳士の魅力を引き立てておるじゃろ? 柔らかくて着心地がいいのにも関わらず、衝撃を吸収してくれるし、やいばも通さん優れものじゃ。ほれ、この通り」

 鬼鉄の剣で、左手首と肘の間をペシッと軽く斬りつける。スパッと手首を切って自殺するかのようにの。
 まあ、若いもんを楽しませる一種のパフォーマンスじゃな。さっきも言った通り、この革鎧はとても性能が良い。剣の重みだけは感じるが、痛くも痒くもないし革の表面にも傷一つ残らん。

 "紳士はそんなことしねえよwww"
 "あっぶなっ! いきなり何やってんの!"
 "さっきの取り消すわ。やっぱり変なジジイだったw"
 "今ので無傷!? 何の革なのか気になるんだが"

 今時の若いもんは心配性じゃなぁ。これくらいで驚きおったら、木登りなんぞできんじゃろうて。
 このコメントの中にも探索者がおると思うと不安になるわい。

 しかしまあ、ワシらにも責任があるんじゃろうな。技術も知識も継承せんと、勝手に死んだり辞めたりしてしもうたからのぉ。
 ワシも誰かに教えた覚えはないし……そうじゃ!
 今からでもよいではないか!
 この者たちに、ワシの全てを授けてやろう。この老いた体でどこまで行けるかは分からんが、これも先人としての務めじゃな。

「コメントのお主ら、酢羅衣霧すらいむは知っておるか?」

 ”知らない奴おらんやろw"
 "なんかスライムの発音おかしくね?"
 "スライムは探索者の基本っしょ!w"

 やはり、知らんようじゃな。ワシらが赤鬼と認識しとるモンスターを麻奈がオーガと呼んどったからの。おかしいと思ったわい。

彼奴きゃつらの体は、九割以上が消化液じゃ。あれが口の中に入ると、胃液のような酸っぱい味がするじゃろ? だから、という字を当てておる。薄い膜に包まれておるから、羅衣らい。倒すと霧散して消えよるから、。お主らの言うスライムじゃが、正しくは酢羅衣霧すらいむなんじゃ。これからはワシもスライムと呼ぼうかの」

 "知らんかった!"
 "ゲンジすげえええぇ!"
 "なんか先生みたいw"
 "配信が流行り出して、ダンキンがどんどんモンスターに名前つけていって、それが定着した感はある"

 麻奈の言っておったダイコンか。かなりの影響力があるようじゃな。
 さて、そろそろ出発せんと夕飯に間に合わん。オーガよりばあさんの方がよっぽど怖いからのぉ。

「そろそろ始めるぞい!」
『おじいちゃん、バックビューに変更するね。危なかったらすぐに帰るんだよ?』
「なぁに、心配は要らん。それじゃあ行くとしようかのぉ」

 フロートカムが音もなく背後に移動していく。何かが噴射されるでもなく、プロペラが回転するような機械音もしない。不思議な装置じゃ。

 "ハゲとるやないか!"
 "急に一人で会話し始めたぞ。ボケたか?"
 "なんか怖くなってきたw"
 "喋るたびに印象が変わる可哀想な人"
 "ハゲてて草"

 そうかそうか。コメントからしたら、何もない空間と話しておるように見えてしまうか。
 ……ふふっ。ワシは麻奈と喋っておるんじゃよ。自慢してやりたいが、名前を出すなと注意されておるからのぉ。

 薄暗い岩窟を進んでいく。
 足元には、ぼんやりと発光する苔のような植物が所々に見受けられる。ウネウネと伸びた白い花のような胞子体からは蛍と見紛みまごう光の粒子が放出され、幻想的な光景を作り出しておる。

「早速お出ましじゃな」

 茶黒い色のコアと呼ばれる物体を中心とした半透明の球体――スライムじゃ。自重で押し潰されて、ドーム状になっておる。
 ポヨンポヨンと体を伸び縮みさせながら移動する様は可愛らしくもあるのぉ。

 "顔にへばりつかれて窒息死とかやめてな?"
 "それを言うなら喉に詰まらせてじゃね?w"
 "餅やんけwww"

「コメントの皆々様にお聞きしたいんじゃが、このモンスターはどうやって倒しておるかの?」

 "踏み潰してる!"
 "スライムなんてコア斬れば死ぬっしょw"
 "最近は無視してるわ。貼り付かれても剥がして投げ捨てればいいし"

 此奴こやつらの言う通り、スライムというモンスターはコアを破壊してやれば霧となって消滅する。
 内包されておる消化液は、肌の弱い者なら気触かぶれる程度の弱い酸じゃ。長時間触れれば溶かされてしまうが、拭き取ったり洗い流せばそこまで影響はない。
 じゃが……。

みなは、一日の終わりに装備の手入れをするじゃろ? 汚れを洗い流したり、油を塗ったりのぉ。消化液に触れ続けた装備がどうなるか知っておるか? 革はボロボロになり、金属は腐食する。遅かれ早かれ、手入れしたのにも関わらずじゃ。……ということは、触れずに倒す必要がある。まあ、見ておれ」

 "経年劣化かと思ってたわ"
 "たしかに、錆びるの早い気がしてた!"
 "ワクワク"

 近づいていくと、スライムが戦闘態勢をとる。頭頂部を地面方向に大きくへこませる飛びつきの合図じゃ。
 ワシは、深く腰を落としてただ待つだけでよい。

 ――ボヨォン

 体を元に戻す反動と伸びる動きを組み合わせ、スライムがゆっくりと浮かび上がる。ワシの顔面目掛けて飛んできおったわい。
 奴が体を広げて貼り付こうとするタイミング。……ここじゃ!

「スゥ……ブフウッ!」

 狙うはコアの少し下。空気を肺一杯に吸い込み、口をすぼめて一気に吹きつける。

 "……え?"
 "はぁ!?"

 スライムの体からツルンと剥がれたコアを空中に置き去りにしたまま、体液を包んだ薄膜がすり鉢状に形を変えて飛んでいく。
 まるで、膨らませた風船が空気を吐き出しながら宙を舞うかのように。
 その瞬間、コア共々霧となって消滅してしまう。

 "息で……殺しただと……?"
 "ありえねぇwww"
 "何が起きた?"

「表面積を増やしたのがあだとなったのぉ。これがスライムのもう一つの倒し方じゃ。お主らの言う通りコアを破壊してもよいが、体からコアを引き剥がすだけでも死ぬんじゃよ。この方法なら、装備も汚れんじゃろ?」

 "凄すぎて草"
 "ちょっと切り抜きアップしてくるわ!"
 "この人、只者じゃないかもしれません。コアを残して体を吹き飛ばすなんてあり得ませんよ!"
 "やべぇw  一瞬でファンになったわwww"

 ほっほっほ。驚いておるようじゃな。
 この様子じゃと、ワシから若造達に教えられることはまだまだ多くありそうじゃわい。
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