人外マニアの探偵

たとい

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グリフォンの秘密 【推理編】

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「こちらです。」




使用人に案内されて、一人の女探偵が広間へ入る。

そこには、一匹の獣が横たわっていた。

頭は鷹、体はライオンのような姿をしている。




「あれは、グリフィンですかね。」




そう呟いた探偵ではなく、連れ添った黒猫のヌイグルミ。

いわゆる、付喪神であった。

数名の警官が、彼らを見ながらザワついた。




「あれが『死んだ不死鳥事件』を解決したっていう例の探偵?」

「なんだそれ」

「お前知らないのか?」

「意外と若いんですね。」




やれやれ、と思いながら探偵はメモを取っていく。




「すっかり有名になったみたいですね、ヒトミさん。」

「ちゃかさないで、黒猫。というか私はあの事件の名称、どうかと思うんだけど。」




その黒猫という呼び名もどうなんだ、と話が聞こえた警官は心で突っ込んでいた。

そんな折り、少し老けた顔の男が入ってくる。

刑事と呼ばれた彼は軽く会釈をしながら探偵に話しかけた。




「お待たせしてすまないね、ヒトミくん。何かわかったかな?」

「刑事さん。この子、グリフィンの偽物ですね。」

「ほぉ。」




さすがは探偵だと感心している刑事に対して、隣の黒猫は黄色い目を真ん丸にして驚いている。




「ぐ、グリフィンじゃないんですか!?」

「いわゆる合成獣だよ。」




合成獣は、科学などで人工的に作られた生物のことである。

この場にいるグリフィンは本物ではなく、生物を合成させたことで誕生した偽物なのだ。




「そのとおりだ。その個体には魔法による術式や、不自然な境目が見つかっている。おそらく間違いないだろう。」




話を聞いた黒猫は一旦納得したものの、首をかしげる。




「ところで、どうして僕らが呼ばれたんでしょうか。」

「君はそんなこともわからないのか、黒猫くん。」

「すみません...。まだ見習いなもので。」




呆れる刑事の代わりに、探偵が答えた。




「合成獣は違法だからね。だからそれが今回の依頼に繫がってるってところですか?」

「察しのとおり。今、合成獣の入手経路を探っているんだが...どうにもこうにも。」




困ったように、刑事は深いため息をついた。




「うまくいってないんですか?」

「この屋敷に住む男が、息子にプレゼントしたことまでは確認できたんだ。」

「ということは、買い手は父親で、飼い主は息子さんなんですね。」

「その、肝心の父親が黙りでなぁ。持ち主である息子も喧嘩腰で、まともに話が聞けない状態なんだ。まぁ息子の気持ちもわからんでもないが。」

「ハッキリわからないと、合成獣の処置にも困りますね。」




合成獣が違法とはいえ生まれたものは仕方ないし、野生ならともかく合成獣は自然に帰せない。

貴重種でもあるから丁寧に扱いたいが扱いが難しいし、何匹も引き取れるほどの施設も環境も整っていない。

そこで、合成獣や持ち主に何かしらの問題が無ければ所有は許されることになっているのだが。

出所もわからぬ合成獣となると、預けておく訳にもいかなくなってしまう。




「話さないのは後ろめたいことがあるからか、それとも息子を庇っているのか。とにかくまだ事情調査が続いてる。」

「それで私に連絡したと。少しでも手がかりが見つかればいいという考えなんですね。」

「頼りにはしているが、捜査はやっぱり警察の仕事だからねぇ。専門家の知恵と意見が伺いたい。それだけさ。」

「他に何か気になったことは。」

「やまほどあるぞ。まず、この近くで鷲が襲われたことがある。」

「鷲、ですか。」

「随分前のことなんだが、獣にでも襲われたんだろうってことで捜査は打ちきり。だが、この家にグリフィンが来たのもちょうどその頃なんだ。」




それは確かに怪しい。




「おまけに、この家を調べてたら合成獣の作り方なんて本も見つかってなぁ。そっちは祖母が趣味で貴重な本を集めてただけだって証言もあるんだが。」

「では、刑事さんたちはこの家の誰かが合成獣を作ったとお考えで?」

「一説にすぎない。だが何よりおかしいのは、グリフィンを買った記録が見当たらないってことだ。」




グリフィンのような獣を購入した場合、飼い方の説明書やら署名などといった手順が必要になるはずだ。

面倒だからと行わず、未熟者の手に渡って問題を起こすことも少なくはないが。




「グリフィン以外の買い物で、記録のない買い物は無いみたいだしな。」

「それだと、確かに真っ当な方法で手にいれたようには思えませんね。」

「裏ルートとかで購入した場合も記録は残らんし、そっちの可能性も疑ってはいるよ。なにより表で売れない合成獣はよく入る。」




合成獣は苦しそうに息をしている。




「この子、大丈夫なんですか?」

「成長痛みたいもので命に別状は無いらしいが、かわいそうに。」




術式の粗さなどから想定はしていたが、どうやら合成は不完全なものだったらしいと確信する。

合成した獣それぞれの成長速度が合わないのだ。

とりあえず使用人に話を伺えば、悲しそうに語りだした。




「前から空も飛べないほど具合が悪くて、旦那様からは体の弱い子だからと言われていたんです。」

「ところどころ怪我をしているようですが、以前から?」

「えぇ。首元や尻尾の怪我なんかは酷くって。今では見えにくくなってますが。」




これまでは、父親が信頼できる知り合いの医者を呼んできていたらしい。

ところが今回は特に苦しそうにしているのを目撃した息子が近くの病院に連絡をした。

その医者の診察でグリフィンが合成獣だと判明したので、こうして警察沙汰になってしまったという訳だ。




「大事に育てられてきたのですね。」

「子供の頃からグリフィンがお気に入りでしたからね。初めて会った時なんか目を輝かせていました。」

「グリフィンが、お好きだったんですか。」

「ええ。実は御先祖様はグリフォンと深い絆を結んだといわれていまして、坊ちゃまにとってグリフォンは憧れの存在だったんですよ。」




どおりで、と黒猫は納得する。

なんといってもここの家名は『グリフォード』なのである。




「一度、旦那様が御自身の好みで選んだ獣を贈られた時なんか大変でした。」

「他の獣を買われたことがあるんですか?」

「はい。でもグリフォンじゃないからと、坊ちゃまが拗ねてしまわれて。それでも数日間は飼われていたのですが、後から奥様の反対もありまして。」

「後からって、何か悪いことでもしたんですか?キッカケは?」

「いいえ、とても良い子でしたよ。ですが、坊ちゃまが危ないから引き離すようにとおっしゃられたからなのか、翌日にはいなくなっていました。」

「いなくなった!?失礼ですが、どのように。」

「さぁ。私も詳しいことは聞いてません。」




いなくなった獣。これは気になる。

ところが話の続きを聞こうとしたところで、息子に声をかけられた。どうやら事情聴取は一旦お預けになったらしい。

おしゃべりな使用人の話を邪魔されて、黒猫は内心舌打ちをした。




「あなたが探偵さんですよね。調査は進んでいるのでしょうか。」

「だいぶ事情は呑み込めてきました。たとえば、あなたは大層なグリフォン好きだとか。」

「それは間違いないですが、それだけの理由じゃありませんよ。」

「大事な家族だから、ですか?種族は関係ないと。」

「その通りですよ。使用人から何か聞いたようですが、子供の頃の話です。我ながら恥ずかしい。」




彼はどうも、昔飼っていた獣のことが今でも気にかかっているようだった。

グリフォンじゃないからと突き放したものの、そのせいで家からいなくなってしまったのを後悔しているのだそうだ。




「あれから僕は、今度こそ機会があれば生き物を心を込めて大事に育てようと決意したんです。」

「そうでしたか。ところで、以前飼っていた獣というのは?」

「たしか、ライオンですよ。亡くなった母の言うことも今ならわかりますが、僕は大事にしたかった。たとえ合成獣でもかまいません。僕は、一緒にいたいんです。」




話を聞いていた黒猫が泣きそうな声で応援する隣で、探偵は彼の言葉を振り返る。




「いや、まさかと思うけど。でも。」




ぶつぶつ言いながら、探偵はメモをパラパラと見直していく。

その様子を見て、黒猫が感づいた。




「もしかして、真相がわかったんですか!?」

「ちょっと待って、まだわかんない。」

「け、刑事さぁーん!わかったらしいですよー!」




探偵の話も聞かずに飛び出してしまった黒猫。

戸惑う周囲の警官に、息子に、使用人。




さて、推理はどうなってしまうのか。




そんなことに気づくことなく、探偵はただメモをガン見していた。







後書き編集


長くなってしまいました。

次回の謎解き編で解決します。

苦手なくせに探偵ものとか書くとか...。

他の事件簿書くときはもっと短めにしたい。

【蛇足】

合成獣とキマイラ(キメラ)は同名であったり別名であったりと認知にブレがあるようです。

この世界では認知上は上記のとおりですが、

制度では同名として合成獣はキメラとも呼ばれており、キマイラはその代表かつ一種としての扱いとなってます。

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