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レサザデス
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「いらっしゃいませ~」
服屋さんに入ると、いかにも服屋の店員さんといった人が出迎えてくれた。
わたしは田舎娘だということを取り繕う余裕もなかった。ハガルミティでは絶対見ることのない裾が短いスカートや、生地が軽そうな服を前に、気持ちが高揚するのが止められない。
軽い衣服はハガルミティにもあるものだけれども、屋内に出る際は毛皮製の防寒具を着込むのが普通で、室内着はシンプルなものになりがちだ。刺繍があっても裾にちょこっとあるだけだったりする。
基本的に雪に閉ざされているので、自分のおしゃれに割ける時間はなく、他の地方で売るものを作ることで真冬に備えることも多い。けれどもレサザデスの衣服はとても装飾がある。どんな衣服にも植物文様だったり、願いを込めた動物などのモチーフを、記号化したものが刺繍されている。
奥には他の境界からの服もあった。きっと帰るときや、これから向かう人たち様に衣服だろう。勿論ハガルミティ用の衣服もあった。
元々レサザデスは遊牧民の人が多く、品物を仲介するときに絨毯を作っていたこともあり、それが芸術の域に達しているものもあるということらしいので、刺繍が出来るのが当たり前なのかもしれない。わたしには去年見ていても新鮮に感じる衣服ばかりだった。
けれども去年も来た場所だからだろう、以前氷を盗まれた光景が頭に過ぎって、息が詰まりそうになる。この衣服が綺麗だと思うたびに、去年達成できなかったことをまざまざと感じ、胸が締め付けられる感じがする。
「お客様ーこれからどちらの境界を跨がられます?」
「えっ?」頭が去年の方向にいってしまい、話を聞いていなかった私は、思わず訊き返してしまった。
「そちらの服、ハガルミティのお召し物ですね? 王都のアルハルクやカウスフィアですか?」
最終的な目標はアルハルクだけれども、謁見用の衣服はもう準備してあるので問題はない。いまはレサザデスの服が欲しいと伝えると、わたしに似合いそうな衣服を身繕ってくれた。
基本衣服は自分で繕うものなので、選んでもらったことが気恥ずかしい。わたしは試着室に案内してもらい、服を着てみることにした。
おすすめされたものは膝上までのチュニックに、ズボンを合わせたものと日よけのヴェールだった。胸元と裾に入っている植物模様が、品よく見せてくれている。
わたしがハガルミティ出身のため、日差しに弱いことを考慮してヴェールをつけてくれたのだろうと思う。レサザデスの人にはヴェールを用いる文化はない。おしゃれでつける人はいるかもしれないけれど。ヴェールを用いるのは、王都のアルハルクや日差しが強い南部のほうだけだ。
わたしは衣服を着替えることによって気持ちを新たにし、服屋の店員さんにお礼を言って支払いを済ませると、境界門に戻り荷を運び出した。
ここからは交易道を通っていくことにする。交易道はバラドが精霊様と協力して作ってくださった道で、基本どんな場所にでもあるものだ。
その名の通り交易する商人専用の通り道で、とても楽に進める道ではあるのだが、それを抜けると盗賊が待ち伏せしていることもあり、危険もある道だった。
わたしは霊具を握りしめ、意を決して交易道に足を踏み入れた。
わたしと似たような旅装に身を包んだ人たちが歩いている。黙々と一人で歩いている人もいれば、集団でおしゃべりしながら歩いている人まで様々だ。
衣服はこのレサザデスの気候に合わせたものだけれども、荷の包みや、鞄などから、出身の地域が推測できそうなところが、なんとも言えないいい雰囲気を醸しているような気がする。普段は感じられない状況に、浮き足立ちそうな気分だ。
踏みしめている地面も柔らかく足を受け止めてくれ、歓迎されているような気分に自然となっていった。
ここからはちゃんと、宿をとってしっかり体を休めながら歩かなきゃ。
なにせ王都まであと二月は掛かる。今年の巫女にしか使えない氷の精霊様のお力のお蔭で、一月は短縮できたけれども、長いことには変わりはない。
あと三里ほど先に、他の地域からきたもの達に人気の宿があるという。ひとまずわたしはそこを目指すことにした。
二里を過ぎてようやくそれらしきものが見えてきた。他の方向からも無地の大きな布がうごめいているように見える荷が動いていたり、色んな色がひしめいているのが見える。
わたしはその光景に真っ直ぐ視線を向け、もう少しだと自分に言い聞かせ、荷を引いている腕に力を入れなおしたとき、ふと刺さるような視線を感じ、わたしは立ち止まった。
これは以前も感じた気配だ。わたしはその気配が近づいてくるのを感じると、霊具を力強く握り締めて願った。
害意を持つものからお守りください!
するとわたしの周りに氷壁ともいうべき氷が、地面から瞬時にそびえたつと同時に、わたしに襲いかかってきた男性二人――どう見ても盗賊だ――が、その壁に吹き飛ばされたのが見えた。壁に触れた瞬間、ひんやりとした冷気が体の奥底にまで浸みたのだろう、うめき声を上げ地面にのた打ち回っている。
しかしわたしが油断することはない。この人たちが陽動の可能性もあるからだ。
わたしは警戒していることを悟られないように、盗賊二人に視線を向きながらも、気配を探った。するとふと後ろから足音が聞こえた気がして、わたしは首だけをそちらを向いた。
やっぱり……嫌な予感は当たるというけれど、こんなこと当たってほしくないのにな……
わたしは内心ため息を吐き、体ごと向きを変えると同時に、腰に下げていた氷剣を投げ刺した。氷の短剣は容赦なく盗賊に刺さり、肉の鈍い音が響く。
といっても今は刺さっていても、殺傷性はないものだ。ただしばらく刺さるような冷たさが続くという。それはその人の持つ害意の大きさに比例するというのだから、驚きしかない。
わたしはちゃんと氷を献上できるかどうか不安になりつつも、衛兵を呼ぼうと当主様にお借りした通信機器を手に取り、衛兵を呼ぼうとした。
「……間に合わなかったか、大丈夫か?」
そこにいたのは、まだ十代半ばの少年だった。成人したての十六から十八といったところだろう。麻のターバンを頭に巻き、そこからところどころ赤みを帯びた茶色の髪が覗いている。そして襟がついている白のカミーズとサルワールを無造作に身に着けていた。
目も似たような赤みを帯びた茶色のようだ。その目はとてもまっすぐで、誠実さと熱さが現れたような目だった。背は平均的な背だけれども、服の上からも鍛えている様子が見て取れた。
と言っても見せる筋肉ではなく、使うための筋肉といった感じだ。
そこから判断すると、商人かな? といった印象を受けた。商人なら荷を運ぶために鍛えていてもおかしくない。身なりもそう悪くない。よく見る感じの衣服だ。わたしは危険はなさそうだと判断して「大丈夫です」と笑った。
「この辺りは最近盗賊が増えてきているんだ、何だか争っているように見えたが、何があったんだ? 怪我はなさそうだが……」
表情を曇らせつつ、目が怒りに燃えているのを見て、正義感が強い人なのだなと思えた。その様子を見ていると、自然と肩の力が抜け、微笑みが漏れるのが不思議だった。
なぜか身構えることなく会話出来ている自分を訝しみながらも、気持ちが和らぐのが分かった。
「何笑ってんだよ」そのすねたような言い方にわたしは再び笑いが漏れた。
「いえ、別にっ、ふふっ」
「なんなんだよ、何がそんなに楽しいんだ?」
わたしがそんな風に笑っていると、こんな声が聞こえてきた。
「アターシュ様、お一人で動かれないでください!」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、小太りの男性がこちらに向かってくるのが見えた。そしてその後には長身ではあるが、細身の男性と、中肉中背の男性が歩いてくるのが見えた。
「わざわざ走って無理すんな、お前らも止めろよ」
わたしに声をかけてくれた少年――アターシュというのだろうか? が、嫌そうに顔をゆがめる。といっても、本気で嫌がっているというより、げんなりしているように見えた。きっとこういったことがよくあるのだろうと思わせるような表情だ。
「いや、止まるわけないじゃないですか」
「俺は言いましたよ、一応」
意に返さず、二人にそう答える。きっとこれもいつも通りなのだろう。
「あーもういい、俺が馬鹿だったわ」
もうウンザリといったような声音を彼が返すと、私の方を見てますますげんなりした顔を向けた。
「おれはアターシュ、……こいつらは俺の親父の部下のオメルとラムジィとサレハだ。俺は親父の仕事を手伝ってる商人みたいなもんだ。あんたは?」
「わたしはラナーといいます。ハガルミティから来ました」
「ハガルミティか……」アターシュさんが呟くようにいった。その横顔がなんだか愁いを帯びたように思えた。
「アターシュ様のお母様のご出身がそうなんですよ!」
サレハさん――中肉中背の男性というより、アターシュさんと同じ年齢だったが、そう笑った。とても楽しそうだ。
「どうでもいいこと言うな」
「どうでもよくなんてないですよ! お母様も素晴らしい人ですよね、本当! さすがアターシュ様のお母様です」
「そういうのいいから、ラナー、でいいか? これからどうするんだ? もう夕方だし、俺たちは宿に行こうと思っているが……途中までよければ一緒に行くか?」
きっと気を使って途中までと言ってくれたのだろう、不安そうに言葉を選びつつ話す姿に、わたしは好感を感じた。
「実はまだとっていないんです、良ければ案内してもらえませんか? わたしこの辺り詳しくなくて」
「ハガルミティならそうだろうな、あんまり出る機会ないだろうし。俺たちはこの近くの温泉街に取ってるから、きっとそこが満室でも他の方は空いてると思うから案内してやるよ」
「有難うございます」
「ま。その前に衛兵に連絡だけどな」アターシュさんがそう苦笑して、通信器具を取り出した。
駆け付けた衛兵に状況を説明し終わると、わたしたちはすぐさま温泉街に向かった。人が多いから盗難防止用の鈴をつけたほうがいいと言われ、悩んだけれども付けることにした。
この鈴は霊具と対応している鈴で、害意が持つ人が触れてしまうと、凍ってしまう鈴だ。
そのためどの害意に反応するかもわからないので、寝る前に着けようと思ったのだが、事情を知らないアターシュさんは、また何が起こるか分からないからと説き伏せられ、わたしは鈴をつけて移動することにした。
わたしとしては、移動中も付けていれば安全かもしれないけれど、そこまでのお力を維持させることも難しい気がして、わたしが寝ているときだけにしようとしていた。
それに変にそういう対策をしすぎると、相手も頭を使いだして、もっと危険なことを仕掛けてくるかもしれない。そう思っていたけれども、ここは思っていた以上に危険な場所だ。
わたしはなるようにしかならないと思い、極力防犯に力を裂くことにした。
服屋さんに入ると、いかにも服屋の店員さんといった人が出迎えてくれた。
わたしは田舎娘だということを取り繕う余裕もなかった。ハガルミティでは絶対見ることのない裾が短いスカートや、生地が軽そうな服を前に、気持ちが高揚するのが止められない。
軽い衣服はハガルミティにもあるものだけれども、屋内に出る際は毛皮製の防寒具を着込むのが普通で、室内着はシンプルなものになりがちだ。刺繍があっても裾にちょこっとあるだけだったりする。
基本的に雪に閉ざされているので、自分のおしゃれに割ける時間はなく、他の地方で売るものを作ることで真冬に備えることも多い。けれどもレサザデスの衣服はとても装飾がある。どんな衣服にも植物文様だったり、願いを込めた動物などのモチーフを、記号化したものが刺繍されている。
奥には他の境界からの服もあった。きっと帰るときや、これから向かう人たち様に衣服だろう。勿論ハガルミティ用の衣服もあった。
元々レサザデスは遊牧民の人が多く、品物を仲介するときに絨毯を作っていたこともあり、それが芸術の域に達しているものもあるということらしいので、刺繍が出来るのが当たり前なのかもしれない。わたしには去年見ていても新鮮に感じる衣服ばかりだった。
けれども去年も来た場所だからだろう、以前氷を盗まれた光景が頭に過ぎって、息が詰まりそうになる。この衣服が綺麗だと思うたびに、去年達成できなかったことをまざまざと感じ、胸が締め付けられる感じがする。
「お客様ーこれからどちらの境界を跨がられます?」
「えっ?」頭が去年の方向にいってしまい、話を聞いていなかった私は、思わず訊き返してしまった。
「そちらの服、ハガルミティのお召し物ですね? 王都のアルハルクやカウスフィアですか?」
最終的な目標はアルハルクだけれども、謁見用の衣服はもう準備してあるので問題はない。いまはレサザデスの服が欲しいと伝えると、わたしに似合いそうな衣服を身繕ってくれた。
基本衣服は自分で繕うものなので、選んでもらったことが気恥ずかしい。わたしは試着室に案内してもらい、服を着てみることにした。
おすすめされたものは膝上までのチュニックに、ズボンを合わせたものと日よけのヴェールだった。胸元と裾に入っている植物模様が、品よく見せてくれている。
わたしがハガルミティ出身のため、日差しに弱いことを考慮してヴェールをつけてくれたのだろうと思う。レサザデスの人にはヴェールを用いる文化はない。おしゃれでつける人はいるかもしれないけれど。ヴェールを用いるのは、王都のアルハルクや日差しが強い南部のほうだけだ。
わたしは衣服を着替えることによって気持ちを新たにし、服屋の店員さんにお礼を言って支払いを済ませると、境界門に戻り荷を運び出した。
ここからは交易道を通っていくことにする。交易道はバラドが精霊様と協力して作ってくださった道で、基本どんな場所にでもあるものだ。
その名の通り交易する商人専用の通り道で、とても楽に進める道ではあるのだが、それを抜けると盗賊が待ち伏せしていることもあり、危険もある道だった。
わたしは霊具を握りしめ、意を決して交易道に足を踏み入れた。
わたしと似たような旅装に身を包んだ人たちが歩いている。黙々と一人で歩いている人もいれば、集団でおしゃべりしながら歩いている人まで様々だ。
衣服はこのレサザデスの気候に合わせたものだけれども、荷の包みや、鞄などから、出身の地域が推測できそうなところが、なんとも言えないいい雰囲気を醸しているような気がする。普段は感じられない状況に、浮き足立ちそうな気分だ。
踏みしめている地面も柔らかく足を受け止めてくれ、歓迎されているような気分に自然となっていった。
ここからはちゃんと、宿をとってしっかり体を休めながら歩かなきゃ。
なにせ王都まであと二月は掛かる。今年の巫女にしか使えない氷の精霊様のお力のお蔭で、一月は短縮できたけれども、長いことには変わりはない。
あと三里ほど先に、他の地域からきたもの達に人気の宿があるという。ひとまずわたしはそこを目指すことにした。
二里を過ぎてようやくそれらしきものが見えてきた。他の方向からも無地の大きな布がうごめいているように見える荷が動いていたり、色んな色がひしめいているのが見える。
わたしはその光景に真っ直ぐ視線を向け、もう少しだと自分に言い聞かせ、荷を引いている腕に力を入れなおしたとき、ふと刺さるような視線を感じ、わたしは立ち止まった。
これは以前も感じた気配だ。わたしはその気配が近づいてくるのを感じると、霊具を力強く握り締めて願った。
害意を持つものからお守りください!
するとわたしの周りに氷壁ともいうべき氷が、地面から瞬時にそびえたつと同時に、わたしに襲いかかってきた男性二人――どう見ても盗賊だ――が、その壁に吹き飛ばされたのが見えた。壁に触れた瞬間、ひんやりとした冷気が体の奥底にまで浸みたのだろう、うめき声を上げ地面にのた打ち回っている。
しかしわたしが油断することはない。この人たちが陽動の可能性もあるからだ。
わたしは警戒していることを悟られないように、盗賊二人に視線を向きながらも、気配を探った。するとふと後ろから足音が聞こえた気がして、わたしは首だけをそちらを向いた。
やっぱり……嫌な予感は当たるというけれど、こんなこと当たってほしくないのにな……
わたしは内心ため息を吐き、体ごと向きを変えると同時に、腰に下げていた氷剣を投げ刺した。氷の短剣は容赦なく盗賊に刺さり、肉の鈍い音が響く。
といっても今は刺さっていても、殺傷性はないものだ。ただしばらく刺さるような冷たさが続くという。それはその人の持つ害意の大きさに比例するというのだから、驚きしかない。
わたしはちゃんと氷を献上できるかどうか不安になりつつも、衛兵を呼ぼうと当主様にお借りした通信機器を手に取り、衛兵を呼ぼうとした。
「……間に合わなかったか、大丈夫か?」
そこにいたのは、まだ十代半ばの少年だった。成人したての十六から十八といったところだろう。麻のターバンを頭に巻き、そこからところどころ赤みを帯びた茶色の髪が覗いている。そして襟がついている白のカミーズとサルワールを無造作に身に着けていた。
目も似たような赤みを帯びた茶色のようだ。その目はとてもまっすぐで、誠実さと熱さが現れたような目だった。背は平均的な背だけれども、服の上からも鍛えている様子が見て取れた。
と言っても見せる筋肉ではなく、使うための筋肉といった感じだ。
そこから判断すると、商人かな? といった印象を受けた。商人なら荷を運ぶために鍛えていてもおかしくない。身なりもそう悪くない。よく見る感じの衣服だ。わたしは危険はなさそうだと判断して「大丈夫です」と笑った。
「この辺りは最近盗賊が増えてきているんだ、何だか争っているように見えたが、何があったんだ? 怪我はなさそうだが……」
表情を曇らせつつ、目が怒りに燃えているのを見て、正義感が強い人なのだなと思えた。その様子を見ていると、自然と肩の力が抜け、微笑みが漏れるのが不思議だった。
なぜか身構えることなく会話出来ている自分を訝しみながらも、気持ちが和らぐのが分かった。
「何笑ってんだよ」そのすねたような言い方にわたしは再び笑いが漏れた。
「いえ、別にっ、ふふっ」
「なんなんだよ、何がそんなに楽しいんだ?」
わたしがそんな風に笑っていると、こんな声が聞こえてきた。
「アターシュ様、お一人で動かれないでください!」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、小太りの男性がこちらに向かってくるのが見えた。そしてその後には長身ではあるが、細身の男性と、中肉中背の男性が歩いてくるのが見えた。
「わざわざ走って無理すんな、お前らも止めろよ」
わたしに声をかけてくれた少年――アターシュというのだろうか? が、嫌そうに顔をゆがめる。といっても、本気で嫌がっているというより、げんなりしているように見えた。きっとこういったことがよくあるのだろうと思わせるような表情だ。
「いや、止まるわけないじゃないですか」
「俺は言いましたよ、一応」
意に返さず、二人にそう答える。きっとこれもいつも通りなのだろう。
「あーもういい、俺が馬鹿だったわ」
もうウンザリといったような声音を彼が返すと、私の方を見てますますげんなりした顔を向けた。
「おれはアターシュ、……こいつらは俺の親父の部下のオメルとラムジィとサレハだ。俺は親父の仕事を手伝ってる商人みたいなもんだ。あんたは?」
「わたしはラナーといいます。ハガルミティから来ました」
「ハガルミティか……」アターシュさんが呟くようにいった。その横顔がなんだか愁いを帯びたように思えた。
「アターシュ様のお母様のご出身がそうなんですよ!」
サレハさん――中肉中背の男性というより、アターシュさんと同じ年齢だったが、そう笑った。とても楽しそうだ。
「どうでもいいこと言うな」
「どうでもよくなんてないですよ! お母様も素晴らしい人ですよね、本当! さすがアターシュ様のお母様です」
「そういうのいいから、ラナー、でいいか? これからどうするんだ? もう夕方だし、俺たちは宿に行こうと思っているが……途中までよければ一緒に行くか?」
きっと気を使って途中までと言ってくれたのだろう、不安そうに言葉を選びつつ話す姿に、わたしは好感を感じた。
「実はまだとっていないんです、良ければ案内してもらえませんか? わたしこの辺り詳しくなくて」
「ハガルミティならそうだろうな、あんまり出る機会ないだろうし。俺たちはこの近くの温泉街に取ってるから、きっとそこが満室でも他の方は空いてると思うから案内してやるよ」
「有難うございます」
「ま。その前に衛兵に連絡だけどな」アターシュさんがそう苦笑して、通信器具を取り出した。
駆け付けた衛兵に状況を説明し終わると、わたしたちはすぐさま温泉街に向かった。人が多いから盗難防止用の鈴をつけたほうがいいと言われ、悩んだけれども付けることにした。
この鈴は霊具と対応している鈴で、害意が持つ人が触れてしまうと、凍ってしまう鈴だ。
そのためどの害意に反応するかもわからないので、寝る前に着けようと思ったのだが、事情を知らないアターシュさんは、また何が起こるか分からないからと説き伏せられ、わたしは鈴をつけて移動することにした。
わたしとしては、移動中も付けていれば安全かもしれないけれど、そこまでのお力を維持させることも難しい気がして、わたしが寝ているときだけにしようとしていた。
それに変にそういう対策をしすぎると、相手も頭を使いだして、もっと危険なことを仕掛けてくるかもしれない。そう思っていたけれども、ここは思っていた以上に危険な場所だ。
わたしはなるようにしかならないと思い、極力防犯に力を裂くことにした。
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