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第三話
しあわせな遥海くん【第三話・パレード】
しおりを挟む【しあわせな遥海くん・第三話・パレード】
その日は朝からよく晴れていた。
カーテンを思いっきり開けると、ベランダには小鳥のつがいが楽しそうに跳ねている。
自然と笑みが溢れる。いつかの食べ忘れたパンがあったのを思い出し、ちぎってベランダに放り投げると、小鳥は嬉しそうにそれをついばむ。
こんな行動を取っている自分に驚きつつも、三年間仕事に追われて余裕がなかったのだと気付く。
今日は国民の休日、鳩の日。小宮山騎士はあのテントへと向かう。
「よう、おはよう」
「おはようございます」
「小宮山さん、おはようございます!」
今日は眼鏡のコスモ君と学生の清水さんしか居なかった。
それはそうか、まだ時間はほとんど朝。他の二人は後から来るだろうと考えながら、適当なソファーに腰かける。
「なあ、ここって適当になんか食ってもいいのか?」
「はい!食べる物は必ず冷蔵庫と棚にしまってありますよ」
「いや~、ありがてぇ」
そう言って立ち上がり、真っ先に冷蔵庫へ向かう。
開けると中には調理された肉料理やサラダ、干した魚なども見えた。果物まである。
パンは棚に山盛りで置かれていたのを確認していた騎士は、食べる分だけ皿によそい、早速朝食タイムに入る。
「小宮山さんのさっきのありがてぇで思い出したんですが、今日は遥海さん来ない日ですよ」
「ん?あいつ、今日来ないのか?」
「はい。鳩の日はおうちのお手伝いで、此処にはこれないそうです」
「ありがてぇ、で思い出したってのは、なんでだ?」
「遥海さんのおうち、今日はパレードなので」
家がパレード?どういう事だと考えたが、全く話が結びつかない。
「魔法少女さんも鳩の日は、旦那さんがお休みだからあまり来れないみたいです」
「まあ、主婦って言ってたもんな」
「で、さっきの遥海の家のパレードってヤツはなんなんだ?」
「えっ!知らなかったですか!?四葉クローバー教のこと」
「よ、四葉なんだって??」
喉にパンを詰まらせそうになるが、再び清水に話を聞く。
四葉クローバー教?張り紙やラジオでそんな名前を見聞きしたことはあった。
「遥海さんのおうち、四葉クローバー教なんですよ。だから大金持ちさんです」
「家の手伝いって…まさか宗教かよ…。え?清水さん、勧誘されてないよな?」
「されてないですよ。遥海さんはここにおしのみで来ているらしいので」
「おしのび、な。…いやそうだったのかよ。確かにあいつ自分の事、俺にあまり話さないからな」
知らないことがまだまだあった。
まさか女子学生から遥海の稼業の事を教えられるとは。
一瞬ここは勧誘施設なのではないかと、疑ってしまった。
「遥海さんはのんびりしてるから、自分から聞かないと教えてもらえなくて」
「で?パレードとやらはどこでやるんだ?」
「いつも大通りを一周してるので、テントから出て路地を抜けたら見れると思いますよ」
「ありがとな。後で覗きに行ってみるわ」
多少のワクワク感はあった。自分には縁のない宗教と云うジャンル。
そしてのほほんとした遥海が、どんな事をしているのかも気になったし、テントに用意されている豪華な食事や、遥海の風貌。一気に話がつながったような気分になる。
単純に。最近知り合い、仲良くなってきた人物の秘密が知れたような気持ちで、楽しい気分であった。
昼頃にこの近くを通ると聞き、騎士はそれまでの間ソファでひと眠りすることにした。
たまに喋る宇宙と清水の声を聴きながら、うとうとと眠りにつく騎士。
正直今は、家にいるよりここが落ち着くのだ。
いつまでも傷心していられないが、せっかく知り合った仲間だ。
大切に友情を育てていきたい。
夢の中で、遥海が何か喋っている。なんだよ、聞こえねぇよ。
遠くへ行くな、戻って来いよと手を伸ばすが届かない。そんな苦しそうに笑うなよ。
遥海、ほらこっちだ。何を喋っている?聞こえる場所まで戻れ!遥海!
「遥海ーーー!!」
「わあああ!」
「ひっ!」
騎士が目を開けるとそこには固まったまま動かない宇宙と清水の姿があった。
「あ、すまん。俺、いびきがうるさかったか?」
「突然叫ぶのびっくりするじゃないですか!もう!おはようございます!!」
「し、心臓一個消えた…」
どうやら叫びながら目覚めたらしい。二人に謝り、夢の中の遥海の姿を思い出す。
「なあ、遥海の事ってクローバー教の事だけか?知ってるのは」
「え?はい。それ以外は私知らないですよ」
「僕も聞いてないす」
ただの夢だがなんだか引っかかった。
母親が亡くなる前にも、こんな夢を見たことがあった。
何かを伝えたがっているが、聞こえないモノクロの景色と水中に居るような世界。
その夢はあまり心が穏やかではなくなる夢。
「そろそろ聞こえてきましたね!パレードの音」
清水の言葉にハッと気付いて立ち上がる騎士。
「ちょっくら気分転換に冷やかしてくるわ!」
「気分転換?」
「ちょっとな、嫌な夢を見ちまって」
「そうだったんですね。いってらっしゃい!」
清水に見送られ、テントを後にし、路地を歩く。
既に辺りからは歓声が聞こえていて、その声とラッパの音が近づく。
「しあわせになりましょう~!四葉クローバー教が貴方を導きます」
「グレイス様のお傍に居れば、幸せが舞い込みます」
機械の音声が怪しげなうたい文句を放っている。
想像よりチープだったが、信仰者がトラックのような乗り物を次々と見送る。
この人だかりじゃ遥海の姿は見つけられないと考えた騎士は、テントへ戻ろうとした。
その時、背後からひときわ大きな歓声があがる。
「グレイス様~!!」
「手を振っていらっしゃる!ありがたい!」
教祖と思われるグレイス様とやらがトラックの上に結びつけられた大きな椅子に座り、手を振っているのが見えた。
顔はフルフェイスのヘルメットのようなものを被っていて、知ることが出来なかった。
それでも多くの人に拝まれているその人物に、目が釘付けになってしまう。
細身の体付き。白くて長い髪。女性なのだろうと、騎士は思った。
そして全体的に白い。これは初めて遥海の姿を見た時も思ったな、と振り返る。
「今月もお姿が見られて良かったわね」
「本当に、お元気そうで。あの噂はやはり嘘ですわね」
沢山の声援に見送られて、グレイス様が通り過ぎようとする。
もう一度そのフルフェイスのメットに目をやると、こっちを向き、小刻みに手を振って来た。
まさかな、俺に向けてじゃないよな?と不思議に思いながら、騎士はテントへ戻ったのだ。
「おかえりなさい!」
清水が出迎えてくれた。
なんだか不思議なものを見たなとぼんやりする騎士に、珍しく宇宙が話しかけてきた。
「四葉クローバー教のグレイス様、病気にかかったらしく、もうすぐ新しい教祖になるという噂が流れてるんす」
「そりゃつまり遥海の親が病気になって、遥海が次の教祖になるって流れか?」
「そうかもしれないすね」
「アイツんちも色々複雑そうだな。あと、あんな人だかりだ。遥海は見つけらんなかったぜ」
「私も何回も見に行ってるんですが、遥海さんは見てないです。
ほら、教団のパレードで歩いてる方って仮面をつけてるじゃないですか?誰が誰だかわからないですよね」
「確かにな。まあ、どれかは遥海なんだろうな」
棚から持ってきた焼き菓子をつまみながら、三人はしばらくの間、四葉クローバー教やグレイス様の噂、遥海の話をしていた。
そのうち清水は宿題をやり始め、宇宙は高級家電パソコーンに向き合いだす。
心地よい沈黙だが、すっかり日は暮れたようだ。
今日は早めに帰るかと、土産に一袋の菓子を持ち、また明日など挨拶をして帰路につく。
アパート近くに差し掛かった時、自分の部屋に人の気配を感じた。
こう見えて力技では負けないだろうと、冷静を装ってドアノブを回すと、空いた。
鍵をかけ忘れて、泥棒に入られたかと思ったが、とりあえず確認が先だ。
「誰かいんのか?」
キツめに声を発すると、よろよろと立ち上がる人型の黒い影。
月明りの逆光でそう見えたのだった。
「山くん?」
「…は?遥海か?」
再び倒れこむ影。
慌てて部屋の電気を点けると、そこには真っ白な衣装の遥海。
あのフルフェイスも足元に転がっていた。
「おまえ!どうしてこんな所に!その仮面ってお前もしかして…!」
「ごめん、この廃墟なら誰も来ないと思ってたのに」
「廃墟じゃねえ!俺んちだ!」
「え…更にごめんね」
熱を出してボーッとしているような様子の遥海。
あの時小刻みに手を振っていた四葉クローバー教のグレイス様はコイツなのか?と、凝視する騎士。
「あー…お前、家の手伝いってソレか?」
「うん。これ」
「帰らなくていいのかよ。教祖がいなくなったら、みんな心配すんだろ」
「やだ。疲れたからここで寝てく」
ちゃっかり布団の上でうずくまる遥海。
向かい合って何か言おうと考えるが、何も思いつかない騎士。
「お願い。みんなにはまだ言わないで」
「ああ、それはまあ分かったが、本当に今日ここに居る気か?」
「居場所ないからね」
「お前なら沢山…ってまあ、訳アリなんだな、お前も」
「そういう、こと」
とりあえず煌びやかな衣装のままだと窮屈で可愛そうに思い、なるべく奇麗な服を探し、それを持たせて遥海を風呂場へ押し込む。
その間、少しばかり残っていた野菜でスープを作り始める騎士。
みんなにはまだ言わないでと、そう言っていた。他の皆にも言えないような事を知ってしまった事に困惑したが、自分が黙っていればいいだけの話だと、騎士は男らしくそう決意した。
「なんかいいにお~い」
「パレードのあと、お前なんも食ってないだろ?」
「凄いね。どうしてわかったの?」
「顔色だ。…その、おまえいつも真っ白いのに、さっきは青白く見えたんだ。
いつもテントで笑ってる時は、あんな顔にならないからな」
「僕っていつも真っ白い?」
「髪も肌も真っ白じゃねぇか。あぁ…?よく見るとそうでもないな、この辺が少し黒い。
染めてんのか?その白い髪色は」
「違うよ。元々白く産まれてきたの」
「…さっきよ、色々考えてたんだ。お前に不信感を持つところだったからな。
ウチは親父が宗教にトチ狂って…家を、家族を捨てたんだ。だからこう、俺は嫌いだ。そういうモノのが」
「じゃあ僕の事も嫌いになった?」
「勧誘してこなきゃ、このまま友達だ」
「友達?…え!いいの?僕、友達いないから嬉しい!」
「みんな友達だろ、被害者の会のテントの連中も」
「でも僕…。まだこの事みんなに話せてない」
そう言ってフルフェイスのグレイスヘルメットを抱えながらうつむく遥海。
その子供っぽい仕草や見た目に、本当にコイツは自分より年上なのかと眩暈がする。
きっと信徒たちに崇められ、慕われ続けてきたからなのだろう。
彼の環境が、彼をこうさせたのだなと、また一つの線が結びついた。
その後は深い話はせず、スープを飲み、どのようにして眠ったのかはあまり覚えていない。
翌朝目を覚ますと、布団にくるまって寝ている遥海の姿を見て騎士は安堵した。
もう少し寝かせてやるか、皆に愛されるグレイス様を。
少しだけ窓を開けて、またパンくずを投げ入れる。
どうやらどんどんベランダに小鳥が増えてきたみたいだ。
参ったな、なんて顔をしながらも、小さなしあわせを騎士は感じていた。
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