しあわせな遥海くん

菊音花帆

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第十一話

しあわせな遥海くん【第十一話・旅立ち】

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【しあわせな遥海くん・第十一話・旅立ち】


小さな鞄。中身は財布、通信機。
そして肩にかける紐の結び目には、以前遥海から渡された四つ葉のクローバーの形のキーホルダー。
軍手のような手袋で持つのは木の棒。


小宮山騎士は今日、隣町の通称【燃える街】へ旅立とうとしていた。
なんだか申し訳なかったが、マキノにベランダの鳥の事は頼んであった。

たまに餌やりをして欲しい事。そして被害者の会のテントの管理の感謝を述べた。


木村宇宙から【双葉クローバー教・燃える街支部】の話は、調べられる範囲で聞いていた。
それを聞いた騎士は、なんとなく話し合いで解決出来る気がしていたのだ。



そう。双葉クローバー教の幹部の名前を聞いた途端、これは因縁であると気付いた。

(小宮山務)それが現在の双葉のトップであった。


「いや、まさか親父がな…」


小宮山務は、十数年前に宗教に狂い、幼い騎士と母親を置いて家を出て行った。
その張本人と会うのだ。

生きてて何よりだが、当時の怒りや憎しみも少なからずあった。

そして現在の怒りも。


ただ、肉親であることから、神様のクローバーを分けてもらうのは、そう難しい事ではない気がしていた。

幼い自分と母親を置いて出て行ったのだ。
罪悪感を感じていないはずがない。

だからこそそこに付け込めばいい気がしていた。


オンボロアパートを背に、騎士は街をゆっくり眺め、歩く。

この街から出るのはいつぶりだろうか。


三つ葉建設で働いていた頃に、燃える街での現場も踏んでいたので、街までの道のりは知っていた。

変わらず賑やかな街を後にし、むき出しの岩肌や、黒く変色した土の道を歩く。


この地は古代文明が栄えていたが、戦争が終わるころに隕石の落下で滅んでいる。
そう教育課程で教わって来た。

緑が少なく、植物はなかなか育たない。
草木は生きている大地にしか生えず、殆どが黒い土で覆われている。

なので、この世界では農業や林業を営む家は、かなりの富裕層だ。

被害者の会のテント裏の緑も、範囲は狭いが実は珍しい場所なのである。



山道のような緩い傾斜の道。
燃える街に着くまでは他に街を経由出来ないため、時折道の端に食べ物を売る商人が立っていた。


大きめの枯れ木の下など、目印になる場所は彼らの縄張りのようだった。

枯れ木ではあるが、時折鳥が止まっていて目が合う。


「ウチはもうこれ以上増やせませんよっと」


ちいさな独り言を呟きながら、ひたすら歩く。


ふと岩肌に、道端にも鳥が見える。

おかしい。こんなに鳥がいるわけがない。

少し先の大きな岩の上に目をやると、そこにはベランダの巣箱にいるはずのボスが鎮座していた。


「ぼ、ボス!もしかしてついてきたのか!?」

頭のてっぺんに黒いほくろ模様があるボスは「いかにも」と云った表情をしていた。


ボス率いるベランダの鳥の群れが、騎士の後を追ってきていたのだ。


「はは、頼もしいぜ」


その後も騎士の行く先や後に、数羽ずつ群れは着いてきた。

道端の商人から野菜とパンを買い、人気のない場所でちぎって撒くと、ブワっと一斉に群れが騎士を取り囲む。


「お前らちゃんと帰るんだぞ~、マキノに飯は頼んであるからな」


言う事を聞くか聞かないかわからないが、ボス達もたまには広い世界が見たいのだろう。


道端に座ってパンをかじっていると、通信機が鳴った。
遥海からのメッセージのようだ。


「無理しないでね」


そう一言だけ書かれていた。
一番不安なのは遥海なのに、こちらの身を案じている場合ではないのに。


「神様のクローバーを持って帰るだけの旅だ。約束な」


騎士は少しカッコつけて、そう返事をした。

すっと立ち上がり、服のパンくずを払った後、再び燃える街目指して騎士は歩き出す。



日が暮れて、夜が来る。それでも騎士は歩き続けた。

友のため、また訪れる平穏な日常のために。



三日目の朝、燃える街に着いた騎士はその廃れた街の光景に目を疑った。

以前仕事で来た時は、もう少し建物があったし、人も多かったのだ。

プスプスと燻ぶった炎や、キナ臭さ。白煙が登っているいる家もある。


その中でもひと際存在感を増す、黒い彫刻の天使像が入り口に飾られている、立派な家があった。

門番のような人間が一人、入り口に立っていた。

きっとここが双葉の施設だろう。
ぐっと握りこぶしに力を入れ、勇気を出して門番に話しかける。


「あの、双葉クローバー教に入信したいのですが」


すると門番は重たそうな口を開く。


「理由はなんだ?」


「病気の治療がしたい」


すると険しかった門番の顔が、にんまりとしたものになり、建物の中へ誘導される。


病を治すには大金を積むのが当たり前の双葉。
きっとこの門番も、そういった入信者を通せば、おこぼれが貰えるのだろう。

ここで待つようにと指示を受けた騎士は立ち止まる。


かなりあっさり入れたそこは、絵本で読んだ事がある教会のような内装をしていた。
暫くの間、騎士はその光景を見渡していた。

「これも信者の金でかよ…」


ステンドグラスに彫刻に、金や銀の色合い。
立ち眩みがしそうな程に、建物内は派手で立派に装飾されていた。


横長の椅子に腰かけて、少し心を落ち着かせる。

やがて紫色の神父服のような男が、教壇の奥の扉から姿を現した。


「ようこそ双葉クローバー教へ。我が教団への入信希望者は君か?」

「ええまあ、その、そんな感じです」

「病を治したいと聞いておるが、間違いないか?」

「はい」


歩をゆっくり勧めながら、神父姿の男に騎士はゆっくり近付く。


その男の顔を見て確信した。
間違いない、それは騎士の父親だった。


まさか成長した自分の息子と話しているとは気づかない父親は、穏やかな表情を浮かべていた。


「双葉クローバー教には神様のクローバーと云う、どんな病も治せるものがある

さあ、神に願いを届けるのだ!」


両手を高く掲げた神父姿の父を見て、思わずため息が漏れてしまう騎士。


「ウチを出て行ってから、ずっとそんなんやってたのかよ」

「む…?な、なんの話かね」

「お前、俺の顔に見覚えはないか?」


そう言われ、騎士の顔をまじまじと見てくる小宮山務。


「ハッ!ま、まさかお前は…!」


その言葉を聞いた瞬間、騎士はニッと不敵な笑みを浮かべる。

眼の前のこの男は母親と自分を捨てて出て行った憎き相手。


「なんとか生き延びて来たぜ、俺もな」

「す、すまなかった騎士…。理由を話す。だから今この場では、その…」


言いよどむ父を他所に、騎士は真っすぐ父を見据えて勝ち誇ったような顔つきになる。


「まあいい、昔話をしにやって来たわけじゃない。
神様のクローバー、あるんだろ?そいつを寄越しな」


「なっ!いくら我が子といえどそれは…私の一存では与えられぬ、許せ」

「なら見せてくれよ、せめて。そのクローバーを」


「…わかった。付いて来い」


明らかに暗いオーラを纏った父の背中に続く騎士。

言いたいことは山ほどあるが、今は家族の話など二の次だ。


親はなくとも、もう28年間生きてきたのだ。

父の顔を見たら、今更どうこう言う気は不思議と起らなかった。
きっとこの人間は人の親である顔より、聖職者であることを選んだのだ。


建物の奥の狭い通路をたどる。
その先に外へ繋がる木の扉があった。

この先だと案内され、扉を開けると、そこには黄金に輝く四つ葉のクローバーが敷き詰められたように自生していた。


畳で言えば二畳分だろうか。

そこだけ雑草まじりに、神様のクローバーとやらがゆらゆらと風に揺れていた。
小鳥が地中の虫を取って、また飛び立つ。

美しくも儚く、そこだけが一枚の絵画のような光景だった。


「これが…。これが神様のクローバーなのか?」


「ああ。双葉で育てている神様のクローバーだ。

前はもっと各地に点在していたのだが、土地が枯れてしまってな。
今ではもう、ここにあるものだけが自生している本物だ。

私はこれをもっと増やさねばならない」


そう話す父の目には光が宿っていなかった。

単なる義務でやらされているような、そんな風に感じ取れた。


「なあ、四灯病って知ってるよな?…俺の友達がそれにかかってて。どうしてもこれが必要なんだ」

「四灯病か…。四葉の若いのもそうだったな」


その四葉の若いのが騎士の紛れもない友人なのだ。
幸い父は、騎士と四つ葉教のグレイス様に繋がりがあるとは、想像もついていないようだった。


「なあ、俺はやっぱり宗教は嫌いだ」

「ああ、わかっている。母さんもお前も、頑固だったからな」

「いや違う。俺は自分の事を信じてんだ。他の誰でもない、自分の力をな」

「それは過信すると危険な思想だ。双葉のトップも現にそうなのだ」


「俺がそんな大それた野望を持ってるように見えるか?

友達を助けたい。ただそれだけだ」


少し考えたのち、【双葉クローバー教燃える街、支部長】である小宮山務は、ふう、とひとつ溜息をついた。



「一本だけ、分けよう。だがそれでは四灯病を治すのには数が足りぬ。少しばかり永らえるだけに過ぎぬが…」


小さな庭に出て、ポケットから小さなスコップを取り出し、根元から神様のクローバーを一本すくい上げる。


「これは母さんの死に目に会えなかった、私の詫びの気持ちだ」


そう言い終え、騎士に神様のクローバーを手渡そうとした瞬間、どこからか小鳥の大群が空から降って来た。


何事かと後ろを振り向くと、そこにはボス率いる小鳥の軍団が舞っていた。
神様のクローバーを根こそぎ嘴でつまみ、細い足を使って根元からブチブチブチーっと引っこ抜く。


引っこ抜いたと同時に小宮山務の頭や体にも付きまとい、目くらませをしていた。


「な、なんだこの鳥の大群は!こ、これ!抜くんじゃない!」


眼の前の野生み溢れる光景に目を疑った。


ボス率いる小鳥たちは、ずっと騎士の後を付けてきていたのだ。


ナイス、ボス。
帰ったら好物のミルワームを買ってやろうと心に決めた。


「まあ、ありがたくもらってくわ。じゃあな」

「ま、待てちょ、ちょっと待たんか!護衛!護衛~!襲撃じゃ~!」


その叫び声を聞きつけ、さっきの門番が走ってやってくる。


一瞬騎士と目が合ったが、鳥に襲われている小宮山務の状態を見て察したのか、特に何も問われなかった。

門番は剣を振り回すが、小さくて機動性の高い小鳥にヒットする事はない。


騎士はその隙に建物を後にする。
父が持たせようとした神様のクローバーは受け取れなかったが、きっとボス達が街へ持ち帰ってくれている筈だ。


小宮山騎士は、戦わずして勝ったのだ。


これで遥海の四灯病は治せる筈だと、まだ煙が登り、燻ぶっている建物を通り過ぎたその時。

ガラガラと音を立てて崩れ落ちる民家。
とっさに木の棒で防ごうとしたが、騎士はまだ熱を帯びている木材の下敷きになってしまう。


服の上からじんわりと熱が伝わって来た。
軽い木材だったが、丁度屋根の部分が自分に降りかかって来たのであろう。

身動きがとれなくなってしまった。

上半身は動かせるのだが、腰から下が完全に燃えた木材の下敷きになる。



面倒な事になった。


脱出するには人手がいるが、そもそも人が歩いている気配も感じない。
立ち上った白煙の中、前面に落ちた鞄の紐を手繰り寄せ、通信機を探す。


「神様のクローバー、ボス達から受け取ってくれ」


そう遥海に送ったあと、ふと眼の前に神様のクローバーを一株咥えたボスが舞い降りてくる。

騎士の手元にゆっくりと差し出して、小首を傾げていた。


「ボス、ありがとな。俺はまあ、なんとかなるから先に遥海に届けてやってくれ」


返事はないが、ボスはしばらく騎士の周りをピョンピョン跳ねた後、飛び去ってゆく。


「はは…。直接渡せってか」


ボスが置いて行ってくれた神様のクローバーを鞄に大切そうに鞄にしまう騎士。


何故か走馬灯のように、被害者の会の皆で過ごしたテントでの光景が脳裏に浮かぶ。


少しの笑顔の後、青ざめてゆく騎士の表情。

まだ熱を宿した黒い残骸は、騎士の服を火種に、静かにまた炎をあげているのだった。







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