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ただただ暑い家

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 湿度と熱が充満する室内であたしは戦っていた。

「う、うう、くっ……」

 うなされている母の頭の下にすかさず冷やした氷嚢をいれる。少し落ち着いた母の表情にあたしは安心した。しかしそれで終わるわけじゃない。

「熱いよー熱いよーお姉ちゃん」
「苦しいよー」
「分かってるから! もう! ホントうっさいわね!」

 そう苛立ちをぶつけることは忘れずに、妹と弟の頭にも氷嚢をドンとおいて汗を拭いてやる。水飲みを口に突っ込む勢いで水も無理やり飲ませて、少しでも汗をたくさん掻く様にする。

 本当正直、あたしが一番倒れたいくらいだ。マジで。

 いつ終わるのか分からないこの看病が心身ともに堪えて仕方ない。あたしは早く寝なさいという意味を込めて、氷を妹と弟の口に突っ込んでその場を離れた。

 今年の夏は本当に熱い。熱いのだ。暑いんじゃない。あたしは自室の布団に腰をおろし汗を拭きとりながら、考えても仕方がないことを思う。いつ終わるのか分からない原因不明の難病に家族が罹ってから、もう三十日は経った。
 あたしはその看病で心身ともにくたくただ。どうすれば治ってくれるんだろう。色々と手を尽くしているが、全然わかんない。さっぱりだ。
 最初は色々と薬を変えたり、滋養のいいものを食べさせたりは勿論、医者にも見せてと色々と手を尽くしてきたけれど、最近は体を冷やしたり、何か食べさせたりすることで精いっぱいだ。でもそれよりも気を付けないといけないことがある。それは自分の体調管理をおろそかにしないことだ。これに尽きる。

 だってあたしが倒れたら、みんなが倒れるんだから。

 あたしは早めに夕飯の準備をしておこうと自分の部屋を出ると、玄関を叩いている音が聞こえた。
 ここいらの村じゃ、みんなずかずかと入っているのが当たり前だ。
 だからきっと叩いているだけ――これでもこの村じゃ気を使っている部類に入る――ということは、あたし以外の家族みんなが、寝ていると知っているんだろう。
 あたしは玄関を開けた。するとその来客が玄関を叩いた勢いのままに、こちらへ体を傾けてくる。あたしが戸を開けた拍子に戸が開いたことに驚いて転んだみたいだ。あたしがあっと思ったその時にその来客は姿勢を立て直していた。

「おいっ、無言であけるなよ! 驚くだろ」
「あっ、うん、わるい」

 思考力が下がっていて、上手く会話が出来ない。思った以上につかれているみたいだ。
 家の室内は精霊様の札で一定の温度に保たれている。けれども屋外ではその効力は発揮されない。玄関を開けたことによって入ってくる、燦々と空を照らしている太陽光が目に染みて、痛くてしょうがなかった。

「……お前も大変そうだな、大丈夫か?」幼馴染がそう言ってくる。その顔も知っているというのに、名前が思い出せない。心の方に疲れがきているみたいだ。これは拙いと頭の片隅の自分が呟く。
「大丈夫に見える?」

 あたしは強がることもできずにそう一言吐き出した。もう帰ってほしい。言外のその主張が通じたのか、彼はこう言ってきた。
「お前も大変だと思うが、長老がお呼びなんだ。もしかしたら、この高熱の原因が分かるかもって。このままでいいから来いってお達しだ」
「……分かった、いく」

 自分でも自分が何を言っているのか分からなかった。

 すぐさま幼馴染に連れられ長老の家に入った。幼馴染はあたしを案内するとすぐさま帰る。きっと具合が悪そうなあたしが倒れないように、連れてきてくれたんだろう。なんていいやつなんだ。しかもあたしが話を聞いている間、うちの家族の面倒を見てくれるという。マジでいいやつである。今度お礼をしないと。

 あたしは勝手知ったる他人の家といわんばかりに、ずかずかと客間に入って正座しながら、長老が来るのを待った。長老の部屋はあたしの家よりも涼しく保たれている。きっと精霊様の札が沢山あるんだろう。金持ちはやっぱり違うね。そんなことを思っていると、戸が空いた。

「おう、待たせてしまったな、楽にせい」

 あたしはその言葉に甘えてすぐさま正座から姿勢を崩した。涼しいにしてもすぐさま思考力が戻るわけじゃない。早く看病に戻らなければならないし、体力を少しでも温存しないといけない。
 長老は本当にあたしが姿勢を崩すと思わなかったんだろう。あんぐりと口を開けて少し固まっていた。

「いや、楽にしろって言ったの長老でしょ?」
「いや、まぁ、そうだが、ここではあれじゃろ? 固辞するところじゃろ?」
「あたし看病で忙しいのよ、疲れてんの。早くして、しろよ!」
「その減らず口がきけて安心したわい。疲れてはいるようじゃが、まだそんな口が利けるならば心配はいらんな」

 長老はいかにも長老というような、長く白いひげを震わせて笑う。

「笑ってないで! で、本題は何?」あたしは今までの苛立ちをぶつけるように睨んだ。
「ほいほい、お前の家族たちの原因不明の高熱じゃが、呪いだと思われる」
「呪い? は? 言っておくけどあたし以外は人畜無害な家族よ?」あたしは長老を睨んだ。本当あり得ないこと抜かしてんじゃないわよ。

「そうじゃか、そう考えるのが道理じゃろう。ここまで続く高熱で生きているだなんてことはありえぬ」
「いやいや、そこはお前も口が悪いがこの村自慢のいい子じゃっていうところジャン。じゃあ誰の呪いだっての? それが分かれば治るんでしょ?」あたしはしっかりをガンをつける。ごまかされてはたまったもんじゃない。

「……推論の域を出ないが、多分精霊様じゃろうな」長老が静かに言った。そのまなざしには静かで、有無を言わさぬものがあった。伊達に長生きしていないって感じ。
「えっ、あの人たち悪いことしない筈でしょ? 妖怪とか、妖精じゃないの?」

 あたしは思わぬその言葉に目を丸くする。
 精霊はこの星の気候を司る、目には見えない精神体だ。この星の王様であるバラド直々に気候の管理を任されている。時々彼らのお祭りを行うことがこの星の民の義務でもある。そんな恵みをもたらす精霊様が、星の民に危害を与えるだなんてことは聞いたこともない。

「確かにそれもありえるが、それならば何か見返りを要求するはずじゃ、この熱を冷ますにはこれをよこせとな、妖怪や妖精はむしろそちらが目的になるからな」
「でも精霊がこんなことする理由がないっしょ」

 あたしは納得がいかなくてそう言った。説明されても、こんなことをするのは妖怪か妖精のほうがわかる。精霊が家族に呪われるだなんて、なんでそんな突飛な発想が出てきたのか、不思議で仕方がない。
 まさかこんな無駄話に突き合わせるためによんだって訳? 本当時間が無駄じゃないの! そう思ったのもつかの間、あたしの心情を読んだかのように、しっかりと長老はあたしに厳しい目を向けてきた。
 さっき自分がしたことが返ってきただけなのに、やっぱりあたしの睨みよりも迫力があって、居心地が悪くなる。でも変なこと言ってきたのはそっちなんだから! という思いが変わるわけではなかった。

「一つだけならあるぞ、精霊域、霊域に入ったのなら、こうなっても仕方がない。精霊様も我らに侮られるのは看破できることではないじゃろうからな。何か心当たりは無いか?」

 精霊域、霊域っていわれることが多いその場所は、読んで字のごとく精霊様たちのお住まいだ。といっても、本当にそこにいるかはわからない。目に見えないしね。
 でもとても凄いお願い事があるときは、霊域まで行ってお願いをすることもある。そういうこともあって、霊域にはいろんなものがお供えされてある。掃除もその地域の人々の仕事になってるし、身近なものと言えば身近だ。

「霊域? うーん、そんなの祭りの時にしか入る機会しか……あっ」

 あたしは最初は何を馬鹿なことを思ったけれど、ふと頭によぎったものがあった。

「なにか、心当たりはあったか?」
「うん、祭りの時の準備に参加したあとから、みんな倒れはじめたの。あたしは買い物に行っていたから参加してないけれど、間違って霊域に触れたとかならありえるかも。それならあたしがうなされていないことにも納得できるし」
「ふむ、やはりそれか……これを見てみるんじゃ」

 長老は懐から何かを取り出した。それはよく見かける紙だ。でも透かすと火炎文様が浮き上がる細工がされていることをあたしは知っていた。これは祭具だ。でもあたしはそれが何に使われる祭具なのかは知らなかった。
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