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「そう身構えるな。今は何かするつもりはない」
ウィルが毛を逆立てる猫を宥めるみたいに結子を宥めるが、それで宥まるはずがない。
先ほど、危機感がないといったのはどの口か。警戒心剥き出しでそれをすぐに言葉一つで
解くのも愚かな行為だろう。
結子にしてはめい一杯の睨みを利かせてウィルを睨む。
だが、当然だけれどそれでウィルが怯むはずもない。
結局、立場的に不利なのは結子だ。ウィルの言うとおり一人でいたことが
問題だった。助けを呼ぶにも聖域で入ってこれる人間は限られている。
そして、ここで叫んで外まで聞こえるかは定かではなかった。
「愚か者は状況を把握して、それでも下手に騒ぎ立てて噛み付こうとすることだ。
お前は俺の手のひらの上だ。それとも運よく助けが来るのを待つか?
神官長か…それともお前を探しにくるルイ、か?」
それほど都合の良いことが続けば良いがな。
世間話のように自然と話して嫌味にもならないのか平静な顔で行ってくる。
それが屈辱だった。まさに今の結子にはそれしか目の前の敵に対抗する術が浮かばない。
結子は非力だ。
相手は軍人もかくやと一目見て鍛えられた肉体だと分かる。隆起した胸、腕。
引き締まった腰、足。蹴られただけでどれだけのダメージが結子に襲いくるか
それを考えるだけで恐ろしい。
喧嘩という喧嘩を現代っ子らしく経験したこともなければ
殴り合いで勝つとか、格闘技の技でなんて無理難題過ぎる。
受身も取れないのに投げ技なんか知らない。
遊びでだって兄弟とプロレスごっこもしたことがないのに、ラスボスのような男に敵うと思うか。
それでも逃げるのが嫌だ。
結子は瞬発的に答えを出した。それは悲壮な答えだ。
でも、男に諂うなど毛頭なかった。
「…。」
「沈黙か、それも聡い一つの選択だろう」
目の前の男のイメージが少し変化する。
それまでは絵に描いたような傲慢な男だったが、急になにか遠くをみる。
はかない男に見えて目の錯覚かと疑う。
「いつまでお前らは神木に依存したきりなのだろうな…。」
誰に対してなのか、吐かれた言葉に結子の答えはない。
その言葉自身、男が結子に吐いたようには見えなかった。
結子を通してその背に見える何かに。ウィルは苦言を表したのだろう。
それに結子も興味を持つ。
はじめて結子なりに誰かに聞かされた言葉ではなく本人を見て芽生えた興味。
この男もこの男なりの信念を持って、この惨い行いを起したのか。
そこではじめて男側への関心が結子に生まれた。
いつだって様々なことには当事者の数だけといって良いほど多くの側面があり、
見た者、感じた者によっては真実さえ別物のとして映る。
結子の怒りもそれを思い至ると凪いでいく。
これはただ悪いことをした、悪事だ。木をきるのは悪いと子供に言い聞かせる
叱ることではない。木を切ることで表明できた男の意思表示にも見える。
そして決断。決意。強い何かを秘めている。
「お前はどうおも…、いや詮無いな。お前は何も知らない。操り人形だ」
そして、男の視線が結子の手元に再び落ちる。そこは切り株の上に置かれていた。
自分が起した騒動を確認するように置かれた視線だろうが、何気なく落とされた視線が
徐々ににわかに見開かれていく。
男が何を見たのか。驚いている。結子は首をかしげてその視線を追い、自分の手元に目を落とす。
何もない。でも、何もないわけもないだろう。
男は声を失おうほど驚いているのだから。
ゆっくりと自分の手を外し、切り株の様子を確かめると結子も気付いた。
「あ」
芽だ。
ご神木から新たな芽が切り株の横から芽吹いていた。
「そう身構えるな。今は何かするつもりはない」
ウィルが毛を逆立てる猫を宥めるみたいに結子を宥めるが、それで宥まるはずがない。
先ほど、危機感がないといったのはどの口か。警戒心剥き出しでそれをすぐに言葉一つで
解くのも愚かな行為だろう。
結子にしてはめい一杯の睨みを利かせてウィルを睨む。
だが、当然だけれどそれでウィルが怯むはずもない。
結局、立場的に不利なのは結子だ。ウィルの言うとおり一人でいたことが
問題だった。助けを呼ぶにも聖域で入ってこれる人間は限られている。
そして、ここで叫んで外まで聞こえるかは定かではなかった。
「愚か者は状況を把握して、それでも下手に騒ぎ立てて噛み付こうとすることだ。
お前は俺の手のひらの上だ。それとも運よく助けが来るのを待つか?
神官長か…それともお前を探しにくるルイ、か?」
それほど都合の良いことが続けば良いがな。
世間話のように自然と話して嫌味にもならないのか平静な顔で行ってくる。
それが屈辱だった。まさに今の結子にはそれしか目の前の敵に対抗する術が浮かばない。
結子は非力だ。
相手は軍人もかくやと一目見て鍛えられた肉体だと分かる。隆起した胸、腕。
引き締まった腰、足。蹴られただけでどれだけのダメージが結子に襲いくるか
それを考えるだけで恐ろしい。
喧嘩という喧嘩を現代っ子らしく経験したこともなければ
殴り合いで勝つとか、格闘技の技でなんて無理難題過ぎる。
受身も取れないのに投げ技なんか知らない。
遊びでだって兄弟とプロレスごっこもしたことがないのに、ラスボスのような男に敵うと思うか。
それでも逃げるのが嫌だ。
結子は瞬発的に答えを出した。それは悲壮な答えだ。
でも、男に諂うなど毛頭なかった。
「…。」
「沈黙か、それも聡い一つの選択だろう」
目の前の男のイメージが少し変化する。
それまでは絵に描いたような傲慢な男だったが、急になにか遠くをみる。
はかない男に見えて目の錯覚かと疑う。
「いつまでお前らは神木に依存したきりなのだろうな…。」
誰に対してなのか、吐かれた言葉に結子の答えはない。
その言葉自身、男が結子に吐いたようには見えなかった。
結子を通してその背に見える何かに。ウィルは苦言を表したのだろう。
それに結子も興味を持つ。
はじめて結子なりに誰かに聞かされた言葉ではなく本人を見て芽生えた興味。
この男もこの男なりの信念を持って、この惨い行いを起したのか。
そこではじめて男側への関心が結子に生まれた。
いつだって様々なことには当事者の数だけといって良いほど多くの側面があり、
見た者、感じた者によっては真実さえ別物のとして映る。
結子の怒りもそれを思い至ると凪いでいく。
これはただ悪いことをした、悪事だ。木をきるのは悪いと子供に言い聞かせる
叱ることではない。木を切ることで表明できた男の意思表示にも見える。
そして決断。決意。強い何かを秘めている。
「お前はどうおも…、いや詮無いな。お前は何も知らない。操り人形だ」
そして、男の視線が結子の手元に再び落ちる。そこは切り株の上に置かれていた。
自分が起した騒動を確認するように置かれた視線だろうが、何気なく落とされた視線が
徐々ににわかに見開かれていく。
男が何を見たのか。驚いている。結子は首をかしげてその視線を追い、自分の手元に目を落とす。
何もない。でも、何もないわけもないだろう。
男は声を失おうほど驚いているのだから。
ゆっくりと自分の手を外し、切り株の様子を確かめると結子も気付いた。
「あ」
芽だ。
ご神木から新たな芽が切り株の横から芽吹いていた。
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