ものわすれ姫

たとい

文字の大きさ
上 下
1 / 1

昔々

しおりを挟む
昔々、とあるお城にとても物覚えの悪いお姫さまがおりました。

お姫様は自分の名前も忘れてしまうので、ものわすれ姫と呼ばれるようになり、本当の名前は忘れ去られてしまいました。




あまりにもものわすれが酷いので、城中にも町でもものわすれ姫を笑い者にした悪い噂が広まってしまいました。

その悪い噂は当然ものわすれ姫の耳にも届いたのですが、すぐ忘れてしまうので、ものわすれ姫は毎日が幸せでした。

王様も姫が幸せならば良いだろうと、姫のものわすれをなおそうとしませんでした。




ところがある日のこと、ものわすれ姫はよりにもよって一人の魔法使いを怒らせてしまいました。

ものわすれ姫はそんなこともけろりと忘れてしまったので魔法使いはもっと怒りだしました。

かんかんに怒った魔法使いは、ものわすれ姫に呪いをかけました。

それは、全てのことを一生忘れられなくするという呪いでした。

「どうだ、これでもう忘れまい。」

魔法使いは不気味に笑いながら国を出ていきました。




城に帰ったものわすれ姫は驚きました。

王様が、息絶えようとしていたからです

ずいぶん前から病にかかっていたのですが、ものわすれ姫は覚えていなかったのでした。

病にかかった王様を置いて出掛けていたものわすれ姫に、同情してくれる者はほとんどいません。

批難を受けながらも、ものわすれ姫は王様の近くでただ泣き続けました。

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

王様が亡くなってからも、ずっと姫は泣き続けました。

もう自分を愛してくれた人はいない。

「こんなに辛いこと、忘れてしまいたい。」

ですが姫は呪いによってすでに、ものわすれ姫ではなくなっていたのでした。




その日から、ものわすれ姫は毎日辛いことばかりでとても苦しんでおりました。

ところがある日、一人の王子がやってきました。

その者はかつて、ものわすれ姫の噂を聞いてから気の毒に思い、顔を覚えてもらえるように毎日通い続けていた王子でした。

「何かを覚えるというのは大切なことです。」

そう言って、誰もが諦めてしまった姫のものわすれを必死になおそうとしてくれた唯一の人でした。




「姫、悲しむ気持ちはよくわかります。けれど、ものわすれをしなくなった今の姫なら反省をすることができます。反省をすることで、同じ間違いを防ぐことができるのです。やり直しましょう。今の姫ならきっと国を支えることができるはずです。私も一緒に手伝いますから。」




こうして、ものわすれ姫は王子と王様が亡くなったことで傾いていた国を立て直すことになりました。

姫の記憶力のおかげで、以前よりも間違いがなくなってすばらしい国へと発展していきました。

そして姫はやっと知ることができたのです。

どんなに辛い記憶でも、覚えていることで大切なことを知ることができると。

今がどれだけ幸せか。どんな苦労によって達成できたのか。




しばらくして、姫は王子と共に自身に呪いをかけた魔法使いの元に行きました。

怒らせてしまったお詫びと、呪いをかけてくれたお礼をするために。

ですが、すっかり老いた魔法使いは何も覚えていませんでした。

「あぁ、お客さんがきてくれたのは久しぶりだ。」

ものわすれ姫をとても憎んでいたはずの魔法使いは、そう言ってにこやかに笑いかけました。

「忘れられるって、こんなに悲しいものなのね。」

姫は寂しそうに、魔法使いと別れを告げました。




「姫、私は最後まであなたとの大切な思い出をどれだけ忘れずにいられるでしょう。」

「あなたが忘れてしまっても、私が覚えているわ。」

「ありがとう。そうだ、姫。まだ大事なことをお忘れでは。」

「大事なこと?」

「あなた様のお名前です。」




最後に王子は、ものわすれ姫の本当の名前を口にしました。




「ずっと、おぼえていてくれたのね。ありがとう。」




二人は寄り添って国へと帰っていきましたとさ。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

月の女神様は魔王様の妻になる

青空一夏
恋愛
月の女神のアリーシャが本当に欲しいものとは‥‥ 魔王様に恋した月の女神のお話。

〈完〉よくある夜会での一幕を童話風に語ってみる

詩海猫
恋愛
そろそろ昔むかしあるところに、で始まるお話の数に追いつくんじゃないかというくらい、よくある夜婚約破棄の一幕。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...